浦島太郎になっちゃった?

青キング

泣きっ面に会議

 うつ伏せで気を失っている峻を見下ろして、しばらく立ち竦んでいたハリックは笑いを堪えるようにつっかえつっかえに息を吐いて、片手に持った注射器を強く握った。

 注射器の見た目では無害そうな透明の液体が、針先からポトリポトリ滴り落ちる。

「ひっひっ愉快だな、こいつの記憶を改竄できるなんてよ。そして意識が戻らないまま、ありもしない夢を見続けるだけなんだよ、ハッハハッ」

 顔を天井に反り返して哄笑した。

 床に力なく座ったままクリナは、弱く呟く。

「嫌……シュン君」

 身動ぎひとつしない峻の体に震える手を伸ばしたが、ハリックが腕ごと踏踏みつける。

「あぐっ」

「もう起きねぇよ、こいつは。じゃあ王位継承式に出られないねぇ、主役なのに。代役たたせないと、っておっと今の俺はこいつそのものだったな」

 語尾をわざと伸ばした卑しい喋り方のハリックに、クリナは悲憤の目を突き刺す。

「あなたなんかにシュン君の代わりが務まるわけないじゃない! シュン君はどの世界にも一人しかいないの! 全部を一人やろうとするほど優しいシュン君を見守りたいの! だって心配よ、シュン君優しすぎて姫候補を一人に絞れないんだもん……」

 涙を浮かべたクリナが続けて何かを言おうとした直前ドアが激しく開かれ、オドワが後ろにハリックの作業場兼自宅周辺を護衛していたエビ達を連れて踏みいった。

 オドワが叫ぶ。

「ハリック! なぜこんなことをした」

 舌打ちしたハリックはうんざり顔で面倒そうに返した。


「そんなの、男なら察しろよ」

「察しろよ、だと? わしはお前の責任者だが同志ではない。気持ちなど察せられぬ」

「責任者なら責任とってくれるんだろ?」

「お前の生み出した作品の責任者であり、全権の責任者ではない。御託を並べても埒があかないか、取り押さえろ」

 オドワの片手で一振りされて、後ろにいたエビ達がどっとハリックに押し寄せ力ずくで拘束した。

 身動きがとれなくなってももがくハリックの手首を前のエビが片方のハサミに繋ぎ留めて後の一匹は足首を同様に繋ぎ留めて、ドアの外まで引き摺っていく。

 観念したハリックは無言でされるがまま、エビ達に連れていかれた。

 その様子を凝然と眺めていたオドワはエビ達が階段を降り出したのを確認して、へたり込んでいるクリナに目を向けた。

「わしのせいでひどい目に遇わせてしまったの。すまない」

「それよりオドワさん、シュン君が……」

 峻の名を口にして、止まり始めていた涙が溢れ出してきてクリナの視界を霞ませる。

「姫候補も集めて緊急会議を開くから、支度だけしといてくれ」

「はい、わ……した」

「峻君を目覚めさせるための会議じゃ、気丈にならんと王位継承式まで間に合わんからの」

「もう、王位継承、式なんてどうでもいい、わよ」

「悲しみで自棄になっちゃいかん。わしじゃって悲しいが、やれるだけのことをやってダメだったらいくらでも泣ける。じゃわしは会議の準備に行くからの、姫候補達にも伝えといてくれの」

 オドワはそうクリナに告げて、引き締まった表情で峻の部屋を後にした。
 オドワの去り際に開いたドアの外から、竜宮城専属メイドのキャンと専属コックのレオンの男女二人組が部屋に入ってきて、

「クリナ様、峻様は私達が王室のベッドまでお連れしますのでクリナ様は会議の支度をなさってください」

「そう……わかったわ」

 キャンと視線を交わらせる気もなくクリナは言った。

 キャンは峻の体をレオンと二人で担いではぁ、と呆れた溜め息を吐き出して、沈み込んだクリナに言い放つ。

「クリナは峻さんのことが堪らなく好きなんだね。その気持ちがわかりきってるなら、いっそのこと姫候補になっちゃえば。頼めば一枠空くはずだからさ。私はまだ仕事が残ってるから行くね。それにしてもれお~ん、私も運ばなきゃいけないのぉ」

「力のない僕じゃ一人で運べないよ、でもキャンは細くて軽いから僕一人だけでも運べるんだ」

「もう~、キャンったら恥ずかしい」

「ほんとのことじゃないか」

 とバカップルのピンク色なやり取りをしながら、キャンとレオンは峻を運んでいった。


 部屋に一人となったクリナは目端の涙の残滓を拭い、沈んだ気持ちを奮い起こしてゆっくり立ち上がる。

「支度して会議に出て、大好きなシュン君を助ける。それが今できることよ」

 肩からずり落ちそうな着衣を上げて、決然と自分の部屋に足を進めた。涙を流した目元は未だ腫れていた。

























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