僕のブレスレットの中が最強だったのですが
ろくじゅっかいめ 悲劇とか、盾だったね⑤
人間技を超えた、神業をも超えた、最終覚醒の枠にはまらない大賢者と聖神が激しいバトルを繰り広げている。
ゼウスはあくまで援護をしているが、生き残った人間たちが絶え間なく彼に祈りを捧げたことにより、神力が上がり続けている。その分、魔力強度も高くなっていく。
その身体強化を丸切りかけられているテーラの力も、ぐんぐんと上がっていく。
「もっとだよっ! 君は、こんなもんじゃないでしょ!?」
「うっさいなぁ……貴方にはわかんないよ、生まれ持って才能をもって英雄になったくせにッ! 私は追いつけなかった、追い越されて格下に見られた……そんなのッ」
「えー、そんなのでここまでしてるの? そうだとしたら愚かすぎるよ。丁度いい。この世界のシステムでは一番愚かなものを刈り取れば巡回は達成できる。ボクの糧となれ」
一度や二度追い越されて相手を恨んだくらいで、何を言っているのか。テーラには全く分からなかった。もし、この世界がそれを許すのならば。
今まで我慢しかしてこなかった自分は、何のために存在していたのか。
問うたとしても答えてくれないこの世界で――聖神はなぜここまで愚かなのか。
なぜ彼女は答えを望むのか。なぜ彼女は答えを求めるのか。無限に広がるこの宇宙で、どうしてたったひとつを求めるのか、テーラには分からない。
悪い事ではないだろう。しかし、ただの人間ならまだしも、神に認定されるまでになった者がどうしてその選択をしてしまうのか。
だからこそ、神は続かない。だからこそ、いつか討伐の対象になってしまう。
「選択を誤った人は沢山見てきた。ボクが恨まれる対象になったっていうのも少なくはない。君みたいに荒れたことなんて一度もない。人の差は、そういうものなんだね」
初めて見るものばかりだ、とテーラは続けた。テーラは英雄になって世界の巡回をしたいと望んだわけではない。強くなったのは単純で、見下されたのだから見返せということ。
聖神と行ったことは違うが感情は同じ。だが、選択を誤った者と選択が正しかったものとでは決定的に何かが違うのだ。
ゼウスは罪の鉄槌を振り下ろした。魔方陣から舞う鎖につながれた聖神はなおもテーラの話を理解する事が出来なかった。共存できない者同士ということだろう。
生まれ持った性格が正反対と言うならば、これ以上の会話は必要ない。
「君が罪人と言うならば、ボクが君をさばこうじゃないか。ボクの望みはもう達成した。光になって色んな人を見返したんだ。最後の望みを叶えようじゃないか……」
テーラの力がさらに膨れ上がった。爛々と光る黒い瞳が聖神を正確にとらえると、氷を杖にまとわせてくすりと笑った。聖神は固まる。
こんな力があってたまるか。ただ、杖に氷を纏わせたよくある技じゃないか。なんだ、この威圧感は。なんだ、この圧迫感は。もう、息すらできない。
けほっ、とひとつ咳をして、聖神は姿勢を取り直した。世界から強制的に太陽を奪い取り、その熱量を自分の魔術に取り込んだ。
テーラは月を取ることはなく、月光の力を借りて太陽の中心を突き抜ける。この世界の月は光るものであったことが、テーラの救いになった。
ゼウスもただ後衛をしているわけではない。世界の亀裂はどんどん広がっていく。宇宙空間が曝け出されるくらいには、もう手遅れになっている。
そのはざまに吸い込まれる者も、耐えきれず潰されて死ぬ者も増えて行く。もたもたしている暇はない、背後からテーラの幼馴染であり現在勇者のゼロ・ラストが現れた。
「アル・フラウンド!」
聖剣エクスカリバーではなく、この時代の聖剣リスペクトが精霊を纏って光る。鎖につながれたままの聖神の腹を貫いて彼女は吹き飛ぶ。
同時に鎖も切れてしまうが、聖剣で与えた傷は邪神の力では回復することはできない。
