僕のブレスレットの中が最強だったのですが
いっかいめ ブレスレットと妖精かな?
「うっ!」
「魔力も最弱のくせに自慢しやがってー」
「ロゼスに聞いたぞ、お前のかあちゃん奴隷なんだってな」
「自慢してないし……」
「黙れよ!」
この大きな世界の端っこ程度の小さな町、セリアの唯一の定番ともいわれる大草原の端で、少年三人が一人の少年に暴行を加えていた。
その少年の名はルネックス・アレキ。小さな街ではよくあるいじめに運悪く遭ってしまった、客観的に見ればただの運の悪い少年である。
一方的に暴行を加えている二人の少年の名ははガレクルとフェスタ。
その後ろにて高峰の見物をしながら満面の笑顔を浮かべて暴行の様子を見ている少年の名はロゼスだった。
「ちが……僕……は……」
「みんなー! 一緒にあそぼー!」
ルネックスが必死に抵抗するように何かを言葉にしようとしたその時、この町で一番の少年たちの人気者とも言える少女フレアルが中央で手を振っていた。
この小さな町にしては珍しい美少女。それから性格も、この世界での決定的な才能の示しであるステータスもそれなりに高い。
そのため他人にちやほやされたりして生きてきた少女であるのだが―――。
誰も知ることはない。フレアルの好きな人は、ルネックスだということを。
フレアルの周りにはやはりいつものように少女や女の子が集まっている。彼女は女子にだけではなく、老若男女関係なしに人気なのだ。
「うん。……それじゃあ、お前はそこで寝とけよー」
「けっ! お前にはそれがお似合いだぜ!」
「行こうよ、お前ら」
フェスタがルネックスを一瞥し、ロゼスの掛け声によって去っていく。
誰もが思っているだろう。
ロゼスはイケメン、フレアルは美少女、彼らはいつか付き合うのだと、両思いなのだと。要所要所で様々な事が同じと言う運命的な事象も起きているのだから。
しかしそれもあくまで皆の噂で、実際的に二人共の両方の意見を聞いたことは無い。そして実際、フレアルはロゼスが好きではない。
(昔から、知ってるくせに……)
ルネックスはふらふらと立ち上がり、この場から逆方向に向かう。そこはルネックスの家がある方向だ。
彼らは今ルネックスの母のことを知ったわけではない。
彼らは昔から知っている。
母は奴隷、父は貴族のもとに連れていかれ働かされ過労死し、そして母の居場所は今でもわからず、生きているかどうかも分からないということを。
〇
「……ただいま」
ルネックスは重苦しい、古び、カビの生えた木で作られたドアを開ける。
「ただいま」と、その言葉の返事はもう来ないことを知っている。
しかしそれを彼がやめたことはない。
いつか、その返事が返ってくる気がしたからだ。
だって、返事が返ってくる印はいつも持っている。
それは腰にいつもつけているところどころに傷が付いている短剣だった。その短剣は、父が彼にプレゼントしたものだった。
『いいか、いつかお前に変化が来るまで、この短剣を鞘から抜くなよ』
それだけ言い残し、父は連れていかれたのだ。
今のルネックスは十二歳で、それは五歳の時に起きた出来事。記憶も朧気な中で、確かに脳に刻まれた一言。
当時は意味は分からなかったものの、ルネックスはその約束を守り続けた。その言葉の意味が分かるようになった今では、鞘と短剣は固く紐でつながれている。
「お父さん……かえってきて……」
短剣を握り締めて、ルネックスは膝から崩れ落ちた。
感情が爆発し、涙が止まらない。今まで抑えていたものがあふれ出す。堪えて、抑えて、でも心が爆発しそうなほど、感情は溜まっていたのだ。
―――カンっ。
ルネックスの頭の上に何かが当り、地面に落ちて弾んだ。
「えぇ……なにこれ、ブレスレット……?」
それを拾い上げてみると、銀で作られた華麗なブレスレットだった。
もちろんルネックスはそれに見覚えがあるわけがない。そもそもセリアでこんな華麗なブレスレットを持てるのは、ほんの少数だ。
「だ、誰かの悪戯……!?」
前にも村の子供たちが人の家から金品を盗み、ルネックスの家に置いて、強盗犯呼ばわりされたことがあるのだ。
