僕のブレスレットの中が最強だったのですが
ごじゅうはちかいめ 悲劇の舞台は終わらない?③
「面倒くさいですね。最初から、私はあの方を聖神にするなと言いましたのに……だからこうなるのです。まあ、私の権限を使いましょうか」
信仰者も多く、知らない者は誰もいないといっていいほどの上級神リリスアルファレット。またの名を―――大聖神。慟哭の夜が、幕を開けた。
☆
『―――ちょっと侵入者、あんた、何者よ? どうして精霊界へ踏み込むのかしら? その汚らわしい脚で踏み込まないでくださる?』
「あ、そうじゃなくて。私はシルフィリア。ディステシア様の友人だよ。だから、入れてくれない?」
勿論、目の前に居るピンクの髪を、重力を完全に無視して辺りにバサァと派手に散りばめた少女の精霊はシルフィリアがディステシアの友人であることを知っている。精霊の情報収集力を舐めないことだ、というのは昔から噂されている。
なので勿論、彼女がディステシアに依存していることも十分に知っている。彼女を精霊界へ入れない理由の中にはそれもある。
だがそれ以上に、いきなり訪れた侵入者に故郷を汚された気がしたのだ。主でもない、噂程度しか知らない、しかも、主の迷惑となっている人物なのだ。
主がどう思っているかは抜くとして、依存しているという事実そのものが、だ。
『ふん。どうしてそう言われたからって入れなきゃならないのかしら? 汚らわしい脚で踏み込むなと言ったでしょう?』
「……ねぇ、ディステシアの元の精霊ってみんな私にこういうの?」
『? 当たり前じゃないの。貴方は侵入者よ? 主に会わせるわけにはいかないじゃない、主は忙しいのよ、さっさと散るかしら』
「ディステシア、が? どうして、どうして? 会わせなさい! 早く!」
疑念が強く、このころには束縛心も表に出始めたシルフィリアは、少女精霊の言葉を勘違いした。自分だけにそうやって歯を向けているのだと思ったのだ。
主に会わせるわけにはいかない、とも言われた。それは、勘違いしている彼女にとってディステシアに嫌われた事実を突きつけられたというものだ。
勿論、依存の心理など全く知らない精霊には、彼女の取り乱しようにさらに警戒心を高めた。他の精霊仲間を呼ぶと、戦闘態勢に入る。
「……分かった、分かったよ。そうなんだね、そう言うことなんだね……迷惑になったつもりも何もない、どうしてディステシアは私に会ってくれないの」
『バカじゃないのかしら。忙しいに決まっているのよ。貴方には分からないでしょうね、私は一番近くで見ているのよ?』
それは、ディステシアが自分に会いたくないと遠回しに言うための言い訳。精霊の言葉は、自分の方がディステシアを知るという嘲笑。
勘違いしたままの、幼い心と大人の脳を揃えた少女は何かが崩れた気がした。心はまだ幼いのに、考えだけが大人らしくなっていく。
考えてしまうのは、利害関係。違う、違うんだ。したいのはそういうことじゃない。ディステシアに聞きに行きたいんだ。
どうしてそんな言い訳を並べてまで、私を遠ざけようとするのか知りたいのだ。
あの時華麗に自分を助けてくれた行動も全て―――嘘だった、のか?