「ゼロ! どこに行ってたの?」
「邪神がいねぇって思ったらこいつに飲み込まれてたのか……あぁ、オレ? オレは邪神を封じようと思って。でもいなかったからさ、ビビった」
「そんな無茶しないでよ。絶対封印のスキルはボクしか持てないんだよ?」
「問題ねぇよ。現にオレは怪我してねえだろ? 一緒に本当の邪神を倒せばいいじゃん? あとオレ、帰ってから言いたいことあるからよろしく」
「……ゼウス様」
「だめだ」
「お願い」
「規則は規則、神の原理とかそう言うものではなく……」
「ボク、今から世界の巡回をするんだもん! そんなのいらなくするから、お願い……!」
聖神が腹を抑えて悶える中、ゼウスはテーラの言葉にため息をつきながらも未来視の力を使った。ゼロを生かす方法だけを瞬時に分析する。
この場にゼロがいることは助けにはなるが、同時に危険な賭けに出ることにもなる。天才のゼウスとゼロでは、テーラと聖神には追い付けなくなっている。
才能だよりじゃなかった二人の少女の戦いに、才能だよりの二人では入り込めない。ならば、未来を見る。力があるのなら、使えばいいと。
英雄の卵は天才だ。英雄の種は天才だ。だが、テーラは最初から種でも卵でもなかった。気づいたら英雄の芽になっていて、気づけば世界の頂点に居た。
そんなものいらない。セバスチャンになら分かる。彼女が何を望んでいるのか。
「分かった。テーラ、ゼロが最大の攻撃を放ったら、転移で貴様の神空間に移動させろ。貴様の力で作られた空間ならば、聖神でも容易くは破壊できん」
「分かった。ボクらはどうすればいい?」
「ゼロの攻撃に最大の補正と強化をかけろ。できることはそれだけだ」
勇者の力は無限の光。無限の知識と無限の命と無限の力。それをもってして、邪神では回復不可能な傷を与えられる。
ゼウスは確かに神だが、勇者ほどの思いの強さはいつまでたっても持てない。彼の力の元こそテーラの力。テーラがいるからこそゼウスは確かな思いを持てる。
ゼロがその話を聞いて、大きく息を吸ってリスペクトを構えた。聖神にもう一度鎖をかけようとするが、二度目は引っかからないようだ。
彼女が鎖と戦っている間に、リスペクトへの能力圧縮の準備は整った。もう引かない。もう隠れない。もう盾にしない。
聖神は葛藤していた。自分が悲劇を歩んでいるのではないか、悲劇の下に負けているのではないか。少女の言葉の通り、自分は。
シルフィリアの名を捨ててまで、何を成し遂げようとここまで来たのか。何も分からない。何も知らない。
ならば、邪神の力に身を委ねればいい。もう人間界を恨む力が充満して仕方がない。それが邪神を呼んだ代償だというのならば―――
「やめろ、シルフィリア―――ッ!」
「ひゃっ」
どん、と聖神の視界がぶれた。背中に衝撃が響く。前でテーラが瞠目し、ゼロが攻撃の手を止めたことが分かった。
地面に突っ伏す寸前に自分の体勢を立て直し、彼女は振り向いた。
「ディステシア……なんで」
「それはこっちのセリフだ。何故こんなことをしたッ! かつて一緒に望んだじゃないか、幸せな世界を創ろうって約束したじゃないか」
「……今頃――何言ってんだよ! 見放したくせに、置いて行くくせに、私を見てくれないのに、私に構ってくれないのに……なんで、今頃そんなことを言うんだよ」
もう手遅れだ。涙さえも出ない。ディステシアにそんな言葉をぶつけながら、喜んでいることに気付いた聖神は感情を抑えつけることにした。
此処でひくわけにはいかない。ディステシアは自分を置いて行ったのだから。あれだけ自分を傷つけて―――でも。
話しかけてくれた。会えた。止めてくれようとした。心の奥底で喜んでいる自分が確かにいる。本当の感情をぶちまけたくなってくる。