勿論その金品は村の者達に返され、ルネックスは村を追い出されそうになるのだが、フレアルのおかげでそれは免れた。
そのため、今回もそれなのではないか、と辺りを見回す。
徐々に不安になってきて、ブレスレットを捨てようとしたその瞬間。
「うわあああああ!?」
ルネックスの叫びも、次元を歪ませて強制的に彼をブレスレットの中に吸い込んだ何者かのせいで、消えていった。
彼が消えた後に、ブレスレットも消えて、何もかもがそこにまるでなかったかのように空間が静まり返った。
この出来事を、知る者も、興味を持つ者もいなかった。
しかしこの出来事が、この村の、いやこの世界の未来を変えることになるのだ。
……
。。。
「ここ……どこ……」
「あなたのなまえは?」
「あの、その前に此処がどこなのか教えてもらっても良いかな……?」
ブレスレットの中に吸い込まれてから、ルネックスの目の前には女の子が立っていた。その女の子は話を進めようとしたため、慌てて止める。
そしてルネックスは思考を始め、妙に見覚えのある少女の姿のキーワードを記憶の中から引っ張り出す。
そうだ、ルネックスも何度か名と姿を大体聞いたことがある。
目の前の女の子はそれ全てに当てはまっているものの、信じたくなかった。
緑の長髪をポニーテールにしてまとめ、白いワンピースを着た手のひらサイズの女の子……、そうとなれば、該当する者は『その者』しかいない。
でも、もし本当に、そうだったら。
「ここ? あたしのつくったブレスレットのなかだよ。知らないで入ってこれたっていうこと、なんだよね?」
「はい、そうです」
目の前の女の子は相当驚いているようだが、ルネックスは真顔で答えた。知らないものは知らないのだ、いきなり現れたブレスレットに見覚えもないのだから。
「ま、いっか! はやく話をすすめちゃうと、君があたしのご主人さまだよ」
「え……御主人様って、貴方って何者なんですか?」
女の子は「それもしらなかったの」と本気で驚きっぱなしのようだ。いや、誰なのかは何となくわかっているが、信じたくないだけだ。
信じたくないがためにリアクションが大きい子だな、とルネックスもそう大きくは考えていなかった、否、考えたくなかったのだが。
「あるてぃでぃあならみんなしってるご存知フェンラリアだよ、姿はしらなくてもなまえくらいなら聞いたことがあるでしょ?」
「えぇ! あの最上級精霊の!? ……本当、だったんだあ……」
まさかとは思ったが、本当にあの最上級精霊だったとは。
アルティディアでは精霊の立場、能力が人間や魔物よりも上で、最上級精霊とも来たら世界を滅ぼせるくらいだ。勿論人間界のみの話に限り、アルティディアの中で大量に存在するすべての世界を滅ぼせるわけでもないらしいが、それでも人間界にとっては天上の存在。
そんな元から皆に敬われる精霊の中でも、皆が一番慕い尊敬し敬う最上級精霊、通称大精霊フェンラリア。
精霊にも属性があるのだが、フェンラリアは全属性持ち。
火、土、風、氷、水、ユニーク属性。ユニーク属性はその者にしかない特殊な属性がひとつだけ、というものだ。
そもそもそれがある事すら珍しいのだが、彼女自身は何とも持っていないようだ。
その肝心の世界に一つだけのユニーク属性は「聖光」で、まさに最強と呼べる人物。最もこの単語はまだこの世界で広まっていないが。
ちなみにこれまで何人の冒険者たちが彼女を従えようと挑んだものの、何度も地べたに這いずらせたちょっと容赦のない精霊でもある。
そのフェンラリアが、ルネックスの目の前にいたのであった。そして、「ご主人様は貴方だ」などと言い始めたのだ。
驚き、いやそれ以上。
「うん、そうだよ。いきなりで驚くでしょ? ブレスレットは主人がなくなると自動的につぎの主人をさがすんだけど、その主人がるねっくすだよ」
「えぇ!? な、なんで僕なんですか!?」
「適性があるのよ、まりょくとかかんけいなく……るねっくすがいちばんあたしにあっていたみたいなの」
「ウソですよね……」
「ウソじゃないよ。あと敬語はいらないの! きょうからるねっくすがあたしのごしゅじんさまだもん……だめ?」
「いや、駄目と言うわけでもないでs……ないんだけど……」
