僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

幕間・コレムと人間界かな?

 空が赤い。ピッシャーンと鼓膜を破るかのような雷が降り注ぐ。王城は頑丈だ、この程度で民家のようにバラバラに崩れたりはしない。
 それでも所々に傷やひび割れが出来ていた。文献をしっかり読む者ならば、世界の巡回にはいつもこのような悲劇が起きることを知っているだろう。

 そしてこの国の国王であるコレムもまた、同じだった。この国の血統の一番最初はカリファッツェラの姓だったが、今はフェイトの姓だ。
 国の名前は変わらずカリファッツェラになってはいるが、その血統はもうない。その血統を持たない王たちは、世界の巡回が来るたびに一目散に逃げだしていた。

「行けませんコレム様! 外へ出てはなりません!」

「馬鹿者ッ! 国民が悲しんでいるのを黙って見ていられるものか……! 離せッ……くそっ……ルネックス、間に合ってくれ―――」

 しかしコレムは違った。国民を助けようと伝説の剣をもって駆け出そうとしたのだ。その顔にいつもの覇気はなく、焦っていた。
 当たり前だ、とコレムは奥歯を噛み締める。次元の狭間に吸い込まれて消えていく者、秒速の単位で人々の命が散っていく。
 必死に優秀な魔術師たちが次元の狭間の広がりを止めようと奮闘していた。神童と詠われる者も、神様と言われる聖女も、大魔導士の一番弟子だって、塞ぐことはできなかった。

 国王の命をもってして、王家の血統による膨大な魔力を注ぎ込めば一旦は収まる。だが、それを成すことを誰よりも先に国民が認めなかった。
 純血統ではないが、彼らはハイエルフの血を繋ぐ者達だ。偶然ハイエルフ同士から人間が生まれ、ハイエルフの要素が全てない代わりに全部が全部魔力の膨大さに注ぎ込まれていた。

 国王のいつもいる部屋に押し込まれたコレムは、空を見上げる。

「おうおう、ずいぶん辛気臭い面してるじゃないか、国王の『こ』の字もないぞ? そうだな、これほど災害が起きるのなら、ルネックスのところの発生源はどうだろうな。もしかしたら、誰か亡くなってる奴もいるかもしれねぇな」

「……ハイレフェアか。私にどう安心しろというのだ……民も守れない、ルネックスもどうしているか分からない……」

「そんなの私も同じだ。ルネックスを見送った時なぁ……あの後柄にもなく泣いたんだ。私もあれほどの力が欲しかったなぁって。アンタの頼れる相手には私もいるぜ。どうしたい、言え。整えてやる」

「不敬罪で捕まるぞ」

「問題ない。ルネックスが帰ってきたら罪を消してくれると思うぞ?」

 どこから来るんだ、その自信は。とやはりノックもせずに現れた元奴隷商人ハイレフェアにコレムは苦笑いでそう返す。
 しかし、彼女の登場でずいぶん気が晴れた。どかっと椅子に座ったハイレフェアの表情は歪んでいた。彼女に感情が隠せるのに、どうして。
 一国の王ともあろう者が、こんな弱さを見せてはいけない。いけないんだ。

「協力してくれ。あの者がすぐに帰ってきても困らないように―――整えてやろう」

 その時は丁度聖神とロゼスが現れたときだった。天が割れる。地が割れて、雨に注がれて汚れた水が流れ落ちていく。
 外に出ていくこともできない。だが、コレムはやらなければならないことがある。ルネックスが帰ってきても困らないようにしなくては。
 コレムは兵を呼んだ。上級宮廷魔術師を出来るだけ集めて、民をここから一番遠くはなれた国まで移せ、食料も金もすべて持って行け、と。

 ウリーム、ハーライト、ミェール、ぺチレイラストに命じたのだ。彼らは彼らの弟子である者達も連れて、晴れやかな笑顔を浮かべた。
 ルネックスが驚異的な力でドラゴンを倒したあの日、ハーライトは自分の弱さを呪い、自分はなんて自惚れていたのだろうと自分を怒鳴りつけた。

