浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。そっくりさんじゃないよね?

「明日に急遽、スポーツイベントが追加されました」
「「…………ええ!」」

 帰ってくるなりクリナさんに話がある、と廊下で呼び止められ俺とマリは聞かされた話に、驚愕と混乱の声をあげた。
 そんな俺達を見てクリナさんは、クスクス微笑んで続ける。

「国の御偉いさんたちのめいだから、断るわけにもいかなかったの、許して」

 クリナさんは台詞のあと、片目だけ閉じ合掌して許しを請うてきた。
 許すとかその辺は問題でない。イベントの内容が問題だ。
 俺は驚きを残したままクリナさんに訊く。

「スポーツイベントって、どんなイベントなんですか?」

 思い出しているのか、少し間を置いてからクリナさんは言う。

「街全域を使ってあらゆるスポーツをするみたいなこと言ってたけど、う~ん確か一回目は鬼ごっこ……だったような?」

 それってスポーツじゃない気がする。
 しかしこちらの世界での鬼ごっこは様相が違うのかマリがうげっ、と嫌そうに喘いだ。

「あら、マリはそういえば鬼ごっこににが~い記憶があったわね」
「苦い記憶って?」

 半ば流れ的に訊いた俺に、クリナさんはニンマリ口の端を上げて喋りだそうとする。

「いや、その話だけは……言わないでぇー!」

 突然マリが甲高い声で叫び、クリナさんの動き始めた口はピタリと停止した。
 叫んだマリの顔は茹で上がったみたいに、顔を赤くし頭から湯気を出した。
 クリナさんは開いたままだった口を閉じ、穏やかに微笑してマリに謝る。

「ごめんねマリ、ついつい口が滑りそうになっちゃった」
「ほんと気を付けてよ、その話を言いふらされたら街を歩けなくなっちゃうからさー」
「マリ、二人だけの秘密だよね?」
「うんうん、そうだよねー」

 __二人でガールズトーク始めちゃったよ。
 幼馴染みの二人の会話に水を差すなど、失礼極まりない。
 居ても邪魔になるだろう、部外者はとっとと退散しよう。
 俺はそう思い自室に向かって歩き出すと、ちょっと待って、とクリナさんに呼び止められた。
 なんですか? と振り返りざまに尋ねると、嬉しそうに言う。

「あのねっ、ついに城内に大浴場ができたんだって、入るといいよ」

 __ほんとなのかそれは?
 俺は目だけでそう訊くと、こくんと深く頷いてみせた。

「それはどこにあるんです?」

 俺は弾む心を抑えて平然と尋ねた。
 すると楽しげに微笑んで答えた。

「南通路の一番奥です。早く、入ってみたいです」

 大浴場ができたという話になってから爛々と瞳を輝かせているマリがこうしちゃいられない、と走り出す。
 待ってくだぁーい、とクリナさんがマリの後を追う。
 笑顔でどこかへ駆けていった二人を見ていたからか、俺の苦い記憶など些細な気がしてきて自然と笑みがこぼれた。


 入浴の前に食事を済ませておこうと、俺は以前ラナイトさん訪れた暗い雰囲気の食堂に赴いた。
 食堂はいささかの賑わいもなく、中央の四角いカウンターで黒髪の以前にも見たウエイターがグラスを棚に置き直しているだけだった。
 一人で複数人の席に座るのはちょいと気が引けたので、俺はゆういつの選択肢であるカウンター席の、ウエイトターから離れた位置に腰を下ろした。
 すると俺が座ったのに気付いたのか、ウエイターがグラスを片手に持ったまま目の前に登場した。

「ご注文は?」
「ああ! そうだった」

 咄嗟に何を頼もうか考えたが、なんという無駄な行為、メニューをひとつも知らなかった。
 ここは、きっと全世界共通の魔法の注文台詞ぜりふである「今日のオススメで」でいけば大丈夫だ。
 そう思い俺が口を開くより先に、ウエイターの清涼感のある通る声が唐突に放出された。

「注文聞いても答えようがないですよね? 僕のオススメを提供しますよ」
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ、ちょっと待っててください」

 そう言ってウエイターはその場を発ち、俺の座っている位置とは反対に移動した。
 そして数秒後、中から湯気の立ち上る黒漆なお椀を持って俺の前に置いた。
 俺はお椀に覆い被さるように上から、湯気を立ち上らせる物を確認する。
 お椀の八分目まで張られた、コーンスープみたいな黄色いとろみのありそうな液体が入っていた。

「これは?」
「キイロオオダイというプランクトンのスープです」

 またプランクトンか。なんとなくは察していたけど__。
 ウエターはそこで区切り、目元に明らかな笑みを浮かべ続きを言う。

「栄養も豊富で疲れた体にはもってこいです。飲んでみてください」

 穏やかに促されて俺は、美味しそうですねと口にして両手でお椀を挟む。ほんとに自身で美味しそうと思っているのか、それは五分である。
 スープの温かさを手のひらに感じながら、唇にお椀の縁をつけ傾けた。
 __!

「知っている味にすごく似ている!」

 味わったことのある味覚を記憶から探り、あるひとつの温かい物が該当した。
 コーンスープ!
 多少の差異はあれど、ほっこり芯から温まるこの感覚と人工的でない甘さ、まさしく真冬のコーンスープだ!

「美味しいようで何よりです」

 目の前のウエイターは軽く口角を上げる。そして、唐突に切り出した。

「シュンさん、一つお願いがあるんです」

 ウエイターの目が真剣なものになる。
 俺も聞く耳を集中させる。

「あなたが王になった暁に、ぜひとも僕達をシュンさんの専属のシェフにしてください」
「それはいいけど、僕達?」

 どう見ても一人にしか見えないけど__はっ! まさか目の前にいるのは分身で、今頃背後で本物が刃物を__いや、絶対ねぇよ忍じゃないんだから。
 不思議そうな顔をして俺をまじまじとウエイターは見詰めてくる。
 もしかして、と予想外そうな口調で話し始める。

「兄弟ということをご存知でなかったのですか?」
「……ええええええええ!」


 飲んだスープが逆流するかと思った。
 きょ兄弟? 誰と誰が?
 驚く俺のためにか、そもそも説明するつもりだったかわからないがウエイターは事も無げに話し始める。

「僕と瓜二つの弟で、ここのウエイターでもあるラオンのことですよ」

 誰? ラオンって誰? 元よりあなたの名前も知らない俺だぞ、それをわかってるのか?
 ウエイターは続ける。

「ラオンの婚約者である、モリリは……」
「ちょっと待ったぁ!」

 俺は挙手して待ったをかける。
 どうかされました? と首を傾げられたがそんなもん知るか。
 俺はさっきから思っていたことを、塞き止めるものなにもなく口にした。

「勝手に話を進めないでくれ! ラオンもモリリもあなたの名前も知らない俺に、ペラペラ話さないで! 話すならきちんと説明して!」

 無言。無音。そして目の前の無表情。
 音無のいたたまれなさに少し悲しくなった。

「そう……だったんですか。名前を知られていなかったんですね」

 申し訳なさそうに眉を下げたウエイター。

「無知でごめんなさい!」

 猛烈なスピードで俺は深く頭を下げて謝った。

「そ、それじゃあ、また来るわ」

 早口に言い残して食堂を逃げ出し、階段をかけ上った。
 忍法、脱出の術だ。
 次来たときなんて言い訳すれば? 
 空腹感は知らずのうちに消えていた。気のせいだとは思うけど__。

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