男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される

わんた

14話

 渋谷といえば人混みや繁華街といいったイメージが先行するけど、少し奥まった場所まで歩くと人通りの少ない住宅街に姿を変える。僕たちが逃げ込んだ場所は、そういった住宅街の一画だった。

「うーん。こっちの方にはいないみたい! この道をまっすぐ進んで突き当たりを右に曲がればいいんだよね?」

「うん。そうすれば《レフト》に近い大通りに出るはずだよ」

 僕ら三人の中で感覚の鋭い彩瀬さんが、先頭を歩いて周囲を警戒し、いつでも抱きかかえて走れるように楓さんは最後尾にいる。僕はスマートフォンのマップアプリを見ながら《レフト》までの道のりを確認して指示を出すといった体制だ。音声がうるさいので、音声認識のtamaは使っていない。

「初デートは、手をつないでクレープを一緒に食べる、あまーい時間をイメージしていたの! それがなんで、コソコソと街を歩かなきゃいけないの……」

「これは初デートに含めてはいけません。最初のデートとは、二人っきりでテーマパークに出かけて、一緒に乗り物を乗ったり、一つのジュースを分け合ったりして、二人の距離がぐっと近づく時間を過ごさなければいけないのです。ナンパから逃げ回っているこの状況が、初デートになってはいけません。そもそもーー」

「はーい。ストップー! その妄想は後でじっくり聞いてあげるから! 話を振った私が悪かったけど、妄想トリップしちゃダメだよ」

「失礼な。私は妄想トリップなんてしていません。ですが、じっくり話を聞いてくれるのであれば、聞かせてあげます。今晩、あなたの部屋に行きますね」

 立ち止まって後ろを振り返っていた彩瀬さんの眉がさがって、困った表情をしている。この表情は見覚えがあるぞ、社交辞令で言ったのに本気で受け止められて困った時の表情だ! 助けを求めるかのように僕を見つめているけど、その妄想の相手は僕だから! 話を聞いてしまうと全部実現しなきゃいけない気がして来るんだ。だから、話は一切聞かないことにしている。ごめんね。同情はするけど力にはなれないよ。そんな思いを伝えるべく首を横に振ると、彩瀬さんはがっくりとうなだれてしまった。

「ほら、立ち止まっていないで先に進みましょう。油断してはダメです」

「はーい。わかってますよー!」

 さっきまでの慎重な歩き方とは打って代わり、歩幅が大きくなりヤケクソ気味に歩き出した。置いて行かれないように、僕たちも慌てて歩き出し20分後にようやく目的地である《レフト》に到着した。


 住まいと生活に関連する商品を取り扱っている《レフト》は、雑貨やホビー用品からインテリアまで商品のバリエーションは幅広い。全10階からなるビルの5階に雑貨を取り扱うエリアがり、二人はそこにあるカードケース売り場で商品を選んでいる。僕はやることもないし、一人だとまた襲われる可能性もあるので、同フロアにある男性専用の休憩室でジュースを飲みながら二人が戻るのを待つことにした。

 男性専用の休憩室は鍵のかかる個室になっていて、二人がけのソファーが二脚とテーブルがあり、小型の冷蔵庫・テレビ・インターフォン用のモニターがあり、快適に過ごせるように設備が整っている。また、ドアの鍵は内側からしか解除できないので、女性が入ってきて襲われるといった事故が防げるような仕組みになっている。街中で、男性が安心して過ごせる数少ない場所だ。

 僕は今、靴を脱いでソファーに足を乗せ、冷蔵庫にあったジュースを飲みながらスマートフォンで電子書籍を読んでいる。読んでいる本はホラー作品だけど、さっき女性に追われた恐怖に比べると、いささか迫力に欠けてしまう。読むタイミングが悪かったかな? と悩んでいた時に、部屋に「ピンポーン」と来訪を告げる電子音が鳴り響いた。