半ば強引に主人にさせられ、急展開に言葉がきちんと話せず戸惑うルネックスだが、実際その気分は悪くない。
本当は今すぐでも復讐だってに行きたいのだが、今のルネックスではどうしてもできないことが分かっていた。
大精霊の力を持ってしても、村を安易に破壊できるような能力なんて使わせたくない。イジメる者に罪はあっても、村人に罪はない。
あくまでもルネックスはそう思うのだ。たとえ見て見ぬふりをされていても。
しばらくまた村人たちに貶められ、いじめられる日々が続くだろう、とルネックスは甘い自分の心に苦笑い。
ルネックスは覚悟を決め、フェンラリアを見つめた。
「君が僕についていくっていうなら、いろいろと教えてもらいたい」
「うん、もちろんいいよ! ここはね、そういうばしょなの、あと君じゃなくてフェンラリアって呼んで欲しいの」
「えっと、フェンラリア、今からここの詳細とかを教えてもらうけどいいかな? いきなり連れてこられたから何も分からないんだ」
「もちろん!」
ルネックスが最初の任務をフェンラリアに与えると、彼女は嬉しそうにルネックスの手に乗った。その顔はほくほく顔と表現するのが一番だった。
「きづいてないと思うけど、ここはまっしろな空間だよ。でもね、どんな条件でも、いろんな空間やものをつくりだせるのがこのせかい! けどものによってはこの世界をでちゃうと無効になるからきをつけてね」
「へえ、何でも造れるの?」
「うん、たべものでもほんでも空間でも! ねがえばなんでも作れるよ」
今まではごみを漁り、食べ物の残りかすで何とか生きてきた。たまに善人が食物を与えたりしてくれるが、それも毎日ではない。
これからは食べ物には困らなさそうだ、とひとまず安心。
なんでも、と言うことは、もしかしたらと思い、ルネックスは聞く。
「なんでも、ってことは、お金でも作れる?」
「もちろん! 金貨も銀貨も銅貨もいっしゅんだよ、こういうものは、このせかいじゃなくて現実世界でも有効だよ!」
「へぇー、それは実用性が高いね」
「知識の文庫とかでたらめでもちゃんとでてきてくれるよ!」
「えっ、それでも出るの……」
金、食べ物などの「物」はこの白い空間を出ても有効になるらしい。まあ『物』でも有効でない物ももちろんある。
それを今説明しろと言われても混乱すると思うし、何より自分も混乱するので、ルネックスはとりあえず必要な知識を集めることにした。
言われても気付かなかったし、急展開で気づけなかったがこの空間は白く、本当になにもない。
フェンラリアは自慢げに説明している。彼女によると治療に皆がよく使う《治療薬》も、願えば何個でも出てきてくれるらしい。
「じゃあさ、なにかしたいこととかある?」
「今のところ強くなりたいということだけかな」
「いいよ! くんれんじょをつくってあげる!」
ばっとフェンラリアが両手を上げると、下から壁と地面が上がり、訓練所が創られた。訓練所らしく、強靭な素材で作られている。
それは村で見るたったひとつの道場とそれほど違いはなかった。違うのは材料と綺麗さ、そして道具のバリエーションの多さだ。
それを見たルネックスは目を輝かせてあたりを見まわした。そもそも村の道場にすら通わせてもらえなかったので、こう言う公共の場所は初めて見る。
「そうだ、すてーたす測らないとじぶんの平均がわからないよね?」
「あー、確かに。村の鑑定使いロゼスから見ると弱いらしいけどね……フェンラリアを従えるのに本当に十分か分からないよ」
「大丈夫大丈夫! じゃあいまからはかるよ【ステータス鑑定!】」
フェンラリアが今したのは詠唱だ。詠唱とは魔術の発動のキーとなる言葉。その言葉を使わなくても魔術を使えるようになる無詠唱ももちろんあるが、今はわざと詠唱をしている。
魔力の発動をルネックスに知らせるためだ。今の彼は魔力を感知できるほど強くはないと、大精霊の直感で分かっている。
何より彼女は風の大精霊だ。強さのオーラを空気が運んできてくれるのだ。
この世界アルティディアでは魔術が基本で、魔術が使えない者もしくは弱い者はいじめの対象になる。
