浦島太郎になっちゃった?
神に問いたい。ここはどこだ?
俺こと、江口俊は普通の高校に通う普通の高校生であった__二人の大人を殺す以前までは。
俺の家の隣には若い夫婦と幼稚園児くらいの女の子が一軒屋に住んでいた。
あんな小さな子を暴力で容赦なく虐げる、俺はそれが堪らなく許せなかった。
毎晩、その家から女の子の痛々しい喘ぎが聞こえてきていた。喘ぎはいつも数分で静まるのだが、夫婦の激烈とした怒声は引き続き聞こえてきていた。
つまり口を抑えて暴力を続けている、ということだ。
そして、俺は策を練った。どうにかして虐待から女の子を救いたいと、その一心で考え出した計画で殺したのだ。悪を__。
数日経っても、鮮血の臭いが鼻腔にこびりついたままで嫌な気分だ。
俺は正義だ! 俺は正義だ! と何度も自分に語りかけた。でも、社会的に人を守ったことにはならない。
それで人気のない真っ昼間の防波堤の縁に立っているのだ。もちろん目的は自殺だ。
ソフトなさざ波を聴覚に響かせながら、底の暗い海を見下ろす。あとは身を投げ出すだけ、それだけでこの世界からおさらばだ。
俺は両手を全開まで広げ、潮風を全身に浴びる。
風の抵抗に逆らって、身体を前に傾けた。
__意識が暗黒へと吸い込まれていった。
なぜか体の感覚が生きている。
指先を少し動かす。
指先にあるはずのないサラサラ感を覚えて、驚き目を開けた。
「どうわっ!」
次の瞬間、俺は驚愕の声を発していた。
死んだはずなのに自分が動いていること、そして俺が今、手をついているピンク色の毛布にだ。
「やっと目覚めましたか。死んでるかと思いましたよ」
柔らかい女性の声が聞こえて、首を左右に振って声の主を探す。
何? 神様? それとも閻魔様?
「フフ、こっちですよ」
背中にトントンと優しい接触を感じて、誰だ! と俺は振り向いた。
眼前には黒漆で真っ直ぐな髪を顔の左右に垂らした女性が、お母さんが如く温かい微笑みを浮かべて俺を見ていた。
「珍しい服を着てるんですね」
「は、はぁ」
珍しい服とは、俺の着ている上下とも紺の生地にオレンジ色のラインがついたジャージのことだろう。
返事に困る黒髪の女性の発言に、俺はポカンとした顔で見つめた。
どこかお姉さんめいた雰囲気を纏っていて、わずかに恐縮してしまう。
「なな、なんですか?」
「お腹空いてない? 食べたいものある?」
優しい口調でそう尋ねられて、俺の警戒心が敏感に反応する。
「毒でも入れる気ですか?」
突き放すような語調で俺は言い放ち、その場を立ち上がって今居る場所がどこかを確認する。
妙に薄暗い木目調の部屋で、俺が立っている毛布の左隣には丸テーブルとそれを囲むように木製の椅子が置いてある。
右隣はどうやら台所のようで現代的な造りであるところから、同時代のようだ。
「泊まっていかないと他に場所ないよー」
背後で正体不明の美人が納得いかない子供のように拗ねているが、俺は意に介さず怒った歩調で出口を探し出す。
部屋中をうんぬん唸りながら歩き回っている俺に、穏やかな声が掛かった。
「何を探してるんですか?」
「出口だよ、素性も知らぬ女性の家に居られるかってんだ!」
冷たく言い放って俺は部屋の奇妙さに気づいた。
部屋中どこを探しても通ることなど不可能な小窓しかないのだ。
黒髪の女性は見ていて落ち着く微笑みを顔に浮かべて、ささ椅子に座ってと背中を押しながら促してきた。
女性に対して暴力を振るうわけにもいかず、俺は促されるままテーブルを囲む台所が真っ直ぐ見える位置にある椅子の一つに腰かけた。
俺が腰かけたのを見てから、女性はせこせこと忙しそうに台所に向かった。
「あとちょっぴり待ってくださいね」
「え、何かあるんですか?」
俺の質問は実に鈍感だった。
台所で楽しげに鼻唄を響かせながら、純白の平皿に色とりどり盛り付けている姿を目にして他に何があろうか。食事を作ってくれているのだ。優しさ故か猜疑心も無くなっていく。
「できたぁ!」
と嬉しそうに出た台詞からは偽りなど一切無さそうで、多少の幼さを感じるのを禁じ得ない。
喜びを刻んだ顔で平皿を手にしテーブルの近くまで来て、静かに座る俺の前に置いた。
