ラトキア騎士団悲恋譚

とびらの

地球へ行こう!

 アレイニは悩んでいた。

  職務に追われながら自由の少ない寮生活、共同食堂での、三度の食事。味気が無い膳にも舌が慣れ、美味しく完食する。そして何より楽しみなのが、食後の一服。
  紅茶の香りに一息ついていると、隣席から声が掛けられる。

 「いい匂いだなあ、何だいそれ?」

  バンドラゴラだ。リンゴの皮ですよと答えると、彼はいつものように愛想よくほほ笑んで、

 「美味しそうだね。おれも取ってこようかな」
 「あ、俺もっ!」

  ぴくり。
  高らかに上がった声と手に、アレイニは眉を動かした。

 「なんだよ、お前は自分で淹れろよなぁ。砂糖はどうする?」

  気のいいバンドラゴラはそう言って、ドリンクサーバーのほうへ歩いていく。
  彼はそうした気遣いの出来る、とても心地のいい男であった。彼を恋愛対象として考えていなかったが、なるほどモテるだろうと納得できる。もしも口説かれていれば、きっと悪い返事はしなかっただろう。しかし彼はそうはしなかった。
  それもそのはず。彼にはずっと懇意の女性がおり、先日とうとう婚約までしたのである。

 (……いい男はやっぱり売れていくのね)

  ハァ、と嘆息。

 (私ももう二十六……そろそろ身の振りを考えるべきかしら)

  六十歳まで妊娠が可能なラトキア人だが、三十路も過ぎれば嫁き遅れと批判にさらされる。生涯独身、という人生が許されない風潮の社会で、独身貴族はだらしない人物と認識されているのだ。そうなるといよいよ貰い手がなくなる。
  やはり、結婚適齢期というものは無視できない。

 (せめて性別くらいは、決定しなくちゃよね……)

 「お待たせ。ポットで持ってきた。アレイニもお代わりをどう?」

  バンドラゴラの言葉に、ありがたく頷く。気障きざなのに自然。あまりの柔らかさに、素直に受けることができるのだ。

  二十六歳――もう、いい大人。アレイニはさすがに自分が天邪鬼だと自覚できていた。ひとにお礼を言うのがへたくそで、なぜか苛立ちを覚える悪癖だ。そうしても受け流してくれるバンドラゴラは、ぬるま湯ながら居心地がいい。
  これがもし、向かいの少年となら――アレイニは「要りません!」とあしらって、そして喧嘩になったことだろう。

  そう、その少年であるが。

  紅茶の注がれたカップに、ぽいぽいと砂糖を放り込んでいた。冷えたスプーンを突っ込み、香りを確かめることもなく、ぐるぐる掻き混ぜまくる。
  そしてズズッとすすり、アチチと騒ぎ、もう一度すすって、プハアと大きく息をつく。

 「うめぇーな、ジュースみたいだ!」

 「……なら、ジュースを飲めばよかったでしょうに」

  瑠璃玉色の瞳でジロリと睨み呟くと、少年はワハハと笑った。

 「だってあんたらが同じの飲むっていうから、うらやましくなったんだよ。いいだろ、仲間に入れてくれよ」

  あまりにも素直なセリフに、断ることもできない。アレイニは頬杖をつき、また大きくため息をついた。

 (本当に……素直な子)

  ――仲良くなりたい。

  テオから、そんな言葉をぶつけられてから二日。以来彼はこうして、アレイニをちょろちょろと追いかけてくるようになった。
  同室での暮らしもやけに話しかけてくるし、三度の食事にもくっついてくる。

  以前はもっとおっかなびっくり、距離を測っていたのが影をひそめ、遠慮も忌憚もなくなっている。なにか吹っ切れたのか、それとも十キロの資料ファイルでぶん殴った当たり所が悪かったのか。

  チラとバンドラゴラを見る。彼は苦笑しつつも機嫌よさげだ。はるか年上のこの男にとって、少年の言動は呆れるを通り越し、可愛く見えているのだろう。自分を思い出し、懐かしんでいるのかもしれない。

 (……まあ、可愛いというのは、わからないではないけど)
  それは、素直に認めておく。

  ニコニコと嬉しそうに、アレイニと同じものを飲むティオドール。
  体躯こそ長身、戦士らしく引き締まった騎士だが、こうして飲食している顔つきはただの十六歳、いや、それよりも幼い子供のようだ。

