浦島太郎になっちゃった?
神に問いたい。睡眠店ってどんなお店ですか?
マリと一緒に公園に戻ってきた俺は、青天の霹靂に出会った。
「シュンくん、お帰りー」
真っ先に俺の帰りに気がついて近寄ってきたのは、なぜかチアガール姿のクリナさんだ。
トップスの裾から下の、へそだしルックに目がいってしまう。
「クリナ、なんだこの格好は! 歩きにくいぞ」
ホワイトドレスのスカートを持ち上げながらラナイトさんが、かつかつ硬そうな靴音を立てて噴水の方から怒った足取りで歩いて来た。
持ち上げられているスカートから覗く艶々しい脚に、意識とは関係なく目がいってしまう。
なぜこの二人は、服装を替えたんだ? 意味があるのかな?
「シュシュシュンさん、どどどうですかっ?」
噴水の方からルイネの声がしたので見てみると、噴水の陰から肩を狭めて恥ずかしそうにして出てくる、新しそうな濃い青のタンクトップワンピースを着たルイネがいた。涼しげな服装である。
「ねぇ、クリナ。なんで着替えたの?」
隣でマリが当たり前な疑問をクリナさんに問い掛ける。
クリナさんはふふ、と色っぽく笑んで、唇の前に人差し指を持ってくる。
「マリ、シュンくんの居るところでは秘密よ。城に帰ったら話してあげるわ」
「うん、わかった。楽しみにしてるね」
マリとクリナさんは示し合わせたみたいに、同様に楽しげな笑い声を発して始めた。
この二人は俺のことを、構う気はないらしい。
……あとデートしてないのはミクミだけだな。
誰に言われたわけでもないのに、自ら足がベンチでふて寝しているミクミに向かっている。
……どうした俺!? やけに能動的だな、おい!
自分のどこからか芽生えた能動性に、衝撃を受けつつも足はままに動き、ミクミが腰を落ち着けているベンチの前まで来たのだが……
「何て言って起こそう?」
すぐさま問題に直面した。
声を掛けて前みたいに起こしても、蹴りを喰らうだろうし、揺すっても蹴りを喰らうだろうし、行動しなければ鐘が鳴ってしまうし、どうしようもない! 八方塞がりだ!
「うるさいわい!」
唐突なクレームに、ビクッとなってしまう。
目の前では、ミクミが忌々しげに眉を寄せて口も歪ませていた。
「お主の独り言のせいで、嫌な起き方をしてしまったのじゃ! 次、わらわが寝とる時は邪魔するでないぞ! ……夢のお主とは大違いじゃ」
癇癪起こして俺に叱責を飛ばしていたが、尻窄みにミクミの声が小さくなった。
小さくて聞き取れなかったぞ。
「今、なんて言ったんだ?」
俺が聞くと、そっぽを向かれた。
「なんでもええじゃろがい。それより、お主はわらわとデートしたいのじゃろ?」
「なんで、わかったんだ?」
「デートしてないの、わらわだけじゃろ。それならば、すぐわかるわい」
何故か、ジトッとした横目で見てきた。
悪い事をしたのではないかと、不安になる。
「俺が何かしたのか?」
尋ねると、細めていた目をスッと元まで開いた。表情も柔らかくなる。
「……冗談じゃ、さておきお主は行きたい所とかあるかえ?」
「行きたい所ねぇ、無いんだよな。ミクミは?」
「わらわかえ? そうじゃの、お主が行きたいところないようじゃから、特別にわらわが行きつけの店に連れてってあげようかの」
ミクミが行きつけてる店って、さっぱり想像つかないな。
俺が心のなかで首を捻っていると、ぼおっとしとらんで早くせんかい! とベンチから腰を上げたミクミに眼下で怒鳴られた。
「す、すまん」
「謝っとる時間はないのじゃ。わらわの連れてく店は、時間があるほど有意義に過ごせるからのう」
そう説明してミクミは、俺の片手を掴んでさっさと公園の出口に進んでいく。
突然に手を掴まれて、たちまち俺は動揺してしまう。
「ミクミ、手を離してくれ!」
「文句言わず、お主は着いてこればいいのじゃ。時間も、多くは有りやしないしのう」
そんな身勝手な!
