ラトキア騎士団悲恋譚

とびらの

謎の地球人

 ある秋の日のことだった。

  昼を少し回った時刻、本拠地に、三人の亡命者を捕まえたとの連絡が入る。出迎えたアレイニが対面したのは、やけに機嫌を悪くしたシェノクであった。

 「くそっ。くっそぉ、あのクソガキ――」

 「……ど、どうかしたのですか、シェノク」

 「どうもこうもあるかっ!」

  即座に怒鳴られた。身をすくめるアレイニに、シェノクはすぐ、八つ当たりしたことを謝罪した。

  彼は平常こうして紳士的であり、真面目な男だ。それが神経質で頑迷な印象にもなりかねないが、外交力は高く仕事はきちんとこなす。将軍からの信用も厚い。そうでなければ団長の補佐役などつとまらないだろう。

  そんなシェノクが、荒れている。

  共に帰還したクーガは、気絶したままの亡命者三人を適当に放り投げ、牢の支度を始めている。こちらは何事もなくいつも通りの能面だ。
  その間シェノクはずっと不機嫌なまま。公休憩室サロンで延々と貧乏ゆすりをしていたかと思ったら、突然叫び始めたりもする。

 (どうしたのだろう。本当に珍しい……)

  腫物に触ることもできず、アレイニはひたすら先輩騎士らの帰還を待った。

  ところが夕刻、戻った三人の騎士に目配せしても、みなが肩をすくめるだけだった。
  作戦で失態を犯したというわけではないらしい。

 「クソガキ、て言ってましたけど、誰のことでしょうか」
 「シェノクはクーガ団長と二人でいたはずだけど、まさかシェノクが団長をそう言うわけがないしな」

  と――奥の扉が開かれ、クーガが現れた。今日はいつもの潜入用学生服、ではない。その上に、仕立てのいい黒の外套を羽織っている。ともすれば引きずってしまいそうな裾の長衣だがよく似合っていた。ラトキアの軍服にも少し似ている気がする。

  雌体化周期が終わり、すっかり男性の姿になったクーガ。独特の威圧感は、男になると一層強くなる。少し遅れて雄体化が始まったアレイニから見ても、クーガは近寄りがたい。上官だからなどではない。雰囲気が、怖い。

 (あれで、少年の集団になじめているのだろうか……)

  口には出さないが、アレイニはそれが気になって仕方ない。

  ラトキア星では英雄と呼ばれ、絶対的なカリスマであるクーガ。戦場では無敵の彼だが、それゆえにどうにもならないこともあるとアレイニは思う。
  あの彫刻のような面差しで、少年達と共に授業を受けるようすはまるでシュールな喜劇ではないか。
 今日はどんな生活を送ってきたのだろう。

  もしかしてシェノクの苛つきはそこに関係あるのだろうか。

 (気になる、気になる――)

 「だんちょー、なんすかその服、カッコイイすね。ところでシェノクのやつは何であんなイラついてるんです?」

  気になることを、そのまま尋ねてくれるティオドール。心の底から彼の存在に感謝しつつ、アレイニは無言で耳を澄ませる。

  話題にされたシェノクはますます仏頂面に。クーガは一度、疑問符を浮かべた。
  そして理解し、答えてくれる。

 「ああ。今日は学校の、体育祭というイベントだった。この服はその競技の衣装だ。借り物だがそのまま着てきてしまった。意外と心地がいい。
  競技のあと、さっきのテロリストら襲われてな。その場にいた現地人――地球人の少年を巻き込んでしまったんだ」

  クーガはいつも、時系列順に話をする。軍の報告の様式だった。
  テオが促すより早く、シェノクが呻く。

 「あのガキが自分で飛び込んできたんでしょ。まぎらわしいことしやがって。こっちが謝る義理はないですよ」

 「……そういえば、謝り損ねていたな。ケガはさせていないはずだが失礼なことをした。捜査協力の報酬に慰謝料を上乗せしておこう」

 「捜査協力?」

  驚きのあまりアレイニは思わず声を出した。
  テオ達もざわつく。

  本来、こういった伝達はシェノクの役目だ。しかしすっかりスネているらしい、彼の代わりに、クーガが展開を説明してくれる。

 「――その少年、頭がいい。怖いもの見たさで俺のあとをつけるほど好奇心旺盛だが、逃げ出す判断は冷静だった。状況分析力は軍人でも舌を巻くぞ」 

  なにやら、どこか楽しげに。

 「もちろん地球人だから、日本語にも文化にも精通している。人当たりがよく、度胸がある。なにより――可愛い」

 「はいっ?」

  まさかの、素っ頓狂な評価が騎士団長の口から出た。ぎょっとする四人の騎士に、クーガ自身は、なにか不思議なことを言ったかと首をかしげて、

 「かなり小柄で、年齢より幼く、少女にも見えるんだ。……万国共通、小柄で若い女は警戒心を持たれにくい。俺たち軍人では聞き出せなかった情報が、彼なら取れるかもしれない」