でも、悪者にならなければいけない。聖神は今、ある計画を考えたのだった。
「いいよ、いいよ。どうせ私を殺そうとするんでしょ、殺せばいいでしょう? 私なんて超えていけばいいでしょ、秀才なんだから、それくらいやっちゃえばいいじゃない」
「ちょい、ディステシアさーん! これって何が起きてるのー!?」
「私にもわからない。だが……私のせいでこうなってしまったというのなら、私の手で全てを終わらせなくてはならない」
「……頼んだよ。ゼロ、リスペクトをボクに貸して。ゼロはセバスチャンと一緒にボクの神空間に帰って。任せてくれない?」
聖神の言葉に一瞬固まったディステシア。彼女にとって、聖神の言葉の全てに心当たりがないのだ。全てが偶然と言う壁の上で作り出されたステージなのだから、この場にいる誰もが被害者であり加害者であることに間違いはない。
ゼロはテーラの言葉から何かを感じ取り、反論を口にすることは無かった。戻って来たセバスチャンに彼が事情を伝えると、二人は転移していなくなる。
リスペクトをテーラが扱えないわけではない。それに、ゼロがした攻撃の準備はしっかりとまだ剣に残っているのだ。
彼女はただそれをもっと強化して発動すればいい。だが、それは今じゃない。
「すまんがシルフィリア。その言葉の全てに心当たりはない。なにか偶然があったのではないか? もう一度ちゃんと話し合おう」
「ほうら、やっぱり。リリスアルファレットの言葉も間違ってなかったんだね……私を騙そうとするのは、一度目で十分!」
聖神はテーラに背を向ける形になって争っている。隙はある。時間もある。テーラに聖神を殺すつもりはなく、今の聖神が本当に覚醒したらどうなってしまうかも薄々かんづいていた。だから、彼女は剣にある術を仕込んだ。
ディステシアの言葉が悪かったのだろう。はっきりと言ってしまう素直な性格も偶然の石をひとつ積み上げてしまったのだろう。
聖神はそれを受け入れることなく、最初に積み上げた石を蹴り飛ばした。積み上げた偶然が全て落下し、真実へと変わる。
「本気で覚醒してあげようじゃないか……死ねぇぇぇえええっ―――!」
もう何もない。しかし、自分はただの空虚じゃない。命があって魂があって意識がある。なら、自分の目的を成し遂げる。
嬉しさも悲しみも全てひっくるめられ、全てが憎しみへと変わっていく。あれだけ、あれだけ傷ついたのに、目の前の女は―――!
なぜそんなに冷静に返す。なぜ自分の気持ちを分かってくれない。弁明の前に、少しは謝りの言葉を口にしてはどうか。
ディステシアは優しい。精霊を呼び出してその攻撃を止めようとはしなかった。精霊の命が散っていくのなど見たくはない。
邪神を最終覚醒『させた』聖神は吠える。邪神が成し遂げられなかったことを自らの体で成し遂げて、世界の亀裂を広げる。
「いかん―――!」
ゼウスが亀裂に力を注入しようとするが、もう間に合いはしない。テーラはあくまで冷静に、自分の力を全てリスペクトに込めた。
ディステシアを助けるうえで何かできることは無いか。それを模索した結果、テーラは聖神を封印することにしたのだ。
リスペクトが光を放ち、聖神は封印された。ディステシアは瀕死になっているが、死にはしないだろう。だが、テーラはどうか。
聖神の力を封印するのに、全ての力を使ってしまった。それでも、封じることしかできない。魂は大きな損傷をおっている。
「ボク……成し遂げたよ……ゼウス、様……褒めて……よ」
最後まで、なりたくて英雄となったわけではない少女はただ、褒めてもらうことを望んでいた。だが無残にも―――世界は壊れた。
聖神シルフィリアのこの事実を記したものも。
全てが一度死んでなくなった事実を知る者も。
テーラが英雄になりたくなかったことさえも。
ゼウスでも一度死んだことがあるという事を。