「ちがう、違う違う違う違う違う―――! お前だ、お前が嘘をついているんだ、ディステシアは私を裏切ったりしない! いやだ、いやだぁ、いやだよぉ……」
「―――どうしたんだ、フランビィーレ?」
奥から聞きなれた少女の声が聞こえる。神空間へと閉じこもったディステシアに今のシルフィリアは見えない。
実際、精霊管理神とは見かけよりも忙しく、それは内部の人間しか知らないようになっている。ゼウスや称号持ちの神の中でも上位の神や、精霊管理神を務めたことのある神。
何故なら、人間界に最も近い神についての情報が流出するわけにはいかないからだ。新しく神となったシルフィリアにそれを知る環境は無かった。
フランビィーレと呼ばれた少女は、侵入者の排除、と答えた。かちん、と音がしてシルフィリアは鮮やかな思い出の色が全て褪せた気がした。
あぁ、壊れてしまったのだ。あろうことかディステシアは「そうか」で終わらせてしまった。あれだけ喚いたというのに、何年も隣に居たのに、自分の声すら分かってくれないのか。
神空間というのは、特に集中している場合はっきりと声が聞こえない。フランビィーレの声は特徴的だから分かったのと、彼女はディステシアの近衛騎士のような役割を持っているからだろう。
それにもうひとつは、ディステシアがシルフィリアは取り乱すような者ではないと―――ずっと信じていたからだ。
「ちっくしょー、ようやく追いついたぜこら! 帰れ、送還!」
「ぁ……まって、まだ」
手を伸ばした。フランビィーレが涙を流すシルフィリアを見て怪訝そうに眉をひそめたが、セバスチャンが彼女を追いかけているのを見て何らかの罪を犯して精霊界へ逃げてきたのかと誤解した。
聖神が罪を犯すなどと言うことはありえないに等しいが、人間なうえに心が不安定、就職したばかりの神と聞けば、ありえなくもない。
未熟な少年と、感情を狂わせた少女。分かり合えるはずもない、気遣いをまだ完全に知らない少年が少女の気持ちがわかるはずもない。
セバスチャンが冷静沈着を覚えたのは、この事件だという事実は変わらないが。
『ふん。汚らわしい罪人がこんなところまでくるなんて、精霊界が汚れてしまうわ。全く、貴方などがどうして神になれたんですの?』
少女の言葉に、消え去る意識の中シルフィリアは瞠目した。罪人、そんな扱いをされてしまっているのか。ディステシアに。
―――ああ、私の勇者、私の救世主。私だけの親友。私だけのモノ。
貴方は私を裏切っちゃダメなんだよ。貴方だけはずっと私のそばに―――。
「……ここは?」
かすれた声で問うた少女シルフィリア。髪量が多い銀髪が地面に散乱し太陽に照らされてみるものを惑わす輝きを放っている。
シルフィリアの声に覇気はない。ぐるりと見まわし、そこがいつも見る事務室もとい神空間であることを認知する。
あの少年に連れ戻されてしまったのだ、もしかしたらそれもディステシアが計画したのかもしれない。もしかしたら、最初から。
会えないが故に自意識過剰の被害妄想ばかりがふくらんでいく。
「失礼します。リリスアルファレットです。貴方には、これから聖神の仕事に没頭してもらいます……扉には強力な結界が張られておりますので、脱出は不可能です。何かあれば私をお呼びください。……くれぐれも、下らない事で呼ぶのはおやめください」
「リリスアルファレット……? あなた自分で何を言っているのか分かってるの? 私をここから出しなさい、ディステシアに会わせなさい。聞きたいの、ねぇ、お願い。彼女の声を聞きたいのよ」
「無理ですね。えぇ、上級神の分際でと言いたいのでしょう? ですが無駄ですね、貴方の問題はすでにずいぶんなものとなっております。気づいてすらいなかったようですね……それでは失礼いたします」
ノックもせずに入り込んできたリリスアルファレットは、言いたいことをすらすらと述べていくとパタンと扉を閉めた。
元から従順ではなかった、それにシルフィリアにはディステシアがいた。それを分かっていたので今までは彼女に捨てられても意味は無いと思っていた。
今は違う。ディステシアが、希望の光が、もう見えない。遠ざかっている。かつて、あんなに追いつきたかったのに、追いついたと思ったのに。
一瞬の間にあっという間に見えないところまで消えていってしまった。
リリスアルファレットでも良かった、誰かにそばに居て欲しかった。一言でいい、心配の声が欲しかったのだ。
「うぅ……うぅぁぁあああ……―――」
どうすればいいのかわからない。今まで頼って来た、分からないときはディステシアに頼って、一緒に答えを出してきた。
頼り切ることなく、自分で答えを見つけてきたこともあった。
でも、原点が居ない。動力が居ない。あろうことか、それらの役割を果たしていた少女は自分を嫌っている―――?