「ユキト起きてるー? カードケースを選んだから中に入れて!」

 彩瀬さんの声が聞こえたので壁に掛けてあるモニターに目を向けると、二人がドアの前に立っていた。両手にはカードケースを大量に抱えている。売り場にあるカードケースを全部持ってきたのかな? この状態で選んだと言われても困るよ……。そんな不安を抱きつつも、ドアのロックを解除して彼女たちを部屋の中に招くことにした。

「いやー。悩みに悩んだよ!」

「そうですね。ユキトはどんなものでも似合うので、一つに絞るの非常に困難です。しかも、お揃いのものを買おうとすると、さらに悩んでしまいます」

「そうだよねー! 本当に苦労するよ!」

 自慢げに言っているけど、テーブルには所狭しとカードケースが広がっている。これで選んだと言っても説得力がない。いったいこれから何をするつもりなのだろう。

「選びきれないから店員と相談したんだけど、休憩所と売り場を往復するのは時間がもったいないからって、一種類ずつ部屋に持って良いって言ってれたの! だから全部、持ってきちゃった! これから一つ選ぶから待っててね」

 そう言い終わると二人ともカードケースを選び始めた。楓さんは5つまでに候補をしぼっているらしく、カードケースをテーブルに並べて腕を組んで見つめている。彩瀬さんはまだ何も決まっていないらしく、カードケースの山を漁って、気にいるデザインを探している状態だ。

「選び終わりました」「私もー!」

 選ぶのに待ちくたびれて本を読んでいたら声がかかったので、スマートフォンの画面から目を離すと二人とも一つのカードケースを持っていた。最初に差し出してきたのは彩瀬さんで、花や蝶といった装飾のついたピンク色のカードケースだった。

「お揃いで持つならピンクでしょ! かわいいし! これで決まりだよね?」

 当たり前のようにピンクを選んでいるけど、この世界の男性はピンクが好きなのか? だとしても残念ながら、僕の好みには合わない。

「ごめん。ピンクは好きじゃないんだ」

「そんなのユキトの私物を見ていればわかります。観察力が足りませんね」

 そう言って楓さんが出してきた黒い革製のカードケースには、ドクロといった骸骨がいくつも付いているものだった。僕の私物を見た結果このデザインを選んでいるとしたら、彼女の観察力も非常に残念なレベルだ。

「ごめん。これも趣味じゃない。もっとシンプルなのが好きなんだ」

 自信満々で出されたので拒否するのに少し心を痛めたけど、勝負事だしはっきりと伝えた。二人ともショックを受けると思ったけど、気にしていないようで新しいデザインを探している。僕の言った言葉はちゃんと覚えているようで、ゴテゴテしたデザインは端に寄せて、シンプルなデザインだけを集めて検討しているようだ。

「ユキトのベッドはライトブラウン系でしたね。クッションはダークブラウンでした」

「ローテーブルはベージュだったし、ブラウン系が好きなのかも! そういえばスマホのケースも濃いダークブラウンだし!」

「それらを考慮すると、これしかありませんね」

 目当てのものが見つかってお互いが手を伸ばした先は、外側はダークブラン、内側はオレンジになっている二つ折りのカードケース。偶然にも同じモノを選んでしまったらしく、商品を取る前にお互いの手がぶつかった。

「私が先に選んだのです。彩瀬さんは、別のものにしてください」

「えー! 私の方が早かったよ! そっちこそ別のを選びなよ!」

 お互いのおでこをぶつけ合って文句を言い合っている。譲る気がないようで、取っ組み合いが始まりそうな雰囲気になっている。こんだけ商品がたくさんあるのに僕が気に入りそうなデザインは、二人が取り合っているモノしかないので、譲る選択肢はないのだろう。

「ふざけないでください。またピンクでも選べばいいじゃないですか。もしかしたら気にいるかもしれませんよ?」

「ニヤけながら言って、私のことバカにしているの? あなたこそ、ドクロばっかりの痛々しいカードケースを選べばいいじゃない!」

「痛々しいとはなんですか! ドクロ可愛いですよ!」

「ドクロが可愛いっていう人初めて見た! あんな変なデザインを誰が買うか気になっていたけど、楓さんだったんだね」

「あなたこそ、私のことバカにしていませんか? 少し……教育が必要みたいですね」

「教育? 口で勝てなくなったら手を出すんだ! ユキトー。ここに暴力的な女性がいるよー!」

「ユキトを巻き込むなんてズルい! これは私たち二人の問題で、ユキトは関係ありません!」

 沸点低さに驚いて思考が一瞬止まってしまい、対応が遅れてしまった。さっきまで仲が良かったのに、ちょっと止まっていた隙に、なんで殴り合い5秒前の状態になっているんだよ……。この仲良くなる予定だったのに、ここで喧嘩をしたら計画が狂ってしまう。

