浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。補助は一人で充分じゃないですか?

 メラの食堂で食事を済ました俺は、突然来て俺とメラの行為を目の当たりにし勘違いのまま引き返そうとしたミクミに弁明して、なんとか誤解は晴れた。

 だが難事は続く。ミクミに補助されながら連れてこられたのはルイネの部屋で、ミクミが帰ったあとから当のルイネの様子が__おかしい。

 床に座らされた俺の前で正座して何故か畏まっているルイネは、緊張した表情で口を開いた。最近、ルイネの服装が出会った当初のみすぼらしい物から年相応のお洒落で新しい物に変わっている。

「あ、あの峻さん」

「何?」

「ええとですねぇ、妃はもう決めましたか?」

「きさきぃ? 次期王である俺の妻ってことか?」

「違い違い違うます!」

 違う違う違いますを言い間違えたのか。内心、苦笑い。

「じゃあ妃って、なんだ? そもそも妃と姫ってどう異なるんだ」

「私も知りません、けど妃は妃です」

「まぁ、そりゃそうだよな」

「次、質問していいですか?」

 ルイネは恐縮してるように上目遣いで聞いてくる。そういう視線で見つめられるとドキッとするのは治りそうにない。

「どうぞ」

「峻さんはどういう女の子が好みですか?」

 びくんと体が瞬時にひきつった。

 女の子の好みだと、それはタブーだろ。

「やっぱりクリナさんやラナイトさんみたいにむむむ、胸の大きな方ですか?」

「答えなきゃだめか?」

「私は信じてます!」

 いや、何を?

 ルイネの答えを待つ目力に圧されて、はぐらかすのも躊躇われじっくり考えてみた。

 女の子の好みか、俺が今まで出会った女の子なんて、クリナさんにラナイトさんにマリにメラにミクミにルイネにキャンさんだけだぞ。でもなんだろ、竜宮に来るより前の妙な空白。

「どど、どうですか好みの女の子が浮かびますか?」

「いや、全然。ごめんな」

 ルイネはあからさまに肩を落としてガックリする。

「優柔不断なんですか、峻さん」

「優柔不断も何も、好みと好きではかなり意味合いが変わるからな。まぁ、好きになった人が好みってことだろ」

「その答えはズルいと思います。だって峻さんの好みがわからないとどう可愛くなればいいか、困るんです」

「可愛くなろうって意識がある女の子、いいよね」

 突然ルイネの顔が真っ赤になって、ああああと口を開けっぱにたどたどしく喋りだす。

「あああああ、ふふふ不意打ち……」

「不意打ち?」

「な、なんで峻さんはどうでもいいことだけ鋭くて、感情の機微にはすごく鈍感なんですか。私ばっかり恥ずかしいじゃないですか」

 __そう言われても。

「頭を冷やして来てください、話はそれからです」

 何に不満なのかわからないが、ついでに記憶が曖昧だから頭の中をすっきりさせてくるか。

 俺は左足をひぎずりながら、洗面所に行くため部屋を出ようとドアを開ける。

「ああ、そそそうでした。ごめんなさい、私が付き添います」

 閉まりかけたドアの奥でルイネが立ち上がった、と思いきやふらふらと立ち眩みを起こした。

 俺は咄嗟にルイネの体を支えようと思ったが、左足に力が入らず叶わなかった。

 期せずして起きた立ち眩みで、ルイネは床に尻餅をつく。

「立ち眩みなんて、いつぶりでしょうか」

 ルイネは呟きながらゆっくり立ち上がり直し、俺の左につき肩を持って支えてくれる。

「じゃあ頭を冷やしに行きましょう……って必要ないですよね」

「ごめんルイネ」

「……きゅきゅ、急に何を謝るんですか」

「さっきのルイネが立ち眩みを起こした時に、体が動かなくて支えてやれなかったからさ申し訳ないなって……やっぱり俺、皆に迷惑かけてるよな」

「助けてくれようとしてくれただけでも私は嬉しいです。左半身が不自由になっても峻さんは峻さんで、私のす……」

 ルイネは言いかけて、はっと自分の口を押さえた。
 どうしたんだろう?