幼い脳ではもっと深いところまで考えつかない。大人の心も作動しない。所詮大人の心と偽っていた物は化けの皮であり、今はそれがはがれただけ。
小さく繊細な一本の繊維で結びついていたそれが、崩れ落ちただけ。支えるものが完全に無くなった少女は光を失った目で涙を流す。
「あぁ、うぁ」
何も知ってこなくて、頼る事しか知らなかったシルフィリアに思い付くのは、無限の悲劇を与える大破壊だけだった。
幸い、禁書庫を管理する仕事を奪い取った彼女には、まだまだ成長の余地はある。そして、全てを壊す事が出来ることも分かっていた。
「……ディステシアのことだ……優しい、から。出てくるかなぁ……破壊、して、全部壊し、たら……だめ、かなぁ……?」
もう全てを失ったその心でも、シルフィリアはディステシアの優しさを信じ続けた。深く考えることは苦手だ、子どもでもわかる計画は大人の心を揺さぶる事もある。
中途半端な知識で、中途半端な計画で、中途半端な心で、何もかもが最後まで終わる事が出来なかった少女は突っ走る。
墓穴を掘っていることも知らずに。終わりを歩んでいることも知らずに。全てを知らないまま、シルフィリアはある魔術を完成させた。
「―――【邪神魂】
邪神をそのまま自分の体の魂に密着させ、二つでひとつの巨大な力を持つ魂を作り上げる。それを受け入れられるだけの体こそ、シルフィリアだった。ゆっくり、というものに執着しない彼女の体は加速的に成長できる。
根本的にディステシアとタイプが違う彼女は、すんなりと力を受け入れた。
何故か闇が心地いい。全てはディステシアのためにやっているのだから、ひとつも間違っていない。だから、叱らないで、怒らないで。
優しくしてほしいの。罵倒は要らないの。自分で、退ければいいでしょ。
「―――最終覚醒【終焉之果てに目覚めよ】あぁ我が物語、我が手で作りかえる、願わくば闇、無限の破壊へ導いておくれ」
『貴様か、我が力を望んだのは。貴様は、無限の破壊を約束してくれるな? 約束してくれるならば、それ相応の力を与えよう』
「はい」
『ならば、我の力に恥じぬ世紀の破壊を成し遂げるがいいッ!』
迫力のこもる声に負けぬよう力強い声を掲げた聖神は、拳を握って見えない靄のかかる未来を強制突破しようとするのだった。
そして、リリスアルファレットはこの未来が見えていた。神の軍隊はすぐそこにいる、そこには17歳になったテーラもいた。
最終覚醒をするまでに、七年の時間をも要した。その間、神界ではどれだけの計画を練れただろうか。聖神は唇をかみしめた。
彼女は邪神を呼び覚ました時点で純粋な少女としての『シルフィリア』を捨てた。今の彼女はシルフィリアでもプロミネイトでもない、ただの聖神だ。無限の破壊しか望まない、悪者なのだ。子供の絵本には悪党として、騎士には倒す目標としてうたわれる。
どの文献にも、ディステシアのこともシルフィリアの名も書かれることは無く、聖神はただの聖神として神界へ大破壊の災いを迎えさせた。
「面倒くさいですね。最初から、私はシルフィリアなどを聖神にするなと言いましたのに……だからこうなるのです。まあ、私の権限を使いましょうか」
「リリスアルファレット……?」
「呼び捨てにしないでくださいよ、汚らわしい。上級神じゃないのです、私は大聖神、貴方ごときが呼び捨てにしてよい相手ではないのです……地面に這いつくばっていらっしゃい、神界を混沌の闇にするなど、無視できないですよ」
「大聖神様? リリスアルファレット……様が? 私を裏切ったの? 最初から、私の側近などではなかったの?」
「最初からゼウス様は見抜いておりましたよ、貴方は危ない相手だと。最初から貴方の味方など居なかったのですよ?」
―――え?