  仲良くなりたい――
 きっと、あの言葉はほんとうに、なんの下心もないものだったのだと思う。
  同時に、直後につぶやかれた卑猥な言葉もまた、ある種の純粋な本心と言えよう。
  思わず殴ってしまったが。

 (……いろんな意味で、好意を持たれるのは、正直悪い気はしないのよね……)

  そう考えると、頬に笑みが浮かびそうになる。アレイニは慌てて、それをカップで隠した。
 「あちっ!」
  吸い込んだ熱に震える。拍子に、淹れたての紅茶が大きくはねた。胸元に熱湯がかかり、アレイニは急ぎ、軍服を開く。

  あらわになる、深い谷間。

  バンドラゴラはすぐ、視線を逸らした。
  テオは前のめりに近づいた。

  即座に二つの拳が彼を打つ。

 「脊椎反射で動くなバカ」
  バンドラゴラはさすがである。胸のやけどとテオを殴った拳、両方の痛みをこらえるアレイニにハンカチを差出しつつ、少年をしっかり叱った。

 「す、すまん、つい……」
  脳天と顎を抑えながら、テオは素直に謝った。

  アレイニは再度、嘆息する。

 (爪の垢を、煎じて頂戴したいところだわ)
  そう、素直に願い出ることは出来ないのだが。


  と――ふいに、空気が変わった。

  共同食堂、就業前のひと時、なごやかな談笑がピタリと止む。その場にいた騎士たち全員に緊張が走り、それが波紋となって、アレイニの肌まで届く。

  振り向くと案の定、そこに騎士団長クーガが来ていた。

  彼がこうして食堂に現れるのは珍しい。いつもは執務室でひとり、食事をとっているはずである。世話役のシェノクも一緒だが、食事のトレーはクーガだけが受け取っていた。
  なにか別の業務のついでだろうか。

  そうぼんやり考えていた、アレイニのそばへ、彼らはまっすぐにやってきた。
  テオの隣、空席を指して、

 「ここの席は空いているか」
 「えっ? は、はい! すぐ空けます」
  慌ててお茶を飲みほし立ち上がろうとするのを、クーガは手のひらで制した。

 「座ってくれ。ティオドール、それにバンドラゴラもそのままで」
 「はい」
 「シェノク、ヴァルクスはきっと自室だな。呼んできてくれるか」
 「了解」
  シェノクはすぐに身を翻し、早足で食堂を出て行った。

  なにか話があるのだと、息をのむアレイニ達。呼ばれなかった騎士たちは、そうっと離席し、足音を殺して食堂から去る。まるで、厄介ごとは御免と逃げ出すようにして――そう、この騎士団長はいつも、そうされている。

  嫌われているわけではない。威圧的な態度というわけでもない。

  ただ居るだけで、心地が悪くなるのだ。

  アレイニもまた身を強張らせた。隣のバンドラゴラも、アレイニよりは幾分マシだが、飲み物を持てなくなっている。

  哀れなのは、団長の隣のティオドール。こちらは完全に硬直していた。彼の場合は、また何か別のヤヤコシイ葛藤があるようだが。

  騎士たちの緊張に、クーガ自身はどこ吹く風。表情ひとつ変えず、無言で、食事を摂り始めた。まったく変わらぬペースでフォークが動く。

  優美な所作ではあるが、なぜかとても、美味しそうには見えない。もしかしたら本当に味覚がないのかもしれない。
  いや、実は完全なるサイボーグで、これは燃料補給なのだと言われても信じてしまいそうだ。
  バンドラゴラもテオも、おおむね、同じような感想だろう。緊張状態の部下たちに囲まれて、クーガは淡々と、食事を続けていた。

  シェノクが、大男を連れて戻ってきたのは五分ほど経ってからだった。
  騎士団随一の巨漢、ヴァルクスは、クーガの前で一礼。そして、彼の隣に腰かける。

  クーガの膳にはまだ半分ほど残っている。彼はいったんフタをしてシェノクに預けると、一口の水ですべてを切り替える。
  そして何の前置きもなく、話し始めた。

 「出奔したテロ集団の残党の行方がわかった。文学者と技師たち、両者が間違いないという結論に至った。太陽系惑星、地球の、とある島国だ」

 「チキュウ……」
  オウム返しの相槌に、瞬きだけで頷くクーガ。

 「オーリオウルと違い、交流の確立されていない星だ。それに加え、少々排他的な国のようでな。オストワルドが入国手続きにかかっているが、なかなか苦労をしているらしい。実際の出立は数か月後になるだろう。そしてやはり、潜入できる人数は極端に少なくなりそうだ」