 「あ、な、なるほど。そういうことでしたか……」

  納得する一同に、クーガは傾げた首を元に戻して続けた。

 「オストワルドも気に入ったようでな。捜査協力をあおぐことになったんだ。仲間が増えた、ということだな」

 「へえ!」

  ティオドールが声を上げる。英雄譚ヒロイックサーガ好きの彼にとって、同年代の少年の躍進は面白いものだろう。真実嬉しそうに、金色の目を輝かせていた。

 「いいことじゃないか。ぶっちゃけ行き詰まってたもんな。――それで、何でシェノクはご機嫌斜めになってんだよ」

  今度は直接、シェノクに聞くテオ。シェノクはやはり仏頂面のままそっぽを向いた。代わりにクーガが答えてくれる。

 「その少年と、折り合いが悪いらしくてな」

 「折り合いとかそういうことじゃないでしょうっ」

  今度はクーガ相手に叫ぶシェノク。さすがに怒鳴りつけるまでは抑えたようだが、相当見境がなくなっている。

 「百歩譲って初対面のクソ生意気な言動は許すとして、こっちが騎士とその団長だってわかってからもあの態度。オストワルド将軍にまで! あれが、ティオドールのようにただアホで礼儀を知らないだけならまだかわいげがある者を、完全にわかっててアレなんですから!」

  オイ、というテオのクレームは騎士団全員に無視された。
  言われたクーガは、いつもの無表情。その鉄面皮で、柔らかな声を出す。

 「……それは、そうだろう。俺たちがラトキアでどんな立場か、など、地球人の少年には関係ないのだから。彼はラトキアに税を納めてはいないし、代わりにオストワルドも俺も、彼にそれを還元していない」

 「今は、雇用契約を結んだじゃないですかっ」

 「契約は隷従させるものじゃなく、あくまで等価交換だ。こちらは報酬を、あちらは労力を。こちらがへりくだるべきとまでは言わないが、偉ぶる権利はないだろう。シェノクの言っていることは、店員に金貨をばらまいてふんぞり返る、下品な貴族と同じだぞ」

 「ぐっ……!?」

  あっという間に言いくるめられ、シェノクは言葉をつまらせる。この騎士団長は寡黙だが、弁が立たないわけではない。

 「……どうしたんだ。お前らしくない」

 「だって……でも……俺だけならまだしも、団長に向かってあんなことを……」

  ブツブツつぶやき続けるシェノク。まるで拗ねた子供のようだ。
  とうとうふてくされて、サロンから出て行ってしまう。

  クーガは構わず、軽くストレッチしながらデスクへ向かった。
  きっと、少年との契約の件をまとめるのだろう。現場にはオストワルド将軍もいたというが、報告書にはやはり、団長の判サインがいる。

  相変わらず、クーガはいつも忙しい。

  アレイニもそろそろ、捕虜への尋問に向かおうと席を立つ。麻酔刀による失神から目覚めるころだろう。その後ろにソソッと、テオが寄ってきた。

 「……その子供、団長に何て言ったんだろーな」

  囁くティオドール。いたずらっぽい視線がアレイニに意見を求めるが、見当も付かず首を振る。後ろから、バンドラゴラが声をかけた。

 「シェノクがあれだけ怒るってことは、相当失礼なことをしでかしたんじゃないか?」

  さらにもう一つ、低い声。

 「自分が知る中でシェノクが激怒したのは、同輩が団長殿の雌体に対し、いかがわしい妄想を語ったときであるな」

 「なんですか、ヴァルクスまで……」

  と、呆れながらも、アレイニも興味津々。騎士が四人、ヒソヒソと噂話を続行する。

 「……いかがわしい妄想ってなんだよ」

 「そりゃあだから……あんなの雌体じゃないとかいう悪口?」

 「いや、逆である。むしろそこに萌える、楚々とした乳に反し尻は豊満なのがたまらんとかそういう」

 「あ、そこ、おれ同意。丸くていい形なんだ。腰がほっそいからなお大きく見えるんだろうけど。そんで腿がまた、ムチッとしてて真っ白で鼻埋めたい」

 「なるほどわからん」

 「くふふ、これは三十過ぎるとティオドールにも理解できるように――」

 「何の話ですかっ!」

  叫ぶアレイニの口を、男三人がかりで塞いだ。アレイニは、地声こそむしろ吃音気味だが、興奮すると声量がハネ上がる癖がある。
  目を白黒させるアレイニに、シーッと人差し指を立てるヴァルクス。
  サロンの端には、当のクーガが作業している。

  騎士らは口を噤み、視線だけで、なにかの意思を告げあった。

  慣れない土地で、地味な調査と戦闘の緊張感、それでいて進展はいまいちで、ミーティングは苦いものが続いている。
  ここいらでちょっと、刺激が欲しい時期だった。


 「新しい仲間、か。……どんな子なんだろう」
 「……会ってみたいものだな」

  ぼそりと言ったのは、ヴァルクスだった。全員がまた、顔を見合わせる。無骨な偉丈夫らしからぬ発言だが、まったく冗談を言ったような顔ではない。そして騎士たちの心の代弁であった。

  テオが笑った。ニヤリとゆがめた口の端から、尖った犬歯が覗く。
  まるきり悪ガキ、イタズラ小僧の顔つき。

 「……いずれ機会みつけて、押し掛けてみっか?」

  想像通り、誉れあるラトキア騎士の名に恥ずかしい提案だった。しかしこのときばかりは誰も叱らず、首を振ることもなかった。

  そして――
 その決行を、全員が後悔するのは、およそ二十日後のことである。



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