皿には数種類の色の野菜らしきものがてんこ盛りだ。
「ゆっくり食べてね」
「あ、はい。ありがとうございます」
改めて髪手慣れた様子でを後ろでまとめ垂、背中にらした麗しい女性の全身を確認しする。
白のブラウス上に黒のエプロン、下半身は脚の細さを一目でわかるタイトな黒いストレッチパンツに、その下には可愛らしいピンクのスリッパを履いている。
身長は俺より少し低い程度で、女性にしては背が高く、出るべきところも出ている。
「私の格好、変ですか?」
「あああ、いえいえいえ……そんなことないです!」
俺の視線の方向気づいたのか不安げな顔をして尋ねてきたのを、わたわた両手を振って否定した。
「それなら良かったです」
「すっごい似合ってて、つい眺めちゃいました」
ほっと安堵して頬を緩ませた表情に、ドキンとして俺は視線を外した。
名前を知らずとも照れ臭い。
恥ずかしさに言葉を失った俺を見て、小さな笑いとともにエプロンの女性は幼い子供を注意するような口調で言った。
「料理を前にして他のことをしちゃだめ。食べるときは食べる、喋るときは喋る」
「まだ食べ始めてもないよ!」
ついつい突っ込みを入れてしまうのが、俺の性だ。
「ぶつぶつ言わないで食べなさい。冷めちゃうわよその料理も……私の愛情も……ポッ」
「うまく掛け合わせるなぁ!」
自分で頬を染める効果音を出した目の前の美人に、先程の突っ込みよりボリューム増幅で突っ込んだ。
しかしすぐに表情を戻すと真っ直ぐ俺に焦点を当ててまじまじと見つめてくるので、渋々皿の前に置かれたフォークを手に取り適当にぶっ刺し口に運んだ。一回死んだ身だどうとでもなれだ。
__ん? レタス?
口に運んだものに一致する味を舌は覚えていたらしく、若干の慣れを感じながら一口二口立て続けに口に運ぶ。
「どう、美味しい?」
いつの間にか向かいに座っている黒髪の佳人に、俺は左手でグッジョブというように親指ピンと立たせて頬張り続けた。
「ふぅ、完食完食」
皿の上を空にした俺に、食事中ずっと見てきていた向かいの女性が穏やかな声で聞いてきた。
「満腹でしょう。眠たくない?」
「ていうか今、何時ですか?」
俺は辺りをキョロキョロ眺めながら問うた。
どこにも時計らしきものが見当たらない。
「時計なんて無いわ」
急に発された台詞は冷たかった。
「どういうことですか、時計がないなら何で時間を判断してるんですか? ……あ、そうか太陽の位置」
「違う」
向かいで険しい顔をした黒髪の女の人は簡潔にかつ断言する台詞を吐いた。
それまでの穏やかな口調からは考えられないほど冷えきった言葉だった。
俺は声量を増して訳を求める。
「違うって言うなら詳しく説明してくださいよ! 流行している異世界……」
「海の中だからです」
捲し立てる俺の言葉に重なって淡々と抑揚なくそう告げられた。
告げたあと向かいの佳人は、顔を俯けて黙り込んだ。
俺は言葉に窮してした。
静寂がほの暗い部屋を支配する。
しばし経ってから、静寂はふんわりとした声によって破られた。
「名前、聞いても良いですか?」
儚げに微笑んで俺を見つめた。
食事をたまわっていただいたのだから、名前ぐらいは教えても問題ないか。
「ええと、俺の名前は江口俊です。シュンって呼んでくれればいいですよ」
名乗った瞬間、エプロン姿の美人は嬉しそうにシュン君ねー、と呼び名を即座に決定させてシュン君シュン君、と繰り返す。
人目がないからといっても、名前を連呼されるのは恥ずかしい。
「私のことは……う~ん……」
腕組をして深く考え出す。
そんなに考えることなのかな?
よしっ、と意を決した顔で口を開いた。
「クリナさんって呼んで」
「はい、わかりました」
了承したあと、俺の口が否応なく大きく開かれ涙で目が潤む。
あくびをした俺を見て、心配そうな表情で尋ねてきた。
「お疲れなのかな?」
「そうかも、突然知らない場所にいて脳が疲れたかも」
「私も眠くなってきちゃった……ファア」
俺のあくびに釣られたようにクリナさんも大きなあくびをした。
「先に寝てますね、おやすみ~」
椅子から立ち上がりフラフラしながら、俺がさっき寝ていた毛布の上に寝そべった。
俺はどこで寝ればいいの?
