浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。ビンタまでする必要はあったんですか?

 街の中心にある公園の噴水を、ベンチで横になって眺めている。

 ベンチの上なのに枕にしている物が、いやに柔らかい。

「ねぇ、私の膝気持ちいい?」

 耳の上から期待する少女の声が降り注がれる。

 語るまでもなく枕が柔らかい理由は彼女だ。

「膝というか、これ太股じゃね」

「そうだね、でもそこは大したことじゃないよね」

 俺に膝枕をしている彼女マリは、陽気に笑い声とともにそう言った。

 気持ちいい、と正直に言えない。というか恥ずかしい。

「ここから時計台の先が見えるよ」

 もぞもぞと枕が動いた。マリが時計台を指さしている。

 俺は見飽きた噴水から、茂みのずっと奥に高く聳える時計台に目を移す。

 次の瞬間には、終業を促す鐘の音が響いてきた。

「鐘が鳴っちゃった」

 鐘の音に聞き入っていた俺の耳に、突然か細いマリの呟きが混じった。

 俺はマリの膝枕から体を起こして、呟きの真意を尋ねてみる。

「鐘が鳴ったら、何かまずいのか?」

 マリはきょとんとしてから、途端に腑に落ちない顔をする。

「乙女の呟きを聞くなんて、ひどい」

「呟く方が悪いだろ、それ」

「気持ちいいなら眠ってるはずだよ」

「眠れるかよ……」

 緊張してて、などと言うへまはしないぞ。

 俺が膝から退いたからか、マリは立ち上がる。

「ついに明日だね、継承式」

 マリの横顔に何かに耐えるような辛さが窺える。

 継承式では現王から次期王の俺へと王位が譲られる。それと同時に姫候補の中から一人だけを選んで姫、つまり妻にしなければいけないと、聞いている。

 多分、マリが気にかけているのはその事だろう。

「誰にするか、もう決めた?」

 俺に顔を向けて、聞いてくる。

「まだ決めてない」

「そうなんだ」

 マリは明らかにがっかり息を吐く。

 しかしすぐに笑顔を見せ、俺に手を差しのべる。

「鐘も鳴ったし、城に帰ろう?」

「迷惑かけて、すまんな」

 マリの手を掴んでベンチから腰を上げる。マリは俺の体勢を支えるため左半身に寄り添ってくる。

「こんなとこに来させて、ごめんね」

 微笑んでマリは謝った。

「気にするな、城の中だけにいるよりよっぽど良い」

「安静にしてないとダメだよ、ろくに歩けもしないんだから」

「心外だな、歩けないわけじゃない。歩かないようにしてるだけだ」

 駄弁りながら店が閉まっていく街の通りを進んで城に向かった。

 自分の部屋に戻ったら、明日の事じっくり考えよう。


 部屋の前でマリと別れ、自室の扉を開いた。

 再来した既視感に俺は眉をひそめた。

 ベッドに布団の山ができている。それもゴソゴソ形の変わる。

「ミクミ、また来てたのか」

 布団の裾がめくれ、案の定ミクミがひょっこり顔を出した。眠たそうに目元を擦る。

「なんじゃい?」

「なんじゃいはこっちだ。人の部屋に無断で入るなよ、しかもベッドにまで」

「気持ちええからの、お主のベッド」

 うっとりと緩くなった表情で、ミクミは間延びした声を出した。

 ベッドごとに寝心地に差があるらしいが、俺はあんまり気にしてない。

「で、姫にする子は決まったかの?」

 気にしていた事柄をミクミに唐突に切り出され、俺はすぐに答えを返せずまごつく。

「えっ、それはまだ、決めてないけど……」

 ふん、と鼻で笑われる。

「優柔不断じゃのーお主は。結婚したいと思う子を選べばいいだけじゃろうが」

「そんな簡単に決められることじゃないよ」

「そんなの重々知っとるわい。しかしの詰まるところはそういうことじゃろ?」

 言われてみればそうだが。

「難しく考えすぎるのがお主の悪いとこじゃい。明日の継承式で全員を抱いてしまうのもいいのう」

「それこそ、女遊びの人みたいじゃないか。嫌だよ」

「じゃあ、どうするか決心するのかえ?」

「できそうにないよ」

 姫候補の少女達の顔が頭に浮かんでくる。やっぱり、一人だけを選べだなんてできない。皆に笑顔でいてほしい。

「わらわは」

 言い出してミクミはベッドから抜けてくる。

「お主のことが」

 俺を真っ直ぐ見つめて目の前まで歩いてくる。

 改めてミクミの体の小ささを、近くに来られて感じる。こんな小さい体であちこちまとめ役として奔走してるんだもんな、疲れないわけがないよ。

 ミクミは顔を伏せて片手を俺の左頬辺りに掲げる。

 突如、左頬に何かが直撃し高い音を立てた。勢いに押されて顔が少し右に逸れる。

 目の前のミクミの掲げていた片手が、逆の方向に振り切られている。

 遅れてヒリヒリ痛みだした左頬に、何かの直撃がビンタだと察した。

 呆然とする俺に、ミクミは伏せていた顔をスッと上げて叫ぶ。

「嫌いじゃい!」

 言葉も出ない俺に向かって、さらに捲し立てる。

「お主は自身の意思で物事を決められん、悩むばかりで誰にも相談せん、皆を悲しませたくないと言うのがカッコいいと思い込み、迷惑をかけないのが相手のためだと優しさを履き違えとる、とんだ勘違い野郎じゃい!」

 聞いているうちに腹が立ってきた。俺はすかさず抗弁する。

「説教か」

 俺の発した抗弁を聞き、ミクミは目を鋭くする。

「説教ではない矯正じゃ。じゃから言わせてもらうがの、自身の意思で物事を決められんのは、間違っているのが怖いからじゃろ。誰にも相談せんのは、流されるのが怖いからじゃろ。皆を悲しませたくないと思い込んどるのは、自分が悲しませた事実を知るのが怖いからじゃろ。迷惑をかけないのが相手のためと思うとるのは、仕方なく優しくされるのが怖いからじゃろ」

 真摯な目になってミクミは言い捲った。

 俺なんかより、ずっと大人に見える。

「姫候補達は口に出さんからのう、わらわが代弁するんじゃい」

「……」

 俺は圧倒されて押し黙る。

「明日の継承式で、決まってないことを正直に話せばいいじゃろ。皆はお主の気持ちを知りたいんじゃからの」

「正直に話して姫を選ばなくても式が務まるのか」

「わらわが保証するかえ、安心せえ」

「じゃあ俺は正直に伝えるよ」

「お主の腹も決まったしの、わらわは部屋に帰るかの」

 言ってあくびを漏らし、ミクミは部屋を出ていった。

 どうやら俺はミクミに見透かされているようだ。まとめ役を任された理由もよくわかる。

 もしかすると人格だけならオドワさんより大人かも。

 明日の式に向けて心の準備をしておこう。











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