俺はミクミに引かれるまま、市街地へと出かけた。
市街地に繰り出してきて、ようやくミクミは俺の手を解放してくれた。
幸い、ミクミの握る力が年相応の女の子だったので、痛みとかは無く済んだ。
とは思った俺だが、ミクミと近い歳の女の子に手を握られた経験はない。
俺の手を解放したなり、ミクミは一言も口にせず、俺に値踏みするような視線を投げつけてきている。
「どうした?」
「ずっと手を繋いどると、兄妹に思われそうなのでな。ちょっと不快になっただけじゃい」
「包まず、不快とか言うなよ……悲しいだろ」
「お主のその顔見とると、笑えてくるのう」
ほんとに面白がって、笑みを口元に浮かばせた。
俺の顔のどこが面白いんだろうか? これで笑えるなら、お笑い芸人の立場がねぇよ!
「笑うのはここまでにして、一つ質問してもいいかのう?」
「何?」
「お主、疲れとるかえ?」
……聞いてどうするんだ、その質問。近況を教えるアンケートみたいだな。
「疲れてるって言えば、疲れてるな。ほぼ歩き回ってたから足が多少……」
「それならば、今からい行く店はもってこいじゃの」
なんだろう、マッサージ店? 指で体のツボを押すやつ?
俺が曖昧にマッサージ店の仕事を想像していると、右に真っ直ぐ並んだ小規模の店達にミクミが半分体を向け、顎をしゃくって指し示す。
「あそこが、わらわ行きつけの店じゃ」
店前に立てられた看板の文章を見てみると、丸文字で『良質な眠りをあなたに』と、高級ベッドのカタログの売り文句みたいな言葉が書かれていた。
え、何の店?