ルネックスの場合、属性はなく、ステータスも弱いとロゼスは言っていた。そのため、他に鑑定出来る者もいなかったので彼はそれを信じ込んでいたのだ。
なのでロゼスが言ったとおりの言葉をルネックスはフェンラリアに繰り返し、フェンラリアは頷く。
「あ、けっかがでたよ! ……ってえぇ!?」
「は、なんで? ……だって僕は、僕は……本当は……こんなはずじゃないって、言われてきたのに……」
ルネックス・アレキ
レベル:3
魔力:2000
体力:6000
運:8000
属性「水、???、???」未覚醒
称号「???、???、???」未覚醒
スキル「魔眼LV1、射線LV2、ステータス偽造LV1、???、????、????、???」未覚醒
魔力の世界平均は1500、体力は2000、運は80。
ルネックスはそれをはるかに上回り、属性も称号もスキルも計り知れない。
ステータス値のことだが、この数値は冒険者Aランク辺りが持つ数値だ。強すぎて、人外とも英雄ともいわれる彼らの数値。
それを見たフェンラリアは一瞬で固まった。
「るねっくす、このばあいはね、鑑定レベルがひくいと、正しいステータスがでないことがあるの、もしかしたらそれかも。あと偽造がむいしきにはつどうしちゃった可能性もあるよ」
「う、うん、とりあえず訓練はできることが分かったよ」
そんなレベルではないのだが、ルネックスは現実を受けとめないためにそう誤魔化した。
強いのは悪いことではない。
ルネックスはただ単に現実が受けとめられなかっただけなのである。先ほどフェンラリアの出現を受けとめられなかったのと同様に。
「がんばってあたしをこえてね」
「いやそれは無理でしょ、噂だとフェンラリアのステータスは……」
「カンストしてるよ、でもるねっくすならきっと超えられる! あたしは信じてる!」
とか言われても、ルネックスに大精霊を超えられる自信はない。そのため、少しぎこちない苦笑いを浮かべるだけだった。
自分の未来がどの方向に発展するのかは分からないが、とりあえず流れで、フェンラリアからの訓練を受けることになった。
「魔力も最弱のくせに自慢しやがってー」
「ロゼスに聞いたぞ、お前のかあちゃん奴隷なんだってな」
「自慢してないし……」
「黙れよ!」
この大きな世界の端っこ程度の小さな町、セリアの唯一の定番ともいわれる大草原の端で、少年三人が一人の少年に暴行を加えていた。
その少年の名はルネックス・アレキ。小さな街ではよくあるいじめに運悪く遭ってしまった、客観的に見ればただの運の悪い少年である。
一方的に暴行を加えている二人の少年の名ははガレクルとフェスタ。
その後ろにて高峰の見物をしながら満面の笑顔を浮かべて暴行の様子を見ている少年の名はロゼスだった。
「ちが……僕……は……」
「みんなー! 一緒にあそぼー!」
ルネックスが必死に抵抗するように何かを言葉にしようとしたその時、この町で一番の少年たちの人気者とも言える少女フレアルが中央で手を振っていた。
この小さな町にしては珍しい美少女。それから性格も、この世界での決定的な才能の示しであるステータスもそれなりに高い。
そのため他人にちやほやされたりして生きてきた少女であるのだが―――。
誰も知ることはない。フレアルの好きな人は、ルネックスだということを。
フレアルの周りにはやはりいつものように少女や女の子が集まっている。彼女は女子にだけではなく、老若男女関係なしに人気なのだ。
「うん。……それじゃあ、お前はそこで寝とけよー」
「けっ! お前にはそれがお似合いだぜ!」
「行こうよ、お前ら」
フェスタがルネックスを一瞥し、ロゼスの掛け声によって去っていく。
誰もが思っているだろう。
ロゼスはイケメン、フレアルは美少女、彼らはいつか付き合うのだと、両思いなのだと。要所要所で様々な事が同じと言う運命的な事象も起きているのだから。
しかしそれもあくまで皆の噂で、実際的に二人共の両方の意見を聞いたことは無い。そして実際、フレアルはロゼスが好きではない。
(昔から、知ってるくせに……)
ルネックスはふらふらと立ち上がり、この場から逆方向に向かう。そこはルネックスの家がある方向だ。