―――それを記した文献も、それを知る者も、本人以外は誰もいなかった。
『悲劇とか盾だったね―――私は悲劇じゃない。私は、喜劇だ』
そして少女の名は消えた。
ゼウスはあくまで援護をしているが、生き残った人間たちが絶え間なく彼に祈りを捧げたことにより、神力が上がり続けている。その分、魔力強度も高くなっていく。
その身体強化を丸切りかけられているテーラの力も、ぐんぐんと上がっていく。
「もっとだよっ! 君は、こんなもんじゃないでしょ!?」
「うっさいなぁ……貴方にはわかんないよ、生まれ持って才能をもって英雄になったくせにッ! 私は追いつけなかった、追い越されて格下に見られた……そんなのッ」
「えー、そんなのでここまでしてるの? そうだとしたら愚かすぎるよ。丁度いい。この世界のシステムでは一番愚かなものを刈り取れば巡回は達成できる。ボクの糧となれ」
一度や二度追い越されて相手を恨んだくらいで、何を言っているのか。テーラには全く分からなかった。もし、この世界がそれを許すのならば。
今まで我慢しかしてこなかった自分は、何のために存在していたのか。
問うたとしても答えてくれないこの世界で――聖神はなぜここまで愚かなのか。
なぜ彼女は答えを望むのか。なぜ彼女は答えを求めるのか。無限に広がるこの宇宙で、どうしてたったひとつを求めるのか、テーラには分からない。
悪い事ではないだろう。しかし、ただの人間ならまだしも、神に認定されるまでになった者がどうしてその選択をしてしまうのか。
だからこそ、神は続かない。だからこそ、いつか討伐の対象になってしまう。
「選択を誤った人は沢山見てきた。ボクが恨まれる対象になったっていうのも少なくはない。君みたいに荒れたことなんて一度もない。人の差は、そういうものなんだね」
初めて見るものばかりだ、とテーラは続けた。テーラは英雄になって世界の巡回をしたいと望んだわけではない。強くなったのは単純で、見下されたのだから見返せということ。
聖神と行ったことは違うが感情は同じ。だが、選択を誤った者と選択が正しかったものとでは決定的に何かが違うのだ。
ゼウスは罪の鉄槌を振り下ろした。魔方陣から舞う鎖につながれた聖神はなおもテーラの話を理解する事が出来なかった。共存できない者同士ということだろう。
生まれ持った性格が正反対と言うならば、これ以上の会話は必要ない。
「君が罪人と言うならば、ボクが君をさばこうじゃないか。ボクの望みはもう達成した。光になって色んな人を見返したんだ。最後の望みを叶えようじゃないか……」
テーラの力がさらに膨れ上がった。爛々と光る黒い瞳が聖神を正確にとらえると、氷を杖にまとわせてくすりと笑った。聖神は固まる。
こんな力があってたまるか。ただ、杖に氷を纏わせたよくある技じゃないか。なんだ、この威圧感は。なんだ、この圧迫感は。もう、息すらできない。
けほっ、とひとつ咳をして、聖神は姿勢を取り直した。世界から強制的に太陽を奪い取り、その熱量を自分の魔術に取り込んだ。
テーラは月を取ることはなく、月光の力を借りて太陽の中心を突き抜ける。この世界の月は光るものであったことが、テーラの救いになった。
ゼウスもただ後衛をしているわけではない。世界の亀裂はどんどん広がっていく。宇宙空間が曝け出されるくらいには、もう手遅れになっている。
そのはざまに吸い込まれる者も、耐えきれず潰されて死ぬ者も増えて行く。もたもたしている暇はない、背後からテーラの幼馴染であり現在勇者のゼロ・ラストが現れた。
「アル・フラウンド!」
聖剣エクスカリバーではなく、この時代の聖剣リスペクトが精霊を纏って光る。鎖につながれたままの聖神の腹を貫いて彼女は吹き飛ぶ。
同時に鎖も切れてしまうが、聖剣で与えた傷は邪神の力では回復することはできない。
