浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。睡眠不足は不健康ですか?

 一日二度鳴らされる鐘の一回目が鳴って、
 城門前に俺を含め姫候補五人とまとめ役のクリナさんの計七人は適当に集まった。
 そして、俺にとっては初見の人物が俺達の前に人の良さそうな笑顔で立っていた。

「やぁ俊くん、はじめまして」

 おっとりとした口調で俺に軽い挨拶をしてきた俺達七人の前に立つのは、白く先細りにしたアゴヒゲを持つブカブカのコートとニット帽姿の初老に入ったおじいさんだ。
 突然、おじいさんはゆらりと右に細躯を傾けた。

「まばゆい、まばゆいねぇ」

 何がまばゆいのかわからないが、光の入る量を抑えるためにおじいさんは目をスリットみたいに細くした。
 それを見てか何故かクリナさんがフフフ、と口に手を当て微笑んだ。

「いきなりどうなされたんですか、オドワさん。竜宮に太陽はありませんよ?」

 クリナさんの質問はもっともだ。
 質問されたオドワさんは、クリナさんの横にいる俺を一瞥し手招きした。
 俺は手招きされオドワさんの傍まで移動した。
 すると、急に遠い方の肩を掴まれ俺を自分の方に引き寄せ姫候補たちに背いた。
 見た目以上に力が強かった。

「なんなんですか?」

 俺が追及するように尋ねると、オドワさんの口元がイタズラを仕掛けた少年みたいににやつき、声を潜め言う。

「あんな美人六人と寝食を共にするとは、俊くんも禍福者だねぇ、ねぇねぇねぇ」
「何がねぇねぇねぇですか、オドワさんが思ってるほど気楽な生活じゃないですよ」

 俺が言い終わると、オドワさんは訝しむように目を細くした。

「まだやってないのか?」
「やるって何をですか?」
「そうか、やってないのか」

 なーんだ、という感じでつまらなそうな顔をされた。
 それにしてもやるって一体?
 疑問に思っているとハッハ、と小さめに口を開けて笑って俺の背中をバンバン叩いた。

「なんで叩くんですか」
「思ってたより滞ってるが、まぁ頑張ってくれ次期王くん」

 そう言って体を姫候補の方に向き直ると、それじゃあ本題に入ろうか、と手を叩いて話始めた。

「今回のイベント名は『鬼ごっこ』と知らされているはずだ。そのルールを簡単に説明させていただくよ」

 オドワさんは鹿爪らしい顔をして続ける。
 俺は耳に神経を集中させた。

「ルールはとてもシンプル、鬼となった二人が逃げる人をタッチする。そして、タッチされた人は鬼の要求をひとつだけ強制的に受け入れる__ニシシ、不埒だろう」

 オドワさんは奇妙に笑みを浮かべた。
 この人、何考えてるのかわからなくて怖い。
 だがすぐにかべた笑みを消し、さっきまでの顔に戻して言う。

「エリアは城壁より内側ならどこでもOKだ。終わりは全員タッチされるか、鬼のどちらかがギブアップ宣言するか、のどちらかだ。それじゃあ、鬼をくじで決めようか」

 そうしてくじで鬼が決まった。

「はい、それじゃあ逃げの人は散ってください! ゴニョゴニョ」

 背中から聞こえるオドワさんの声を合図に、石畳を踏む音が響きだした。

「それでは目隠しをとりますねー」

 前からは、クリナさんの丸い声が近くで発された。
 視界に光が遠慮なく入ってくる。
 目の前にクリナさんの微笑みがあった。

「全員をタッチできるように頑張ってねシュン君。私、応援してるから」

 クリナさんは俺を激励する。状況がどうであれ応援されるのは気恥ずかしい。

「ミクミさんも、頑張ってくださいね」

 声をかけられてもミクミはピクリともせず、ただただ遠くのどこか一点を見つめているようだった。
 残念なことにミクミは俺より三十センチほど背丈が低いので、どんな表情をしているのか見ることができない。