彼らは今ルネックスの母のことを知ったわけではない。
彼らは昔から知っている。
母は奴隷、父は貴族のもとに連れていかれ働かされ過労死し、そして母の居場所は今でもわからず、生きているかどうかも分からないということを。
〇
「……ただいま」
ルネックスは重苦しい、古び、カビの生えた木で作られたドアを開ける。
「ただいま」と、その言葉の返事はもう来ないことを知っている。
しかしそれを彼がやめたことはない。
いつか、その返事が返ってくる気がしたからだ。
だって、返事が返ってくる印はいつも持っている。
それは腰にいつもつけているところどころに傷が付いている短剣だった。その短剣は、父が彼にプレゼントしたものだった。
『いいか、いつかお前に変化が来るまで、この短剣を鞘から抜くなよ』
それだけ言い残し、父は連れていかれたのだ。
今のルネックスは十二歳で、それは五歳の時に起きた出来事。記憶も朧気な中で、確かに脳に刻まれた一言。
当時は意味は分からなかったものの、ルネックスはその約束を守り続けた。その言葉の意味が分かるようになった今では、鞘と短剣は固く紐でつながれている。
「お父さん……かえってきて……」
短剣を握り締めて、ルネックスは膝から崩れ落ちた。
感情が爆発し、涙が止まらない。今まで抑えていたものがあふれ出す。堪えて、抑えて、でも心が爆発しそうなほど、感情は溜まっていたのだ。
―――カンっ。
ルネックスの頭の上に何かが当り、地面に落ちて弾んだ。
「えぇ……なにこれ、ブレスレット……?」
それを拾い上げてみると、銀で作られた華麗なブレスレットだった。
もちろんルネックスはそれに見覚えがあるわけがない。そもそもセリアでこんな華麗なブレスレットを持てるのは、ほんの少数だ。
「だ、誰かの悪戯……!?」
前にも村の子供たちが人の家から金品を盗み、ルネックスの家に置いて、強盗犯呼ばわりされたことがあるのだ。
勿論その金品は村の者達に返され、ルネックスは村を追い出されそうになるのだが、フレアルのおかげでそれは免れた。
そのため、今回もそれなのではないか、と辺りを見回す。
徐々に不安になってきて、ブレスレットを捨てようとしたその瞬間。
「うわあああああ!?」
ルネックスの叫びも、次元を歪ませて強制的に彼をブレスレットの中に吸い込んだ何者かのせいで、消えていった。
彼が消えた後に、ブレスレットも消えて、何もかもがそこにまるでなかったかのように空間が静まり返った。
この出来事を、知る者も、興味を持つ者もいなかった。
しかしこの出来事が、この村の、いやこの世界の未来を変えることになるのだ。
……
。。。
「ここ……どこ……」
「あなたのなまえは?」
「あの、その前に此処がどこなのか教えてもらっても良いかな……?」
ブレスレットの中に吸い込まれてから、ルネックスの目の前には女の子が立っていた。その女の子は話を進めようとしたため、慌てて止める。
そしてルネックスは思考を始め、妙に見覚えのある少女の姿のキーワードを記憶の中から引っ張り出す。
そうだ、ルネックスも何度か名と姿を大体聞いたことがある。
目の前の女の子はそれ全てに当てはまっているものの、信じたくなかった。
緑の長髪をポニーテールにしてまとめ、白いワンピースを着た手のひらサイズの女の子……、そうとなれば、該当する者は『その者』しかいない。
でも、もし本当に、そうだったら。
「ここ? あたしのつくったブレスレットのなかだよ。知らないで入ってこれたっていうこと、なんだよね?」
「はい、そうです」
目の前の女の子は相当驚いているようだが、ルネックスは真顔で答えた。知らないものは知らないのだ、いきなり現れたブレスレットに見覚えもないのだから。
「ま、いっか! はやく話をすすめちゃうと、君があたしのご主人さまだよ」
「え……御主人様って、貴方って何者なんですか?」
女の子は「それもしらなかったの」と本気で驚きっぱなしのようだ。いや、誰なのかは何となくわかっているが、信じたくないだけだ。
信じたくないがためにリアクションが大きい子だな、とルネックスもそう大きくは考えていなかった、否、考えたくなかったのだが。