とは思っても気持ち良さそうな寝顔を邪魔するわけにもいかず、俺は首をだらんとさせて瞼を閉じ眠りに就いた。
俺の家の隣には若い夫婦と幼稚園児くらいの女の子が一軒屋に住んでいた。
あんな小さな子を暴力で容赦なく虐げる、俺はそれが堪らなく許せなかった。
毎晩、その家から女の子の痛々しい喘ぎが聞こえてきていた。喘ぎはいつも数分で静まるのだが、夫婦の激烈とした怒声は引き続き聞こえてきていた。
つまり口を抑えて暴力を続けている、ということだ。
そして、俺は策を練った。どうにかして虐待から女の子を救いたいと、その一心で考え出した計画で殺したのだ。悪を__。
数日経っても、鮮血の臭いが鼻腔にこびりついたままで嫌な気分だ。
俺は正義だ! 俺は正義だ! と何度も自分に語りかけた。でも、社会的に人を守ったことにはならない。
それで人気のない真っ昼間の防波堤の縁に立っているのだ。もちろん目的は自殺だ。
ソフトなさざ波を聴覚に響かせながら、底の暗い海を見下ろす。あとは身を投げ出すだけ、それだけでこの世界からおさらばだ。
俺は両手を全開まで広げ、潮風を全身に浴びる。
風の抵抗に逆らって、身体を前に傾けた。
__意識が暗黒へと吸い込まれていった。
なぜか体の感覚が生きている。
指先を少し動かす。
指先にあるはずのないサラサラ感を覚えて、驚き目を開けた。
「どうわっ!」
次の瞬間、俺は驚愕の声を発していた。
死んだはずなのに自分が動いていること、そして俺が今、手をついているピンク色の毛布にだ。
「やっと目覚めましたか。死んでるかと思いましたよ」
柔らかい女性の声が聞こえて、首を左右に振って声の主を探す。
何? 神様? それとも閻魔様?
「フフ、こっちですよ」
背中にトントンと優しい接触を感じて、誰だ! と俺は振り向いた。
眼前には黒漆で真っ直ぐな髪を顔の左右に垂らした女性が、お母さんが如く温かい微笑みを浮かべて俺を見ていた。
「珍しい服を着てるんですね」
「は、はぁ」
珍しい服とは、俺の着ている上下とも紺の生地にオレンジ色のラインがついたジャージのことだろう。
返事に困る黒髪の女性の発言に、俺はポカンとした顔で見つめた。
どこかお姉さんめいた雰囲気を纏っていて、わずかに恐縮してしまう。
「なな、なんですか?」
「お腹空いてない? 食べたいものある?」
優しい口調でそう尋ねられて、俺の警戒心が敏感に反応する。
「毒でも入れる気ですか?」
突き放すような語調で俺は言い放ち、その場を立ち上がって今居る場所がどこかを確認する。
妙に薄暗い木目調の部屋で、俺が立っている毛布の左隣には丸テーブルとそれを囲むように木製の椅子が置いてある。
右隣はどうやら台所のようで現代的な造りであるところから、同時代のようだ。
「泊まっていかないと他に場所ないよー」
背後で正体不明の美人が納得いかない子供のように拗ねているが、俺は意に介さず怒った歩調で出口を探し出す。
部屋中をうんぬん唸りながら歩き回っている俺に、穏やかな声が掛かった。
「何を探してるんですか?」
「出口だよ、素性も知らぬ女性の家に居られるかってんだ!」
冷たく言い放って俺は部屋の奇妙さに気づいた。
部屋中どこを探しても通ることなど不可能な小窓しかないのだ。
黒髪の女性は見ていて落ち着く微笑みを顔に浮かべて、ささ椅子に座ってと背中を押しながら促してきた。
女性に対して暴力を振るうわけにもいかず、俺は促されるままテーブルを囲む台所が真っ直ぐ見える位置にある椅子の一つに腰かけた。
俺が腰かけたのを見てから、女性はせこせこと忙しそうに台所に向かった。
「あとちょっぴり待ってくださいね」
「え、何かあるんですか?」
俺の質問は実に鈍感だった。
台所で楽しげに鼻唄を響かせながら、純白の平皿に色とりどり盛り付けている姿を目にして他に何があろうか。食事を作ってくれているのだ。優しさ故か猜疑心も無くなっていく。
「できたぁ!」
と嬉しそうに出た台詞からは偽りなど一切無さそうで、多少の幼さを感じるのを禁じ得ない。
喜びを刻んだ顔で平皿を手にしテーブルの近くまで来て、静かに座る俺の前に置いた。
皿には数種類の色の野菜らしきものがてんこ盛りだ。
「ゆっくり食べてね」
「あ、はい。ありがとうございます」