「おい、ミクミ。お前も鬼なんだからクリナさんに反応くらいしてやれよ」
「そうですよ! 無視するなんて、そんなに私のことが嫌いだったんですかぁ?」

 そう言うクリナさんは半泣きだった。
 すると、唐突にミクミがはっとしたように顔を上げた。

「……確かくじ引いて、わらわは鬼になったんじゃったよな?」

 ポカーンと思い出すように呟いてから、のそのそミクミは反転して石畳を踏み締めた。そして、そのまま歩き出す。
 やけに緩慢な動きだな。きっと鬼になったのが不本意だったんだろう。

「ミクミさん、行きましたよ。シュン君もゴーですよ」

 隣に来て、楽しげな顔でクリナさんはそう言った。

「それじゃあ、俺も行ってくるよ」

 片手をクリナさんに軽く向ける。

「オドワさん」
「なんだい?」

 突然なのに、すぐに反応を見せてくれた。
 俺はグッチョブと右手の親指を立て、オドワさんに向けた。
 ノリよくオドワさんはグッチョブで返してくれて、こくんと頷く。
 それを見て、俺はこのイベントを楽しめそうな気がしてきた。


 H型の竜宮城の東回廊を、脇目も振らずかつかつとラナイトは歩いていた。
 余談だが、先日ラナイトは騎士を辞職したそうだ。理由は乙女の秘密です。

「記憶通りならここのへんに……あった」

 薄ピンクのネグリジェを着た銀髪の佳人は、あたりを見回し探していた部屋を見つけると、ドアノブを握り中に足を踏み入れた。
 踏み入れた部屋は、高い本棚が等間隔で並べられた無音空間の蔵書室だった。
 幾つもの死闘を繰り広げた元騎士とは思えぬスラッとした指を背表紙の上につけ、目的だった一冊の分厚い本を取り出した。
 そして、それを中央のテーブルまで持っていき椅子に座り表紙を開く。

「どこまで読んだっけ」

 大雑把にページをめくり、続きのところを探す。

「あっ、ここだ」

 続きのところが見つかり、ページをめくるスピードを緩め読み始めた。
 一面に敷き詰められた文字を、虹彩を上下させながら読み砕き、隅から反対の隅までいくとページをめくる。それをひたすら、飽きることなくラナイトは続けた。


 メラは南回廊の一部屋、食糧貯蔵庫が数台壁際に置かれた貯蔵室で、こそこそと貯蔵庫を物色していた。

「ないですわないですわ、庶民的ファストフードであるヒラドがないですわぁ!」

 ヒラドとは、真ん中を横に切断したボール型の焼きパンに、アカタイゲンの煮汁を長時間染み込ませたヒラメと、レタスを一枚だけ挟んだ竜宮では知らぬものはいないファストフードだ。
 メラは今、それを求めて貯蔵庫をあさくっているのだ。
 突然、メラの目が輝いた。

「ありましたわ! 相変わらずお丸い形をしてますわね、嬉しいですわ」

 手に取ったヒラドの包み紙を、霞むような手際ではがしてあんぐり口を開け__
 目を細くしてパクついた。
 その目がへの字に曲がり、喜悦に浸った顔になった。

「う~ん! 美味です! 美味ですわ! 人間の味覚に合ったピリッと辛いヒラメに、それを包み込むようなレタスの仄かな青臭さ、極めつけはパンの焦げ具合。少しだけ黒くなった表面のパリパリと中のふわふわが、ベストマッチ! ……ですわ」

 美味しいとなれば底なし胃袋のメラは、節度なくガツガツ暴食を始める。
 お嬢様なのに行儀など気にしない食事の様子は、飢える荒くれ女のようであった。


「どうしたらいいんでしょうか……」

 室内のたゆたう埃が、吐き出された息に流れた。
 ここは竜宮城の北回廊にある、時代の流れに置き去りにされた旧王室。ルイネはそこでちょこんと体育座りをして隅に縮こまっていた。

