職業魔王にジョブチェンジ~それでも俺は天使です~

黒水晶

閑話 trick & treat 前編

「なぁ、知っているか?」

 神界に浮かぶ三つの衛星が照らす中、帰宅途中の神が隣を歩く同僚の神に聞いた。

 肌を刺すような冷たい澄んだ空気が帰路に就く二人の足を自然と早め、吐く息が白く染まりだしたこの時期は、これまで育ててきた作物の収穫が近くなり、収穫祭が予定されている。

 収穫祭が近づく事で、町は色めき立って居るが、二人のように、祭りの準備や普段の仕事をしている者は、この時間にやっとのことで解放され、完成に近づく祭りの景色を眺めながら帰るのだ。

「ああ、あれか。夜道を歩いていると、お菓子を出せって、黒い手が地面から這い出てくるって言う」
「ああ。それだよ。隣のベルさんもやられたらしい」

 その話題は相当広まって居たのだろう。同僚が噂の内容を言うと問いかけた神は肯定した。

 隣人が噂の被害を受けるほど、その黒い手はすぐ身近に迫って居るのだろう。

 夜道を歩く彼らが足元に注意を払って居たのは、そう言う意味も有ったのだろうか。

「――――なあ、それって……」
「だよな。もしかしなくても、あいつだよな?」

 2人は答えを確かめる様に顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。少なくとも噂の首謀者を知っているのかも知れない。

「クレ――――」

 同僚が首謀者の名前を言おうとするが、そこで声を閉ざし、立ち止まった。同僚の異変に神が振り返ると、同僚の顔から血の気が引いていた。

「――――た」
「どうした?」
「――が――た」
「だから、どうしたんだ!」

 同僚の声がかすれ、よく聞こえず、聞き返すが、返ってきたのは先程と変わらないかすれた声だった。

 神は苛立たしげに同僚に近づき、もう一度尋ねた。すると、

「手が下に……!!」
「――っ!?」

 同僚の足元に視線を送ると、黒い手が同僚の足を掴んで離さないでいた。余りの出来事に彼は声に成らない悲鳴を上げ、無意識に一歩下がってしまう。

 もう一歩下がろうとした時、ドンッと何かにぶつかった衝撃が背中に来る。

 何かにぶつかった。そう思ったとき、ある違和感に気が付いた。そこはつい先程まで彼が居た場所だ。何もなかったし、誰も居なかった。

 背筋が寒くなるのを感じる。同僚の顔を見ると化け物でも見たかの様に恐怖に歪んでいた。

 見るな、と本能が告げる。神として恒久の時を生きる彼だが、ここまでの恐怖を感じた事は無かった。

 しかし、壊れた機械人形の様に、油の切れた歯車の様に、固くぎこちない首を回し、自分の意思とは裏腹に体が動いてしまう。

 そして、見てしまった。

 ――――そこから彼らの記憶は無い。明け方、通りかかった天使に運ばれ、病院のベッドで目が覚めたと言う。

◆◇◆◇◆

「「すみません。すみません」」

 アリアとイザベラがペコペコと頭を下げ、創造神や十柱の最上級神を総べる神達に謝り倒していた。

 なぜ、彼女達が謝っているのか、それはクレアシオンが関係していた。

「全くだ!!貴様の堕天使がどれ程の被害を出しているか!!」

 そう怒鳴り声を上げたのは創造神の眷属であり、原神六柱の内の一人である火の神フォティアである。

 彼の怒りも最もだった。ここ数日、クレアシオンの悪戯により、神界の者達の大半が外出を拒み、神界の機能が麻痺をし出したのだ。

 彼の被害者達は夜道を歩いて居ると、突然奇襲を受け、お菓子、もしくは食べ物を要求されるというものだった。

 飴玉一つを持っていた神が襲われたことから、被害者の持っている食べ物に量は関係していないと考えられ、被害者の中には当時、食べ物を持っていなかった者は居らず、お菓子を持っているものほど襲われやすいと言う傾向が確認されていた。