「ゼロ! どこに行ってたの?」
「邪神がいねぇって思ったらこいつに飲み込まれてたのか……あぁ、オレ? オレは邪神を封じようと思って。でもいなかったからさ、ビビった」
「そんな無茶しないでよ。絶対封印のスキルはボクしか持てないんだよ?」
「問題ねぇよ。現にオレは怪我してねえだろ? 一緒に本当の邪神を倒せばいいじゃん? あとオレ、帰ってから言いたいことあるからよろしく」
「……ゼウス様」
「だめだ」
「お願い」
「規則は規則、神の原理とかそう言うものではなく……」
「ボク、今から世界の巡回をするんだもん! そんなのいらなくするから、お願い……!」
聖神が腹を抑えて悶える中、ゼウスはテーラの言葉にため息をつきながらも未来視の力を使った。ゼロを生かす方法だけを瞬時に分析する。
この場にゼロがいることは助けにはなるが、同時に危険な賭けに出ることにもなる。天才のゼウスとゼロでは、テーラと聖神には追い付けなくなっている。
才能だよりじゃなかった二人の少女の戦いに、才能だよりの二人では入り込めない。ならば、未来を見る。力があるのなら、使えばいいと。
英雄の卵は天才だ。英雄の種は天才だ。だが、テーラは最初から種でも卵でもなかった。気づいたら英雄の芽になっていて、気づけば世界の頂点に居た。
そんなものいらない。セバスチャンになら分かる。彼女が何を望んでいるのか。
「分かった。テーラ、ゼロが最大の攻撃を放ったら、転移で貴様の神空間に移動させろ。貴様の力で作られた空間ならば、聖神でも容易くは破壊できん」
「分かった。ボクらはどうすればいい?」
「ゼロの攻撃に最大の補正と強化をかけろ。できることはそれだけだ」
勇者の力は無限の光。無限の知識と無限の命と無限の力。それをもってして、邪神では回復不可能な傷を与えられる。
ゼウスは確かに神だが、勇者ほどの思いの強さはいつまでたっても持てない。彼の力の元こそテーラの力。テーラがいるからこそゼウスは確かな思いを持てる。
ゼロがその話を聞いて、大きく息を吸ってリスペクトを構えた。聖神にもう一度鎖をかけようとするが、二度目は引っかからないようだ。
彼女が鎖と戦っている間に、リスペクトへの能力圧縮の準備は整った。もう引かない。もう隠れない。もう盾にしない。
聖神は葛藤していた。自分が悲劇を歩んでいるのではないか、悲劇の下に負けているのではないか。少女の言葉の通り、自分は。
シルフィリアの名を捨ててまで、何を成し遂げようとここまで来たのか。何も分からない。何も知らない。
ならば、邪神の力に身を委ねればいい。もう人間界を恨む力が充満して仕方がない。それが邪神を呼んだ代償だというのならば―――
「やめろ、シルフィリア―――ッ!」
「ひゃっ」
どん、と聖神の視界がぶれた。背中に衝撃が響く。前でテーラが瞠目し、ゼロが攻撃の手を止めたことが分かった。
地面に突っ伏す寸前に自分の体勢を立て直し、彼女は振り向いた。
「ディステシア……なんで」
「それはこっちのセリフだ。何故こんなことをしたッ! かつて一緒に望んだじゃないか、幸せな世界を創ろうって約束したじゃないか」
「……今頃――何言ってんだよ! 見放したくせに、置いて行くくせに、私を見てくれないのに、私に構ってくれないのに……なんで、今頃そんなことを言うんだよ」
もう手遅れだ。涙さえも出ない。ディステシアにそんな言葉をぶつけながら、喜んでいることに気付いた聖神は感情を抑えつけることにした。
此処でひくわけにはいかない。ディステシアは自分を置いて行ったのだから。あれだけ自分を傷つけて―――でも。
話しかけてくれた。会えた。止めてくれようとした。心の奥底で喜んでいる自分が確かにいる。本当の感情をぶちまけたくなってくる。
でも、悪者にならなければいけない。聖神は今、ある計画を考えたのだった。