改めて髪手慣れた様子でを後ろでまとめ垂、背中にらした麗しい女性の全身を確認しする。
白のブラウス上に黒のエプロン、下半身は脚の細さを一目でわかるタイトな黒いストレッチパンツに、その下には可愛らしいピンクのスリッパを履いている。
身長は俺より少し低い程度で、女性にしては背が高く、出るべきところも出ている。
「私の格好、変ですか?」
「あああ、いえいえいえ……そんなことないです!」
俺の視線の方向気づいたのか不安げな顔をして尋ねてきたのを、わたわた両手を振って否定した。
「それなら良かったです」
「すっごい似合ってて、つい眺めちゃいました」
ほっと安堵して頬を緩ませた表情に、ドキンとして俺は視線を外した。
名前を知らずとも照れ臭い。
恥ずかしさに言葉を失った俺を見て、小さな笑いとともにエプロンの女性は幼い子供を注意するような口調で言った。
「料理を前にして他のことをしちゃだめ。食べるときは食べる、喋るときは喋る」
「まだ食べ始めてもないよ!」
ついつい突っ込みを入れてしまうのが、俺の性だ。
「ぶつぶつ言わないで食べなさい。冷めちゃうわよその料理も……私の愛情も……ポッ」
「うまく掛け合わせるなぁ!」
自分で頬を染める効果音を出した目の前の美人に、先程の突っ込みよりボリューム増幅で突っ込んだ。
しかしすぐに表情を戻すと真っ直ぐ俺に焦点を当ててまじまじと見つめてくるので、渋々皿の前に置かれたフォークを手に取り適当にぶっ刺し口に運んだ。一回死んだ身だどうとでもなれだ。
__ん? レタス?
口に運んだものに一致する味を舌は覚えていたらしく、若干の慣れを感じながら一口二口立て続けに口に運ぶ。
「どう、美味しい?」
いつの間にか向かいに座っている黒髪の佳人に、俺は左手でグッジョブというように親指ピンと立たせて頬張り続けた。
「ふぅ、完食完食」
皿の上を空にした俺に、食事中ずっと見てきていた向かいの女性が穏やかな声で聞いてきた。
「満腹でしょう。眠たくない?」
「ていうか今、何時ですか?」
俺は辺りをキョロキョロ眺めながら問うた。
どこにも時計らしきものが見当たらない。
「時計なんて無いわ」
急に発された台詞は冷たかった。
「どういうことですか、時計がないなら何で時間を判断してるんですか? ……あ、そうか太陽の位置」
「違う」
向かいで険しい顔をした黒髪の女の人は簡潔にかつ断言する台詞を吐いた。
それまでの穏やかな口調からは考えられないほど冷えきった言葉だった。
俺は声量を増して訳を求める。
「違うって言うなら詳しく説明してくださいよ! 流行している異世界……」
「海の中だからです」
捲し立てる俺の言葉に重なって淡々と抑揚なくそう告げられた。
告げたあと向かいの佳人は、顔を俯けて黙り込んだ。
俺は言葉に窮してした。
静寂がほの暗い部屋を支配する。
しばし経ってから、静寂はふんわりとした声によって破られた。
「名前、聞いても良いですか?」
儚げに微笑んで俺を見つめた。
食事をたまわっていただいたのだから、名前ぐらいは教えても問題ないか。
「ええと、俺の名前は江口俊です。シュンって呼んでくれればいいですよ」
名乗った瞬間、エプロン姿の美人は嬉しそうにシュン君ねー、と呼び名を即座に決定させてシュン君シュン君、と繰り返す。
人目がないからといっても、名前を連呼されるのは恥ずかしい。
「私のことは……う~ん……」
腕組をして深く考え出す。
そんなに考えることなのかな?
よしっ、と意を決した顔で口を開いた。
「クリナさんって呼んで」
「はい、わかりました」
了承したあと、俺の口が否応なく大きく開かれ涙で目が潤む。
あくびをした俺を見て、心配そうな表情で尋ねてきた。
「お疲れなのかな?」
「そうかも、突然知らない場所にいて脳が疲れたかも」
「私も眠くなってきちゃった……ファア」
俺のあくびに釣られたようにクリナさんも大きなあくびをした。
「先に寝てますね、おやすみ~」
椅子から立ち上がりフラフラしながら、俺がさっき寝ていた毛布の上に寝そべった。
俺はどこで寝ればいいの?
とは思っても気持ち良さそうな寝顔を邪魔するわけにもいかず、俺は首をだらんとさせて瞼を閉じ眠りに就いた。
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