  群青色の瞳が、二人の男をそれぞれ見据える。

 「戦闘員として、騎士は選りすぐって連れて行く。まだ選考中だが――バンドラゴラ。ヴァルクス。お前たち二名には、最前線を頼みたい」
 「了解」
  即答するヴァルクス。この武人はきっと、クーガの望みが何であってもそう応じただろう。「死ね」でも「踊れ」であってもだ。

  対して、バンドラゴラは顔色を変えていた。

  しばらく言葉を失くし、俯く。
  そうしてしばらく、逡巡していた。

 バンドラゴラの逡巡は、それほど長い時間では無かった。
  それでも、彼の懊悩は全員が感じ取れる。たっぷり一分、彼は黙り込み、

 「……あ、あのっ、団長」
  やっと発した言葉は、唐突な話題であった。

 「騎士が、特権として貸し与えられる王都の屋敷は……勤続十五年で賃借ではなく譲渡となり、返還の必要が無い。ですよね?」

 「……ああ。そうだな」

 「それは殉職した場合も変わりないですか」

  アレイニは驚き、目をしばたたせた。いったい何を聞こうとしているのか――わからないのは、どうやらアレイニ一人だったらしい。クーガとシェノクが同時に頷く。
  寡黙なヴァルクスが、ぼそりと吐いた。
 「バンドラゴラは、今年でちょうどか」
  うなずくバンドラゴラ。そして改めて上司に向き直ると、姿勢を正して一礼した。

 「団長、私事ですが報告させてください。先日、手前は妻を娶りました。いまはまだ婚約ですが、近日中には正式に、おれの扶養に彼女の名を入れて、申請します」
  クーガはやはり表情ひとつ変えなかった。騎士の報告に、唇の動きだけで応える。
 「そうか。結婚おめでとう」
  言葉はそんな、ひどく平凡なものだった。バンドラゴラは一瞬苦笑して、また表情を引き締める。

 「出立の前に、婚姻の手続き諸々をすべて済ませたいと思います。……団長にも、お忙しい時期にいくつか作業をお願いすることになりますが」
 「そんなことは、かまわない」
 「ありがとうございます。宜しくお願いします」

  それだけ言って、バンドラゴラは着席した。嘆息し、もう全ての義務を果たしたように脱力する。その様子に気を悪くしたのも、やはりアレイニ一人だった。

  騎士たちはそれぞれ、簡単ながら率直な祝辞を述べていく。穏やかな拍手。そして、次の騎士団長の視線はアレイニに向けられる。

 「アレイニ。お前にも来てもらう」
 「えっ? わ、私ですか!?」
  思わず素っ頓狂な声が出た。
  テオ、バンドラゴラも息をのむ。ヴァルクスすらも眉を上げる。

 「私なんて、全然戦いの役に立たないですよ?」
 「そんなことは期待していない」
  きっぱりと、クーガ。

 「少数精鋭でいくとなると、一人、幅広い知識の持ち主が欲しい。シェノクも現地の基本的風習を覚えるので精いっぱいだ」
 「で、でも私、正式な騎士ですらないのに」
 「臨時でも、出国に不足はない」
 「でも――私じゃなくたって」

  シェノクが口を挟んでくる。

 「現騎士に、お前さんより勉強のできるやつはいない。それに、アレイニの自白剤と調書はよく出来てたよ」

  どうやらアレイニを推したのは彼らしい。
  戦闘員としてではないが、現場に出る――それは、命を掛けるということだ。

  たったひと月だけの友人、ミルドの顔が浮かぶ。それゆえにアレイニは承諾した。
  彼を殺した当事者を捕まえに行く任務だ。ミルドの仇をうつことが出来る。

(……もしかしたら、それがキリコ博士なのかもしれない。それでも――それならばなおのこと――)

 これは、アレイニの使命だ。

 「承諾してもらえてよかった。では三名とも、また追って連絡があるまで身の回りの整理をしておけ。特にアレイニには、いろいろと準備をしてもらう」
 「はい、わかりました」
 「話は以上だ。くつろいでいるところを邪魔したな。もうお茶会に戻ってくれて構わない」

