ラトキア騎士団悲恋譚

とびらの

新人騎士ティオドール②

 「折れた?」
 「うん、いったね。折れた折れた」

  笑う騎士たち。
  テオは絶叫した。

 「なにやってんだ、てめえら!!」


  騎士たちが振り返る。二人とも笑顔だった。紳士である貴族の、優しい微笑み。
  彼らは足下を指さした。そこに、血塗れになった少女がいる。

 「よくできてるだろコレ。見かけだけじゃなく、感触とか本物そっくりだし。なんせAIがホントに優秀でさ、こうして骨折させておけば、ちゃんと動かせなくなるんだよね」
 「でも大丈夫、あとでリセットすれば元通りさ。骨組み部分も自動修復するし、肉も血も粒子にプロジェクトマッピングされてるだけだから――」
 「何の話してんだよ! そういうことじゃねえっ!」

  テオは再び吼えた。

  なにを怒っているのかと、騎士二人が眉をひそめる。

  テオだって、阿呆ではない。
  この演習室のシステム、目的、この『少女』がなんなのかは当然理解している。

 「そいつは、鍛錬用の装置だろ。二人がかり、いや俺も入れて三人がかりでぶちのめしてどうしようってんだよ!」

  テオが吐き捨てる。騎士は答えた。

 「だって一対一じゃ勝てないもの。やたら痛いところばっかり狙ってくるし、ケガをしたくはないじゃないか」

  穏やかな口調だった。少女の腹を踏んだままで。

 「そもそも、僕らは別に鍛錬しに来たわけじゃないよ。だって騎士だよ? 君はどうもそこんとこ誤解してるみたいだね」

 「騎士は貴族の称号。ラトキアにとってとうとい存在だっていうことさ。星を渡れるという特権も、外交政治のひとつなんだよ。なのにあの『黒髪』が、なにを勘違いしているんだか――明けても暮れても戦闘訓練、戦功によって評価を決める? 貴族ってのはあるだけで貴いんだ。能力差なんて関係あるかよ。一兵卒とは魂の在り方が違うんだよ。この――」

  騎士の靴が踏みおろされる。少女が仰け反り、痙攣した。

 「このガキが! ちょっと大きな任務をこなした報奨だけで、騎士団長になんか就きやがって、くそあつかましい。ふつう、辞退するとこだろうが!」

  ぎゃっ! ――少女の悲鳴を聞いて、男たちはいよいよ笑い始めた。

  品のない、罵倒の言葉が吐き出される。それらは決して、『鍛練用ロボット』などに向けられたものではなかった。何の目的もなく、意味のない暴力だった。


  テオは迷っていた。

  庇う理由があるだろうか。
  あくまで、ただのロボット。
  テオこそ、このロボットにさんざん殴られたばかりである。

  全身が痛い。傷だらけにされてしまった。
  強い戦士だった。命がけの戦いを覚悟して、鍛練を積んできた技だった。

  助ける理由があるのだろうか。

  戦場で生きることを選んだ女など――

 いつの間にか、男たちの罵声がやんでいた。彼らは無言でしゃがみこみ、転がる少女を眺める。激痛のため動けなくなった――という、プログラムに従って動きを止めた、少女そっくりのロボットの腰帯を毟むしっていた。

 「……おい……」

  テオの喉から、かすれた声が漏れる。

  萌葱もえぎ色の帯が解かれ、軍服の胸元が開かれる。

 「おい! ……やめろ」

  騎士たちは聞き入れない。
  『クーガ』もまた、いっさいの抵抗を放棄している。ただ唇を噛んで脱力していた。まるで、己の運命を生まれたときから知っていたかのように――

 白い膨らみが晒される。
 瞬間、テオは咆吼を上げて駆け出した。




 「……で?」

  両拳に包帯、顔中にアザ、全身を傷薬臭くして、赤い髪の一部が引き抜かれハゲてしまったテオに向けて。
  クーガ騎士団長は、半眼になって問いかけた。

  騎士団寮の上階、団長執務室である。続く部屋に団長の私室があり、まとめて団長室と呼ばれる部屋だった。

  調度品は豪奢だが、広さのせいか、ガランと何もない印象を受ける。
  上等な絨毯に膝を突き、ボロボロの姿で、テオは悪びれもせず鼻を鳴らした。

 「――だからぁ。確かに俺がなにかされた訳じゃねーっすけど、そんなん関係ないじゃないですか」
 「ティオドール。口のききかた」

  横でぼそりと、シェノク。
  テオはそっぽを向いた。

 「やなやつらだと思った。許せなかった。殴るべきだと思った。そんだけっす。ただの喧嘩です」

 「……騎士間での、私闘じたいは禁止されていない」

  クーガの声はいつだって冷静だ。大声を出すことはないのに、なぜか耳によく届く。

 「だがそれは、あらかじめ双方合意の決闘に限ってのことだ。病院送りになったリザリーとヒエッカいわく、突然おまえが殴りかかってきたのだと。それは、ただの暴行で、犯罪になる。……理由があるならちゃんと弁解しろと言っている、ティオドール」
 「ムカついたんです。あいつら嫌いです」
 「……そんなのが理由になるか。そんな返答を繰り返すようじゃ、おまえは騎士団を追放、場合によっては逮捕されるぞ。志があって騎士になったんじゃなかったのか」