「あるてぃでぃあならみんなしってるご存知フェンラリアだよ、姿はしらなくてもなまえくらいなら聞いたことがあるでしょ?」
「えぇ! あの最上級精霊の!? ……本当、だったんだあ……」
まさかとは思ったが、本当にあの最上級精霊だったとは。
アルティディアでは精霊の立場、能力が人間や魔物よりも上で、最上級精霊とも来たら世界を滅ぼせるくらいだ。勿論人間界のみの話に限り、アルティディアの中で大量に存在するすべての世界を滅ぼせるわけでもないらしいが、それでも人間界にとっては天上の存在。
そんな元から皆に敬われる精霊の中でも、皆が一番慕い尊敬し敬う最上級精霊、通称大精霊フェンラリア。
精霊にも属性があるのだが、フェンラリアは全属性持ち。
火、土、風、氷、水、ユニーク属性。ユニーク属性はその者にしかない特殊な属性がひとつだけ、というものだ。
そもそもそれがある事すら珍しいのだが、彼女自身は何とも持っていないようだ。
その肝心の世界に一つだけのユニーク属性は「聖光」で、まさに最強と呼べる人物。最もこの単語はまだこの世界で広まっていないが。
ちなみにこれまで何人の冒険者たちが彼女を従えようと挑んだものの、何度も地べたに這いずらせたちょっと容赦のない精霊でもある。
そのフェンラリアが、ルネックスの目の前にいたのであった。そして、「ご主人様は貴方だ」などと言い始めたのだ。
驚き、いやそれ以上。
「うん、そうだよ。いきなりで驚くでしょ? ブレスレットは主人がなくなると自動的につぎの主人をさがすんだけど、その主人がるねっくすだよ」
「えぇ!? な、なんで僕なんですか!?」
「適性があるのよ、まりょくとかかんけいなく……るねっくすがいちばんあたしにあっていたみたいなの」
「ウソですよね……」
「ウソじゃないよ。あと敬語はいらないの! きょうからるねっくすがあたしのごしゅじんさまだもん……だめ?」
「いや、駄目と言うわけでもないでs……ないんだけど……」
半ば強引に主人にさせられ、急展開に言葉がきちんと話せず戸惑うルネックスだが、実際その気分は悪くない。
本当は今すぐでも復讐だってに行きたいのだが、今のルネックスではどうしてもできないことが分かっていた。
大精霊の力を持ってしても、村を安易に破壊できるような能力なんて使わせたくない。イジメる者に罪はあっても、村人に罪はない。
あくまでもルネックスはそう思うのだ。たとえ見て見ぬふりをされていても。
しばらくまた村人たちに貶められ、いじめられる日々が続くだろう、とルネックスは甘い自分の心に苦笑い。
ルネックスは覚悟を決め、フェンラリアを見つめた。
「君が僕についていくっていうなら、いろいろと教えてもらいたい」
「うん、もちろんいいよ! ここはね、そういうばしょなの、あと君じゃなくてフェンラリアって呼んで欲しいの」
「えっと、フェンラリア、今からここの詳細とかを教えてもらうけどいいかな? いきなり連れてこられたから何も分からないんだ」
「もちろん!」
ルネックスが最初の任務をフェンラリアに与えると、彼女は嬉しそうにルネックスの手に乗った。その顔はほくほく顔と表現するのが一番だった。
「きづいてないと思うけど、ここはまっしろな空間だよ。でもね、どんな条件でも、いろんな空間やものをつくりだせるのがこのせかい! けどものによってはこの世界をでちゃうと無効になるからきをつけてね」
「へえ、何でも造れるの?」
「うん、たべものでもほんでも空間でも! ねがえばなんでも作れるよ」
今まではごみを漁り、食べ物の残りかすで何とか生きてきた。たまに善人が食物を与えたりしてくれるが、それも毎日ではない。
これからは食べ物には困らなさそうだ、とひとまず安心。
なんでも、と言うことは、もしかしたらと思い、ルネックスは聞く。
「なんでも、ってことは、お金でも作れる?」
「もちろん! 金貨も銀貨も銅貨もいっしゅんだよ、こういうものは、このせかいじゃなくて現実世界でも有効だよ!」
「へぇー、それは実用性が高いね」
「知識の文庫とかでたらめでもちゃんとでてきてくれるよ!」
「えっ、それでも出るの……」