神界を破壊していくうちたどり着いた上級神以上が集う空間。リリスアルファレットはゼウスより比較的近い位置の椅子に腰かけながら面倒臭そうに、眠たそうな目をして重力に逆らう髪の毛を静かに弄っていた。
そんな仕草も見えないくらい、シルフィリアの頭は真っ白になったのだった。
信仰者も多く、知らない者は誰もいないといっていいほどの上級神リリスアルファレット。またの名を―――大聖神。慟哭の夜が、幕を開けた。
☆
『―――ちょっと侵入者、あんた、何者よ? どうして精霊界へ踏み込むのかしら? その汚らわしい脚で踏み込まないでくださる?』
「あ、そうじゃなくて。私はシルフィリア。ディステシア様の友人だよ。だから、入れてくれない?」
勿論、目の前に居るピンクの髪を、重力を完全に無視して辺りにバサァと派手に散りばめた少女の精霊はシルフィリアがディステシアの友人であることを知っている。精霊の情報収集力を舐めないことだ、というのは昔から噂されている。
なので勿論、彼女がディステシアに依存していることも十分に知っている。彼女を精霊界へ入れない理由の中にはそれもある。
だがそれ以上に、いきなり訪れた侵入者に故郷を汚された気がしたのだ。主でもない、噂程度しか知らない、しかも、主の迷惑となっている人物なのだ。
主がどう思っているかは抜くとして、依存しているという事実そのものが、だ。
『ふん。どうしてそう言われたからって入れなきゃならないのかしら? 汚らわしい脚で踏み込むなと言ったでしょう?』
「……ねぇ、ディステシアの元の精霊ってみんな私にこういうの?」
『? 当たり前じゃないの。貴方は侵入者よ? 主に会わせるわけにはいかないじゃない、主は忙しいのよ、さっさと散るかしら』
「ディステシア、が? どうして、どうして? 会わせなさい! 早く!」
疑念が強く、このころには束縛心も表に出始めたシルフィリアは、少女精霊の言葉を勘違いした。自分だけにそうやって歯を向けているのだと思ったのだ。
主に会わせるわけにはいかない、とも言われた。それは、勘違いしている彼女にとってディステシアに嫌われた事実を突きつけられたというものだ。
勿論、依存の心理など全く知らない精霊には、彼女の取り乱しようにさらに警戒心を高めた。他の精霊仲間を呼ぶと、戦闘態勢に入る。
「……分かった、分かったよ。そうなんだね、そう言うことなんだね……迷惑になったつもりも何もない、どうしてディステシアは私に会ってくれないの」
『バカじゃないのかしら。忙しいに決まっているのよ。貴方には分からないでしょうね、私は一番近くで見ているのよ?』
それは、ディステシアが自分に会いたくないと遠回しに言うための言い訳。精霊の言葉は、自分の方がディステシアを知るという嘲笑。
勘違いしたままの、幼い心と大人の脳を揃えた少女は何かが崩れた気がした。心はまだ幼いのに、考えだけが大人らしくなっていく。
考えてしまうのは、利害関係。違う、違うんだ。したいのはそういうことじゃない。ディステシアに聞きに行きたいんだ。
どうしてそんな言い訳を並べてまで、私を遠ざけようとするのか知りたいのだ。
あの時華麗に自分を助けてくれた行動も全て―――嘘だった、のか?