「ミクミ、これは?」
「睡眠店じゃが、何か?」
「飲食店みたいに言うなよ……」
「とりあえず、入っていたみれば実態が見えてくるのじゃ。じゃから、ノープロブレム!」
「いや、プロブレムとかを気にしてる訳じゃなくて、あまりにもツッコミどころがあり……」
つべこべ言わずに、着いてくるのじゃ! とまたしても素早く俺の片手を掴んで店に歩いていく。
そして、いざ入店する。
「おっ、ミクミさん。ご無沙汰ですね……って今日は珍しくお連れがいるんですね」
カウンターで退屈そうに頬杖をついていた身の細い若い男性店員が、入店してきたミクミを目にした瞬間、顔色を良くして頬杖をやめ顔を上げた。
ミクミもミクミで行きつけと言うだけあり、片手を軽く挙げて男性店員に応じた。
「ミクミさん、今回はどのコースを?」
「いつもの、でお願いするのじゃ」
「かしこまりましたぁ」
間延びした語尾でミクミから注文を取ると、隣に立つ俺に視線を移す。
「あなたは……初めてですね。コース表取ってきますから、少々お待ちください」
「こやつは、普通コースでお願いするのじゃ」
と、ミクミがカウンターに行こうとした男性店員に俺のコースを勝手に決めて注文してしまった。
男性店員は立ち止まり一瞬キョトンとしてから、かしこまりました、と次は律儀に頭を下げて承る。
「では、こちらへ」
俺とミクミは男性店員に店内を誘導される。
店構えは小規模そうだったが、地下があるようで思った以上に広く感じた。
砂を固めてできた階段を下りたところで、男性店員が曇ったドアの前で立ち止まり身を翻す。
「右の通路が1から10で、左の通路が11から20となっており、サウナはここのドアです。時間になったら呼びに来ますので、それまでごゆっくり」
そう言い残して、男性店員は下りてきた階段を上がっていった。
他に人はいないようで、俺とミクミだけの貸切状態だ。見えないところに誰かいる可能性は否定できないが。
「お主は、この店の要領がわからぬじゃろ」
「うん、全く」
「わらわはいつも、サウナが一番じゃ。お主も左後ろにある更衣室でタオル一枚になって、サウナに来るのじゃ。ちゅーことじゃから、またサウナでの」
「ちよっ、まっ」
て、と言い切る前に手のひらを俺に見せて、説明は終えたとばかりに背中を向かせて反対側の女性更衣室に歩いていってしまう。
実に気軽そうで、少し早足だった。
「…………とりあえず、言われた通りにしとくか」
後ろ姿がやけに愉快そうだったので、引き止めるには気が引けた。
俺は着替えることにした。
寂しいかな腰にタオル一枚を巻き付けだけで、曇ったドアを開けてサウナに入った。
「暑い」
当たり前だが、サウナの中は暑かった。
俺も知っている柔らかい茶色の木目調で、中央に熱々と蒸気を立ち上らせる丸石が置かれている。
どこに座るのが最適かわからず、俺は奥の端に腰かけた。
すると同時に、入り口が開いた。
開いた入り口の前に立つ人物に面食らって、俺は喉を詰まらせた。
「おー、支度が早いの」
タオル一枚で胸元からお尻の少し下の際どいとこだけを覆ったミクミが、恥じらいもなく俺から気持ち離れた石を目の前にした位置に、華奢な腰を降ろした。
背中を壁に預けて手のひらをつき、疲れを吐き出すように太く息をする。
不意にミクミの唇が開く。
「お主、悩みとかあるじゃろ?」
「えっ……」
虚を衝かれて、返事しあぐねる。
ふとミクミの横顔が、年上の女性のようにちらついた。
「図星じゃの」
少し向かせてきた顔に、意地悪めいた笑みを見せる。
隠し事はできないと悟り、俺はマリが時計台で話した事を簡潔に打ち明けた。
「ほう、姫候補の中から一人だけ選んだら、選ばれなかった人達が恨みに思うのではないかと?」
「だから俺が全員と結ばれれば、無駄ないざこざが無くなるだろ?」
「難しいのう、わらわには答えがわからんのじゃ。しかしの」
ミクミはそこで一度言葉を切り、考える素振りを見せてから言う。
「お主の考えでは、姫候補皆が幸せではないじゃろな」
「どういうことだ?」
「それじゃと、お主の本気の愛情は誰にもいかぬからのう。お主も自分の好きな人と結ばれたいじゃろ?」
「俺は……別に」
ミクミに言われるまで自分の感情で人を選ぶことに、逃げていた気がする。
身勝手な気がしていた。
自分の選択で、人の運命を変えてしまう責任から逃げている。
「俺って、王になるんだよな……」
「そうじゃの、それがどうかしたのかえ?」
「覚悟を決めないとな、王になるっていう」
「覚悟してなかったのかえ! お主はこの世界に来てずっと何をやっとたんじゃ!」
突然の叱責に思わずごめん、と俺は謝ってしまう。汗がじわじわ滲み出てきた。
「汗がダラダラじゃ、わらわはそろそろ出ようかの」
ミクミは巻いているタオルの継ぎ目に手を添え、立ち上がる。
タオルの下から覗くスラリと細くて折れそうなほどの脚が、まだ子供っぽくて忍び笑ってしまう。
脚が止まり、ミクミがドアの前で俺を振り向く。
「長々入っとると倒れるぞえ。お主も出るのじゃ」
「ああ、出るよ。めちゃめちゃ暑くて体に堪えるからな」