  そう言って、クーガは席を――立たなかった。
  再びトレーを引き寄せ、膳のフタを開く。そして彼は、朝食を再開した。

 「では、自分はこれで」
  ヴァルクスが席を立つ。シェノクも忙しそうに抜けていき、そこにはアレイニ、バンドラゴラ、テオと、クーガ騎士団長だけが残された。
  食堂を見回すと、もうほかに誰もいない。
  アレイニたちの視線に囲まれ、一人もくもくとカロリーを補給していく騎士団長。

  ……部屋に帰れない。

  なんとか、紅茶を口に含んでは見たものの何の味もしなかった。隣では同じく、飲みにくそうにしているバンドラゴラ。テオに至ってはいまだ肩をこわばらせた状態で、お茶会もなにもあったものではない。立ち去ったヴァルクスを恨みがましく思いながら、どうにか色水を啜っていく。

  と、固まっていたテオが、突然カップを掴み、一気に飲み干した。それで気合いを入れたのか、身を乗り出して挙手をする。

 「団長っ! 俺も、任務へ連れてってくださいっ!」
 「テオ!?」
  アレイニはギョッとした。
  彼は構うことなく声を張る。隣にいる人間相手に無駄に大きな声量で、

 「まだ選考中なんですよね。じゃあ、俺を選んでください。絶対役に立つから」

  クーガは答えなかった。逡巡しているのではなく、ただ単に口の中に物が入っていたからだが。
  もぐもぐごくん、の作業を経て、彼は答える。

 「ヴァルクスとバンドラゴラ、そして俺が前線。アレイニとシェノクを後衛にするのだから、あとは聞き込み捜査や交渉に長けた人間を、と考えている」

 「なんだ、それならバンドラゴラこそ適任だぜ。騎士団随一のコマシ親父って有名なんだから」
  言い切るテオに、バンドラゴラがむせる。クーガの表情は変わらない。

 「それでは戦闘員のほうに穴が開く。お前が埋めるというのか、ティオドール」
 「へへっ、そういうこと。どうです、適任でしょう」
 「バンドラゴラは強いぞ。戦士の家の生まれではないが、古式刀剣術を三十年習った達人だ。今のお前では足元にも及ばない」
 「今の俺なら、だろ。出発まで数か月、バンドラゴラより強くなって見せる」

  クーガは手を伸ばし、テオの両肩をガシリと掴んだ。二の腕、手首を握り、その感触を確かめる。そして首を振った。

 「……無理だな。麻酔刀の扱いは言うまでもなく、得意武器でもあと三年はかかる」
 「そ、そんなの、なんでわかるんだよっ!」

 「団長が触って分かったって言ったら分かったんだよ」
  バンドラゴラがたしなめた。
 「ていうか、三年で並べるって言われたおれのことを、誰か慰めてくれないかな……」

 「ティオドールには天賦の才がある」
  応じたクーガの言葉は、案の定なんの慰めにもなっていなかった。

 「だがまだ十六。圧倒的に筋肉が足りない。……軍人は時に、命がけで戦う。だが死ぬことが仕事などでは決してない。俺は命を捨てる気の者ではなく、もっとも生還できる可能性の高い騎士を選ぶ。……バンドラゴラも、家族にはそう伝えておけ」
 「はい、大丈夫、わかってます」
  笑顔で頷くバンドラゴラ。
  対して、テオは完全にうつむいてしまった。

  騎士団長の言葉は、彼にはかなり意外なものだったのだ。
  アレイニはテオの戦闘力など量れはしないが、おそらく彼は突っ込む無謀さを『力』に上乗せし、己の力量と考えていたのではなかろうか。

  赤い髪の少年兵――
 やはり、テオは、騎士とは魂が違う。

  少年は見事にしょげかえり、細長い体をしぼめて着席する。わかりやすすぎる落ち込みように、大人たちは皆、笑い声を漏らした。
  クーガですら口元に笑みが浮かんでいる。

  素直で可愛いティオドール。いつでも明るくうるさくて、場を賑やかに和ませる。生まれて初めての異星で、彼が仲間にいてくれたら、どれだけ気が楽になるだろう。
  一瞬、アレイニの脳裏に、テオとともに大地に立つ画が浮かんだ。それはとても、楽しそうに思えた。

