僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

はちじゅうさんかいめ 準備完了だね?

 奴隷兵で生き残った一人であるリエイスを、早朝からコレムにこれから精霊界に行く報告をしてほしいとルネックスは呼び出してそう言っていた。
 精霊界へ行って何をするのかは書類にまとめてあると言って、一センチはある相当分厚い書類のような物を手渡すと、リエイスはルネックスの部屋から出ていく。
 王城から見える太陽の光を眺める。その左側にある、誰も使っていない山はルネックスが買収して彼の物となっている。
 元から魔物が大量に出現していて、冒険者には人気な場所であった。山の頂上は入ってはならないものの、昔から冒険者で賑わっていた場所である。

 今も、ルネックスは頂上に住むことになっている。あそこには雪の精霊がおり、近づいてはいけないとされているからこそ誰もそこに向かおうとしないのだ。
 そのため、使っていい所は今まで通りに冒険者が使うが、頂上はやはり今まで通り誰も使えない。変わったのは、頂上にルネックス達が住むことになるだけだ。
 この鮮やかな王城も長い間見れなくなることだろう。帝王が代替わりしたら、それこそ歓迎すらされなくなってしまうかもしれない。

 そんなことを考えながら窓の外を机に向かってみていると、突然扉が叩かれた。今は四時半で、誰も起き出してくる時間ではないのだ。
 怪訝に思いながらも開けても構わない、と言うと、扉はやや乱暴に開かれた。

「や、こんな早朝に邪魔して悪いね、ボクだよ」

「いえ、テーラさんこそ。……なんでこんな朝早くに起きたんですか?」

 テーラは比較的遅く寝て遅く起きるという生活リズムを続けている方で、七時以降に起きてくるのが当たり前なのだ。
 彼女は眠たげにしている様子もなく、つかつかと部屋に入ってきて椅子を引っ張ってきてどかっと座る。
 ふう、と一息つくとどこからともなく水袋を取り出して飲んだ。

「何言ってんのさ。ボクは毎日この時間に起きてるよ。研究しかしてないから気付かなかったかな。そうそう、頼まれたことは終わったよ」

「は、はあ……気づきませんでした。他の英雄たちももう起きてたんですか」

「時間は世界によって違うしね。まあ、今日はこの報告をしたいってだけじゃあないんだけどね。ちょっと色々話したいことあるわけさ」

 テーラは人差し指をぴんと立てて不敵な笑みに似たニヤニヤを浮かべた。何を言うのか想像できずに、ルネックスは困惑の表情を浮かべる。
 いつもは表情で言いたいことが察せるのだが、話題の流れから察すという手順。つまりいきなり始まったこの話には付いて行けないという事。

 そんな困惑を知ってか知らないか、テーラは説明がてらにニヤニヤを強めながら本題を話した。

「シェリアちゃんの事好きなんでしょ?」

「ぶふっ!」

 今度こそしてやったりの不敵な笑みを浮かべ、ルネックスは盛大に噴き出した。ハイレフェアを弄った罰が帰って来たのだろうか。
 しかしテーラは急に表情をきゅ、と冷静な物に変えた。同じ話題ではあるのだろうが、遊びの話題ではないことを悟る。

「見てりゃわかる。でもさ、ルネックスは色んな人を待たせてるの。フレアルちゃんとかカレンちゃんとか、君の事を好きなんだよ」

「……」

「だから、気持ちを伝える予定がないって言うのなら叱らずにはいられない。だって、三人も待たせてるんだよ。一人想い人が出来たのに言わないなんて。この三人は貴方をずっと想ったまま、他の人を好きになる事なんてないんだよ?」

 そんな予定は正直なかったし、余裕だってなかった。勿論テーラだってそれを承知なうえで言っているのだろう。
 でも、テーラはそんなことを考える余裕があった。なのに、ルネックスは自分の事なのに考えることができなかった。
 シェリアのことが好きなのは事実だ。気持ちを伝えるのは、考えていなかった。
 あの戦いの場で想いを伝えられたのだから、好かれていることは気づいている。確かに、このままだとカレン達はルネックスのほかに好きな人を見つけられない。

 そう簡単に乙女は諦めない。一度好きになった人と付き合わない限り、盲目となって他の男を探そうとするなんてもってのほか。
 もし相手に好きな人が居るのだとわかっているのなら可能性はあるかもしれないが、今彼女たちは自分にチャンスがあるかもしれないと思っているのだ。
 そんな中で一人、心に決めた相手が居る。言わないのは―――失礼だ。

 言いたくない、言いたいの問題ではない。礼儀の問題なのである。

「……でも、こんなこと初めてですし、やり方とか分かりません」

「うん知ってる。だから、山に着いてからじゃないと駄目なのと、夜なのと、星を見ながら、話が途絶えて一瞬だけ静かになった空気。これだけヒントを出せば、どうすればいいかわかるでしょ?」

「分かりました。頑張ってみます……」

「さ、恋バナしようかあー! ボクもずっと精神張りつめてたからこんなに楽しいと思ったことは無いんだよねぇ最近。てことでよろしくぅ!」

 雰囲気が大切。スポットが大切。そして何より、安静な場所である事。町で歩いているとき、絶対にダメだ。他の世界からの帰り、それもだめだ。
 ゆっくり安静として、心の余裕が作られるとき。そして、何かを言われた時人の心が最も高揚する夜という時間を使って。
 相手の好きな人が分からないのならこう急ぐこともなかったのだし、テーラだって言えずに終わった。でも、この場合は相手の好きな人がはっきり『ルネックス』であることを知ってだ、急いだ方が良いだろう。