ミクミが開けたドアが閉まる前に、俺もサウナを後にした。
後ろから見たミクミは、脚の付け根まで視界に入ってしまいそうで気恥ずかしかった。
サウナを出たあとミクミに紹介されたのは、この店一番のウリという休眠カプセルだ。
お主は一番のカプセルを使えばいいのじゃ、とだけ言われて詳しい使い方や効能ははぐらかされ、ミクミは出たままの姿で反対側のドアへ去っていった。
男性店員が言っていた意味のわからない番号はカプセルのナンバーらしかった。
棺みたいな長方形になっているカプセルの透明な上蓋に、1と大きくゴシック体で番号がふられていた。
「どう開けるんだろ?」
そんな疑問もすぐに消え去る。
よく見ると、カプセルの右脇に取り扱い手順が図とともに貼ってあった。
「ええと、カプセルカバーをスライドさせて中に入ってください、か。手動なんだな」
手順に従い、カプセルカバーというらしい上蓋の手を引っかける溝に手を引っかけてスライドさせた。
手順の二つ目を読む。
「仰向けに寝て、顔の左にあるボタンを押してカプセルカバーを閉めてください……二つで終わり!?」
少しばかり説明不足な気がするが書かれてある通りに、開けたカバーから中に入ってみた。
思いの外カプセルは長く、足を投げ出せるほとであった。
背中の感触はクッションっぽく、柔らかすぎてまとわりつく煩わしさもなかった。
今までで最上に気持ちいいと思えた。
カプセルについての思考が無くなると、自ずと瞼が重くなってきた。
気持ち良さも相まって、瞼の重さに逆らうことが嫌になり意識を眠りに落とした。
__大丈夫か?
前触れなく映った光景にいたのは、肩で息をして幼い少女に話し掛ける俺だった。間違いない俺が夫婦を殺した時の光景だ。
少女は虚ろな視線を、力なく壁にもたれ掛かる水色の髪の女子に向けていた。
__マリ!
力なく壁にもたれ掛かっていたのは、なんとマリであった。
記憶の中の俺のズボンには、返り血らしき赤い液体が付着していた。
やめてくれ、少しの差違はあるけど見たくない。
壁にもたれ掛かったマリは、虫の息で声を発する。
『ああん、やめて……冷たいよぅ』
__うん? なんだその、妙にエロっぽい喘ぎは?
よーくマリを見てみてると、ナイフで切りつけたみたいに服が細く裂けはだけていた。
マリの前に立つ記憶の中の俺は、すぐやられる悪者みたいに両頬を上げる。
『次はどこを切ろうかなぁ……はぁはぁ、肩口にしようかなぁ? それとももう一杯かけてあげようかなぁ? ……はぁはぁ』
__なんだよこれ! 俺、ただの変態じゃん!
『お願い、赤い水だけはやめてぇ』
『ぬふぬふ、嫌がれば嫌がるほどやりたくなっちゃうよおー』
俺とは認めたくないが容姿がそっくりなその男は、赤い液体がだぶつくコップを片手に持っている。
虚ろな視線をしていた少女が、男を見て呟いた。
『新種のプレイだ! ちょー気持ち悪い!』
「やめてくれぇ! それ」
ゴツンと何かに頭を打ち付け、後に鈍痛が襲ってくる。
どうやら俺は勢いよく体を起こして、カプセルカバーに頭をぶつけたみたいだ。
何であんな夢を……俺は見たんだ?
頭がジンジンして、いてぇと期せず呻いた。
「シュンくん、お帰りー」
真っ先に俺の帰りに気がついて近寄ってきたのは、なぜかチアガール姿のクリナさんだ。
トップスの裾から下の、へそだしルックに目がいってしまう。
「クリナ、なんだこの格好は! 歩きにくいぞ」
ホワイトドレスのスカートを持ち上げながらラナイトさんが、かつかつ硬そうな靴音を立てて噴水の方から怒った足取りで歩いて来た。
持ち上げられているスカートから覗く艶々しい脚に、意識とは関係なく目がいってしまう。
なぜこの二人は、服装を替えたんだ? 意味があるのかな?
「シュシュシュンさん、どどどうですかっ?」
噴水の方からルイネの声がしたので見てみると、噴水の陰から肩を狭めて恥ずかしそうにして出てくる、新しそうな濃い青のタンクトップワンピースを着たルイネがいた。涼しげな服装である。
「ねぇ、クリナ。なんで着替えたの?」
隣でマリが当たり前な疑問をクリナさんに問い掛ける。
クリナさんはふふ、と色っぽく笑んで、唇の前に人差し指を持ってくる。
「マリ、シュンくんの居るところでは秘密よ。城に帰ったら話してあげるわ」
「うん、わかった。楽しみにしてるね」
マリとクリナさんは示し合わせたみたいに、同様に楽しげな笑い声を発して始めた。
この二人は俺のことを、構う気はないらしい。
……あとデートしてないのはミクミだけだな。
誰に言われたわけでもないのに、自ら足がベンチでふて寝しているミクミに向かっている。
……どうした俺!? やけに能動的だな、おい!
自分のどこからか芽生えた能動性に、衝撃を受けつつも足はままに動き、ミクミが腰を落ち着けているベンチの前まで来たのだが……
「何て言って起こそう?」
すぐさま問題に直面した。
声を掛けて前みたいに起こしても、蹴りを喰らうだろうし、揺すっても蹴りを喰らうだろうし、行動しなければ鐘が鳴ってしまうし、どうしようもない! 八方塞がりだ!
