僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

はちじゅうごっかいめ 魔界だね?

 隊がきれいに整列している。魔王サタンと大魔王ヘルを退け、大魔王の座となったカレンが綺麗に整列しながら剣を振るう隊を目を細めてみつめている。
 大魔王ヘルは魔王になり、魔王サタンは公爵級魔族となった。カレンの隣にはなぜか挙動不審なヘルが居る。
 恐らくはルネックスが来たことを伝えたいのだが話しかけていいのか困っているのだろう。

 ルネックスは苦笑いを浮かべながらシェリアの方を振り向く。整った隊列で剣を振るうのは、爵位を持つ貴族魔族たちであるのは一目瞭然。放つ威圧感が違うのだ。
 シェリアはひとつ頷き、手を掲げて空間を撫でるように闇の風を放出した。
 恐ろしいほどの威圧感が一同の背を滑り落ち、悪寒まで感じることは無かったカレンもさすがに気が付いたようで勢いよく振り返る。

「ルネックス……! どうして……何か用でもあるの……」

「うん。実はあるんだよね。言っておいたことをきちんとやってくれたみたいで……みんな凄く上手いよ。ありがとう」

「まだまだ……わたしくらいになってくれないと……魔界は強い……」

 さすがにカレンのレベルに全員がなるのは不可能かな、と思うルネックスだった。ヘルが椅子から降りて一行を導く。
 鍛錬をしていた魔族たちはルネックスの出現に賑わっていた。オレの方が強い、という者もいれば私なんか追いつかない、という者もいる。
 勿論正解なのは後者であり、ルネックスに追いつくのなら世界のシステムが無視しているわけがないのである。
 それでもスパルタ系のカレンがしごいているおかげか、魔界は一週間経っているのでその短期間でずいぶん様になっている。

 貴族系の魔族は生まれつき強いし、戦いを求める習性がある。ただ、一般の魔族よりちゃんと鍛錬することは無く、人間界の頂点に立つような者に負けることも多い。
 実際人間界と魔界が本気で争っていた時代ではそういう命の落とし方をした貴族たちが半数以上を占めているのだ。
 それが此処まで真剣に、此処まで高められたのは間違いなく神業である。

 レベルで言えばぺチレイラストくらいだろうか。一人一人とは言わないが、この中で一番技術を習得出来た者はぺチレイラストと同格くらいだろう。
 彼は力では劣るが、技術の色様々なレパートリーでは自信を持っている。
 そのため彼と対戦した者は華麗に弄ばれ負けるのである。

「それで……ルネックスはどうして……魔界まで来たの……?」

 貿易の事はカレンに話してはいなかった。考えを中断したルネックスはそうだったな、と思い薄い笑いを浮かべる。
 連れてこられたのは魔界のイメージに反して明るい室内である。魔王以上の階級にしか使うことができない部屋だが、ルネックスはカレンにとってこの部屋に入るのがふさわしい。
 そのやけに豪華な部屋の椅子に座っているのだが、ややあってから答える。

「冥界と魔界の貿易を結びたくてね、後精霊界。端的にはしょると、精霊界に武器をあげる代わりに、冥界が魔界に武器の材料をあげる」

「貿易……武器ならいくらでもあるけど確かに……良い材料は魔界では生まれない……ん、構わない……代わりにみんなと模擬戦闘して……」

「話が分かりやすくて助かるよ。模擬戦闘なら勿論良いけど」

 魔界は決断のしにくい精霊界も比較的決定のしやすい好条件だ。ルネックスも魔界が血の気多いことを知っているために、武器系の取引を持ち掛けた。
 カレンが魔界の者達を鍛錬させるのは元からの計画の中に入っていたし、そのために鍛錬に関する心が高まっていくのを前提として。
 全てが繋がっていたからこそ行えた計画だ、とルネックスは一息つく。

 模擬戦闘をするのは大いに構わない。それで魔界の実力が高まってくれるのなら、ルネックスにとっては願ってもいないことだ。
 ここで、後ろで黙っていたテーラが目を輝かせて話に入ってくる。

「模擬戦闘、ボクも参加していい!? 誰かを鍛錬するのは好きなんだ」

「あの大賢者が……担ってくれるのは……とても頼もしい……貴女に丁度いい相手もいるから……なおの事……」

「え、マジで。やったわ、本当ナイスボク!」

 無表情なカレンだが、やはり緩んでいる感じがする。ルネックスとしても魔界の実力が知れるいい機会なので、喜ぶテーラに同調する。
 後ろでシェリアが微笑ましそうに見ていたのは、彼女も墓場まで持っていくつもりだ。
 無駄に豪華な部屋から出た一行は、真っ暗な洞窟にも似た訓練場に足を運ぶ。自主訓練をしていた彼らは一斉に無遠慮に視線を投げかける。
 視線になれているルネックスやシェリア、テーラは肩をすくめるだけだった。

