僕のブレスレットの中が最強だったのですが

なぁ~やん♡

ごじゅうななかいめ 悲劇の舞台だよ?②

 時にして何年経っただろうか。自分としては一か月も経っていないような気はするが、人間界では何年も経っているだろうか。
 ぱたん、と聖神の座に就いた少女シルフィリアは難しい内容が記された本を閉じた。最近は別に忙しくもなく、特に暇と言うわけでもない。
 聖神が受け持つ仕事は、常に世界に亀裂が生まれないか配慮すること。そして神界の反乱について常に視察、考察、監視すること。

 特に反乱を企てようという神々はいないので、彼女にはあまり仕事がないのだ。
 だが、やることはある。魔術を極めたり、神界についての本を読んだり、人間界の文献を読んでみたり。だが彼女の心はやはりディステシアにあった。
 仕事があまりないからこそ、シルフィリアを聖神の座に就かせることを承認しているということはほんの一握りしか知らないことだ。依存心の強い彼女は、あまり重要な座に置いておくわけにはいかないし、かといってその力は本物なので小さく縮こまらせているわけにもいかない。

「ふう……ディステシア、何してるかなぁ。精霊たちと遊んでるかなぁ、熱心に魔術の練習でもしてるかな? それとも人間界に遊びにでも行ってるのかな。ね、リリスアルファレット」

「……そうですね。精霊管理神は人間界に関してならできることが多いですから。ところで、とある中級神が人間界で悪さをしているようですが―――」

「リリスアルファレットが解決できないこと? 私、近頃ディステシアのところへ遊びに行きたいの。だからしばらくお願いしてもいい?」

 神界から精霊界へ下ることはできるとゼウスはいったが、仮にも聖神とは世界を創った創造全能神クリエイトエンジェルマスター創造神クリエイトマスターと二段階しか違わないのだ。
 仕事を放りだすとはいかなくても友人に会いに行くために精霊界に下ったことが伝われば神々は彼女へ避難の声を上げるだろう。

 考えれば分かるのではないか、と、シルフィリアに支給されたメイド兼執事兼マネージャーリリスアルファレットはため息を漏らした。
 精霊界へ視察に行く任務だってこれからあるはずだ。それは何も聖神になったとたんに配られる任務ではない。
 神とは悠久の時間を生きる。マネージャーであろうとリリスアルファレットは上級神の一人だ。彼女もそれは変わらない。
 それだけの時間すら待てないのか、と彼女はいら立ちを隠すためにメガネに触れる。

「それは不可能かと。シルフィリア様。仕事がないわけではないのです、貴方の手元にはすべての神々の資料があるではないですか。それに先程の中級神の事も放っておいたらどうなるかは分からないのですよ」

「うーん、どうもちょっと疲れちゃって。それに、その中級神のことだってリリスアルファレットがどうにかできないことかな? そうだったらもちろん私がやるけど、本当に貴方じゃ処理できないこと?」

「私でも可能です。しかし、聖神の威厳を見せてやらねばならない舞台がこれからなのですよ。それを放り投げてまでディステシア様に会いに行くというのですか?」

「そんな舞台、ディステシアに会いに行くより重要じゃないと思うけどなぁ?」

 依存とは、その相手に長い間会わなければもっと進行していくものだ。すでに彼女の精神にひび割れが起こるくらいそれは進行していた。
 しかしそれをなだめるようにと言われたのがリリスアルファレットの仕事だ。彼女は全能神ゼウスを崇めている。彼の言葉なら、聞かないことは無い。

 会わないと気が済まない。お願いだ、会わせてくれ。すでに気遣いのかけらもない彼女の言葉から、焦りが見えていた。
 気すら配れないほど焦る依存の感情。もう駄目だ、とリリスアルファレットは思う。煌めく瞳は黒く淀み、神からは程遠い。
 しかしその絶対なる力は日に日に強くなるので、立場を降ろすわけにもいかない。

「……分かりました。近いうち、ゼウス様と掛け合ってみます。シルフィリア様は目の前の仕事を終わらせてくださいませ。あまり急いでもいいことはありません。それでは、私はこれにて失礼させていただきます……」