 ルネックスは真剣に聞いていたが、突如テーラの人差し指がびしぃ、と突き付けられ思考を断ち切らせて戸惑った。
 コイバナという単語はよく分からないが、語感からして恋の話なのだろうという事は分かった。

「えぇ、僕恋の話とかよくわかりませんよ!?」

「だーかーらー、告白する時のセリフとかそうそういうのだってば。あとさあとさ、二月十四日にチョコをあげる文化がボクの元居た世界にはあって―――」

 それから弾んだ声でルネックスもノッて話はどんどん進んでいく。告白の時に使われる台詞は厳選で、あの山の絶景の所をテーラが紹介したり。
 テーラの元居た世界の文化を語るうちに自分で広めてみたいと目標を建てたり。それからシェリアに惚れたきっかけ、テーラの恋愛の経験談。
 シェリアの可愛い所、テーラの好きな人の良い所。最後まで名前が明かされることは無かったが、少し変な人で素直な点は全く持ってないが、たまに優しさが見せられるらしい。
 いわゆる隠れツンデレだとテーラは言う。それからツンデレの説明、それからシェリアはツンデレとは真逆だなあという感嘆。
 それが羨ましい、いやそっちも可愛いかもしれない、と話はもっと弾む。

 一時間経っても話は終わらない。最初に送るプレゼント、デートは何処がいいか、デートになったらテーラのところへ相談に来いよ、などという命令にも似た意見。
 最初の思い出がブレスレットなのだからそれでも構わないが、彼女は魔術師なのだから杖をプレゼントしてもいいかもしれない。
 戦いばかり見てきたルネックスの事だからデートスポットは良く知らないだろう、とテーラが女の子の好むデートスポットを教えたり。
 デートに女の子が言ってほしい台詞をテーラが教えたり。街を歩く時は彼女をエスコート、料理を注文するときは彼女が先、などと細かいところまで。
 服装は適当ではいけない、きっちりとこだわりが見えるように着る事。

 どれも、戦場ではあんなに頼もしくあんなに強く、あんなに清い精神を持った伝説の大賢者だとは思えない会話の数々。
 そしてルネックスも、いつもの真面目さとは変わって楽しい時間を過ごせた。
 良き相談者だなあ、と思っている。一方のテーラはいい話相手だなあ、と思っている。余談中の余談だが二人の間に恋愛感情は皆無である。

 しばらくして七時ほどになったのか、リエイスが戻って来た。

「頼まれた書類はコレム様に手渡しをしました。コレム様は書類を読み、例の提案を受諾致しました。……私は、これからどうすればよろしいでしょうか?」

「ありがとう。……好きに生きて構わないよ。シェリアに付くのも構わないし、此処を離れて普通に生きるのも構わない。君はある程度と言わず人間の中ではトップレベルで強いはずでしょ?」

「そう、自負してはおります……ですが、付いて行ってもご迷惑ではないでしょうか? できればですが……私も付いて行かせてください」

「そこまで言わせちゃったのは僕も嬉しいよ。ありがとう、構わないよ」

 元フレアルに付いていた彼女だというのに、リエイスは地面に跪いて頭を垂れて、ルネックス達に付いて行きたいと語っている。
 そこまで思わせたというのは、嬉しい。どうでもいい存在としては少なくとも見られていないと分かれば、誰だって嬉しいだろう。

 また戦うことになるかもしれない。今から様々な世界を回るのだから、少しの争いが起きても珍しい事ではないのだ。
 もしルネックスから離れたら、相当な強さを持つ彼女は帝国の騎士や魔術師になるのも良し、冒険者として名声を集めるのも良し、辺境で平和な生活をするのも良し、その強さがある事で望む生活をする事が出来るというのに。
 その可能性も捨てて、リエイスは不自由するだろう彼らについてくると言う。

「シェリア様の侍女でも構いません。奴隷のような扱いでも構いません。お傍に置いてくれたら、これ以上の事はありません。……シェリア様を起こして来ましょうか?」

「頼んだよ。もうすぐ出発したいからね」

 リエイスは元が奴隷だ。どのような扱いを受けても、苦しいと思うことは少ないと彼女自身もが自負している。
 今まではルネックス一行が作った街で、生き残った少数の奴隷達や戦闘により行き倒れとなった人々と共に過ごしていた。しかし、フレアルから呼び出されたのだ。
 そして今に至るというわけだ。一連を記憶の底から呼び起こしたルネックスは苦笑いを心の中で浮かべながら、リエイスが去っていくのを見た。

 シェリアの侍女。確かに侍女が居るというのはいいかもしれない。奴隷のような扱いというのは絶対にしないが、ある程度の仕事もさせるかもしれない。
 地球で生活していたテーラはとっさに家政婦を思い浮かべた。平民の中の侍女というのは、一般的にそのような理解で構わない。
 ただ、王国の侍女となると、侍女と書いてメイドと読むのである。

 そんなことを二人で考えながらしばし時間は過ぎる。

「魔界だっけ、行くの。それボクも付いて行っていいかな。ボクの研究所、建てられ始めたばっかりだし。世界を回り終えたらちゃんと二人きりにするからさ、構わないかい? それとも二人きりが良かった?」

「い、いえ、頼もしい限りです。二人きりとか……そういうのは……よくわからないので」

「いやー、恥ずかしがってるね、ヤバイ超かわいいんだけどー!」

 二人きりが良いかという問いに思わず顔をひきつらせたルネックスに、今にも飛びつきそうな勢いで叫び声を上げたテーラ。
 そして恋愛に関係ない雑談を続けることしばし。
 話題の中心であったシェリアとテーラの執事セバスチャンが入室した。

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