浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。俺って怖がられる要素ありますか?

 ルイネとのデート? を終え、次はラナイトさんとデートすることになった。
 裏の無さそうな笑顔で、ラナイトさんは俺の隣を歩く。

「ねぇ、君はどこか行きたいところとかあるかい?」

 俺の顔を見ながら聞いてきた。  

「行きたいところかぁ、特にはないかな」
「なら私の行きたいところに、付き合ってくれないか?」

 俺はいいですよ、と頷く。
 すると唐突に、ラナイトさんは俺の手を握ってきた。なな何ですか!
 驚く俺を余所に、ラナイトさんははにかみの笑顔を浮かべる。

「えへへ、一度こういうのやってみたかったんだ」
「だからって突然しないでください! びっくりしますよ」
「君もわかってないなぁ、突然やるのがいいんだよ」

 唇を尖らせて言ってくる。きちんと断ってからにしてくださいよ!
 尖らせた唇を元に戻して、ラナイトさんは口角をすごい上げた。

「戯言は抜きにして、早く行かないか? 時間が無くなってしまう」

 楽しげな笑顔に俺は、理屈とかは不粋だなと感じて、そうですね行きましょう、と返した。


 ラナイトさんが行きたかったところ、それはペットカフェというべきお店だった。

「君、くすぐったいじゃないか。ああん」

 目の前でラナイトさんは、多種多様の小型犬達とじゃれあっている。くすぐったいからといって、艶かしい声は出さないでほしい。
 舐められたりスリスリしたり、とにかくラナイトさんは堪能していた。
 ところが……。
 俺はどの世界にもヒエラルキーがあることを、身にしみて感じていた。
 俺の所に一匹も寄ってこない! それどころか俺が寄っていくと、番犬が如く吠え出し追い払おうとしてくる。悲しい!

「ラナイトさん……俺って犬に嫌われてるんですね。そんなに不審に見えますか?」
「そんなわけないだろ、君は誠実で気遣いができて優しい人だ。不審に見えるのなら、犬どもの目は節穴だ!」
「子犬を抱き抱えたまま抗議するみたいなこと言っても、全然説得力がありませんよ」
「そうなのか……? こら、舐めすぎだ!」

 理解しがたいと言いたげな顔で何かを尋ねようとしてきたラナイトさんだったが、抱き抱えていた子犬に頬を舐められ始め、意識がそちらにいってしまった。
 小型犬達に囲まれているラナイトさんは明らかに楽しそうで、邪魔するのは気が引けた。

  
 ラナイトさんは満足したのか小型犬達から離れて、微笑みを浮かべながら俺の前に立って顔を見つめてくる。
 ジッと見つめられると緊張する。

「すまない、私だけ楽しんでしまって」

 途端に申し訳なさそうに謝ってくる。
 俺はそんなラナイトさんをたしなめる。

「気にしないでください。俺、もともと楽しもうと思ってませんでしたから」

 もちろん適当な理由だ。
 安易な理由付けが裏目に出たか、ラナイトさんがなにそれ、とむくれてグッと距離を詰めてくる。
 思わず背中をのけ反らした。

「なにそれって、言った通りですよ?」
「君が楽しくないのは、全部私が悪いのたたたもしも、困ったことがあったときは私を頼ってくれ。それでないと、気がすまない」

 あくまで凛とした口調で言うラナイトさんだが、何か他意を孕んでいるような物言いだった。

「でもラナイトさ……」
「君は遠慮しすぎだ!」

 突然、敢然と言われた。
 え?