  テオはグッと喉を鳴らした。

  広い執務室、二人の上官の見下ろされ、正座した少年はかなりの間、逡巡した。やっと、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。

 「……俺が、鍛錬をしてたのに、あいつらが……先輩が邪魔して……俺の獲物を取ったから」
 「嘘をつくな」

  騎士団長の言葉は高速だった。テオはさらに俯く。

 「……あいつらの戦い方が、気にくわなかったんです。俺に先に戦わせて、不意をついて乱入して、そこからは二人がかりで」
 「実戦訓練用のAI入り立体ホログラフだ。挌闘競技ではないのだから、強敵を相手に連携するのは何も間違っていない」
 「……。あいつらは……。鍛錬とかじゃない。ただいたずらに、遊んで……」
 「遊びながら修練、それもまたよし。本番との切り替えの問題だと俺は考えている」
 「…………」

 「まだ弁解はあるか」

  テオは首を振った。

 「ないです。俺は騎士団には向いてなかったみたいだ」

 「……団長、横から失礼します」

  シェノクが口を挟んだ。赤銅色の目を不快そうに歪め、声を潜めて、言葉を濁す。

 「突然の乱闘、警備員からの通報により全員緊急捕縛ってことで、『クーガ』はリセットされずにそのままありました。必要以上に傷だらけで……衣服が脱がされていました」

  テオはぎょっとして顔を上げた。シェノクをにらみつけるが、彼は黙らない。

 「乱闘という行動の是非はともかく、ティオドールの精神に騎士道はあると思います」
 「そうか」

  クーガは嘆息した。いつもの端正な無表情に、呆れているのか怒っているのか、それとも微笑んでいるような――複雑な表情をかすかに浮かべ、テオの方へと向き直る。

  そして、頭を下げた。

 「……すまなかった、ティオドール。俺の、あらかじめの説明不足が原因だな。『クーガ』について、もう少しおまえに話してから、演習場へと促すべきだった。申し訳ない」

 「え……い、いえ……」

  呆然と、テオ。

  そのままの口調で、クーガは言った。

 「『クーガ』が、騎士たちに弄ばれていることは、すでに知っている」
 「――えっ?」

  テオは目を見開いた。

  クーガの表情は変わらない。

 「もともと、娯楽用も兼ねると聞かされていた。あそこまでリアルに作られるとは思っていなかったけども。とにかく、俺はそれを許している。どんな遊び方をしようとも罪に問われることはない」

 「そ……そういう問題じゃねえだろ! あんたはそれで、嫌じゃねえのかよ!」

  テオの暴言も、今度はシェノクは叱らなかった。
  クーガは目を細める。苦笑していた。

 「……十六で騎士団長を任されたとき……父に呼び出され、諭された。
  長の仕事は、皆から慕われる師であることではない。皆に恨まれ忌み嫌われ、誰よりも汚れることになっても、皆を生きて還らせるのが仕事である。その覚悟をして立ちなさいとな。
  騎士だって人間。俺への不満や出征への不安、家庭の不和も、博打がはずれて苛々することだってあるだろう。それを少しでも和らげることができるなら――これも、俺の仕事だよ。ティオドール」

  テオは座したまま、拳を握りしめた。爪が掌に食い込んで血がにじむ。その痛みを持ってしても収まらない。テオはつぶやいた。

 「……ムカつく」

  クーガとシェノク、二人で顔を見合わせる。

 「ムカつく。……俺も、団長のこと好きになれねえ。嫌いだ。……間違ってない、のはわかるけど……」

  ふふっ、と明るい声がした。珍しい、クーガが笑ったのだ。機嫌の良い声音でささやく。

 「そうか。おまえに嫌われるのは、少し寂しいな」

  テオは押し黙り、しばし逡巡してから立ち上がった。腰を屈め、構えをとる。

 「だんちょー。一発殴らせてください」
 「……なんでだ」
 「ムカつくからっ!」

  今度こそ、クーガは声を立てて笑った。

  執務用デスクから立ち上がり、テオの前にでる。シェノクに離れるように言い、肩を回した。
  そして構える。

 「殴り返すぞ。加減もしない」
 「りょーかい」

  テオもうれしそうに笑った。

  対峙する二人の男。部屋の隅で、シェノクが嘆息する。

 「体育会系、わからん」



  なおこの決闘は――
 ティオドール少年は、左腕上腕骨と頬骨と肋骨二本の骨折および全身打撲により全治二ヶ月の重傷。クーガ騎士団長は拳骨部分に打撲、全治二時間の疼痛という、痛み分けにより決着した。

  テオの療養中、ラトキア騎士団は王都で暴れるテロ集団と衝突、制圧を果たす。逮捕者は七百四余。
  その直後、護送車が襲撃を受ける。それによりかつてラトキア軍の大脳と呼ばれた科学者キリコ、元騎士団の傭兵を含め二百五十余名が逃亡。
  軍基地まで一気に攻め込まれ、宇宙船を一隻奪取、惑星ラトキアから、遠く銀河の向こうへと飛びたっていった。

  物語は個人それぞれの胸にあり、時は常に動き続けている。
  療養していたティオドールは、騎士団の動きをニュース程度にしか知らなかった。


  彼女が涙をこぼした瞬間、そばにいることが出来なかった。




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