「ちがう、違う違う違う違う違う―――! お前だ、お前が嘘をついているんだ、ディステシアは私を裏切ったりしない! いやだ、いやだぁ、いやだよぉ……」
「―――どうしたんだ、フランビィーレ?」
奥から聞きなれた少女の声が聞こえる。神空間へと閉じこもったディステシアに今のシルフィリアは見えない。
実際、精霊管理神とは見かけよりも忙しく、それは内部の人間しか知らないようになっている。ゼウスや称号持ちの神の中でも上位の神や、精霊管理神を務めたことのある神。
何故なら、人間界に最も近い神についての情報が流出するわけにはいかないからだ。新しく神となったシルフィリアにそれを知る環境は無かった。
フランビィーレと呼ばれた少女は、侵入者の排除、と答えた。かちん、と音がしてシルフィリアは鮮やかな思い出の色が全て褪せた気がした。
あぁ、壊れてしまったのだ。あろうことかディステシアは「そうか」で終わらせてしまった。あれだけ喚いたというのに、何年も隣に居たのに、自分の声すら分かってくれないのか。
神空間というのは、特に集中している場合はっきりと声が聞こえない。フランビィーレの声は特徴的だから分かったのと、彼女はディステシアの近衛騎士のような役割を持っているからだろう。
それにもうひとつは、ディステシアがシルフィリアは取り乱すような者ではないと―――ずっと信じていたからだ。
「ちっくしょー、ようやく追いついたぜこら! 帰れ、送還!」
「ぁ……まって、まだ」
手を伸ばした。フランビィーレが涙を流すシルフィリアを見て怪訝そうに眉をひそめたが、セバスチャンが彼女を追いかけているのを見て何らかの罪を犯して精霊界へ逃げてきたのかと誤解した。
聖神が罪を犯すなどと言うことはありえないに等しいが、人間なうえに心が不安定、就職したばかりの神と聞けば、ありえなくもない。
未熟な少年と、感情を狂わせた少女。分かり合えるはずもない、気遣いをまだ完全に知らない少年が少女の気持ちがわかるはずもない。
セバスチャンが冷静沈着を覚えたのは、この事件だという事実は変わらないが。
『ふん。汚らわしい罪人がこんなところまでくるなんて、精霊界が汚れてしまうわ。全く、貴方などがどうして神になれたんですの?』
少女の言葉に、消え去る意識の中シルフィリアは瞠目した。罪人、そんな扱いをされてしまっているのか。ディステシアに。
―――ああ、私の勇者、私の救世主。私だけの親友。私だけのモノ。
貴方は私を裏切っちゃダメなんだよ。貴方だけはずっと私のそばに―――。
「……ここは?」
かすれた声で問うた少女シルフィリア。髪量が多い銀髪が地面に散乱し太陽に照らされてみるものを惑わす輝きを放っている。
シルフィリアの声に覇気はない。ぐるりと見まわし、そこがいつも見る事務室もとい神空間であることを認知する。
あの少年に連れ戻されてしまったのだ、もしかしたらそれもディステシアが計画したのかもしれない。もしかしたら、最初から。
会えないが故に自意識過剰の被害妄想ばかりがふくらんでいく。
「失礼します。リリスアルファレットです。貴方には、これから聖神の仕事に没頭してもらいます……扉には強力な結界が張られておりますので、脱出は不可能です。何かあれば私をお呼びください。……くれぐれも、下らない事で呼ぶのはおやめください」
「リリスアルファレット……? あなた自分で何を言っているのか分かってるの? 私をここから出しなさい、ディステシアに会わせなさい。聞きたいの、ねぇ、お願い。彼女の声を聞きたいのよ」
「無理ですね。えぇ、上級神の分際でと言いたいのでしょう? ですが無駄ですね、貴方の問題はすでにずいぶんなものとなっております。気づいてすらいなかったようですね……それでは失礼いたします」
ノックもせずに入り込んできたリリスアルファレットは、言いたいことをすらすらと述べていくとパタンと扉を閉めた。
元から従順ではなかった、それにシルフィリアにはディステシアがいた。それを分かっていたので今までは彼女に捨てられても意味は無いと思っていた。
今は違う。ディステシアが、希望の光が、もう見えない。遠ざかっている。かつて、あんなに追いつきたかったのに、追いついたと思ったのに。
一瞬の間にあっという間に見えないところまで消えていってしまった。
リリスアルファレットでも良かった、誰かにそばに居て欲しかった。一言でいい、心配の声が欲しかったのだ。
「うぅ……うぅぁぁあああ……―――」
どうすればいいのかわからない。今まで頼って来た、分からないときはディステシアに頼って、一緒に答えを出してきた。
頼り切ることなく、自分で答えを見つけてきたこともあった。
でも、原点が居ない。動力が居ない。あろうことか、それらの役割を果たしていた少女は自分を嫌っている―――?
