男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される

わんた

21話

 翌日も学校の図書室で勉強会を開催している。今は、お手製の問題集の採点の視点が終わり結果をボーッと見つめていた。

 もっと早くに気づくべきだった……いや、気づかないふりをしていただけか。今でも、この現実を認めたくないけど、そろそろ無意味な抵抗は諦めよう。

「まるで成長していない……」

 朝と放課後の勉強会。さらに家でも勉強をしているのに、試験範囲の問題を出しても正解率は三十%程度しかない。うちの高校は三十点以下をとると赤点になり、補習を受けることになるので、このままだといくつかの教科は赤点を取ってしまう可能性が高い。

 現状を考えると、今まで通りの方法、ペースで勉強しても、目前に迫ったテストまでに学力を向上させるのは難しいだろう。

 問題集を持ちながら、右隣に座っている彩瀬さんを盗み見る。採点待ちで気が緩んでいるのだろう。正面にいる飯島さんとのおしゃべりを小声で楽しんでいる。勉強が思うように進んでいないのに、気持ちがいいほどの笑顔だ。

 その姿を見ていると何故だか腹が立ってきた。八つ当たりかもしれないけど、問題が解けない彼女が悪い。そう思うとすんなりと覚悟が決まった。

 手に持ってた問題集を、音を立てながらテーブルに置く。

「あと二日でテストなのにこの点数はマズイ。このままじゃダメだよ。ということで、今日からテスト当日まで勉強漬けの日々にします」

「ユキトどうしたの? もうすでに勉強漬けの日々だよ? 私、頑張ってるよ!」

「でも、さっきやった問題集の点数は三十四点だったよ。勉強をしていても、身についていない。それに、毎日欠かさず勉強をしている人なら《頑張ってる》と言っても良いけど、彩瀬さんの場合は、勉強をサボっていたから自業自得だよ」

 朝と放課後の勉強だけで「勉強漬けの日々」だと思って満足しているのかもしれない。頑張った。良い点数が取れなくても仕方がないよねと、心の中で妥協しているようにも思える。必死感が足りないというか、最悪できなくても良いという心の余裕が勉強しても覚えない、身につかない原因なのかもしれない。

「そ、そうかもしれないけど……」

 努力を否定されたことにショックを受けたようで、悲しそうな表情になってしまった。その態度を見て言いすぎたことに気づき慌ててフォローをする。もちろん、勉強はしっかりやる方向でだ。

「家に帰ったら、ご飯とお風呂以外の時間は勉強しよう。睡眠時間も四時間にまで減らすよ。でも大丈夫。僕も一緒に付き合うからがんばろ!」

 手を取り一緒に頑張ろうと言ってみたものの、彩瀬さん本人は納得できていないようで、首を縦に振らずに飯島さんの方を向いて助けを求めた。

 手さえ握ればコロッと落ちてくれると思ったのに……予想以上に勉強が嫌いなのかもしれない。

 そこまで考えて、僕は彼女たちの扱いに慣れ始めてきたことに気づき苦笑いをしてしまった。今の状態は指輪を渡していないだけで、ハーレムを作っているのと変わりがない。

「さおりー。ユキトが無茶苦茶なことをいうよー」

「え!? 私? 彩瀬ちゃん。少しの辛抱だから頑張ろ!」

 僕たちのやり取りを羨ましそうにながめていたようで、急に話を振られて少し驚いていた。

「そんなぁ……さおりまで……」

 ガクッと肩を落とし、顔をしたに向けてショックを受けたようなポーズをとる。その直後、すぐに顔をあげてお願いをしてきた。
 いつも感心するんだけど、切り替えが早い。

「頑張ったらご褒美ある?」

 ご褒美ときたか……。
 これが普段から勉強を頑張っている人が「ご褒美が欲しい」と言うのであれば、どんなご褒美だってあげたいと思う。いや、僕からご褒美について話していただろう。

 しかし今回は、普段は勉強せずにテスト前になってようやく勉強を始めた。そんな人にご褒美をあげるのは良いことなのだろうか? 確かに人参を目の前にぶら下げた方がやる気は出るだろうし、特に彩瀬さんみたいなタイプには効果が大きいだろうとは思う……非常に悩ましいが、仕方がないか。

「頑張っただけじゃダメ。全ての教科で平均点以上とれたら良いよ」

 ご褒美をなしにしたらこれ勉強しなくなりそうだし、かといって頑張ったという理由だけでご褒美はあげたくない。結局、平均点以上という条件をつけて妥協するしかなかった。

「よし! やる気が出てきた!」

 そう言うと急に立ち上がり右の拳を上にあげて、大きな声で叫んでいた。
 そういう単純……いや、分かりやすいところは長所でもあり短所でもあるなぁ。
 他人事のように眺めていたら、後ろから近づいてきた人に頭をチョップされていた。

「そこ。静かにしなさい」

 頭を叩いた犯人は担任の一ノ瀬先生。頭をさすっている彩瀬さんから離れると、センター分けしたセミロングの髪を揺らしながら僕の方に近づいて耳元で囁いた。

「あの子は少し変わっているから、困ったことがあったら相談してね」

 そう言ってからウインクをして立ち去っていった。学校で襲われた事件からずっと気にしてくれているのだろう。二回目の人生で初めて、担任のありがたさを感じることができた。

◆◆◆

 その後、護衛の待機部屋で絵美さん・楓さんと合流してから家に帰り、夕食やお風呂を済ませてから、彩瀬さんの部屋で勉強をすることになった。みんなには二人っきりで勉強することは伝えているけど、楓さんが何か言いたそうな顔をしていたぐらいで、特に何かを言われることはなかった。

