ラトキア騎士団悲恋譚

とびらの

新人騎士ティオドール②


 すぐさま立ち上がり犬歯を向く。
 鮮やかな朱金色の髪を逆立て、金色の目で、三人の騎士をにらみつける少年。山猫のようだ、と、シェノクは思った。
 この王都では見ることのかなわない、野生の獣。

「なにすんだこのデカグソオヤジ、ひとさまの襟首掴んで放り投げやがって、失礼なやつだな! 親のシツケがなってないぞっ」
「貴様にだけは言われたくないわ」

 冷淡に、だがしっかりと相手をしてしまうヴァルクス。

 どうもこの少年には無視できないものがある。うるさくて仕方ないと背を向けてなおやかましい。

 扱いかねて頭をかかえる大男に、なぜか少年の方が余裕の笑み。彼らはいったいどれほどの時間そうしてじゃれていたのだろう、どちらもねばり強いことである。

 と――
 少年の笑みが凍り付いた。

 弾かれたように身を起こし、腰を引いて、やや斜めに身をよじる。近接格闘、迎撃の構えだ。強大な敵から人体の正中線、すなわち急所を守る体勢。口をつぐみ、顔つきも、幼稚な少年のいたずらっぽさが消失する。
 金色の視線が、怯えてふるえる。

 シェノクが振り向くと、そこに上司がいる。平常、たいへん温厚で、大声すら滅多に出さない騎士団長が、右足をわずかに引いていた。
 ただそれだけで、全身で構えているわけではない。だが間違いなく攻撃の矛先を少年の方に向けている。

 シェノクはぞくりと総毛立ち、慌てて距離をとった。ヴァルクスもとっくに身を離していた。
 少年の頬から汗が垂れた。

「……あ……何? 俺……なんで……?」

 心身を緊張させたまま、うわごとのようにつぶやく。本能でとった警戒態勢に、自分自身が理解できていない。

 対峙していた、クーガが笑った。

「最近、こういうタイプは珍しい。さっきの受け身も半分くらいは天性のものだな。育てればかなり強くなる、だが早死にするだろう」

 クーガはシェノクに促し、先ほど預けたばかりの書類を取り上げた。紙の束をめくり上げながら、

「少年、名前は?」
「テ、テオ。ティオドール」
「騎士になる、と言っていたな。それは今年度のラトキア騎士団入試を受けにきた、ということか」

 シェノクとヴァルクス、二人が顔を見合わす。
 テオ少年がうなずいた。まだ構えは解けないままで、

「そ、そうだ。俺は、今日、ここでやってる試験を受けるために……来たんだ。えっと……少年兵士長の推薦状はちゃんともらってる。俺は騎士になるんだ」
「なるほど、わかった。だが残念だがそれはかなわない」
「! なんでだよ!」

 絶叫する少年。クーガは即答した。

「理由は三つ。ひとつ、応募資格が足りない。兵士長の推薦だけでは入試を受けられない。騎士団は実務力だけじゃなく、品行方正で精錬な精神と三女神への信仰心を求められる。その修練と証明――宗徒の修了過程か貴族の称号が必要。わかりやすく言えば修道院か貴族の家に奉公に出て、そこからも推薦状をもらう必要があるということだ」

 親切な解説である。何を今更、というそれは、騎士を目指すものでなくともラトキアの一般常識だった。知らない国民がいるわけがない。

 少年の視線が泳いだ。

「……そ、そうなの?」

 知らない国民も、いるらしかった。

「絶対、兵士長から聞いてるはずだぞ……」

 二人の騎士は頭を抱えたが、騎士団長クーガは笑いもせず、二本目の指を立てる。

「二つ目。お前自身に能力が足りない。ここに、兵団長から回ってきた推薦状のコピーがある。ティオドール、確かに少年兵の中では抜きんでた戦功だ。座学の方もギリギリセーフ……限りなくアウトに近いというかもう完全にアウトな誤答をまあ解釈によっては間違っているとは言い切れないかな、というものを正答として、なんとかクリアしている。推薦状ではそれにより騎士になり得る逸材としてあるが。
 戦功の内容を、もう少し詳しく調べてみた。……お前、足りない力を命を賭けることで補っているな?」

 ギクリと、少年の肩がふるえた。クーガはさらに書類をめくった。

「地雷地帯をノコノコ歩いて踏破。膠着状態の最前線に小隊長の制止も聞かず拳銃一つで突っ込んで、仰天した相手が機関銃操作を誤って暴発。
 民間テロ団の捕虜となり監禁され、その見張りとトモダチになって解放、内側から敵部隊撃破。時限爆弾解除の資格もないままハコを開け、なんとなくコードを切りまくっていたら止まった。要人監禁事件で、牢のパスコードを調べるために潜入したさきでアッサリ見破られ、いっしょに牢にぶち込まれたところたまたまパスコードが自分の誕生日だった。
 ……こんなものが戦績とよべるか。運がいいのか悪いのかすらわからん」

「でも、そうしないと全滅だった。みんな死ぬよりいいと思ったんだ」

 か細い声で、だが、しっかりと、テオは答えた。
 騎士団長が目を細める。自分とさほどの年も変わらない少年を、怜悧な相貌が見下ろした。

「お前は、自分の頭の悪さを自覚しろ。俺はこうした方がいいと思う、には何の根拠もないと知れ。
 戦場では上官の判断に従え。その命令は絶対だ。提案があるなら進言するといい。だが勝手に動くな」
「…………小隊長は……テオには無理だといった。なぜなら自分にも無理だからって。でも、俺は、あのひとより強い。……自分より弱い奴の、状況判断なんてあてにならない」
「では、自分よりも強い奴が上官ならば素直に従うと?」
「……その判断は、信じるよ」

 なるほど、と、クーガは頷いた。

 書類の束をシェノクに返し、目配せをして、距離を取るよう命じる。すべてを察し、シェノクとヴァルクスは従った。

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