 ウリームはコレムの姉が反乱したあの日、自分でも思いつかない策を思いついた自分より一回りも二回りも若い少年に釘付けになった。
 まだまだだな、と後悔し、更なる鍛錬を自分のスケジュールに組み込んだ。

 ミェールとぺチレイラストは信じられなかった。立ち尽くしてしまった。強さに、優しさに、頭の良さに。自分達の弱さに。
 このままではいけない、超えなければ。彼に出来るのならば自分にもできる。ルネックスが見ないうちに成長して、見返してやるんだ―――と。

 だからこそ彼らは迷わない。だからこそ彼らは、出来ることを全てするのだ。

「……心強い。さて、私も行こうじゃないか。お前も来るか?」

「面白そうだから行ってやるよ。死んでもアンタを恨みやしないさ。選んだのは私だし、これはルネックスのためにやっていることだしな」

「興味本位で聞きたいのだが……ルネックスに恋でもしたのか?」

「昔はな。でも今は違う。私でも彼氏くらいいるんだぞ!? ……今は憧れだ。私みたいな者に彼は望みが高すぎる。そう思ったら、諦められたよ」

 向かうのは地下。恐怖を紛らわすために懐中電灯を掲げながらハイレフェアとコレムは駄弁る。地下室には恐らくだがこれを少しだけ止められる方法がある。

 好きな人を諦めるのはそう簡単なことじゃない。でも、自分がその人といてもその人は幸せではないかもしれないと思えば、諦められた。
 そんな潔さをハイレフェアは持っていたからこそ、強き乙女などと言われるのだ。

 ふっ、とハイレフェアは微笑んだ。桃色の展開なんてもうないかもしれない。今の彼氏とはラブラブというわけでもないが、一緒にいて楽しい存在ではある。
 だったら守ろう。かつての大切な人の帰ってくるべき場所を―――帰ってくるまで。

「ってか、この魔法陣は私たち二人で足りるのか? ずっと魔力を注いでなくてはならないのだろう?」

「私の魔力は膨大だ。お前にはもし万が一私が倒れてしまった時のために付いてきてもらった。今からするのは聖神がした物と同じ―――召喚だ」

「聖神と同じってことは……魔獣召喚陣か。ずいぶん複雑だぞ、これ?」

 暗い部屋には、懐中電灯を持つハイレフェアの前だけが光っている。ちなみに懐中電灯はハイレフェアが発明したものだ。
 そのくらい部屋で、淡く光る複雑な紋章が刻まれた大きな魔法陣があった。人が一人はいれそうなくらいの大きさだ。
 そしてそれは丁度人一人の魔力を注ぐための生贄を入れる場所でもあった。

 今からすることは『大魔神の召喚』だ。冥王のひとつ下は閻魔、そのもうひとつ下の鬼神、そのさらに下こそが大魔神だ。
 大賢者と同じくらいの格であり、また、冥王に追いつくだろう者だ。元異世界の勇者だったが、復讐のために魔性転換をしたらしい。

「そうだな。大魔神の召喚をするのだからこのくらいは……しかし一週間も持たないかもしれんな。その時は頼んだぞ」

「任せろ。この私にできなかったことなんて告白くらいだ!」

 グッドサインをしたハイレフェアがウィンクをする。そんな彼女に薄く微笑みつつも、コレムが魔法陣の中に入っていく。
 それだけで、淡い光だったものが一層光の強さを増した。この魔法陣は、聖神と対抗するために一度大魔神の召喚をしたことがある。
 しかしそれから何千年も放置されたまま一度も使われたことがない。正直、何らかの不具合が起きても不思議ではないのだ。

