僕のブレスレットの中が最強だったのですが
ろくじゅうきゅうかいめ 解らない
「解らない。君の言葉が僕は分からない。何が運命だ、僕は何故そんな物に縛られる貴様の話を聞かなければならない?」
ロゼスはルネックスを睨んだまま剣を突き付けて、口元から血を垂れ流すスラインデリアに治癒魔術をかけて傷をいやす。
しかし、先程の竜の魔術は治癒魔術が効きにくいようにされていて、全治したわけではないスラインデリアは苦い表情をしながらルネックスを睨んだ。
ルネックスは飄々とした感じで、しかし強い思いを漲らせながらロゼスに華麗な装飾のついた剣を突き付けた。
「カレン、フレアル、シェリア、フェンラリア、聖神を頼んだ。……さぁ挑もうか。君の疑問も僕の望みも解く必要はない。勝てばいいのだからね……!?」
がくん、と体が揺らめく感覚がした。ロゼスはルネックスの体勢が不安定になったのを見逃さず、腹をめがけて剣を振り下ろす。
しかしルネックスは不安定な体勢のまま転がり、剣はわき腹を掠めるだけに留められた。すぐに立ち上がり、何だと周りを見る。
切られた腕を抑えて悶えながらもルネックスをにらむフェスタがそこにいた。いつの間に此処まで移動したのだろうか。
「……もう、魔力ないよー……ごめん……ロゼスくんー……」
「いい、いいさ。お前はよくやったよ。お前は悪くない……僕が悪いんだ、お前を守れなかった僕が悪いんだよ……」
フェスタのいるところに駆けつけるロゼスをルネックスは冷ややかな目で見降ろした。もしかしたらこれは偏見かもしれないが。
悲しみも痛みも、全てを受け入れて感情を見せなくなる無という頂点に立とうとした人間は弱さと言う名の物を持っていないはずだ。
ロゼスはあろうことか世界を飛び出して英雄もシステムも概念も超えようとしている者なのだ。その願いをルネックスも否定していない。
しかし、そんな彼が、ルネックスより強い思いを持つべきである彼が、ルネックスより弱くなってたまるか。
もしかしたら単にルネックスが無感情で、感情を捨てた冷たい心を持った人間だっただけなのかもしれない。
でも仲間が死んでいくあの瞬間の後悔も痛みも辛さだって、嘘ではないのだ。
フェスタの傷に治癒魔術が効かないことが分かったロゼスは唇を強く噛み、ひとまずフェスタを休憩させることにした。
「……勝負、続けないの?」
こみ上げそうになった涙をしかし抑える。英雄は涙を流すことを許されない。痛みを誰かと分かち合ってはいけない。
あるのは残忍な心と鉄のように固い表情。英雄とはそんな愚かな者で、愚かな奴が愚かな者を目指している世界の欠片のひとつの物語。
世界のシステムのひとつであるアデルが気にも留めるはずのない小さな乱星世界。ルネックスは家宅硬く目を閉じて、瞼を開けた。
広がる世界は嘘じゃない。並べられる正義の概念を否定しようとする心も嘘じゃない。先を行く階段が崩れかけているのも、嘘ではない。
これ以上進んだって不確かな未来しか待っていないことを知っている。でも、その不確かを求めて足掻いて、それが英雄という物。
憧れと畏怖と怯えと嫉妬の視線を向けられる、人々の雲の上の存在には行動ひとつに煌びやかな正義の理由しか許されなかった。
―――世界のシステムも既成概念も、そうやって無限にループしているだけなのだ。
「僕は、もう待てないし時間はないよ……早く、してくれないかな?」
ルネックスのその威圧を込めた微笑みは、偽りの仮面だったのだろうか。仮面などない自由な大賢者テーラが羨ましかった。
世界の愚かを理解してなお高みを目指す強さを持ったヴァルテリアとリンダヴァルトに憧れた。世界のために命も捨てられるベアトリアに嫉妬した。
たったひとつを求めて階段が裂けたって自分が転んだって何度も前を見る『英雄』に憧れと畏怖と怯えと嫉妬の感情を抱いた。
自分は高みに行ける奴じゃない。何度か転んだら諦めそうになって、歩いた長い階段の軌跡を振り返って急に怖くなって。
振り返らずに階段を駆け上がって成功を掴めるような天才の正義の英雄じゃないってことは、ずっと昔から知っていた。
もしかしたら今の自分の立場にいるべきは目の前のロゼスだったかもしれない。
―――それでも、こんな自分を支えてくれた人たちのために。自分に価値を見出せなくて弱くなった自分を強くしてくれた皆に。
