暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが

赤井まつり

第87話 〜リアの選択〜


「私はアメリア様に警告を。アメリア様のスキル『蘇生』を狙って魔王が動き出したとの情報が入りましたので……」


俺は眉を顰めた。
色々とごちゃごちゃとしていて、一度紙に書いて整理したい気分だ。
もちろん、高速移動中の不安定な夜の上では不可能だが、まず紙と書くものがない。


『主殿、十階層のボス部屋だ』


と、無言で話を聞いていた夜が声をかけてきた。
首を回すと、夜の視線の先にはボス部屋の大きな扉が見える。


「迷宮に入ってからそれほど経っていないのに……」

『俺を誰だと思っているのだ……。どうする、主殿』


俺はリアの方を向いていた体を前に向ける。
手を前に出し、目を閉じた。


「突っ込め」

『了解した!!』


一ミリも俺の言葉に疑問を持たずに夜が扉に突っ込む。
後ろでリアが悲鳴を上げて俺の背にしがみついた。


「『影魔法』……遠隔起動」


扉が破られた瞬間、俺は閉じていた目を開いた。
ただでさえ地上より薄暗い迷宮の中が、完全な闇に塗りつぶされる。
だがその闇も次の瞬間には嘘のように晴れた。
確かな手ごたえに俺は口端を上げる。


「ひっ!!」

俺は今まで自分の影と自分の影に重なっている他の影でしか『影魔法』を起動できなかったが、カンティネン迷宮での魔力の遠隔操作と、今回『影魔法』を限界まで使ったことにより、自分以外の影も使えることが分かった。
最も、自分の視界の範囲内だけだが。


「……怖いか」


なんの物音も立てない背後に俺は声を投げかける。

早くも夜は十二階層への階段を見つけていた。
カンティネン迷宮のようにトラップが作動するが、次の瞬間には夜はその場にいない。


「怖くはないと言ったら嘘になります。ですが、私は同行させていただいている身。文句は言えません」


そうは言ったものの、俺の服をつかむ手がぶるりと震えた。

確かに頭ではそう思っているだろう。
だが、もっと本能的な部分ではきっと今すぐにでも逃げ出したいに違いない。
生物とは、人間とはそういうものだ。
根源的な恐怖には逆らえない。


「あなたは、いったい何者なのですか?」


俺は少し考えて口を開いた。


「俺はただの巻き込まれた暗殺者であり、アメリアの恋人で……お前が最も嫌悪している人間の一人だ」

「……えっ!?」


リアが驚いたような声を出した。
俺はそれに構わずに考えに没頭する。

魔王がアメリアを狙っているとは思わなかった。
てっきり俺狙いかと思っていたが、夜を通じて俺を呼んだのもアメリア狙いだろうか。
だとしたらなぜアメリアの『蘇生』が必要なのか。
もうすぐで死にそうだから延命のためにか?
俺としては、どうしてそこまでしてこの世界で生きたいのか理解に苦しむが。


「……あなたは勇者召喚でこちらの世界に来たのですか?」

「ああ、そうだ。俺はお前の家族の魔力と命を使って召喚された人間の一人だ。俺を殺すか?」


話を聞く限り、俺がリアに殺されなければならない筋合いはない。
が、リアの境遇は同情するに値するものだ。
殺される気はないが、殴られるくらいはしてやろうと思っていた。
だが、俺はリアのことを侮っていたようだ。


「いいえ、あなた自身に非はありません。勇者召喚が本当に理不尽なものだというのは理解しています。ですが、勇者召喚をしたレイティスの方々は許せません」


そう、きっぱりと告げられて、肩透かしを食らった気分になる。
下で夜の体が震えた。


『一本取られてしまったな、主殿』

「うるさいぞ」


俺は再び体を反転してリアに向き直った。
今度は慌てることなく夜の毛をつかんでいる。


「なら、質問を変えよう。勇者を殺したいのか?」


リアと初めて会った時、彼女の殺気は確かに俺たち召喚された者にも向けられていた。
その他大勢の中の一部である俺を殺さないというのなら、残るは勇者だろう。

俺の推測通り、リアはうなずいた。


「勇者の方にも選択権がないのは知っていますが……」


リアが俯く。
そう割り切れるものではないってことか。
まあ、俺に害がないのだからいいか。
勇者に害が行くなら、それもそれでよし。
勇者のことなど知ったことではない。


「話を戻すぞ。お前はアメリアに警告をしに来た。アメリアのにおいを追ってきたら俺たちと会い、同行することになった」

「はい、その通りです。……こちらからも質問してもよろしいでしょうか?」


考え込む俺にリアがおずおずと声をかけてくる。
俺は顔を上げずに許可した。


「アメリア様は誰に連れ去られたのですか?」


その質問に答えようとして、俺はハッと顔を上げた。


「そうか!夜、急げ!!」


返事はなかったが、さらに速度が上がった。


「アメリアをさらったのは魔族のアウルム・トレースという者だ」


リアが大きく目を見開いた。
俺は唇を噛む。

リアと出会ってからいろいろなことが分かり、たくさんの犠牲の上で俺たちが召喚されたことを知って混乱していた。
アウルム・トレースは魔族。
ならば、アメリアの誘拐を命令したのは魔王である可能性が高い。
もっとも、アウルム・トレースは魔族の中で三番手だそうだから一番手や二番手に命令されたとしても不思議ではないが。

魔王の狙いはまだ分からないが、いいものでないことはわかる。
アメリアはこの迷宮にいるうちに必ず取り返す。


「暗殺者である俺のステータスが勇者よりも明らかに強いのだが」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く