僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

はちじゅっかいめ 英雄の別れ

「まあ、これからはみんな自由活動ってことになってたはず。特にリーダーでもないボクから言うことは無いんだけど、帰る人は帰らなきゃならない、よね?」

 それはそうだ。それぞれへんてこな趣味があるとはいえ、突然の招集に参加してくれただけなのだから、英雄にも英雄なりの仕事があるだろう。
 ないと言う者も、それなりにやりたい事が出来たはずだ。力を磨くのもよし、何かを目指すのもよし。
 ただ、ルネックスに付いて行くというのは些か不都合が多い。連携の取れるルネックスのパーティに入ったとして、足手まといになるだけである。

 それに、それぞれの世界で王が参加しなかった世界もあるが、精霊界の王は現在誰もいないままでいる。王が必要なのだ。
 戦力を無理に削り過ぎて、様々な世界が人手不足になり困っているはずである。全ての世界が百人足らずの中、反乱や内部戦争が起こらないとも限らない。
 王がいる世界にも、英雄を一人、できれば二人配置する必要があるのだ。

「確かにそうですね。皆さん疲れているだろうし……」

「まだまだだぜ! そうそう、神界は俺とリンダヴァルトに任せてくれて構わねぇぜ。誰か他に神界治めたいって希望があるんなら考えるけど……あそこはちょっと思い入れがあってな」

「師匠が勝手に話付けてくれちまったけど、まあ俺も神界治めるつもりでいた」

 思い入れがあるとまで聞いて、この者では嫌だと首を横に振る者は居なかった。人間界や他の世界の中でも上に立つ神界を治めるのに、この中でもトップクラスの実力を持つ彼らを不満に思う声などでるはずもない、とも言える。
 それに、世界の巡回を成し遂げた戦いの場である。神聖な戦いの場―――とは、間違っても言えない呪いの場と言った方がふさわしい場所である。
 生理的にそこを嫌ってしまった英雄も少なからずいるはずだ。

 それを分かっていたルネックスは活力を漲らせる彼らに苦笑いをしながらも頷く。
 この場の全員の顔に不満がないことを確認して、ルネックスは「分かりました」と英雄たちの名前が書かれた羊皮紙をどこからともなく引っ張り出してすらすらと『神界』と記す。
 その羊皮紙には戦いに参加した全ての人員の名前が書かれていた。

 なら早速、と神界にトリップしようとした彼らを苦笑いで咎めながらなだめたのは大賢者テーラだった。

「別に反論じゃないんだけどさ……神様とか天使とか自力で増やすんだからね。最低限やらなきゃなんないことは全部この書類に書いてあるから。あんたらだと何か不安なんだよねー」

『私のマネージャー付けよっかー……?』

 あきれ顔で束ねられた縦約五センチほどの書類を渡したテーラに、渡された方はたまったもんじゃないという顔で顔面を引きつらせた。
 そんな大英雄と初代勇者の顔を見て、テーラはさらに不安になる。
 シャルが相変わらず眠たそうな目で小さな手を上げた。光の原点シャルのマネージャーとは、聖神シルフィリアに敵対した昔の神の一人だったはずだ。

 救世主メルシィアもかつてシャルの側近であったな、と神界での戦いを思い出しながらテーラはちょっとした雑念も交えて思い浮かべる。
 記憶が正しければ、現在彼女の護衛兼マネージャーをしているのはやけに名前が長いと皆が口をそろえるリリスアルファレットのはずだ。
 彼女は物理的な実力もそれ以外の実力も確かで、何をやっても完璧にこなしてしまう。大人らしい顔立ちに、美しく神聖な神の中でも美しい整った顔立ち。
 そんな十全十美な神だったからこそ、シャルの側近に選ばれたのである。

 しかしそんな厳格なリリスアルファレットがシャルの命令とはいえど神界より一段上の世界である聖界から降りてまで補佐を務めるかという自信はない。
 彼女は自分が常人の入れない、神であろうと入れない、世界の概念と常に隣り合わせの場所にある聖界で生活していられることを誇りに思っていたはずだ。
 前から、自分が成し遂げて見せたことには必ず誇りを持つような人間かみだ。

 気になってシャルに、リリスアルファレットは本当に来てくれるのかと問うてみると、シャルはややドヤ顔で首を振った。

『大丈夫。来るのはリリアじゃないよー……もう一人のマネージャー……さすがにリリアは外せない……』

 リリアというなんとも可愛らしいあだ名に、それを許した厳格な神リリスアルファレットは何を血迷ったのだろうかと瞠目するテーラ。
 昔にテーラも彼女に何度か話をしたことがあるが、飄々としているいつもへらへらとしながら、実力は誰よりも上だった大賢者の事を気に食わなかったのは見てわかるほどだった。
 こいつらは仲が悪い、と見ただけで分かるほど態度が素っ気ない。最低限の一言二言を交わせば避けるように去ってしまう。

 そんな厳格の鑑である彼女が、シャルに心を許したという事か。
 目の前のこの女の子は、確かに光の原点らしく人を癒して本質まで変えてしまうようなものがあるのだろう。
 いつかリリスアルファレットに会いに行こう、そうテーラは思ったのだった。

「キミ達がいいのなら構わないけど……ルネックスは確か虚無精霊引き継いで全世界統治する統治王だったはずだね。シャルとアデルはそのまんまって感じ?」

『私は聖界に戻るよー……』

『わたくしも冥界に戻ることにしますわ。今回の事で、あまりにも取り直さなければならないことが多すぎますの……』

「ならもう帰った方がいいと僕は思うよ。アデルも言う通りする事がたくさんあるのなら、帰るのは早ければ早い方がいいと思うし」

 ルネックスの言葉にテーラは満足げに頷き、彼の成長を噛み締めながらどうする、と聖界、冥界の王二人に視線を再度向ける。
 彼女たちは視線を交差させ、しばらくして「帰る」と二人声をそろえた。
 恐らくルネックスがこれ以上彼女らを呼ぶのは随分先のことになると思うし、彼女たちもそれが分かっていたので少々寂しい気持ちもあった。
 先程の視線の交差はその節について二人で考えていたからである。