「分かった。いろいろありがとね、リリスアルファレット。期待してる」

 勿論それを知っているリリスアルファレットは、ただシルフィリアのその強大な力を利用するためだけに従順な態度を崩さない。
 少女らしい笑顔を浮かべたシルフィリアだが、そこに純粋の色は無い。ぱたんと扉を閉めた、ぴっちりとした服を着た少女は小さくため息をつく。

 自分の主はどうしたものか。ひとつ上の大聖神様に示しがつかないではないか。あろうことかこれでは神界の屈辱にもなるかもしれない。
 リリスアルファレットはそれを危惧したために、ゼウスに相談することにした。

『そうか……そこまで進行しているとは我も思わんかった。精霊管理神とは内部しか知らんようにしているが忙しい……会いに行っても合えるかどうかは知らぬ。しかし、このままでは……』

「私としては、彼女を一度会わせた方が良いかと思います。会えば、色々語り合えるだろうし、一度会えば静まるのではないでしょうか?」

『だが、会えぬ可能性の方が高い。精霊管理神に会ったことのある者しか知らないが、会えるはずもないと言い切ろう』

「……どうすればよいのか見当もつきませんね。神界で大破壊をされても困りますし、その実力を無視するわけにもいかない……」

 人間界に戻せば、人間界を破壊してしまう確率もある。人間とは不確定すぎて、神にとって信じるに足らないのだ。
 まあ、ゼウスはディステシアを信じたがために精霊管理神にしたのだが、彼女は信じるに足りる相手だ。だが、シルフィリアは誰からどう見ても不安定すぎる。
 あの時、神界に上げなければよかったと声を上げる者もいる。しかし、ディステシアに置いて行かれた彼女が果たして人間界で破壊の限りを尽くしはしないと約束できるのだろうか。

 二人は頭を悩ませた結果、精霊界への視察の任務をシルフィリアに与えることにした。新しく就任した髪にしてはやや早い任務だ。
 しかし、ゆるやかな時間を持つ神ならばそれも悪くない。少なくとも、世界の平衡を崩されるよりははるかに良いのだ。
 だが、そんな甘い考えはすぐに散る。
 普段ならノックされるはずのゼウスの神空間をノックもせずに結界を突き破り、入って来たのは中級神ヴィーナズケイトだ。
 中級神だが、あまり「これだ!」という明確な仕事は与えられず、神々の仕事を調査し、不穏な話題がないかを調べる役割を持つ。

「失礼します! 処刑は、話の後にお願いします……急ぎなんです!」

『うむ。話せ』

「シルフィリア様が、止めるのを押し切って、精霊界へ行こうとしております……タイムゲートにもう乗り込んでおります、もう、間に合いません……!」

 神力を使ってまで走って来たのか、シルフィリアのいる神空間とゼウスのいる絶対的な神空間とでは、決定的に距離が違う。
 ヴィーナズケイトがここまでくる間に、シルフィリアはどれだけ進んだだろうか。ゼウスは瞠目し、リリスアルファレットが忌々し気に唇を噛んだ。

 こういうことは、無かったわけではない。反乱とみなし、すぐに処刑したという例は多々ある。人間をすんなりと全て信じる神はいない。
 少なくとも、就任して5000年までは、見張りと言う名の監視係が付いている。

 シルフィリアが何をしていたか、どんな研究をしようとしていたか、リリスアルファレットからそれなりに報告は貰っていた。
 禁書庫を漁り、禁術を学び、しかしそれを民の幸せのために使っている。なので、放っておいていたのだが、もし会えなかったとしたら、そしてその力を持ってして破壊の限りを尽くそうとするならば。

 精霊とは、主以外には嘲笑うような態度をとり、見下すことが多い。それは神でも同じだ。ちなみにゼウスは全ての主なので、見下されることは無い上に慕われている。

『……うむ。即座に中級神以上、称号持ちの全ての神々を招集し、会議を開け。……それまでは、我が行こう。見過ごすわけにはいかん』

『何してんだ、ゼウス様?』

『……セバスチャンか』

 その時10歳となっていたテーラと友人になり、数多の術を学び直行でスカウトを受けずに天界へ上って来た存在、セバスチャン。
 元々神となる素質も持っていたがために人間出身ではなく神出身だと名義上はそう認められている彼の情報網も人脈もそれなりの物だ。

