僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

ななじゅういっかいめ 負けず嫌い

 この場の全員の動きが一度止まり、一瞬だったが皆が世界の亀裂の復活に注目した。人間界ではセイジが頑張っているはずだ。
 世界の亀裂を抑え、災害を止め、人々を避難させながら瓦礫から防ぐ。数多の作業を繰り返す彼の管理が行き届かない可能性もあるが。
 グライエットは言う。セイジならばそんな慢心は絶対にしないと。テーラは言う。セイジならば失敗はひとつもしないと。

 ―――ロゼスの口が、三日月を描いた。

「ハハハハハッ。どうせ滅びる運命だったんだね……確かに聖魔術をかけると爆発するように毒を仕掛けてはいたけど、避けるとは思わなかったよ。聖神のおかげだね、感謝するよ……慢心してたね、ルネックス」

「君がやったってことで間違いはないってことだね。そこまで世界を壊すことに執着しているとは思わなかったけど、どうやってここまで広げたの?」

「大魔神が帰っていく時にお前たちが聖魔術で亀裂を塞いでいたのを確認できたんだよ。聖神と僕で色々仕込んだのさ。気づかなかったんだね?」

 ロゼスの薄い嘲笑いに、自分はやはり愚かだったのかとルネックスは拳を握り締める。しかし唇をかむことはかなわず、後ろからテーラの声が背中を打った。
 やれ―――。
 そうだった。訓練の内に幾度も幾度も練習しては失敗し、挙句の果てにそのひとつ縛りの練習をやめて今ここに至るわけだが。

 ひとつ、学んでいたことがあった。テーラが成し遂げられずにルネックスに託したが彼も無理だった技、彼女の称号を超えた今の彼ならできるだろう技。
 剣の宝石の部分に光が灯されていく。聖魔術に対抗する黒魔術を防ぐ手はなく、世界の亀裂が進行していくことに変わりはないが。
 戦闘はゆっくりと続いてはいるが、一旦ストップしているのは見ればわかる。

 足を踏ん張っていなければ耐えきれないような強風が吹きつけているのだから、隙を見て相手を切り裂くこともできるが自分も吹き飛ばされそうになることも考慮しなければならない。
 それでも攻撃を少し仕掛ける者がいるのは、何かたったひとつの行動で戦況を覆せないかという彼らの抗いという名の足掻きである。

 ロゼスが何もできないようにフレアル達が彼を縛りながら、スラインデリアの攻撃をよけ続けながら、ルネックスは術を練る。

「気が付かなかったよ―――君はやっぱり凄いね。僕なんかよりも」

「嫌味かい?」

「そんなつもりはないよ。ただ、強者を弱者が超えるのは難しいというほどの事でもないって君に分かって欲しいだけだね」

 目を閉じたまま、少し棘の入ったロゼスの声に返事をするルネックス。ロゼスは、腐ったこの世界に対して熱が冷めて他の世界に飛び立とうとした。
 弱者が生き残る必要のない世界へ、強者こそが正義の世界へ。弱者が足掻いたって何の意味もないこのクソみたいな世界を飛び出して。
 ただ、ルネックスは弱者だって強者を超えられることを説明したいだけだ。

 剣を振る。
 足を後ろにずらし、かっと目を見開いて斜めに空気を切り裂いた。腰も一緒に捻り、灰色の光が世界の亀裂を優しく包んだ。
 これは対抗させるのでもなく闇魔術を消し飛ばすのでもなく、全ての魔術を融合するという世界の研究家とテーラの力を持ってして達せられなかった魔術。

 開発されていない、未解明の魔術を魔法陣を理解しただけで使いこなしたルネックスは優しく世界を包み込む光を微笑みながら見つめる。
 その魔術の名を、融合吸収魔術。
 この魔術を使用すれば、世界の抵抗の力はもっと強くなる。聖神の無限の力とロゼスの世界を跳び越す想いが絡み合った力をそのまま融合して吸収して学んでしまうのだから。