 彩瀬さんの部屋の第一印象は「女の子っぽい」だ。
 フローリングの上に黒いラグが敷いてあり、その上にはハート型のピンクのクッションが3つ、中心にはガラスのローテーブルが配置されている。ベッドやカーテンにもピンクが使われている。ベッドの上には某テーマパークの小さいぬいぐるみがいくつもあり、部屋の端っこに勉強机があり彼女はそこに座っていた。

「お邪魔するね。何をしていたの?」

 持っていたペンを置いて椅子を回転させてこちらの方を向いた。

「勉強だよ! ご褒美がもらえるから頑張るしかないよね!」

「ご褒美がなくても頑張ってほしいけどね……」

 やはりご褒美の効果は絶大なようだ。今まで部屋で勉強したことがないと言っていたのに、誰に言われるまでもなく勉強をしていた。テスト期間中だけではなく、毎日、勉強して欲しいと思うのは贅沢なお願いだろうか。

「何を勉強していたの?」

「苦手な英語ー! ここの和訳に悩んでいたから教えて!」

「うん。任せて」

 そういってイスに座っている彩瀬さんの隣に立って勉強を教えることにした。
 教科書の内容を一通り確認してから問題集を解いてもらい、その間、自分の勉強を進めることにした。

 それから約三十分ほど経過すると問題集を全て解き終えたようで、ペンを置く音が聞こえた。

 音がした方を向くと、背もたれに寄りかかりながら両手を挙げて体を伸ばし、硬くなった体をほぐしている彩瀬さんが視界に入る。

「うーん。終わったー!」

「お疲れ様。答え合わせするね」

 僕が採点を始めると、勉強して疲れたのか机に突っ伏している。慣れない勉強のせいで、想像以上に頭と体力を使ってしまったのだろう。

「ご褒美は何にするか考えてくれた? 実は結構期待しているんだよね!」

 採点している時間が暇なようで、机に頭を乗せたままご褒美の内容について聞いてきた。それについては部屋に入るまで色々と考えていたけど、まだ決めきれていない。

 ネットでプレゼントを買って渡すのは味気ないし、かといって、街に出かけて買い物するわけにもいかない。手料理なんか毎日やっているし……悩んだ挙句、モノをあげるといったご褒美で、彩瀬さんを満足させるのは難しいという結論は出ている。

 そうなると、僕の貧相な想像力では、ラブコメ漫画のようなご褒美しか思い浮かばなかった。

「そうだなー。ほっぺにキスはどう?」

 冗談として軽く流されるだろうと思って、笑いながら提案する。想像では、「え〜。他にも欲しいな〜」と笑いながら切り返され、「それなら何がいいの?」と聞き返す予定だった。僕と彩瀬さんの関係であれば、高い確率でそうなったはずだった。前世なら……。

「冗談ダメだよ」

 急に起き上がったかと思うと、笑顔から「無」の表情に切り替わり、声のトーンも低くなっていた。態度が急変したことに意識が追いつかず、思わず聞き返す。

「え?」

「口にしたんだから、《冗談でした》ではすませない」

 席を立ち、僕の目の前にまで顔を近づけて念押しされ、自分の失言に気づくことができた。この手の話は冗談でも口にしてはいけなかったようだ……。

「あ、はい。分かりました」

「やった! ありがとう! 本当にやる気がみなぎってきたー!」

 了承した瞬間、笑顔になり声もいつも通りに戻ってくれた。よほど嬉しかったのだろう。部屋中を飛び跳ねている。

 普段、表情がコロコロと変わる明るい子に無表情で迫られると、ここまで怖いのかと思い知らされた。約束してしまったのは仕方がないと半分あきらめるとして、楓さんにどう説明するか悩ましい。ご褒美の件は秘密にすることはできないだろうし、フォローする方法を考える必要がる。

 そんなことを考えながら、間違いの多い解答の採点を続けていた。

◆◆◆

 窓から入ってくる朝日と、窓からチュンチュンと雀の鳴き声が聞こえて目が覚める。

「いつの間にか寝ていたみたいだ」

 予定通り十二時を過ぎても勉強を続けていた。最後まで一緒に付き合う予定だったけど、二時までの記憶を最後に寝落ちしてしまったようだ。ラグの上で寝てしまったので、体に痛みを感じる。さらに薄着で寝ていたので、体が冷えている。

「カリカリカリ」

 体をさすりながら寝ぼけた頭でそこまで考えると、一定のリズムで音が聞こえることに気がついた。

「カリカリカリ……カリカリカリ」

 なんの音だろう? 気怠い体を持ち上げて周囲を見渡すと、すぐに音の出所がわかった。彩瀬さんがノートに文字を書き込んでいる。シャーペンを走らせる音だった。

「カリカリカリ……カリカリカリ……カリカリカリ」

「彩瀬さん?」

 僕の声は届いていないようで、一心不乱に問題を解いている。金髪の髪は乱れ、鬼気迫るといった表情で英単語を書き込んでいる。目元にはうっすらと隈が浮かんでいた。

 机に置いてある時計を見ると朝の六時。この状態から察するに、僕が寝てから四時間ずっと勉強をしていたのかもしれない。

 彩瀬さんの様子が気になったので、立ち上がり一歩近寄ってから口元が動いていることに気づき、立ち止まる。

「平均点以上でキス……平均点以上でキス……平均点以上でキス」

 僕はどうやら、してはいけない約束をしてしまったようだ。

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