「いいよ、いいよ。どうせ私を殺そうとするんでしょ、殺せばいいでしょう? 私なんて超えていけばいいでしょ、秀才なんだから、それくらいやっちゃえばいいじゃない」
「ちょい、ディステシアさーん! これって何が起きてるのー!?」
「私にもわからない。だが……私のせいでこうなってしまったというのなら、私の手で全てを終わらせなくてはならない」
「……頼んだよ。ゼロ、リスペクトをボクに貸して。ゼロはセバスチャンと一緒にボクの神空間に帰って。任せてくれない?」
聖神の言葉に一瞬固まったディステシア。彼女にとって、聖神の言葉の全てに心当たりがないのだ。全てが偶然と言う壁の上で作り出されたステージなのだから、この場にいる誰もが被害者であり加害者であることに間違いはない。
ゼロはテーラの言葉から何かを感じ取り、反論を口にすることは無かった。戻って来たセバスチャンに彼が事情を伝えると、二人は転移していなくなる。
リスペクトをテーラが扱えないわけではない。それに、ゼロがした攻撃の準備はしっかりとまだ剣に残っているのだ。
彼女はただそれをもっと強化して発動すればいい。だが、それは今じゃない。
「すまんがシルフィリア。その言葉の全てに心当たりはない。なにか偶然があったのではないか? もう一度ちゃんと話し合おう」
「ほうら、やっぱり。リリスアルファレットの言葉も間違ってなかったんだね……私を騙そうとするのは、一度目で十分!」
聖神はテーラに背を向ける形になって争っている。隙はある。時間もある。テーラに聖神を殺すつもりはなく、今の聖神が本当に覚醒したらどうなってしまうかも薄々かんづいていた。だから、彼女は剣にある術を仕込んだ。
ディステシアの言葉が悪かったのだろう。はっきりと言ってしまう素直な性格も偶然の石をひとつ積み上げてしまったのだろう。
聖神はそれを受け入れることなく、最初に積み上げた石を蹴り飛ばした。積み上げた偶然が全て落下し、真実へと変わる。
「本気で覚醒してあげようじゃないか……死ねぇぇぇえええっ―――!」
もう何もない。しかし、自分はただの空虚じゃない。命があって魂があって意識がある。なら、自分の目的を成し遂げる。
嬉しさも悲しみも全てひっくるめられ、全てが憎しみへと変わっていく。あれだけ、あれだけ傷ついたのに、目の前の女は―――!
なぜそんなに冷静に返す。なぜ自分の気持ちを分かってくれない。弁明の前に、少しは謝りの言葉を口にしてはどうか。
ディステシアは優しい。精霊を呼び出してその攻撃を止めようとはしなかった。精霊の命が散っていくのなど見たくはない。
邪神を最終覚醒『させた』聖神は吠える。邪神が成し遂げられなかったことを自らの体で成し遂げて、世界の亀裂を広げる。
「いかん―――!」
ゼウスが亀裂に力を注入しようとするが、もう間に合いはしない。テーラはあくまで冷静に、自分の力を全てリスペクトに込めた。
ディステシアを助けるうえで何かできることは無いか。それを模索した結果、テーラは聖神を封印することにしたのだ。
リスペクトが光を放ち、聖神は封印された。ディステシアは瀕死になっているが、死にはしないだろう。だが、テーラはどうか。
聖神の力を封印するのに、全ての力を使ってしまった。それでも、封じることしかできない。魂は大きな損傷をおっている。
「ボク……成し遂げたよ……ゼウス、様……褒めて……よ」
最後まで、なりたくて英雄となったわけではない少女はただ、褒めてもらうことを望んでいた。だが無残にも―――世界は壊れた。
聖神シルフィリアのこの事実を記したものも。
全てが一度死んでなくなった事実を知る者も。
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