「さあ世界よ。三千世界に名を轟かせよ、数多の世界を抱える宇宙を越した闇の概念を叩き、概念も論理もぶち壊して進んで見せよ。我が名のもとに付き従え、そうすれば望む力を機構に与えてやろうではないか。王が誰かを知るがよい、世界へ混沌の闇は許されん! 天も地も、地獄も天国も我が力に従い、永遠の生命を与えようではないかッ!」

 ルネックスが手を広げると、地面が勢い良く盛り上がりロゼスには避けることを許されず、退路も自分がいる所も土魔術で密集する。
 雷魔術と火魔術を同時進行させて鎖の魔法陣を展開させながら抜け出そうと試みるが、近くの土柱を破壊することしか叶わなかった。

 しかも、土柱は高速で退路を行くロゼスの道を塞ぎに行き、たまに浮いて急所を突き刺そうと鋭い刃を伸ばしてくる。
 スラインデリアが叫びながらロゼスの元へ行こうとするが、英雄の下につくカレン達三人に阻まれては大精霊たった一人で味方の元へ行けるはずもない。
 やらなければやられる。戦の道を選んだ時点で道はこれしかないのだから。

 全ての世界を味方に付けられ、竜が、魔族が、精霊が、残った三十人足らずの精鋭達がフィリアの治療室から出てきて応戦する。
 ロゼスの行動を封じ、足元を凸凹にしてステップを踏みにくくし、ロゼスの魔術を、魔力を流し込むことで正しく発動しないように妨害していく。
 彼の傷がどんどん増えて行き、状況は一向にルネックスへ有利になって来ている。何せ、今度はたとえでも何でもなく世界を味方につけてしまったのだ。

 世界はロゼスを愛さない。世界はロゼスを破壊しようと概念の力を使って全力の破壊を試みている。世界はロゼスが此処にいることを認めない。
 舌打ちをしても、奥歯を噛み締めても、流れる血に悔しく思っても、変わらない現実にどうすることもできない。
 世界は彼の魔術を、ステータスを完璧に再現したうえで全てを加護と共にルネックスへ流し込み、全力でロゼスを排除しようとしている。

 存在してはならないイレギュラーは、存在するはずのない異生物は、ルネックスの方だというのに。

「ろ、ロゼス殿。心配は無用である! 拙者がすぐに向かうッぐっ……待っておるがよい、このまま終わらせや―――ぅぐぁっ!」

「スラインデリア……こっちに来ないで欲しい。しっかりと、彼女らの、動きを封じておいてくれ……聖神もあいつで、苦労しているようだしな……」

 血が飛び散っているのは何もロゼス側だけではない。実力がほぼ同等の勇者と大英雄の、最高の友情の力を糧にする二人の猛攻で聖神も殆ど成すすべなく血を散らせるのみ。
 ロゼスは口を噛み締めて、魔力が大量に放出されるのにも構わずもう一度の魔力大量放出という効率の悪い行動を行った。
 魔力量の多いロゼスにとっては必殺の技だが、半分も魔力が残っていない今では命を賭けた必殺の技に等しくなっている。

 周りの土柱が崩れ、ルネックスがほんのわずかに眉をぴくりと上げたのを見て今までない速度で剣を取って間合いへ突っ込んでいく。
 しかし世界の概念がやはりロゼスの行動を阻み神罰が意味もなく下り、神罰の鎖が彼の足を取って勢いよく転ぶがすぐに体勢を直す。
 ルネックスが薄い笑いを浮かべているのが、なお気分を逆撫でていく。

 勿論ルネックスにとってはあと少しで勝利するかもしれないという喜びの微笑みだが、負け寸前のロゼスにとっては嘲笑っているようにしか見えない。
 世界の概念が生み出す土柱が額を掠め、前髪を数本かすめ取り額を傷つける。ロゼスは海老ぞりになって何とかそれだけにとどめていたが、直撃すれば瀕死になっていただろう。
 しかし彼は慢心していた。
 この世界が排除システムを開示したことを、甘く見ていたというのが正しい。