幼い脳ではもっと深いところまで考えつかない。大人の心も作動しない。所詮大人の心と偽っていた物は化けの皮であり、今はそれがはがれただけ。
小さく繊細な一本の繊維で結びついていたそれが、崩れ落ちただけ。支えるものが完全に無くなった少女は光を失った目で涙を流す。
「あぁ、うぁ」
何も知ってこなくて、頼る事しか知らなかったシルフィリアに思い付くのは、無限の悲劇を与える大破壊だけだった。
幸い、禁書庫を管理する仕事を奪い取った彼女には、まだまだ成長の余地はある。そして、全てを壊す事が出来ることも分かっていた。
「……ディステシアのことだ……優しい、から。出てくるかなぁ……破壊、して、全部壊し、たら……だめ、かなぁ……?」
もう全てを失ったその心でも、シルフィリアはディステシアの優しさを信じ続けた。深く考えることは苦手だ、子どもでもわかる計画は大人の心を揺さぶる事もある。
中途半端な知識で、中途半端な計画で、中途半端な心で、何もかもが最後まで終わる事が出来なかった少女は突っ走る。
墓穴を掘っていることも知らずに。終わりを歩んでいることも知らずに。全てを知らないまま、シルフィリアはある魔術を完成させた。
「―――【邪神魂】
邪神をそのまま自分の体の魂に密着させ、二つでひとつの巨大な力を持つ魂を作り上げる。それを受け入れられるだけの体こそ、シルフィリアだった。ゆっくり、というものに執着しない彼女の体は加速的に成長できる。
根本的にディステシアとタイプが違う彼女は、すんなりと力を受け入れた。
何故か闇が心地いい。全てはディステシアのためにやっているのだから、ひとつも間違っていない。だから、叱らないで、怒らないで。
優しくしてほしいの。罵倒は要らないの。自分で、退ければいいでしょ。
「―――最終覚醒【終焉之果てに目覚めよ】あぁ我が物語、我が手で作りかえる、願わくば闇、無限の破壊へ導いておくれ」
『貴様か、我が力を望んだのは。貴様は、無限の破壊を約束してくれるな? 約束してくれるならば、それ相応の力を与えよう』
「はい」
『ならば、我の力に恥じぬ世紀の破壊を成し遂げるがいいッ!』
迫力のこもる声に負けぬよう力強い声を掲げた聖神は、拳を握って見えない靄のかかる未来を強制突破しようとするのだった。
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彼女は邪神を呼び覚ました時点で純粋な少女としての『シルフィリア』を捨てた。今の彼女はシルフィリアでもプロミネイトでもない、ただの聖神だ。無限の破壊しか望まない、悪者なのだ。子供の絵本には悪党として、騎士には倒す目標としてうたわれる。
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「リリスアルファレット……?」
「呼び捨てにしないでくださいよ、汚らわしい。上級神じゃないのです、私は大聖神、貴方ごときが呼び捨てにしてよい相手ではないのです……地面に這いつくばっていらっしゃい、神界を混沌の闇にするなど、無視できないですよ」
「大聖神様? リリスアルファレット……様が? 私を裏切ったの? 最初から、私の側近などではなかったの?」
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