(なんとか、テオが地球いきメンバーに入れる方法はないだろうか)

「……なんとか、お前を連れていける枠が取れたらいいのだけどな」
  クーガが言った。小さな嘆息とともに眉を伏せて。

 「今回ばかりは、本当に人数が限られているから。ティオドールが何か、ほかに役に立つことがあれば……。
  たとえば、さっき言った通りの配置にするとして、ティオドールの足りない力をバンドラゴラが補完し、バンドラゴラの手を借りた分、お前がそれを返せる能力スキルがあるというならば……」

 「いやあ、なんにもないでしょう」
 「教養ゼロですからね。どこに出しても恥ずかしいわ」
 「そうだな」
 「おいっ!」
  口々に言ってうなずき合う大人たちに、怒鳴るテオ。

  バンドラゴラが笑って指を差し、
 「教養がないのはホントだろ? 異国の文化はそれぞれ違うけど、『優美な佇まい』って根本はどこに言ったって通じるぜ。万国共通でお前は粗野だ」

 「うぐっ」

 「ほんとそう。騎士見習いの奉公で教えられたことも、士官後も日常続けてなければ忘れて当然ですよ」

 「うぐぐっ」

 「たまには学習室にも来ればいいのに。サロンじゃ教養系のサークルなんてやってるんだ。お茶にダンスに話術、ナンパの役にも立つから一度は来いよ」

 「ぐ――」

 「ダメですよバンドラゴラ。この子ったら休日は実家か訓練所、あとは『マンガ』を読んで笑い転げているくらいで、脳みそにあるのは筋肉と、ばかばかしく突拍子もない英雄譚ヒロイックサーガだけ――」

 「そこで言うことないだろっ!?」
  机をたたいて立ち上がり、テオは大声でまくしたてた。

 「『マンガ』はすごいんだぞ。芸術であり教養だ! 夢とロマン、燃えと萌えが詰まってる。ラトキアの神話伝承なんかより、よっぽどよく出来てるんだって。めっちゃ面白いから読んでみろよ!」
 「反論するとこソコかよ」

  バンドラゴラが呆れて唸った。アレイニももう、笑うしかない。なおも自己弁護を続けるテオを、隣でクーガが、不思議そうに見つめた。

 「……何の話だ。マンガ、とは」
  そう尋ねて、野菜の煮物を頬張る。

 「ああ、王都の娯楽で、けっこう流行ってるんですよ」

  モグモグしている彼に、バンドラゴラが説明した。

 「要するに絵本です。簡略化された絵に文字をつけて、物語を読ませるという」

 「絵画と寓話が教養で、マンガが娯楽なのは納得いかない!」

 「うるせえよティオドール。おれも読んだことあるけど、完全に子供向けで、なんの勉強にもならない話ばっかりじゃないか」

 「王都に流れてるやつは一般向けなんだよ! 翻訳するのに、文化や言語が違って難しいモノを排除してるからつまんねーものしか売ってないんだ。俺が好きなのはニホン語の原本! 言葉覚えるまでは難しかったけど、わかってからは断然原本だ。通好みっていうか大人向けっていうか、色んな意味で熱くなるようなストーリーがいっぱいあるんだぞっ」

 「はあ? お前、オーリオウル語もできないくせに、ニホン語なんか覚えてるわけ? ニホンって言えば排他的で、交流もままならずマンガ以外の輸入品がないド辺境、これからも行く機会なんかまずないだろうに」

 「要らないところで一所懸命なのよね。テオってほんと、肝心なところで役に立たないんだから――」

 「な、なんだとぉ?」

 「……あの」
  と――大きくはない声が、三人のお喋りをピタリと止める。

  一斉に振り向く騎士たちの視線を受けて。
  ちょうど、もぐもぐごくんが終わった騎士団長が、あまり感動のない声で、ただ事実だけを告げてくる。

 「……行先……ニホンだから。ティオドールがその文化と文字を使いこなしているんなら、これ以上なく役に立つ。お前も身辺の整理をしておくように」

 「……へ?」

  目を点にする一同を放置して、朝食を終えたクーガは「ごちそうさま」の一礼、そしてトレーを片づけに立ち上がる。

  それで終いと食堂を去る背中を、テオは慌てて、半ばコケながら追いかけて行った。

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