浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。ジャージじゃ駄目なのか?

 振り仰いだ空__いや海中は色を変えることなく、勤務終了の合図となる本日二回目の鐘が鳴り響いたあと、すぐに見回りを終えた俺とラナイトさんは、城に戻ってきた。
 仕事って大変だなぁ、と新入社員みたいなことを呟きながら自室を含め姫候補達の部屋がある廊下に上がると、俺の部屋のドアを水色髪の少女が凝視していた。
 初めて会ったときとは違う雰囲気を醸し出しているな、と思ったら羽衣ではなくピンクのパジャマで華奢な身体を包んでいた。
 どうしたものか、と俺は近寄り声を掛ける。

「おいマリ。こんなとこで何やってんだ?」

 声に気付いたのか顔だけをこちらに向けたマリは、驚いた様子はなく少しだけ目尻を吊り上げて口を開いた。

「いつまで待たせる気なんですか!」
「いや、知らねぇよ?」

 短兵急な渇に疑問形で突っ込む。
 俺の突っ込みなどに返すことなく、マリは左右に目を配る。

「誰もいないわよね?」
「いたら問題でもあるのか?」
「ないよ」

 そう即答してへへ、と笑みを見せる。実に可愛く出来上がった笑顔だ。

「明日って空いてる?」

 突然の質問に一瞬固まってから、まぁ一応と簡潔に返す。騎士の仕事体験は今日で終わりとラナイトさんに先程言われたばかりだ。
 俺の返事を聞いてか、マリは表情を綻ばせた。

「そう、なら明日買い物行きましょ」
「ああいいぜ……でも無一文だぞ?」
「うん、知ってるよ」

 さらっと言われた。
 結構悲しい。
 俺が突如の感傷に浸っていると、グッと親指を立ててマリは突きつけてくる。

「私に任せて、楽しませてあげるから」

 と自信ありげなスマイルを整った顔に浮かべた。

「じゃあ楽しみにさせていただくよ」
「一回目の鐘が鳴るぐらいの時間に、城前でね。じゃあ!」

 明日の集合時間を伝えてマリは、スタタと自室に早足に戻っていった。
 その嬉しそうな姿を見えなくなるまで見続けてから、俺も部屋に戻ろうと向きを変えたその時__
 突然流れたコミカルな音調の後に、緩い声の城内アナウンスが響く。

『は~い、みんな聞いてねぇ~。三日後第一イベントを開幕しまぁ~す』

 第一イベント?
 イベントということは事前に計画されていたのであろう。少しばかり嫌な予感がしないでもない。
 アナウンスはイベントの内容を喋り出した。

『イベントの内容は姫候補五人が入れ替わりに決められた時間内だけシュン君とのデートを楽しめ。、その名も第一回一日中入れ替わり市街地デートです!』

 __はぁ?
 入れ替わりデート? 一日中?
 めんどくさい!
 そもそもイベントってなんだよ! ゲームかよ!
 俺は胸中で突っ込んだ。
 アナウンスはまだ続く。

『共通に与えられた時間でどれだけアピールできるか、そこが鍵です。いや~楽しみで身悶えしますぅ~』

 ……えっ終わり?終わり方おかしくない?
 もういいや。一日中デートだろうが、ランデブーだろうが成り行きに任せときゃいいか。
 あれこれ考えるのは嫌いだ。
 一回死んだ身だ。どうにでもなれ。
 俺は自室に戻って、疲れた身をベッドに放り投げた。

「見回りだけでもあんな疲れるんだなぁ」

 と簡潔な感想を述べた後、早くも眠りの闇に吸い込まれた。


 とても爽やかな空気のなか、俺は城門の傍で待ち合わせていた。

「お待たせぇ!」

 横から溌剌とした声が聞こえ、顔を向ける。
 そこには白い服の上に濃い紫のサスペンダー式の膝下が露になっているハーフスカートを重ね、片手にはピンク単色のトートバッグを肩にかけたラフかつ念入りな装いのマリが、朝とは思えぬ快活さで笑顔を向けてくる。

「昨日はよく眠れた?」
「なぜそんな質問を?」
「突然、イベントとかアナウンスされたら気にしてるかな~って」
「そういうことか。まぁ眠れたよ」

 それならよかった、とマリは顔を綻ばせた。そして俺の隣に並んで下から覗き込んでくる。

「じゃあ行きましょ」

 どこへ行くかは不明だがマリは、笑顔で歩き始めた。
 一回目の鐘が低く響き渡った。


「はいストッープ!」

 ぶらりとしていると隣でマリが急に、制止するよう片手の手のひらを突き出してきた。
 指示通り俺は歩みを止める。

「ここが目的のお店でぇーす」

 制止させたときの手をそのまま、自分の後ろに建つ店に向けた。
 外見は高床式でクリナさんの家と大差ないが、ドアの上に長方形の看板が華やかな色合いで置かれていた。
 俺は看板に書かれたゴシック体の文字列を右から目で追う。