 飛来した神罰の中でも最強であり最も残忍なアイテム―――ぐるぐると刃を巻いた絶封神槍ユグドラシルがロゼスの背中を思い切り貫いた。
 何が起こったのか分からず虚ろな目で膝をついたロゼスは瞠目する。

「どうし、て……どうして僕がッ、こうなるの、は……僕じゃないはず、だ。こうなるのは君な、はずだっ、君こそ、神罰を受けるべきではッないのかぁッ!?」

「アデルが僕の敵をしたのは面白かったから。世界の概念がそうさせたわけではないし、必ず勝てると言ったのは自分の実力からで巨大なシステムが彼女の味方をしていると明言しているわけではない。つまり、世界は英雄の出現を歓迎しているってことだよ。まあ、僕としては全然英雄になったつもりは欠片もないんだけどね……」

 眉をひそめて苦笑いをこぼしたルネックスのその顔は、ロゼスの神経を全て逆撫でていく物に他ならなかった。

「ふざけるな、この僕がっ、この僕がッ、負けるわけにはぁッ……ガハッ……何を、したぁっ……世界はどうして、この僕に、味方しないんだぁッ!」

「世界は何処も同じ。英雄の味方をして英雄を勝たせ、きっと世界の巡回を何度もしたら巨大なシステムに贔屓されるんじゃないかな。世界を大きくしたり、資源を増やしてくれたりとかしてくれるんじゃないかな。だから人間と同じように必死になる。亀裂を救った僕が命じれば、神罰システムも開示してくれるように、ね……」

 天界の中で最も残忍なユグドラシルの槍に貫かれた者は、どれだけ強靭な思いを持ったとしても神でも英雄でも赤子に等しく死亡以外の道は残されていない。
 聖神の策にハマってしまったディステシアすらもユグドラシルで処罰されたのではなく、昔にもシルフィリアであった聖神一人にしか使用されなかった。
 もちろん当時使用したのは神の力を超えた大賢者テーラとゼウスの二人だ。

 天も地も等しく、何かに必死になってこそ世界は連なり資源は増えて、それがきっとアデルの言う巨大な概念であるシステムに繋がるのだろうか。
 人が絶対なる神だ終焉の神だと崇めたり恐れたりするのは、個体ではなくただのシステムであることから自由に何もかもを創り出せてしまうのだろう。

 ならば世界に何か与えることも難しくないだろうし、世界が崩れるのを世界という概念が、巨大なシステムの一片であるシステムが許さないだろう。
 その亀裂を防いだルネックスならば、世界を使役することもできるだろうと。

 だが目の前の、負けず嫌いで本当は英雄となってもおかしくない強烈な思いを持った少年は、決してそれに納得しなかった。

「僕は、僕は認めない……ぐぅっ……何故、何故僕じゃないんだ……どうして……」

「分からない。それはアデルでさえも、気持ちのない概念を読み取るのは無理だと思う。このまま放っておいても僕がとどめを刺しても君は死ぬ、それは確定事項なんだ……君は、きっと僕よりも偉大な人になれたんだろう。僕が居なかったらね……」

 自分の存在意義を求め続けてなお見つけることができず、逆に自分が存在することで誰かの未来を潰すことになってしまった少年が微笑んだ。
 きっと後に伝わる文献で、後に伝わる子供への話以上に、淡々と語られる神話の英雄譚以上に、少年の心は闇で塗りつぶされている。
 そしてきっと、最悪の悪者として記されるロゼスも、誰もが彼の心にあった優しくも深い溺れるような闇があったことに気が付かないだろう。

「分かってるけど僕は……それを求められているから」

 ふわりと微笑んだ将来の英雄である少年、ルネックスは、迷った先に見つけた甘い誘惑であり険しい残酷な崖の道である世界を救うことを選んだ。
 残酷で甘い誘惑でありながらも、それが彼の小さな存在意義になれたから。

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