 中央に跪き、祈りを捧げる。ハイレフェアが思わず目を閉じてしまうくらい部屋が激しく輝いた。それと同時に天界では冥王アデルが現れていた。
 世界が揺れる音も、世界の狭間が裂ける音も、二人には全く聞こえなかった。

『あんたか? 俺を召喚したのって』

 予想以上に軽い感じで声をかけてきたのは、その通り大魔神だった。コレムは「はい」と答える。話し方に反して威圧感は半端なものではない。
 後ろでハイレフェアが冷汗を流しながら顔を逸らしていることが証拠だ。

『あー、そんな怯えた顔する必要ねぇって。魔力もそんな食わねえよ、質がよさそうではあるけど溜めてあるのがあるから』

「ほ、本当ですか!?」

『ああ。その魔法陣で呼び出されたのは二回目だし……それに天界にはテーラがいるんだろ。あいつなら何が何でも協力しろって怒鳴ってくると思うからさ』

 大賢者と大魔神が知り合いなど、滑稽な話だ。しかし事実はそうなのだ、大魔神の師匠がテーラなのだから仕方ないといえば仕方ない。
 彼はふっと笑うと、魔法陣から足を踏み出した。久しぶりの人間界だ。

『ただ、よく覚えてろよ。俺の名前はセイジ。ただのセイジだ。忘れないでくれ』

 ぴらぴらと手を振ったセイジの目は悲しみに歪んでいた。何のために彼が魔性転換したのか知る者は誰もいない。
 しかし、何となく察せたコレムだった。恐らく忘れる、という事に何らかのこだわりがあるのだろう。自分が忘れられたのか―――それとも。

 コレムは大悪党や勇者の中に、文献の中でだが相棒の名を刻み付けるために行動をしてきたと述べる者を見たことがある。
 それは禁断書庫で、もう見れる者は誰もいないような文献だ。ならば、一人だけ全てを知るコレムだけでも覚えていようと思った。
 そんな話を―――二十年前だったとしても鮮明にコレムは覚えている。

「ありがとうございます。どうか」

『……顔、上げてくれ。王様なんだろ。そんな弱気な顔するな、俺の過去でも察したか? 過ぎたことはどうでもいいんだよ……うわ、冥王来てるし、ちょっくら行ってくるぜ!』

 セイジの姿が消えてようやく周りがどうなっているか聞こえる。窓がないこの部屋だが、はっきりと風が壁を叩いているのが聞こえる。
 この部屋だけ強固な結界が施されており、古のハイエルフから生まれた人間その人が全ての魔力をかけてこの結界を作ったのだ。

 天界からの影響ごときで吹き飛ばされるような相手ではない。ハイレフェアは「想像と違ったな」とぽつりとつぶやく。

「そうだな。魔界は私たちが思っているような悪党ばかりがいるような世界ではないのかもしれないな……」

「無事に帰れたら私が直々に魔界に行ってやるよ。強さも十分あるさ、鍛錬したからな。協力関係でも結ぼうかな、ここであいつと知り合ったわけだし、行けると思う」

「そうか。それは助かる―――帰れたら、だがな―――!?」

 結界にひびが入った。それは魔法陣に入っている者しか感じ取れないわずかな魔力の変化。それは結界の複雑な魔力の流動が狂ったことを表していた。
 アデルの闇の力は、古の力までに影響を及ぼしていた。最も、いにしえという文字で解決できるほどアデルは近代の者じゃないが。

 コレムは必死に祈りを捧げた。神へではなく―――ルネックスへ。

『ルネックス! ルネックス! ルネックス! ルネックス―――!』

救世主メシア! 救世主メシア! 救世主メシア!』

『救いを! 英雄よ、我らに救いを―――!』

 移動しているのだろう民の声が外から響く。その声を聞くだけでまるで自分の事かのように口元がにやけてくる二人だった。

 こんな状態だったとしても、精一杯やろうではないか、できることを。

 ―――間に合ってくれ、ルネックス!

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