浦島太郎になっちゃった?

青キング

神に問いたい。何で俺は蹴られたんだ?

 落下しそうになるほど不規則に揺られて、一本道の両側に整然と並ぶ高床式住居の風景を食傷しつつ見眺める。
 どれくらい時間が経過したのかと俺が考え始めた時、砂埃を散らしながら大亀は急制動をかけて言った。

「着いたぞ」

 男らしいロートーンボイスで到着を知らせてくれる。
 クリナさんはスタッと慣れた様子で地面に着地すると、振り返って大亀に一礼し感謝の意を伝えた。

「朝早くからありがとうございました」

 それに対し大亀はいいってことよ好きでやってんだからよ、と口元に軽く笑みを作った。そして甲羅の上にまだ居る俺に冷たく一言。

「ほら、ぼおっーとしてないで降りろよ」

 と、俺を急かす。
 わかってるよ、とうんざりしつつも声には出さず、身を地面に躍らせクリナさんの隣に着地する。
 俺が着地するのを見届けてから、大亀は無言でのっそりと反転し踵を返す。
 遠ざかる後ろ姿にクリナさんが、笑顔で手を振る。

「今日もありがとうございましたぁー!」

 返事が返ってくることなくどんどん影は小さくなっていく、その様子を関心なく眺めていた俺の肩にクリナさんがポンと手を置く。
 俺は視線を隣のクリナさんに移した。

「ここからはシュン君の仕事ですよ。ガンバレ!」
「……は、はい」

 嬉々として目を輝かせ俺を見つめるクリナさんに、苦笑を禁じ得なかった。
 改めて威容に佇む前方の、鮮紅の中国の城門らしきものを見据える。
 高さは俺の推測だが、三メートルから五メートルくらいだろう。城門は豪勢な装飾が施されていて高級感を漂わせている。
 城門を前に言葉を失った俺に、柔らかい声が誇る。

「この門はねぇ、先日全体のリニューアルを終えたばかりなんだよ~、すごいでしょ」

 確かに言われてみれば真新しく見える。前の状態を知らないが。
 門扉に恐る恐る接近する。
 重々しい轟音を響かせながら門扉がゆっくりと開く。
 すべて開ききって俺とクリナさんは並んで門をくぐった。
 乳白色の石畳が門から緋色をした首里城似の城の前門まで直線に続いており、石畳の両サイドは白い大粒の砂利が敷かれていて、白色と緋色の対比が俺の心を掴んで、すげぇと思わせた。
 その折、どこからか銅鑼の重く脳に響く音が空気を揺らした。
 隣に立っているクリナさんが、俺の背中をトンと叩いて前進を促す。
 押された勢いのまま一歩前に踏み出して、足を揃えて緊張気味に直立する。
 厳かな雰囲気を感じざるを得ない。
 目の前を真っ直ぐ続く石畳より奥の、緋色をした城の前門が開け放たれる。
 門の先の真っ暗な場所からぞろぞろと、パステルカラーの羽衣に身を覆った女性たちが舞を踊りながら出てくる。
 舞を踊っている女性たちの登場がピタッとなくなり、門の中から一際華やかな羽衣を身につけたスラッーとした体格のベールで顔を隠している女の人が、音も立てず何歩か前に進み出る。
 そして舞を躍っていた女性たちの間を抜けベールで顔を隠している女が先頭に立つ。
 途端、踊っている女性たちは舞をやめ、女の後ろに縦二列で素早く並んだ。
 それにしても俺の左斜め後ろから、ワクワクしたクリナさんの声がしきりに聞こえている。
 ずいぶん楽しそうだな、羨ましいよ。こちらは何が起こるかわからなくて張り詰めてるっていうのに。
 そう思っていると、先頭に立つ綺麗な羽衣の女の人が俺に一歩近づいてくる。
 直立して固まる俺と石畳二枚分の距離を置いて女の人は足を止めて、顔を隠しているベールにそっと左手を添えた。
 そしてベールをまくりあげた。
 その瞬間、俺の緊張は居場所をなくした。
 正面に立つ高級そうな羽衣の女の人は、崩すような笑顔を顔全体に浮かべた。
 白粉おしろいを塗っているかのような白い肌、ミディアムの水色の髪はきっちり切り揃えられていて清潔感がある。
前髪の下に鎮座する大きく澄んだ瞳、白い肌に映える薄いピンクの唇、容貌が神からのプレゼントであるかのように出来すぎている。
 出来すぎ美少女は一歩距離を詰めると、後ろで両手を組み屈んで下から覗き込んできた。
 両の瞳から発射された言葉のない可愛さが、俺を一歩後退させる。
 純粋な瞳で見つめられるなんて、そうないことだからか?

「なんで逃げるんですか!」

 水色の前髪の下で軽く頬を膨らませて不満を表に出した。
 的確な切り返しを思い浮かばず、それは、と俺は言葉を濁した。
 次の瞬間。

「でりゃーーーーー!」

 と幼さのあるハイトーンの叫び声が、頭上から唐突に聞こえた。
 振り向く間もなく、後頭部がしたたか前に押し出されつんのめる。どうやら誰かに蹴られたようだ。
 俺は押されたまま石畳の上にうつ伏せに手をついて倒れた。
 遅れてきた鈍痛に押された所をさすりながら、ゆっくり身を起こして顔を自分の後ろに向けた。

「来るなりイチャイチャすんにゃー!」

 視線の先でふてぶてしく仁王立ちする両側頭部の高い位置に結わえた茶髪を腰の高さまで垂らしている女の子が、俺の顔を見て怒鳴った。
 小学生みたいに小さな体に威張りオーラをふんだんなく纏っている。
 丈が膝上までしかないライムグリーンのロリータドレスを着た、ツインテールの美少女が目の前でお怒りだ。

「そもそも、お主が次代王の器を持っとるとは思えんのじゃ!」
「俺が知るかよ……」

 片足で石畳をバンバン踏み叩いて憤慨するツインテロリの大きな瞳に、困り果てた俺の顔とその後ろから近づいてくる羽衣の美女の姿が映っている。
 瞳に映る羽衣の美女は、鷹揚な歩きで俺の背後に来ると口を開いた。

「ミクミさん、人を見かけで断定しちゃいけませんよ」

 言われた茶髪ツインテールも黙っちゃいないようで、眉根を寄せて言い返す。

「マリよ、お主はいつもそうじゃ。納得いかんとわらわを悪く言いよって、自分を正しく見せるのじゃ」

 双方の言い合いはエスカレートしそうで取り成したいところだが、下手に割り込んでも邪魔者扱いされて終わる気がする。
 なにもできず傍観者を決め込もうとしたところ、後ろから肩をトントンと軽く叩かれた。
 振り向くとクリナさんが任せて、と短く言っていがみ合う二人の間に入っていった。

「ダメよー二人とも、喧嘩しちゃ。姫がお淑やかでないと王も他国へスタスタ亡命しちゃいますよ……まぁそうなったら私が王を独り占めしちゃいますけどね」
「「ダメ~~~!」」

 クリナさんの意味深な台詞に先程までいがみ合っていた二人が、仲良く揃って大声を上げた。

「フフ、とにかく。姫候補として礼儀正しく過ごすこと、わかった?」

 うん、と白い肌の羽衣を着た美女は、納得したように頷く。
 だが、ロリータドレスの美少女はツンとした様子で、ツインテールを揺らしながら城の前門に歩いていった。
 その後ろ姿に若干の寂しさが滲んでいるのを、俺は感じた気がした。
 しかし気のせいだろうと、ツインテールの姫候補から目を離して、談笑するクリナさんと羽衣の美女に視点を移した。

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