今回の彼の暴走の性質から、土地や建造物などの損害はなく、また、軍事機能の麻痺による悪魔や邪神などの侵略行為は報告されていないが、経済的な損害は計り知れなかった。

 しかし、軍事機能の麻痺にも拘らず、邪神による侵略行為が行われていないのは、ある意味、邪神たちも被害者だと言えるのかもしれない。

 どういうことかと言えば、クレアシオンに『trick』され、『treat』捕食されたのだ。

 無数にある世界を神が移動するには世界をまたいで移動しなくてはいけない。そこには神も邪神も関係ない。もちろん、天使も悪魔もそうだ。

 そして、その移動経路はネットワークのように張り巡らされており、邪神の支配する世界ともつながっている。

 神界は邪神の進行を防ぎ、世界を取り戻そうと、邪神は世界を手に入れ、神界に攻め入ろうと、自然と戦いの前線は作り上げられる。

 そこにもあろうことか、クレアシオンはハロウィンをしに行ったのだ。

 結果は壊滅的だった。

 邪神と戦っていた戦神と天使達は謎の奇襲により、恐慌状態に陥り、邪神と悪魔達は次々に目の前にいた仲間が消えていく恐怖と発せられる謎の威圧により、精神崩壊を起こす者までいた。

 人間や魔物から神までの恐怖等の負の感情を食い物にする悪魔と邪神が恐怖に顔を歪め、その感情すらも喰われていく、どちらが悪魔かよく分からない光景を見た戦神と天使達は、クレアシオンが犯人だと分かるとすぐに逃げ出した。

 これに似たようなことが数ある戦線で行われ、軍は崩壊、戦線は崩れ、軍事機能は麻痺が起こったにも拘わらず、邪神の侵略行為が行われなかったのだ。

「すみません。後でちゃんと言って聞かせますので……」

 フォティアの最もな怒りを受け、アリアは顔を青くして頭を下げた。

「アリアちゃん。謝ってるだけじゃ何も解決しないよ」

 そう言ったのは、金髪の整った顔立ちをした狩猟の神ヤクトだ。彼は爽やかな笑みを浮かべ、アリアに近づき、肩に手を置いた。

 肩に手を置かれたアリアはびっくっと肩を震わせるが、ヤクトの掴む力が強く、逃れる事は出来ない。

 武神ではない上級神のアリアでは、最上級神を総べる八聖神の一柱であるヤクトから逃れる総べは無い。

「アリア様に何をするのですか!?」

 イザベラが抗議の声を上げ、ヤクトを睨むが、

「イザベラちゃんも後でちゃんと相手してあげるから。僕は二人同時に相手しても良いけどね」

 ヤクトは意に介さず、爽やかな笑みを浮かべるだけだった。イザベラは悔しさに拳を握り締める事しか出来なかった。

 今この場には、最上級神を総べる原神六柱と八聖神と創造神の神界十五柱にそれぞれ護衛の最上級神が控えているからだ。

 もし、この場で剣の柄に手が伸びようものなら、一瞬で殺されてしまうだろう。否、例え、ヤクト一人でもイザベラには荷が重い。

「謝罪は良いから、誠意を示してよ」

「誠意……ですか?」

 悔しさを耐えるしか出来ないイザベラからアリアに視線を戻すとヤクトは誠意を示せ、と言った。

 ヤクトの言ったことの真意がいまいち分からない、と言ったアリアの様子にヤクトは端正な顔を醜悪に歪め、

「こう言う事だよ」

 ゆっくりとアリアの顔に自分の顔を近づけ――――

「――――どう言う事かな?【凶剣】?それに、ルイスにスティラも」

 何も出来ず、目を伏せる事しか出来なかったアリアが目を開けるとそこにはヤクトの喉元に大剣を突きつけている白髪の老紳士の姿と背後から今にも大剣を鞘から振り抜きそうな男とヤクトに無数の光の矢を放とうとしている女の姿があった。

「それはこちらのセリフです。何をしようとしていたのですか?」

 丁寧な言葉とは裏腹に【凶剣】と呼ばれた老紳士は喉元に突きつけていた大剣を押しつけるように踏み出した。アリアのすぐ近くにあったヤクトの顔はそれによって離される事になる。