「頼ってほしいんだ!」

 固い筋が入っているかのような毅然とした口ぶりだった。
 俺は返す言葉もなく、ラナイトさんを見つめることしかできない。
 前触れなく訪れた沈黙。
 沈黙が堪えているのかラナイトさんが、見たくないというような勢いで顔を伏せた。
 しばらくして、ラナイトさんが思い立ったように顔をあげて、俺を見据え口にした。

「頼るか頼らないかなんて、君の自由だよな。でも頼られたいんだ、君に」

 いつも凛々しさを漂わせていたラナイトさんは、目の前にはいなかった。
 一人の少女の目をして、弱々しく瞳が光っていた。

「かわいい……」
「……え?」

 零れてしまった台詞に、遅まきながら俺は恥ずかしくなった。
 咄嗟に視線の対象を、あっちこっちで動き回る小型犬に切り替える。

「犬って可愛いなぁ……」

 俺が誤魔化しに言った台詞に、ラナイトさんは気抜けした長い息を吐いた。

「君は、人を勘違いさせる天才なのかもしれないな」
「人を勘違いさせる天才? 人を勘違いさせる才能なんて必要ないような?」

 ハハハ、と心底面白そうに笑われる。

「君といると飽きないよ。充分楽しんだし、そろそろ帰ろう」

 そう言って微笑みかけてきた。
 そうですね、と俺は何の気なしに肯定する。
 ラナイトさんのご厚意で全額支払って頂き、俺達は店をあとにした。
 代金分以上のなにかを、いつかお返ししよう。


 お腹も空いてきたところで、次のデートにメラが名乗り出てきた。
 その場にいたメラ以外の佳人達四人が、予想外の出来事に一斉にメラの方を驚きの目で見る。

「なん、なんですの。私の顔に何かついてますの?」
「あら、何もありませんよ?」
「そうねクリナ。その通りだよ」
「うむ、言うことはないぞ」
「おおおお気に、ななななさらず、めめメラさん」

 言い含めたようなクリナさん。それに同調するマリ。何か言いたそうな目をして、言うことはないぞというラナイトさん。例によってたどたどしいルイネ。
 そしてただ一人、四人に冷ややかな視線を送る姫候補最年少のミクミが口を開く。

「お主らは、同じ気持ちを共有しとるのう。バレバレじゃ」

 四人の顔が一様に赤くなり、俺に視線が殺到する。俺が何かしでかしたとでも、いうのか?
 無論しでかした覚えはないが、8つの目が俺に居たたまれない気持ちを作り出させた。

「あの四人、怖いですわ。早急に立ち去りますわよ。あなたも着いてきますのよ」

 いつの間にか傍に来ていたメラに促され、俺は背中に視線を感じつつ、コツコツ歩いていくメラのあとを着いていことにした。


 しばらくどこか特定の場所に向かっているメラと市街地を歩いていると、急にメラが足を止めた。
 親指で何かを指し、俺に顔を向ける。お嬢様が親指で物を指し示すのは、礼節に欠けると思われる。

「ここですわ」

 メラが示す指の先には、洋風な外装の小ぶりなお店が、openの札をガラスドアの入り口に垂らして構えていた。
 その店の両隣には、砂利の混ざった土にテナント募集中の看板がこだわりなく突き刺してある。この辺は店が少ないのか?
 見たまんまで憶測を立てる俺の横っ腹を肘でつついてきて、向くと整った相貌が真面目なものに変わった。

「覚悟はできてますの?」

 覚悟? ああ、店に足を踏み入れる覚悟か。なんとなく品が良さそうだもんな、この店。

「たぶん、できてる。わからないことが多いと思うから、聞いたら教えてくれよ」
「言ってる意味を解釈しかねますわ。しかし、ここまで来たら気にしてられませんの。さぁ、入りますわよ!」

 やけに気合いが入っているメラに連れられ、いざ入店。
 入り口を潜ってみると全体的に明るい印象で、一本足のテーブルが大層綺麗に並べられ高級感を漂わせている。案の定、内装も外装と相違することない異国情緒溢れる空間だった。
 立っているだけで自ずと緊張してしまう。

「お客様、何名で?」
「お二人。窓際の席をお願いしますわ」
「かしこまりました。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」

 ウエイトレスと話を済まして、メラはさっさと窓際の席まで歩いていき、悠然と腰を降ろす。
 俺も緊張しつつ、メラと同じテーブルの向かいに腰を落ち着かせた。
 顔が向かい合った瞬間、メラは俺を見てぷっ、と噴き出した。