この思いを送ろう―――。
「絶対に許さない―――!」
「僕を許すか許さないかは君の勝手だ。勝つか勝たないかも君の行動次第で変わる。つまり無駄な怒りの感情に意味はない」
本当はこの言葉を言いたくなんてない。無駄な感情なんて普通の人間には存在しない。ひとつひとつの感情に意味があるはずなのだ。
しかし天に満ちる英雄とその敵の戦に無駄な感情は注ぎこめない。人を超えた人知以上の戦いなのだから。
息を大きく吸って剣を構える……と、思うだろう。
「うあぁっ!!」
剣を捨てて、手を振り払う。風の刃はロゼスを通り過ぎてフェスタの体を容易く切り裂いた。勿論治癒魔術なんて効かないし即死の威力だ。
ついでに毒も仕込んであるので、死ぬこと間違いなしの攻撃だ。ロゼスはてっきり自分を攻撃されると思っていたのだが。
フェスタの周りにかけておいた結界が割れていた。これは、ルネックスがどれほど魔力を込めて投げ出された一撃なのだろうか。
ルネックスの顔は苦い。こんな攻撃の仕方を正々堂々と言われたら全世界が反発するだろう、卑怯な技とも言えない技なのだから。
カレンとシェリアが押されている。フェンラリアとフレアルは魔力がもう切れそうだ。これ以上の戦いをしていたら消耗戦になる。
だから後の敵になるだろうフェスタを先に殺しておくことを選んだのだ。
「ルネックスさん……」
「……! シェリア……危ない……ッ!」
ルネックスの心の葛藤を見抜いたシェリアが杖を握る手を一瞬緩めたのを、聖神と大精霊は見逃さず二人で魔力をひとつにして魔術を撃ちだした。
それに気が付かないシェリアに、後方支援に回っていたカレンが勢いよく飛び出してシェリアをかばいながらシールドを展開させる。
土魔術が彼女のシールドを破って腹に直撃し、カレンは数十メートル先くらいに吹っ飛んで石にぶつかって吐血した。
カレンに一番近い位置にいた後方支援をしていたフレアルが彼女に手を伸ばそうとするが、何処かから飛来した土の柱が腹を貫通し地面に倒れこむ。
「ひ、卑怯です! 卑劣ですよッ! やるなら正々堂々と勝負してください!」
「……それを言うのなら君の大好きなルネックス君はなんと言えばいいのかな? 思い切り卑劣な手を使っているのは見たら分かるでしょ?」
「ッ……ぁ」
違う。そうじゃない。それは、そうしなければいけない現場だったから。叫んだシェリアが反論しようとしたが、その口は固く閉ざされた。
反論ができなかった。否定できなかった。ルネックスの使った手が正々堂々などと、口が裂けたって言えないだろう。
大好きな人の事で嘘をつくなんて、死んでもできない。
重症のフレアルの前にはスラインデリアが立ちはだかり、せき込みながら吐血するカレンの前には聖神がそこにいる。
シェリアはどうすればいいのか分からなくなった。大規模攻撃は仲間もろとも巻き込んでしまう。闇魔術しか使えない自分では、この現状を打破できないのだ。
「【結界】」
幼さが残った低い声が響いて、カレンとフレアルの前に結界が作られた。誰が……そう聞く前に、シェリアは剣を握り締めて行動に出た。
彼女が放った闇魔術は現在の彼女が発動できる中でも切り札単位の物であり、集中が途切れたスラインデリアでは太刀打ちできない。
聖神が手を大きく振り払った。攻撃ができないならば、防げばいいではないか。
「がはぁっ……」
「アストライアさんッ!? ……なんて卑怯なことをするんですか! こんなの、こんなのルネックスさんの何倍もひどいです」
「あら? 仲間の生死を動かせるのは仲間だけなんだよ? つまり貴方は死ぬかもしれない仲間を目の前にして黙って見逃せと……酷いことを言うね?」
聖神がシェリアの叫びを気にした様子もなく言葉を紡ぐ。シェリアはその正論にやはり喉を詰まらせてしまった。
言いたい言葉は喉元まで出かかっている。でも、どうしても自分の手で仲間を傷つけてしまった言い訳にしか聞こえないのだ。
涙を我慢しながら、恐る恐るルネックスの方を向いた。どうすればいいか今度こそ完全に分からなくなり、救いを求める。
「シェリア。ヴァルテリアさんとリンダヴァルトさんを呼んできて。それまでは僕が三人を相手に太刀打ちをする」
「そ、そんなの無茶じゃないんですか!?」
「勿論。僕が言ったからには必ず成し遂げる。頼んだよ、シェリア」