「……おいテーラ。人間界でどれくらい時間がたっているんだ」

「んー、精霊界に居た時間も足すとすると二日くらいかな。時差はそんなにわかんないけど、そんな感じだと思う、うん」

 時間を気にするタイプであるセバスチャンの問いに不真面目に答えたテーラだが、意外にも彼女の語った時間は正確である。
 ちなみに時差については分からないのではなく解ろうとしていないのである。
 正確なことも解ろうとしていないことも全て知っているセバスチャンはため息を吐きながら、案内役をしているカレンに付いて行く。

 カレンは指導者の座るべき椅子にどかっと座る。ルネックス達にもいつの間にか従者が椅子を用意していた。
 覇者の雰囲気が場を支配する。誰も、圧倒されて話せなかった。
 喧騒に満ちていた訓練場が一瞬にして静寂に支配されている。室内に不気味に水滴の音が響いて、しばし。

「……此処にいるルネックスに指導してもらえる……模擬戦闘をする……不満があるなら名乗り出て……無いね? なら、実行開始……」

 勿論、先程から模擬戦闘をしたいと耳にタコができるほど騒いでいた魔族たちが、不満を持つはずもなかった。
 逆に歓声が上がり、誰もがカレンを見上げている。

「此処にいる全員が模擬戦闘していいと言ってくれた……それぞれの人のところに並んで……わたしも……久しぶりに模擬戦闘する……」

「か、カレンもするんだね………みんな僕のところに並んでも構わないけど、僕は今弱すぎる人に手加減なんてできないからね?」

 それは本音であり、負けず嫌いが多い魔界の者のやる気を出させる魔法の一言でもある。ルネックスに人員が殺到すると思われる。
 ただ、貴族として殺されるかもしれないのは下手に挑むのはプライドが許さない。やるか、やらないか、二つの心がせめぎ合うはずだ。
 まあ結果として、テーラの仕事が増えると思われるが仕方ない事だ。

 久しぶりにカレンがやる気を燃やしている。この手で手ほどきをして、皆を鍛えてやろうという心意気だろう。
 此処でカレンが号令をかけて、魔界貴族たちがぞろぞろと並び始めた。
 シェリアに集まったのは男性が八割で二十五人、カレンに集まったのは男女混合で二十三人、テーラに集まったのは男性が九割で五十五人、ルネックスに集まったのは六十三人、セバスチャンは三十三人といった具合である。
 六兆人の人口を持つ魔界で、このくらい貴族が居るのはむしろ少ない方だ。
 十京人の人口である人間界にとっては、少なすぎて反吐が出そうである。

「ルネックスの方随分集まったね……こりゃ数の分忙しくなるわ」

「そうですね。でも鍛えれば強くなります。時間を代償に永遠に使える『強さ』を手にいれられるのなら良い事ですから」

「良いこと言うねぇ。んじゃカレンちゃん、始める号令かけてよ!」

「……なにを、するつもり……?」

 にぃ、とテーラは不敵に笑った。ルネックスの言う言葉で思い付いたのだ。効果的に鍛えられる上に、彼らしかできないことを。

「乱戦をするの。全員一気にかかっていけばいいわけだよ。大丈夫、全員一気に掛かってきても負けるようなら英雄なんか名乗る資格は無いから、全力で来なさい? その代わり殺しても文句言わないでよね」

「わたしは……賛成……最低限の貴族の量は二十で十分……それだけ生かしてくれれば問題ない……全力で行く……!」

 甘くささやくような声を飛ばしながら、放している内容は極めて残酷である。強い者ほど人数が集まっている現状だが、此処にいる貴族たち全員でカレンやシェリアに掛かってきても時間はかかるが負けはしない。
 何せ時間差はあるが約一週間しか鍛錬をしていないのだ。元の実力がいくら高くても、その前で甘い蜜を吸っていた者達であることに変わりない。
 そんな者達が百人だろうと千人だろうと、かかってきても負けやしない。

 実戦をそれなりにしかやったことがない。一般人相手ならそれは十分脅威になれるが、伝説になれるかもしれない英雄と勇者にとっては赤子と大人の差がある。
 余談だが英雄と勇者がひとつ、伝説が別の枠なのだが今回は説明を割愛する。
 騒ぎ始める魔界の中、かつん、とやけに遠くまで響くヒールの音が不協和音を引き起こした。