「うるさいわい!」
唐突なクレームに、ビクッとなってしまう。
目の前では、ミクミが忌々しげに眉を寄せて口も歪ませていた。
「お主の独り言のせいで、嫌な起き方をしてしまったのじゃ! 次、わらわが寝とる時は邪魔するでないぞ! ……夢のお主とは大違いじゃ」
癇癪起こして俺に叱責を飛ばしていたが、尻窄みにミクミの声が小さくなった。
小さくて聞き取れなかったぞ。
「今、なんて言ったんだ?」
俺が聞くと、そっぽを向かれた。
「なんでもええじゃろがい。それより、お主はわらわとデートしたいのじゃろ?」
「なんで、わかったんだ?」
「デートしてないの、わらわだけじゃろ。それならば、すぐわかるわい」
何故か、ジトッとした横目で見てきた。
悪い事をしたのではないかと、不安になる。
「俺が何かしたのか?」
尋ねると、細めていた目をスッと元まで開いた。表情も柔らかくなる。
「……冗談じゃ、さておきお主は行きたい所とかあるかえ?」
「行きたい所ねぇ、無いんだよな。ミクミは?」
「わらわかえ? そうじゃの、お主が行きたいところないようじゃから、特別にわらわが行きつけの店に連れてってあげようかの」
ミクミが行きつけてる店って、さっぱり想像つかないな。
俺が心のなかで首を捻っていると、ぼおっとしとらんで早くせんかい! とベンチから腰を上げたミクミに眼下で怒鳴られた。
「す、すまん」
「謝っとる時間はないのじゃ。わらわの連れてく店は、時間があるほど有意義に過ごせるからのう」
そう説明してミクミは、俺の片手を掴んでさっさと公園の出口に進んでいく。
突然に手を掴まれて、たちまち俺は動揺してしまう。
「ミクミ、手を離してくれ!」
「文句言わず、お主は着いてこればいいのじゃ。時間も、多くは有りやしないしのう」
そんな身勝手な!
俺はミクミに引かれるまま、市街地へと出かけた。
市街地に繰り出してきて、ようやくミクミは俺の手を解放してくれた。
幸い、ミクミの握る力が年相応の女の子だったので、痛みとかは無く済んだ。
とは思った俺だが、ミクミと近い歳の女の子に手を握られた経験はない。
俺の手を解放したなり、ミクミは一言も口にせず、俺に値踏みするような視線を投げつけてきている。
「どうした?」
「ずっと手を繋いどると、兄妹に思われそうなのでな。ちょっと不快になっただけじゃい」
「包まず、不快とか言うなよ……悲しいだろ」
「お主のその顔見とると、笑えてくるのう」
ほんとに面白がって、笑みを口元に浮かばせた。
俺の顔のどこが面白いんだろうか? これで笑えるなら、お笑い芸人の立場がねぇよ!
「笑うのはここまでにして、一つ質問してもいいかのう?」
「何?」
「お主、疲れとるかえ?」
……聞いてどうするんだ、その質問。近況を教えるアンケートみたいだな。
「疲れてるって言えば、疲れてるな。ほぼ歩き回ってたから足が多少……」
「それならば、今からい行く店はもってこいじゃの」
なんだろう、マッサージ店? 指で体のツボを押すやつ?
俺が曖昧にマッサージ店の仕事を想像していると、右に真っ直ぐ並んだ小規模の店達にミクミが半分体を向け、顎をしゃくって指し示す。
「あそこが、わらわ行きつけの店じゃ」
店前に立てられた看板の文章を見てみると、丸文字で『良質な眠りをあなたに』と、高級ベッドのカタログの売り文句みたいな言葉が書かれていた。
え、何の店?