「ルイ……シネオ?」
「男服専門の店だよ」

 ぎこちなく店名を読み上げた俺に、簡単な説明を入れてくれる。

「何故に男服?」

 女であるマリが男服を買うわけはない、と思いながらも俺は借問した。
 するといっさいの感情も現れていない顔に激変して口を開いた。

「あれ、理由わからない?」
「全く」

 俺は首を横に振る。
 俺の鈍さに呆れたのかはぁ、と溜め息を吐いてから、何か可哀想な物を見る目で見つめてきた。

「いつも同じ服着てるよね」
「仕方ねぇだろ、これしかないんだから」

 不条理なマリの発言に、諦めたように俺は訳を述べた。
 明らかな呆れを、両手のひらを上に向け横に首を振る仕草で表出させて言った。

「そういう精神が、見た目をダメにしてくのよ? せっかく顔が良くても輝かないままで終わっちゃう」
「え? 今、顔が良いとか……」
「それじゃ、入店しましょ」
「あ、ああ。そうだな」

 顔が良いとか考えてみれば都合のいい空耳だな、とちょっと恥ずかしくなった。
 陽気にドアを開け入店したマリに続き、俺も緊張気味に足を踏み入れる。
 店内は黒糖味のかりんとうみたいな色をした木目調の板張りで、奥のカウンターが隠れるほどに、衣類がかけられた何列ものハンガーキャスターが、迷路のように配置された、よくある服屋の様相だった。
 そんな狭苦しい空間を前にしても、マリの陽気は衰えないようで、店内を見回す横顔には楽しげな微笑みが浮かんでいる。
 条件に見あった服でも見つけたのか微笑みが心底からの笑みに変わった。
 右手にあったハンガーにかけられていた一着に手を伸ばし両手で張らせて掲げ見た。
 じっーと服を凝視してから、横目で入ってすぐのところで立つ俺に視線を飛ばしてきた。
 そしてすぐに戻すと、深く考え込むように眉根を寄せる。

「なんか良いものあったか?」

 と俺が訊くと、見向きもせず手招きしてくる。
 なんだぁ? と思いながら傍まで近寄るとばっと体を向け服を俺の上体に重ね当てた。
 その服は、俺の住んでいた世界にも売っているようなジーンズ生地のベストのようだ。
 マリの眉間に深い皺が刻まれる。

「このベストはいいけど、今着ているやつがちんけね」
「ジャージじゃ嫌か?」

 眉間の筋肉を緩め皺がなくなる。

「嫌じゃないけど着こなしがなってない。しかもそれ洗ってないでしょ?」
「着こなしがなってないのは認めるが、洗ってないのは仕方のないことだろ」

 話し合っているうちに、決断がついたのかよし! と意気込み重ねていた服を体から離す。

「全身総入れ換えしちゃいましょう」
「全身総入れ換え?」

 おうむ返しに訊くと、うんと頷く。

 そして一時間後。
 店内をある程度物色しきったマリは最終的に選んだ服、それを片手に持ち辟易しかけていた俺に押し付け試着を促してきた。
 断っても癪さわるただけだろうと、俺はしぶしぶ押し付けられた服を持ち試着室に入った。
 何を選んだのか確認する。
 薄手の白いワイシャツに先程のベスト、そしてオリーブ色のストレートパンツといういかにも若者って感じの服だ。
 俺は上下のジャージを脱ぎ、真新しい服一式に着替える。

「着替え終わったぁ?」

 カーテン越しにマリが訊いてくる。
 おう着替えたぜ、と応答する。
 俺はカーテンをスライドさせた。
 隔ていた布が無くなると、視界に否応なくマリの姿が映る。

「おおお!」

 目を見開いてマリは歓声を上げ、誇らしげにふふんと鼻を鳴らす。

「私の見立ては間違ってなかったみたいね。うん、中々似合ってる」
「それならいいけど……」

 似合ってると言われて嬉しいが、素直に嬉しさを口にできない。
 しかもちょっと照れ臭い。

「それじゃあ、それ買いましょう」

 何故か口角を上げてそう言うマリは、背伸びして服の壁から顔を出し奥を見据える。

「店員さぁ~ん、会計お願いしまぁ~す」

 マリが声を発した店の奥から、ペタペタと場にそぐわない床を叩く音が近づいてくる。
 前方の多くの服がかけられたキャスター付きハンガーの陰から音の正体は現れた。
 俺は一瞬にして衝撃に打ちのめされた。
 赤褐色の丸い胴体から板張りの床に放射状に伸びる八本の細長い足__つまりタコだ。
 後ろ首から回しているネックレス状の黒縁眼鏡のブリッジを片手で持ち上げ、尖らせたみたいに突き出た口で知的なタコは言った。

「三点で五千だよ」
「あっ、お安いですね」

 なんの動揺もなくマリは喋りながらトートバッグに手を入れる。そして財布らしき水玉模様の巾着袋から、小判みたいな形をした金貨を五枚取り出してタコにさしだした。
 タコは事も無げに受け取ると、眼鏡の奥の瞳鋭くをこちらにじろっと向けてきた。
 思わず俺はうっと唸る。

「そういうことか」
「えっ? どういう意味……ですか?」

 俺がおずおずと尋ねるが、タコは吸盤をペタペタさせながらゆっくり身を翻しかけていた。
 向けていたタコの視線の意図を、現れたところから消えていく後ろ姿を見ながら考える。
 しかしそんな思考など露知らないマリは、首を軽く傾け邪念のない笑みを浮かべて服も買ったし次行こう、と言った。
 俺は考え事はやめだと思い、そうだなと返す。
 俺とマリは入ったところと同じドアから店を出た。

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