「ううう、私には埃まみれがお似合い、です~」

 誰かに責められた訳でもないのに、自虐モードに突入したルイネの鼻腔を微細な埃がくすぐる。

「ひゃくしゅん!」

 否応ないくしゃみが幼さの残る声で発される。
 細い五指で鼻を覆う。

「鼻の中がムズムズするのです」

 当たり前だ。
 あまりにもムズムズして、ルイネの目元に涙が溜まる。

「鼻の中が痛いです……もう嫌です……出ていいですか?」

 誰もいない埃の舞う室内で、疑問符の台詞を涙目で口にする。嫌ならすぐ出ろよ!
 しかし、何故かここで無意味な粘り強さを見せた。

「でっでも、限界まで我慢します。私ならできます!」

 自分で自分を鼓舞し片手でぐっと拳をつくり、豪語する。
 ルイネはやたらとやる気に満ちていた。満ちなくていいのに……。


 マリは、行くあてもなく徘徊していた。

「どこにいるのが正解なのかな?」

 隠れる気も希薄ならばいっそのこと自分から向かうのもありかなぁ、とマリはやる気のないことを思い浮かべたが、こっちからも鬼の位置がわかんないのか、と内心はにかんだ。
 理由なく窓の外を覗く、マリは眼下に広がる石畳とその彼方にある門の存在が目に入り止まる。
 そこで自分が今居る場所が、竜宮城玉座の間のある北回廊と南回廊を渡す回廊ど真ん中であることに、はたと気がついた。
 窓から見える光景に、マリはほっこりする感慨に打たれる。

「竜宮城ってこんなに広かったんだ。私がこの景色を見てるんだ……」

 うんと遠い存在だと思っていた竜宮の姫という名高い地位に、自分がなれるのだろうかという不安がマリにはあった。しかし同時に、なりたいという願望も湧いてきていた。

「できるだけのことはやろう!」

 そう自分に言い聞かせたマリは、回廊を確かな足取りで歩いていった。


 隣でフラフラと千鳥足のミクミに、俺は歩調を合わせてあげながら回廊を歩く。

「何でそんなに揺れてるんだ?」

 俺ができるだけ遠回しに借問すると、気の抜けた声でミクミは応答してくる。

「お前なんぞに言いたかないがぁ~、特別に理由を教えてあげようぞぉ~、暇じゃからのう~」

 暇じゃからって俺は暇潰し要員ですか?
 ミクミの上からの態度に、心のなかで突っ込む。

「理由のう~、寝不足で頭が重いのじゃ。昨日からジンジンするのじゃ」
「何で寝不足なんだ?」
「眠れない……それだけじゃ」

 こうして問答している間も、榛色の瞳は虚ろに揺らぐ。心配だなぁ。
 クラクラ頭を回しながら、ミクミは微かに口を開いて何か言おうとする。
 俺は耳をそばたて、聞いた。

「ごめんの……気が持ちそうにな……」

 回る頭の重量に方向を委ねてミクミは、倒れかける。
 なんとか片手を肩に添えて抱き止める。俺は断りもなく片ミクミの腕を肩に乗せて、支える。
 焦りが底から生まれる。

「この体勢だと歩きにくいな」

 とにかく急いでミクミを安眠させてやりたい。
 半ば反射的に、ミクミの足も抱き抱えていた。
 腕の中にミクミを抱えた状態で、自分の部屋に急ぐ。
 人を一人抱えているのに大した重さを感じず、抱えた姫候補の軽さに驚く。

「こんなに軽くて小さいのに、もっと自分の体をいたわった方がいいぞ」

 ミクミに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
 俺は片手でドアを開け部屋に駆け込み、剣道の剣でいたら折れてしまいそうなほどに華奢なミクミの身体を、そっとベッドの上に置いた。
 置いた直後、ミクミはコロッと寝返りを打った。スゥースゥーという子供みたいに安らかな寝息を立て始めた。

「ふぅ」

 俺は自然と安堵の息を漏らす。

「しばらく、ここで寝かせといてやるか。さて、鬼ごっこするか」

 そうして俺は部屋を出ると、広いけど探し出すか、とやる気になった。

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