アデル一人に鬼神とテーラ一行+ベアトリアが戦っている。ナタリヤーナにはその他英雄陣全員が相手をしている。
互角、いや、ルネックス派がやや勝っている。そこから二人抜いたら不利になることは間違いなしだ。しかしルネックスは「それ」を選ぶ。
ルネックスの後ろで旋回するフェンラリアがにこにこと笑いの表情を浮かべていた。ルネックスが小さくうなずくと、彼女は英雄陣に加勢しに行った。
大英雄と大英雄を+した実力にフェンラリアが追いつくとは思えないが、これなら不利なところから互角よりやや下までに引き上げられる。
「おうおう、久しぶりだなぁ、ルネックスよ!」
「いや、さっきぶりだと思いますけど……早速なんですが、アストライアさん、助かりますかね……?」
「うわ、こりゃあ無理だな。ついでにスラインデリアに後ろからとどめを刺されてるし……やっぱ意識あった方が人生勝ち組だな」
右手を頭に当ててにぃ、と笑顔を見せながらルネックスの肩に手を置いたヴァルテリアの背後で、リンダヴァルトがアストライアを見て苦笑いする。
シェリアの全力に当てられたついでにスラインデリアに生存しないようにとどめを刺されたのだ。すでに息絶えている。
「すみません……私のせいでこんなことになってしまって……」
「いや、嬢ちゃんのせいではねぇよ。この下衆精霊のせいだろ。それで、なんで俺達を呼んだんだ? 結構いい戦いだったんだぜ?」
「はい。こちらの戦力が足りなくなりそうだったので。お二人で聖神の相手をお願いできますか?」
「おうよ、任せろ! クソ師匠には負けねぇからな!」
「おいお前、どさくさに紛れてクソ付けただろ、おいこら、待ちやがれ―――!」
悲しみも怒りも寂しさもぶっ飛ばしてくれるような絡みにくすりと笑いつつも、ルネックスは地面に寝そべる剣を持ち上げる。
重症なカレンとフレアルはルネックスの背後に、シェリアと共にスラインデリアと聖神の相手を同時にすることになる。
しかし負けるつもりはない。何故なら神でさえあり得ない―――秒単位で進化することを成し遂げたのだから。
―――『称号、全てを超える者 が、全てを超した者 に 進化しました』
そう。
大賢者テーラでも成し遂げられなかった『ソレ』の意味を成す声が聞こえた。
ロゼスはルネックスを睨んだまま剣を突き付けて、口元から血を垂れ流すスラインデリアに治癒魔術をかけて傷をいやす。
しかし、先程の竜の魔術は治癒魔術が効きにくいようにされていて、全治したわけではないスラインデリアは苦い表情をしながらルネックスを睨んだ。
ルネックスは飄々とした感じで、しかし強い思いを漲らせながらロゼスに華麗な装飾のついた剣を突き付けた。
「カレン、フレアル、シェリア、フェンラリア、聖神を頼んだ。……さぁ挑もうか。君の疑問も僕の望みも解く必要はない。勝てばいいのだからね……!?」
がくん、と体が揺らめく感覚がした。ロゼスはルネックスの体勢が不安定になったのを見逃さず、腹をめがけて剣を振り下ろす。
しかしルネックスは不安定な体勢のまま転がり、剣はわき腹を掠めるだけに留められた。すぐに立ち上がり、何だと周りを見る。
切られた腕を抑えて悶えながらもルネックスをにらむフェスタがそこにいた。いつの間に此処まで移動したのだろうか。
「……もう、魔力ないよー……ごめん……ロゼスくんー……」
「いい、いいさ。お前はよくやったよ。お前は悪くない……僕が悪いんだ、お前を守れなかった僕が悪いんだよ……」
フェスタのいるところに駆けつけるロゼスをルネックスは冷ややかな目で見降ろした。もしかしたらこれは偏見かもしれないが。
悲しみも痛みも、全てを受け入れて感情を見せなくなる無という頂点に立とうとした人間は弱さと言う名の物を持っていないはずだ。
ロゼスはあろうことか世界を飛び出して英雄もシステムも概念も超えようとしている者なのだ。その願いをルネックスも否定していない。
しかし、そんな彼が、ルネックスより強い思いを持つべきである彼が、ルネックスより弱くなってたまるか。
もしかしたら単にルネックスが無感情で、感情を捨てた冷たい心を持った人間だっただけなのかもしれない。
でも仲間が死んでいくあの瞬間の後悔も痛みも辛さだって、嘘ではないのだ。
フェスタの傷に治癒魔術が効かないことが分かったロゼスは唇を強く噛み、ひとまずフェスタを休憩させることにした。
「……勝負、続けないの?」