 唯一ゼウスを相手に敬語を失くすことができる者として、尊敬すらもされている。ゼウスは彼にも協力を頼むことにした。

『俺、最初からそのシルフィリアってのは好きじゃなかったんだ……神界を破壊される危機を持つってくらいなら、喜んで出ていきたいくらいだ』

『ならば助かる。我も会議に参加したい。先にシルフィリアを止めに行ってはくれぬだろうか?』

『ラジャー、行ってくる』

 神界の長であるゼウスが、神界の大危機の会議に参加しないというのは自身もいけないことだと思っていた。セバスチャンがいるならば、それは必要ない。
 当時、神界には時々テーラも連れて行かれた。幼くして神界へ上ってこられる存在を、神界は見過ごすことは無かった。
 大きくなったら神界へ来い、と半ば調教するように彼女に叩き込んだ。所詮は神界も、新たな強力な存在に怯える人間と変わらぬ愚かな存在でしかなかったのだ。

 なぜ、そのような純粋な少女と少年に、そのような重荷を着せなければならないのか。―――願わくば、我が全てを止めよう。
 ゼウスの内心には、閃光がほとばしるほどの思いが渦を巻いていた。



 ―――もとより、拒否されることは分かっていた。

 肩で風を切りながら、銀髪の、シスター服にも似た服を着た聖神の少女シルフィリアは天空のゲートを駆ける。ただ、一心不乱に。
 ディステシアに会いたいだけなのに、拒否される理由こそ分からない。
 だが、拒否されるという事実だけは何故だか分かっていた。神界の中でどうしようもない邪魔者扱いをされているということも。
 でも、シルフィリアにはそれでもよかった。彼女にはディステシアがいる。ディステシアこそ彼女の勇者であり、唯一の友人。

 彼女に勝てるものは何ひとつない。だって、救われたんだ。誰もが見てみぬふりをする、村の中でもトップと言われる強さの少年のいじめを止めたんだ。
 彼女こそ正義だ。彼女にわかってもらえればいい。彼女が居ればいい。他のものは何もいらない。―――なのに。

 なのに、運命は邪魔をする。立ちはだかる試練の壁と言う名の邪魔者だ。もはや試練ではない。自分とディステシアの再会を邪魔するものはすべて敵だ。
 立ちはだかるな。去れ。邪魔するな。消えろ。正義ディステシアの名の下に、全てが叩き伏せられてしまえ。

「―――はぁ」

 息が切れる。体力は元より多くは無い。なので、神力を使う。元が人間なので、彼女を信仰していたものもいるにはいる。
 信仰度を力にする神力を使うには十分なほどではあったが、やはり新しき神は新しいのだ。精霊界へ全速力で降りるにはまだまだ足りない。

「おぉーっとストップだ! お前はここを通すわけにゃいかねぇよ。降参しろ、帰れよ。あ、無理? なら戦いだな?」

「―――さい、うるさい、うるさいうるさいっうるさぁぁぁぁぁぁぁぁっい!」

 汚れた、もはや美しい色を放たない黒い渦巻きを纏った鞭が、まだ二十歳の、神界にしては幼い少年へ叩きつけようとうねる。
 しかし天才少年はこの程度生温いと避ける。シルフィリアの美しかった瞳にはすでに狂おしいほどの執念が宿っており、純粋な信念を籠らせる声はもはやその元の形を残さない。

 これはだめだな、終わったな―――とセバスチャンはため息。途端に、シルフィリアの姿がさらに変化をとげる。
 第五次覚醒、邪神の魂を糧に発動する禁呪。それを受け入れられるのは、それすらも浄化する英雄として生まれたテーラのみ。
 いくら才能を持つシルフィリアでも、理性を保ちながら発動することは不可能。

「うあぁっ……ってめ……」

 その威圧にたたきつけられた未熟な少年は、無様にも崩れ落ちてしまった。

「はぁ、はぁ、はあ……力が漲ってくる……どうして?」

『ちょっと侵入者、あんた、何者よ? どうして精霊界へ踏み込むのかしら? その汚らわしい脚で踏み込まないでくださる?』

 ―――それを境に、もうひとつの悲劇の第二幕のステージが幕を開けた。

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