 しかし気持ちで左右することはできない。シャルは世界の概念に命じられて何も言わぬまま聖界を離れてしまったし、アデルはアデルでこの戦のためにあまりにも手札を失いすぎた。
 二人ともひとつの世界を治める王なのだ。気持ちで国の命運を左右することなんてしてしまえば、夜の中から愚王だと口を揃えられるだろう。

 テーラはその答えに頷くと、指をパチンと鳴らして二人を囲むようにして魔法陣を展開させた。彼女の魔力回復は早く、転移魔法陣くらい楽々展開出来るほどに回復している。

『―――ばいばい』

 眠たげな眼の中に僅かな寂しさを潜ませながら、シャルがぶんぶんと激しい勢いで手を振っている。一方のアデルとナタリヤーナはそこまで執着するのが恥ずかしいのか、別れを告げられないままだがちらちらとこちらを見ている。
 やがて魔法陣が激しく輝き始めたころに、アデルの口が小さく動いた。

『また、いつか……』

 それは聞こえるかどうかも分からない小さな声で、確かめる間などなく魔法陣は発動してしまって二人の姿は消えてしまった。
 ただ、皆ははっきりとその言葉を聞きとったのである。
 微笑ましそうにアデルの消えた場所を眺めたテーラ。実は、彼女とも一度きりだが面識があった。その頃の彼女は非常に歪んでいたと鮮明に覚えている。
 あの頃の事は全て粛清させたテーラの記憶の中で、鮮明に残っていたたったいくつかのひとつであった。

 その頃のアデルと比べて、華やかに笑えるようになった。闇しか知らなくて手を伸ばすこともかなわなかった『アデル』とは違うのである。
 そのしみじみとした空間を破ったのは、禁書を胸に抱いたフレデリカであった。

「わたくしならば、この人間界を治めることができますわ。このわたくしならば人間界程度は分単位で誰もがわたくしに頭を下げて忠実な犬にして見せますわよ。よろしくて?」

 ちょっと傲慢な、同じお嬢様言葉を使うアデルと違うタイプのフレデリカが片目を閉じながら人差し指をぴんとルネックスに向けながらそう語る。
 勿論、素直ではないだけなのは分かっているが、傍から見たら勇者に傲慢な意見をしているようにしか見えないだろう。
 それに一同が苦笑いをする。四人もトリップし、随分人数は減っているが。

「う、うん。フレデリカさんは人間界で……」

「天堂禁書図書館にでもおりますわ。人間どもに知恵を与えてやりましょう」

 天堂禁書図書館とは、禁書庫である。フレデリカの体に内装されている禁書庫とは違い、特別な結界が施されている、『やんごとなきお方』しか入る事が許されない図書館である。
 明日になれば王にじきに頼みに行く、と言ったフレデリカは少し眠そうであった。なので、彼女を先に隣の部屋に寝かせることにした。
 彼女は強がって「良いですわよ!」と言ったが、さすがに眠そうな顔をしている少女を無視できなかったので、隣の部屋に半ば強制的に押し込んだ。

 もちろん、実行に移したのはテーラとミネリアルスだったが。

「それでは、あたしに精霊界を任せてくださいなのです。確かに一番難しそうな世界ではありますが、何かあたし精霊に好かれてるらしいなのです!」

「そうなんですか。なら、任せましょうかね」

 一番思い入れのある世界だ。精霊に好かれている者の方が適任に決まっている。それに、これだけ自信満々に言ってくれているのだ。
 ルネックスとしてもそちらの方がありがたい。―――今は此処にいない、フェンラリアが居た世界。
 本来ならば、彼女が一番に手を上げて精霊界を任せて、と今にも精霊界に飛んでいきそうな表情で言うはずだ。
 想像してしまったルネックスが思わず微笑みを浮かべると、カレンも同じことを考えていたらしく同じ表情を浮かべていた。

 そして自信満々に転送されていくミネリアルスを見送り、ルネックス達の間に沈黙が降りた。

「……さて、ボクどうしようね。竜界と魔界もあんまボクに合わないだろうし。色んなところ旅でもするかなあ……」

「あの、僕から言うと差し出がましいかもしれませんが、その……葬り去られた歴史があるって言ってたじゃないですか。それを取り戻したりとか、してみたらいいのでは?」

「テーラ。この意見は悪くないと思うぞ。ずっと心に引っかかってただろ?」

 おどおどしながら自分の意見をはっきりと述べたルネックスの言葉に目を見張ったテーラに、セバスチャンがさらに意見を語った。
 テーラの瞳に迷いが生まれ、ややあって何か考えていたのかふぅ、とため息を吐いてにぃと笑った。

「良いこと言うじゃん! それ採用!」

 彼女も彼女なりに苦しんでいた。本当は彼が初代勇者になるはずだったのに、とある事件が起こる事により世界の巡回は起こらず、その責任はテーラにもあった。
 それなのに、功績は全て彼女の物になって勇者本人は今や暴言まで吐かれていたりする。それは、彼女にとって気持ちのいいわけがない。
 鮮やかな笑顔でピースサインをしたテーラに、ルネックスがピースサインを返した。

 その日はもう遅くなり、話し合いは明日また続けることにしてそれぞれ部屋を借りて眠りについたのだった。
 想像以上に疲れていたようで、五分も経たずに全員が眠りについた。

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