「カレン様……このような楽しそうなこと、私を呼ばないなんて水臭いですねぇ? まあ確かに今日は見回りをしていましたけど、ねぇ?」

「……」

 己の存在を高く示すようにわざとらしくヒールを鳴らしながら、右の魔界ダンジョンへ続く階段を下りてきたのは男性である。
 魔界ダンジョンはその名の通りだが、詳しい説明は割愛する。
 カレンは黙っている。彼女が纏うオーラに嫌悪はないが、面倒なことになったと表情が語っているのは誰でも分かるほど顔が引きつっている。
 おろおろしながらルネックスがカレンの方を向いて問いかける。

「彼は?」

「大公爵のルーディン……実力も腕も確か……名声も高い……でも執着念がすごい……一度関わられると面倒……」

 彼に聞こえないくらい小さな声だ。自信の領地に執着し、めったに姿を現さない魔王級の権力を持つ大公爵が姿を現したことに喧騒が一層大きくなったからでもある。
 ルーディン家は魔界に貢献するというよりは自信の領地に多大なる貢献をしており、領地に被害が及ぶようなことがあればいち早く排除に回る。
 そんなこともあってか彼が積み上げた功績は必然的に高くなっていった。

 その中でも彼は、領地を守る者に精鋭以外は投入しない。そもそも自らの配下に入れる者は自身が選別しているのである。
 当たり前というべきか、強者に執着し始めたのは最近の事ではない。
 ディマ・ルーディン。
 大公爵家現当主。魔界には強さをまとめたランクがあり、最高ランクのMに達している腕でもある。カレンとはさすがに比べると可哀そうだが。

 彼が執着を超え、バトルジャンキーになり始めたのはつい最近の事である。

「私は話題のルネックス殿の方に行かせていただきます。どうせたったそれだけの人数じゃ勝ち目はありませんでしょう?」

「構わない……でも彼を領地に引き込もうと思うのは無駄……」

「……………そうですか。改めて申し込むのみ。それでは、いいですね?」

 柔和な笑みを浮かべるディマ。良いか、と尋ねるその言葉には柔らかく威圧感の無い抑揚感があったが、同時に有無を言わざる雰囲気があった。
 断る理由もないし、一人増えたところでルネックスに負ける気はない。
 構わない、と返す。その後何分かの雑談。カレンが透き通った声で号令をかけると雑談が途端に止まり、恐ろしいほど激烈な戦闘が始まった。

 貴族以外の魔族がはるか遠くから憧れの目で見ていることは知らずに。
 何分か経っただろうか。先に全ての勝負がついたのはテーラ。その数分後にルネックス、その数十分後にシェリアとセバスチャン。
 そして最後にまた数分経ったところでカレンに勝負がついた。
 カレンが遅かった理由だが、振りが正しくない、踏み込みはもっと先、と指導もしながら容赦なく技を叩きこんでいたからである。
 その割には早いが、そこは彼女の並外れた実力で行われたこと。ただ、大公爵が入っておりながらテーラの次に勝負を終えた勇者は圧巻の一言に尽きる。

 まいったよ、と言いながら切れた腕をぶらぶらと振るディマ。激しく抵抗する者には剣を使うし、気絶させられた者はそのままである。
 ディマは実力差が分かっていたので殺されぬうちに降参したという事だ。
 大公爵なのだから頭の良さはプライドのひとつ。あれ以上勝負を続けても殺されるか進展なしかの二つしかないことは見ればわかっただろう。

「―――それじゃあ僕は行きます。暇というわけでもないので」

 何分、魔界での雑談を続けさせていただろうか。唐突に話を切り上げたルネックスの後ろではすでにゲートが展開されていた。
 そうですか、と肩をすくめたディマは深々と頭を下げて見送った。
 そこは勝負を終えた大公爵らしい礼儀だろう。ルネックスも頭を下げ返す。

「―――魔女界へ、転移」

 書類は渡してある。その確認のためにわざわざ詠唱をしたのではない。十を超えるすべての貴族がカレンを筆頭に頭を下げている。
 あのプライドが高い魔界貴族が、だ。
 それは圧巻の一言に尽きた。ルネックスはしばしそれを眺めて、ゆっくり閉まるゲートの隙間からカレンの目尻に涙がたまっているのを見えた。

(ごめん。いつかゆっくり会いに来るよ)

 心の中で謝りながらも、ゲートが下に向かっていく感覚が精神を刺激した。

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