こみ上げそうになった涙をしかし抑える。英雄は涙を流すことを許されない。痛みを誰かと分かち合ってはいけない。
あるのは残忍な心と鉄のように固い表情。英雄とはそんな愚かな者で、愚かな奴が愚かな者を目指している世界の欠片のひとつの物語。
世界のシステムのひとつであるアデルが気にも留めるはずのない小さな乱星世界。ルネックスは家宅硬く目を閉じて、瞼を開けた。
広がる世界は嘘じゃない。並べられる正義の概念を否定しようとする心も嘘じゃない。先を行く階段が崩れかけているのも、嘘ではない。
これ以上進んだって不確かな未来しか待っていないことを知っている。でも、その不確かを求めて足掻いて、それが英雄という物。
憧れと畏怖と怯えと嫉妬の視線を向けられる、人々の雲の上の存在には行動ひとつに煌びやかな正義の理由しか許されなかった。
―――世界のシステムも既成概念も、そうやって無限にループしているだけなのだ。
「僕は、もう待てないし時間はないよ……早く、してくれないかな?」
ルネックスのその威圧を込めた微笑みは、偽りの仮面だったのだろうか。仮面などない自由な大賢者テーラが羨ましかった。
世界の愚かを理解してなお高みを目指す強さを持ったヴァルテリアとリンダヴァルトに憧れた。世界のために命も捨てられるベアトリアに嫉妬した。
たったひとつを求めて階段が裂けたって自分が転んだって何度も前を見る『英雄』に憧れと畏怖と怯えと嫉妬の感情を抱いた。
自分は高みに行ける奴じゃない。何度か転んだら諦めそうになって、歩いた長い階段の軌跡を振り返って急に怖くなって。
振り返らずに階段を駆け上がって成功を掴めるような天才の正義の英雄じゃないってことは、ずっと昔から知っていた。
もしかしたら今の自分の立場にいるべきは目の前のロゼスだったかもしれない。
―――それでも、こんな自分を支えてくれた人たちのために。自分に価値を見出せなくて弱くなった自分を強くしてくれた皆に。
この思いを送ろう―――。
「絶対に許さない―――!」
「僕を許すか許さないかは君の勝手だ。勝つか勝たないかも君の行動次第で変わる。つまり無駄な怒りの感情に意味はない」
本当はこの言葉を言いたくなんてない。無駄な感情なんて普通の人間には存在しない。ひとつひとつの感情に意味があるはずなのだ。
しかし天に満ちる英雄とその敵の戦に無駄な感情は注ぎこめない。人を超えた人知以上の戦いなのだから。
息を大きく吸って剣を構える……と、思うだろう。
「うあぁっ!!」
剣を捨てて、手を振り払う。風の刃はロゼスを通り過ぎてフェスタの体を容易く切り裂いた。勿論治癒魔術なんて効かないし即死の威力だ。
ついでに毒も仕込んであるので、死ぬこと間違いなしの攻撃だ。ロゼスはてっきり自分を攻撃されると思っていたのだが。
フェスタの周りにかけておいた結界が割れていた。これは、ルネックスがどれほど魔力を込めて投げ出された一撃なのだろうか。
ルネックスの顔は苦い。こんな攻撃の仕方を正々堂々と言われたら全世界が反発するだろう、卑怯な技とも言えない技なのだから。
カレンとシェリアが押されている。フェンラリアとフレアルは魔力がもう切れそうだ。これ以上の戦いをしていたら消耗戦になる。
だから後の敵になるだろうフェスタを先に殺しておくことを選んだのだ。
「ルネックスさん……」
「……! シェリア……危ない……ッ!」
ルネックスの心の葛藤を見抜いたシェリアが杖を握る手を一瞬緩めたのを、聖神と大精霊は見逃さず二人で魔力をひとつにして魔術を撃ちだした。
それに気が付かないシェリアに、後方支援に回っていたカレンが勢いよく飛び出してシェリアをかばいながらシールドを展開させる。
土魔術が彼女のシールドを破って腹に直撃し、カレンは数十メートル先くらいに吹っ飛んで石にぶつかって吐血した。
カレンに一番近い位置にいた後方支援をしていたフレアルが彼女に手を伸ばそうとするが、何処かから飛来した土の柱が腹を貫通し地面に倒れこむ。
「ひ、卑怯です! 卑劣ですよッ! やるなら正々堂々と勝負してください!」
「……それを言うのなら君の大好きなルネックス君はなんと言えばいいのかな? 思い切り卑劣な手を使っているのは見たら分かるでしょ?」
「ッ……ぁ」
違う。そうじゃない。それは、そうしなければいけない現場だったから。叫んだシェリアが反論しようとしたが、その口は固く閉ざされた。