「なぜ、笑うんだ?」
「動きが硬くて、面白かったですの」

 そう言って胸元に片手を添え、クスクス笑い出した。
 緊張するのは仕方ないだろ。
 しばらくして笑いがおさまると、メラは俺の顔を見る。

「そろそろ、食事にしてもよろしいですの?」
「ああ、いいぜ。俺も腹減ってきたしな」

 俺が快くOKすると、片手を上げてウエイトレスを呼び寄せる。

「いつものを、二人でお願いしますわ」
「了解いたしました。出来上がるまで、少々お待ちを」

 ウエイトレスはそう言い残して、奥の方に消えていった。

「すぐ来ますわよ」

 え、さすがに早すぎるだろ。今から作ってるなら……

「お客様、お待たせしました。一品目、赤パフェでございます」

 慣れた喋りを演出しながら、ウエイトレスはテーブルにパフェを置いて、店の奥に戻っていく。
 早くね!  来るのも戻るのも喋りも早くね!

「ああゆ、あべはいほ。ふいあひやいまふはよ」
「かきこみながら、喋るなよ! ちっとも、正しいヒヤリングできねぇよ!」

 突っ込み、あと束の間、ウエイトレスがトレイに何かを乗せてやってきていた。
 コトッコトッ、と二つ置いた。

「二品目、青パフェです」

 相変わらず抑揚のない涼しい声で言って、店の奥に帰っていく。
 赤パフェすら食べ終わってないのに、何で新しいの持ってくるんだよ!
 先程のただ青いバージョンに見えるパフェを睨む俺に、メラがスプーンでパフェを掬う前に不審そうな顔で言ってくる。

「あなた、一品目も口にしていないですわ。具合でも悪いんですの?」
「いや、具合は悪くないんだけど……出てくるペースが早すぎて、食べ終われないというか、まぁそんな感じ」

 苦笑しつつ俺は答えた。
 途端にメラの顔が窓とは逆を向く。俺もつられて、そちらを窺う。

「……げっ!」

 目の前の光景に思わず、短い声を漏らしてしまう。
 緑のパフェが二つ載った、トレイを持つウエイトレスの姿が。

「三品目、緑パフェです」

 テーブルにパフェを置いていき、颯爽と奥に姿を消していく。赤パフェすら一口も食べてないのに!
 だがな、どうせすぐに四品目が来るんだろう。俺も男だ、次が来るまでに一つ食べきってやる!
 相手は俺のために、わざわざ出してくれてるんだ。食わねぇわけにはいかねぇ!
 素早くスプーンを手に取り、俺は赤パフェを一心不乱にかきこみ始める。しっかり味わえなくて、美味しさも半減だ。
「ああっ! イライラしますわ、あなたの食べ方イライラしますわ!」

 唐突に剣幕を見せはじめたメラに、構っている猶予などない。

「こぼしてるくせに、何でそんなにのろいんですの! 私が食べさせてやった方が数段、早いんですの!」

 スプーンを荒々しく手に取る音が前から聞こえると、俺の分の青パフェが姿を消す。
 あとちょっとで赤パフェが食べ終わる!

「 もう、次のプランクトンポンチが来てるですの! 急ぐためにも、口はずっと開けているのが良いですの!」

 横から必死の声で叫ぶメラが、さりげなくしてくれたアドバイスを実践してみる。
 刹那、口内が少し冷えた甘ったるい物に占められたを。
 く、 くるしい。喉がくるしい……ううう。

「顔が青いですの、何でですの?」

 あっけらかんとした声が聞こえる。心配する気ゼロなんだな……あ、もうだめだ。

「おえっ、おわー」

 俺は口内溢れそうなほどに占めていた甘ったるい物を、肩の力が抜けながら吐いていた。

「き、汚いですわ…………」

 呆けたような声でメラは呟いた。
 全身に糖分が行き渡った気分だ……。

「すいません、ウエイトレスさん来てくださいですの」
「なんですか、おきゃ……お客様大丈夫ですかー?」

 あー、なんかウエイトレスの声まで聞こえてきたよ……力が抜けてる、なんで?

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