「ミクミ、これは?」
「睡眠店じゃが、何か?」
「飲食店みたいに言うなよ……」
「とりあえず、入っていたみれば実態が見えてくるのじゃ。じゃから、ノープロブレム!」
「いや、プロブレムとかを気にしてる訳じゃなくて、あまりにもツッコミどころがあり……」
つべこべ言わずに、着いてくるのじゃ! とまたしても素早く俺の片手を掴んで店に歩いていく。
そして、いざ入店する。
「おっ、ミクミさん。ご無沙汰ですね……って今日は珍しくお連れがいるんですね」
カウンターで退屈そうに頬杖をついていた身の細い若い男性店員が、入店してきたミクミを目にした瞬間、顔色を良くして頬杖をやめ顔を上げた。
ミクミもミクミで行きつけと言うだけあり、片手を軽く挙げて男性店員に応じた。
「ミクミさん、今回はどのコースを?」
「いつもの、でお願いするのじゃ」
「かしこまりましたぁ」
間延びした語尾でミクミから注文を取ると、隣に立つ俺に視線を移す。
「あなたは……初めてですね。コース表取ってきますから、少々お待ちください」
「こやつは、普通コースでお願いするのじゃ」
と、ミクミがカウンターに行こうとした男性店員に俺のコースを勝手に決めて注文してしまった。
男性店員は立ち止まり一瞬キョトンとしてから、かしこまりました、と次は律儀に頭を下げて承る。
「では、こちらへ」
俺とミクミは男性店員に店内を誘導される。
店構えは小規模そうだったが、地下があるようで思った以上に広く感じた。
砂を固めてできた階段を下りたところで、男性店員が曇ったドアの前で立ち止まり身を翻す。
「右の通路が1から10で、左の通路が11から20となっており、サウナはここのドアです。時間になったら呼びに来ますので、それまでごゆっくり」
そう言い残して、男性店員は下りてきた階段を上がっていった。
他に人はいないようで、俺とミクミだけの貸切状態だ。見えないところに誰かいる可能性は否定できないが。
「お主は、この店の要領がわからぬじゃろ」
「うん、全く」
「わらわはいつも、サウナが一番じゃ。お主も左後ろにある更衣室でタオル一枚になって、サウナに来るのじゃ。ちゅーことじゃから、またサウナでの」
「ちよっ、まっ」
て、と言い切る前に手のひらを俺に見せて、説明は終えたとばかりに背中を向かせて反対側の女性更衣室に歩いていってしまう。
実に気軽そうで、少し早足だった。
「…………とりあえず、言われた通りにしとくか」
後ろ姿がやけに愉快そうだったので、引き止めるには気が引けた。
俺は着替えることにした。
寂しいかな腰にタオル一枚を巻き付けだけで、曇ったドアを開けてサウナに入った。
「暑い」
当たり前だが、サウナの中は暑かった。
俺も知っている柔らかい茶色の木目調で、中央に熱々と蒸気を立ち上らせる丸石が置かれている。
どこに座るのが最適かわからず、俺は奥の端に腰かけた。
すると同時に、入り口が開いた。
開いた入り口の前に立つ人物に面食らって、俺は喉を詰まらせた。
「おー、支度が早いの」
タオル一枚で胸元からお尻の少し下の際どいとこだけを覆ったミクミが、恥じらいもなく俺から気持ち離れた石を目の前にした位置に、華奢な腰を降ろした。
背中を壁に預けて手のひらをつき、疲れを吐き出すように太く息をする。
不意にミクミの唇が開く。
「お主、悩みとかあるじゃろ?」
「えっ……」
虚を衝かれて、返事しあぐねる。
ふとミクミの横顔が、年上の女性のようにちらついた。
「図星じゃの」
少し向かせてきた顔に、意地悪めいた笑みを見せる。
隠し事はできないと悟り、俺はマリが時計台で話した事を簡潔に打ち明けた。
「ほう、姫候補の中から一人だけ選んだら、選ばれなかった人達が恨みに思うのではないかと?」
「だから俺が全員と結ばれれば、無駄ないざこざが無くなるだろ?」
「難しいのう、わらわには答えがわからんのじゃ。しかしの」
ミクミはそこで一度言葉を切り、考える素振りを見せてから言う。
「お主の考えでは、姫候補皆が幸せではないじゃろな」
「どういうことだ?」
「それじゃと、お主の本気の愛情は誰にもいかぬからのう。お主も自分の好きな人と結ばれたいじゃろ?」
「俺は……別に」