「私、全部言っちゃいました?」

「いや私の、までしか言ってないよ」

「それなら良かったです。じゃ頭に冷やしに行きましょう」

 ほっとしたようなルイネは笑顔を向けて、そう言う。

 俺はルイネの手を借りながら、廊下を挟んだ右斜めの洗面所まで歩いていく。

 洗面所の入り口の戸を開けると、長めの金髪を下ろした美女が共同の長い洗面台の三つある真ん中で鏡を覗き込んでいた。誰と言おうラナイトさんだ。

 トレーニングシャツっぽい物を着たラナイトさんは、横目で俺とルイネを一瞥する。

「なんだ、ルイネと峻ではないか。どうしたんだ、こんなところに」

「ラナイトさんこそ何をしてたんですか? 見たことない服装ですね」
「見てわからないか?」

 こちらに体を向けラナイトさんは、服装の全容を露にする。胸の上半分の部分だけ際立って濡れている跡がある。

「凄い濡れてますね」

「久しぶりにトレーニングしていて汗をかいたからな。今から部屋に戻って着替えるつもりだ」

「胸のところだけ、他より濡れ方が激しいですよ」

「峻さん……気づいてないんですか?」

 隣のルイネが恐ろしい事を目の当たりにしているように、恐々と言った。

 気づくって何に?

「胸の辺りはそこまで汗をかいていないと思うぞ。それより顔の方がいつも汗をかいている」

 そう話すラナイトさんの髪先から水が滴って胸の上に落ちた__そういうことかっ!

 考えもしていなかったことに心の内で俺が驚くと、ルイネが泣きそうに言いはなった。


「大きいのはズルいです!」

「な、突拍子もなく何を言う! 峻の前で恥ずかしいではないか!」

 顔を途端に赤らめて、ルイネの言葉に敏感に反応する。
 小さくても大きくても魅力かあるのには相違ない__って何を真剣に考えてんだ俺!?

「私に分けてください!」

「分けられないぞ、むむ胸は」

 俺の方をちらちら気にしながら言い合うなら、いっそのこと言うのを控えればいいのに。

「じゃ、じゃあどうすれば大きくなるんですか!」

「し、知らん! 知ってても教えられん。だって峻の前だぞ!」

「しゅ、峻さん立ち聞きなんて最低ですっ! 今すぐここから出てってください!」

 急に槍玉に挙げられた、不条理すぎない?

 これ以上非難されるのは御免なので、左足を半ば引きずり反転する。

「私もここから出る!」

 ラナイトさんもここから出るつもりみたいだ。

「わわ、私も出ます!」

 ルイネまでラナイトさんに倣って、ここから出るらしい。

 あれ、現状変わらないんじゃ?

 俺の左腕の袖を二人で挟むようにして掴んで、補助をしようとしてくれている。二人での補助だと左に重さが偏って、もはや補助の意味をなしていなくてバランスをとるのが大変だ。

 俺がなんとか体の平衡を保つのに気を向けていると、目の前の洗面所の戸口が蝶番を壊しかねないほど音を立てて激しく開け放たれる。

「わちゃわちゃ五月蝿いわ、お主ら! ゆっくり昼寝もできんじゃろが!」

 あっそういえば、ミクミの部屋って洗面所の真向かいだった。

 突然にして現れた怒りの形相とその者の怒号に、俺を含めルイネと元騎士のラナイトさんですら黙り込んだ。

 わらわは最近疲れとるんじゃい、とミクミの怒号はだんだん呆れの調子にまで落ちていく。

「じゃからあんまり騒がんでくれの」

 最初怒りのなど微塵も残さない疲弊した顔つきで、自分の部屋に戻っていった。

「ミクミさん、毎日そこらじゅう歩き回って私達のこと見てくれてますからね。迷惑かけないように気をつけないといけません」

「ルイネの言う通りだ。大人しくした方がミクミが休眠をとれるのだな」

 しんみりとした空気が突如、喧騒だった洗面所に訪れた。

 あれ? いつの間にかルイネとラナイトさんが互いに同調している。

 ……とはいえ、二人とも未だに袖は掴んだままなんだね。



















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