反論ができなかった。否定できなかった。ルネックスの使った手が正々堂々などと、口が裂けたって言えないだろう。
大好きな人の事で嘘をつくなんて、死んでもできない。
重症のフレアルの前にはスラインデリアが立ちはだかり、せき込みながら吐血するカレンの前には聖神がそこにいる。
シェリアはどうすればいいのか分からなくなった。大規模攻撃は仲間もろとも巻き込んでしまう。闇魔術しか使えない自分では、この現状を打破できないのだ。
「【結界】」
幼さが残った低い声が響いて、カレンとフレアルの前に結界が作られた。誰が……そう聞く前に、シェリアは剣を握り締めて行動に出た。
彼女が放った闇魔術は現在の彼女が発動できる中でも切り札単位の物であり、集中が途切れたスラインデリアでは太刀打ちできない。
聖神が手を大きく振り払った。攻撃ができないならば、防げばいいではないか。
「がはぁっ……」
「アストライアさんッ!? ……なんて卑怯なことをするんですか! こんなの、こんなのルネックスさんの何倍もひどいです」
「あら? 仲間の生死を動かせるのは仲間だけなんだよ? つまり貴方は死ぬかもしれない仲間を目の前にして黙って見逃せと……酷いことを言うね?」
聖神がシェリアの叫びを気にした様子もなく言葉を紡ぐ。シェリアはその正論にやはり喉を詰まらせてしまった。
言いたい言葉は喉元まで出かかっている。でも、どうしても自分の手で仲間を傷つけてしまった言い訳にしか聞こえないのだ。
涙を我慢しながら、恐る恐るルネックスの方を向いた。どうすればいいか今度こそ完全に分からなくなり、救いを求める。
「シェリア。ヴァルテリアさんとリンダヴァルトさんを呼んできて。それまでは僕が三人を相手に太刀打ちをする」
「そ、そんなの無茶じゃないんですか!?」
「勿論。僕が言ったからには必ず成し遂げる。頼んだよ、シェリア」
アデル一人に鬼神とテーラ一行+ベアトリアが戦っている。ナタリヤーナにはその他英雄陣全員が相手をしている。
互角、いや、ルネックス派がやや勝っている。そこから二人抜いたら不利になることは間違いなしだ。しかしルネックスは「それ」を選ぶ。
ルネックスの後ろで旋回するフェンラリアがにこにこと笑いの表情を浮かべていた。ルネックスが小さくうなずくと、彼女は英雄陣に加勢しに行った。
大英雄と大英雄を+した実力にフェンラリアが追いつくとは思えないが、これなら不利なところから互角よりやや下までに引き上げられる。
「おうおう、久しぶりだなぁ、ルネックスよ!」
「いや、さっきぶりだと思いますけど……早速なんですが、アストライアさん、助かりますかね……?」
「うわ、こりゃあ無理だな。ついでにスラインデリアに後ろからとどめを刺されてるし……やっぱ意識あった方が人生勝ち組だな」
右手を頭に当ててにぃ、と笑顔を見せながらルネックスの肩に手を置いたヴァルテリアの背後で、リンダヴァルトがアストライアを見て苦笑いする。
シェリアの全力に当てられたついでにスラインデリアに生存しないようにとどめを刺されたのだ。すでに息絶えている。
「すみません……私のせいでこんなことになってしまって……」
「いや、嬢ちゃんのせいではねぇよ。この下衆精霊のせいだろ。それで、なんで俺達を呼んだんだ? 結構いい戦いだったんだぜ?」
「はい。こちらの戦力が足りなくなりそうだったので。お二人で聖神の相手をお願いできますか?」
「おうよ、任せろ! クソ師匠には負けねぇからな!」
「おいお前、どさくさに紛れてクソ付けただろ、おいこら、待ちやがれ―――!」
悲しみも怒りも寂しさもぶっ飛ばしてくれるような絡みにくすりと笑いつつも、ルネックスは地面に寝そべる剣を持ち上げる。
重症なカレンとフレアルはルネックスの背後に、シェリアと共にスラインデリアと聖神の相手を同時にすることになる。
しかし負けるつもりはない。何故なら神でさえあり得ない―――秒単位で進化することを成し遂げたのだから。
―――『称号、全てを超える者 が、全てを超した者 に 進化しました』
そう。
大賢者テーラでも成し遂げられなかった『ソレ』の意味を成す声が聞こえた。
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