ミクミに言われるまで自分の感情で人を選ぶことに、逃げていた気がする。
身勝手な気がしていた。
自分の選択で、人の運命を変えてしまう責任から逃げている。
「俺って、王になるんだよな……」
「そうじゃの、それがどうかしたのかえ?」
「覚悟を決めないとな、王になるっていう」
「覚悟してなかったのかえ! お主はこの世界に来てずっと何をやっとたんじゃ!」
突然の叱責に思わずごめん、と俺は謝ってしまう。汗がじわじわ滲み出てきた。
「汗がダラダラじゃ、わらわはそろそろ出ようかの」
ミクミは巻いているタオルの継ぎ目に手を添え、立ち上がる。
タオルの下から覗くスラリと細くて折れそうなほどの脚が、まだ子供っぽくて忍び笑ってしまう。
脚が止まり、ミクミがドアの前で俺を振り向く。
「長々入っとると倒れるぞえ。お主も出るのじゃ」
「ああ、出るよ。めちゃめちゃ暑くて体に堪えるからな」
ミクミが開けたドアが閉まる前に、俺もサウナを後にした。
後ろから見たミクミは、脚の付け根まで視界に入ってしまいそうで気恥ずかしかった。
サウナを出たあとミクミに紹介されたのは、この店一番のウリという休眠カプセルだ。
お主は一番のカプセルを使えばいいのじゃ、とだけ言われて詳しい使い方や効能ははぐらかされ、ミクミは出たままの姿で反対側のドアへ去っていった。
男性店員が言っていた意味のわからない番号はカプセルのナンバーらしかった。
棺みたいな長方形になっているカプセルの透明な上蓋に、1と大きくゴシック体で番号がふられていた。
「どう開けるんだろ?」
そんな疑問もすぐに消え去る。
よく見ると、カプセルの右脇に取り扱い手順が図とともに貼ってあった。
「ええと、カプセルカバーをスライドさせて中に入ってください、か。手動なんだな」
手順に従い、カプセルカバーというらしい上蓋の手を引っかける溝に手を引っかけてスライドさせた。
手順の二つ目を読む。
「仰向けに寝て、顔の左にあるボタンを押してカプセルカバーを閉めてください……二つで終わり!?」
少しばかり説明不足な気がするが書かれてある通りに、開けたカバーから中に入ってみた。
思いの外カプセルは長く、足を投げ出せるほとであった。
背中の感触はクッションっぽく、柔らかすぎてまとわりつく煩わしさもなかった。
今までで最上に気持ちいいと思えた。
カプセルについての思考が無くなると、自ずと瞼が重くなってきた。
気持ち良さも相まって、瞼の重さに逆らうことが嫌になり意識を眠りに落とした。
__大丈夫か?
前触れなく映った光景にいたのは、肩で息をして幼い少女に話し掛ける俺だった。間違いない俺が夫婦を殺した時の光景だ。
少女は虚ろな視線を、力なく壁にもたれ掛かる水色の髪の女子に向けていた。
__マリ!
力なく壁にもたれ掛かっていたのは、なんとマリであった。
記憶の中の俺のズボンには、返り血らしき赤い液体が付着していた。
やめてくれ、少しの差違はあるけど見たくない。
壁にもたれ掛かったマリは、虫の息で声を発する。
『ああん、やめて……冷たいよぅ』
__うん? なんだその、妙にエロっぽい喘ぎは?
よーくマリを見てみてると、ナイフで切りつけたみたいに服が細く裂けはだけていた。
マリの前に立つ記憶の中の俺は、すぐやられる悪者みたいに両頬を上げる。
『次はどこを切ろうかなぁ……はぁはぁ、肩口にしようかなぁ? それとももう一杯かけてあげようかなぁ? ……はぁはぁ』
__なんだよこれ! 俺、ただの変態じゃん!
『お願い、赤い水だけはやめてぇ』
『ぬふぬふ、嫌がれば嫌がるほどやりたくなっちゃうよおー』
俺とは認めたくないが容姿がそっくりなその男は、赤い液体がだぶつくコップを片手に持っている。
虚ろな視線をしていた少女が、男を見て呟いた。
『新種のプレイだ! ちょー気持ち悪い!』
「やめてくれぇ! それ」
ゴツンと何かに頭を打ち付け、後に鈍痛が襲ってくる。
どうやら俺は勢いよく体を起こして、カプセルカバーに頭をぶつけたみたいだ。
何であんな夢を……俺は見たんだ?
頭がジンジンして、いてぇと期せず呻いた。
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