「人の娘に何しようとしてんだ……!!」

 今にも血管がぶち切れるのではないか、と言うほど顔を赤くさせ、隠す気も無い殺気が大気を揺らしながらルイスと呼ばれた男はヤクトに向けて大剣を振り下ろした。

 大振りな攻撃など当たる訳がない、とヤクトはゆっくりとルイスの剣の間合いからほんの少しだけ、避けるが、不可視の刃がヤクトの顔を傷つけた。

 その事にヤクトは驚きを隠しきれず、大きく距離を取った。

 彼が驚いたのは、攻撃を受けたからでは無い。小細工無用と謳っていたルイスが不可視の刃を使ったからだ。

「……この女の敵が」

 だが、驚いてばかりではいられない。距離を取った着地地点に光速の矢が放られる。普段は優しい光に身を包む美しい彼女だが、今は攻撃的なギラギラとした光を見に宿し、ヤクトを睨み付けている。

 狩猟の神の最高峰であるヤクトは原神六柱の光りの神である彼女の攻撃を野性的なまでの感で全て――――防ぎきれなかった。

 一切加減のない殺す気の矢がヤクトの体を掠め、左肩を射られた。

「僕の顔に傷が……!!」

 だが、肩の傷より、顔の方が大事だったようだ。弓を操る狩猟の神としてそれは問題があるのでは無いだろうか。

「何するんだ!!」

 ヤクトはルイスを睨み付け、風を纏った弓を取り出した。

「神器を取り出したって事は覚悟出来てんだろうな!?」

 ヤクトが風を纏った弓――神器――を取り出したのを見たルイスは、手に持っていた大剣を地面に突き刺し、どこからともなく一際豪奢な鞘に収まった大剣を取り出した。

 シャラっと金属の擦れる鈴の音のような音が鳴り、鞘から覗いた刀身から炎が噴き出す。

 【灼熱の大剣】それが、八聖神の一人でもあるクレアシオンの大剣の師匠、大剣の神ルイスの通り名だ。

 だが、それに待ったをかけるものがいた。

「お待ちください、ルイス様。ここは私にお任せください」

 老紳士がそう言うとルイスはフンっと鼻を鳴らすと、大剣が空に掻き消える様に消えた。

 怒りに身を任せてしまうほど愚かではないと言うことだ。

 だが、それはルイスとスティラだけだった様だ。

「蜥蜴風情が!!貴様如きに俺がどうこう出来るわけ無いだろうが!!」

 ヤクトと言う神は最近、八聖神になったばかりだった。二百年前、神が大量に居なくなり、そして、多く生まれた。

 彼もその時生まれた神の一人だ。故に若い。

「……盛りのついた山猿が。頭を使いなさい。この件は我が主の起こしたこと。アリアお嬢様に一切の責は御座いません。この責は我が主が負うことです」

 慇懃無礼に、老紳士はヤクトを叱咤する。彼の言った通りにアリアには一切責任が無いとは言えないが、ヤクトの言う責任を負う必要があるかと言えば、そうでは無い。

 更に言えば、ヤクトの個人的な要求を受ける義務はないのだ。

 アリアに罪があり、罰を与えるべきだと決めるのは、神界十五柱であり、ヤクトではない。

「死ね!!」

 ヤクトの神器が大きく巨大になっていく。

 怪我をした左肩では、弓を引けないと思われたが、そこは神器。彼の身長の三倍ほど大きくなった弓が見えない巨人に引かれるように、力を蓄えている。

 煌びやか過ぎて返って下品に見える巨大な弓は彼の虚栄心を映し出しているようだ。

 その弓がヤクトの指揮に合わせて放たれようとする。

 が、それは意外な人物によって、止められた。

「そこまでだ馬鹿野郎!!」

 フォティアがヤクトの頭に拳骨を叩き落とした。それは決して軽い物ではなく、衝撃波が伴うような物だった。

 その衝撃波は一陣の風を起こし、机の上の書類がパラパラとめくれ上がり、ヤクトは大きな音を立てて崩れ落ち、ぴくりとも動かなくなっていた。

コメント

  • 死者

    本編少なくないすか?

    1
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