金、食べ物などの「物」はこの白い空間を出ても有効になるらしい。まあ『物』でも有効でない物ももちろんある。
それを今説明しろと言われても混乱すると思うし、何より自分も混乱するので、ルネックスはとりあえず必要な知識を集めることにした。
言われても気付かなかったし、急展開で気づけなかったがこの空間は白く、本当になにもない。
フェンラリアは自慢げに説明している。彼女によると治療に皆がよく使う《治療薬》も、願えば何個でも出てきてくれるらしい。
「じゃあさ、なにかしたいこととかある?」
「今のところ強くなりたいということだけかな」
「いいよ! くんれんじょをつくってあげる!」
ばっとフェンラリアが両手を上げると、下から壁と地面が上がり、訓練所が創られた。訓練所らしく、強靭な素材で作られている。
それは村で見るたったひとつの道場とそれほど違いはなかった。違うのは材料と綺麗さ、そして道具のバリエーションの多さだ。
それを見たルネックスは目を輝かせてあたりを見まわした。そもそも村の道場にすら通わせてもらえなかったので、こう言う公共の場所は初めて見る。
「そうだ、すてーたす測らないとじぶんの平均がわからないよね?」
「あー、確かに。村の鑑定使いロゼスから見ると弱いらしいけどね……フェンラリアを従えるのに本当に十分か分からないよ」
「大丈夫大丈夫! じゃあいまからはかるよ【ステータス鑑定!】」
フェンラリアが今したのは詠唱だ。詠唱とは魔術の発動のキーとなる言葉。その言葉を使わなくても魔術を使えるようになる無詠唱ももちろんあるが、今はわざと詠唱をしている。
魔力の発動をルネックスに知らせるためだ。今の彼は魔力を感知できるほど強くはないと、大精霊の直感で分かっている。
何より彼女は風の大精霊だ。強さのオーラを空気が運んできてくれるのだ。
この世界アルティディアでは魔術が基本で、魔術が使えない者もしくは弱い者はいじめの対象になる。
ルネックスの場合、属性はなく、ステータスも弱いとロゼスは言っていた。そのため、他に鑑定出来る者もいなかったので彼はそれを信じ込んでいたのだ。
なのでロゼスが言ったとおりの言葉をルネックスはフェンラリアに繰り返し、フェンラリアは頷く。
「あ、けっかがでたよ! ……ってえぇ!?」
「は、なんで? ……だって僕は、僕は……本当は……こんなはずじゃないって、言われてきたのに……」
ルネックス・アレキ
レベル:3
魔力:2000
体力:6000
運:8000
属性「水、???、???」未覚醒
称号「???、???、???」未覚醒
スキル「魔眼LV1、射線LV2、ステータス偽造LV1、???、????、????、???」未覚醒
魔力の世界平均は1500、体力は2000、運は80。
ルネックスはそれをはるかに上回り、属性も称号もスキルも計り知れない。
ステータス値のことだが、この数値は冒険者Aランク辺りが持つ数値だ。強すぎて、人外とも英雄ともいわれる彼らの数値。
それを見たフェンラリアは一瞬で固まった。
「るねっくす、このばあいはね、鑑定レベルがひくいと、正しいステータスがでないことがあるの、もしかしたらそれかも。あと偽造がむいしきにはつどうしちゃった可能性もあるよ」
「う、うん、とりあえず訓練はできることが分かったよ」
そんなレベルではないのだが、ルネックスは現実を受けとめないためにそう誤魔化した。
強いのは悪いことではない。
ルネックスはただ単に現実が受けとめられなかっただけなのである。先ほどフェンラリアの出現を受けとめられなかったのと同様に。
「がんばってあたしをこえてね」
「いやそれは無理でしょ、噂だとフェンラリアのステータスは……」
「カンストしてるよ、でもるねっくすならきっと超えられる! あたしは信じてる!」
とか言われても、ルネックスに大精霊を超えられる自信はない。そのため、少しぎこちない苦笑いを浮かべるだけだった。
自分の未来がどの方向に発展するのかは分からないが、とりあえず流れで、フェンラリアからの訓練を受けることになった。
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