「とにかく落ち着いて! 二人とも! そのデザインが僕の好みだと思ったの?」

「はい」「うん!」

「二人とも僕のことをちゃんと理解してくれたから、同じモノを選んでしまったんだよね?」

「私、ユキトのことをちゃんと理解しているんだから!」

「そうですね。理解しているからこそ、同じモノを選んでしまいました」

「僕の好みをしっかりしてくくれて嬉しいな。カードケースは一つで十分だし、二人の気持ちがこもった、このデザインが欲しい。二人のプレゼントとしてもらえないかな?」

「ユキトがそれで良いなら文句はありません」

「そうすると、勝ったのはどっちになるのかな?」

 どっちかを勝たせようとしたら喧嘩してしまうだろう。二人とも負けにしたらもっと問題だ。「同じモノを選んだせいで負けた」といって確実に喧嘩するだろうし、その感情は長く続きそうだ。彼女たちが納得する結果は、「勝者は二人」しかない。僕が責任を持って母さんを説得しなければならないだろう。

「二人が勝者になるよう、母さんを説得するよ」

「やったー!」「ありがとうございます」

 この後すぐに自分用として、彩瀬さんはピンク、楓さんは黒の同タイプで色違いのカードケースを選んで、カードケース勝負はひと段落ついた。後は水着を買うだけど、ファッションビルに移動しないとダメかな? ナンパしてきた女性が近くにいる可能性があるし、歩くのは危ない気がする。

「後は水着を買うだけだけど、ファッションビルに移動するのは危険だと思うんだ。《レフト》に水着は置いてあった?」

「そうですね。外を出歩くのは止めたほうがいいでしょう。幸い、《レフト》に水着が売っていたので、その中から選びましょうか。少し待っていてください」

 楓さんはそう言ってからドアを開けて、外で待っていた店員に声をかけてから、すぐに戻ってきた。

「売り場にある水着を持ってくるようにお願いしました。この休憩場で、水着を選びましょう」

「よく、そんなわがままが通ったね……」

「男性が過ごしやすい環境を提供するのは、お店側の義務ですから。それに無用な騒動が避けられるので向こうにもメリットがあります」

 確かに水着や下着売り場に男性がきたら、どうなるか分かったもんじゃない。取り囲まれてセクハラされるのは間違いないだろう……想像しただけで背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。今回は、わがままを通して良かったかもしれない。

 10分後、上下の分かれたビキニタイプが20種類ほど運び込まれてきた。ビキニタイプと言ってもブラの部分が三角形になっている三角ビキニやタンクトップタイプのタンキニ、チューブトップビキニなど色々な種類がある。なぜこんなに詳しいかというと、彩瀬さんが丁寧に説明してくれたからだ。どうやら水着は、僕に選んで欲しいらしい。

「ユキトは、どんな水着が好みかな?」

「選ぶのはいいけど試着はどうする?」

 そう、この場には更衣室がないので試着ができない。サイズが合わなかった場合、かなり危険なことになりそうなので、試着したほうがいいと思うんだけど。どうするのだろう?

「ユキトが後ろを向いている間に、ささっと着がえるよ!」

 とんでもないことを言い出しだ! ダメでしょ! 楓さんに止めてもらおうと視線を向けると彼女も同意するように頷いていた。え……ありなんだ。この水着選びは、僕のセンスと同時に理性も試されるようだ。

「ふ、二人ともそれで良いなら問題ないね……」

 ここで抵抗してもあまり意味がないので、しぶしぶ納得する。さて、水着選びはどうしよう。二人とも「ユキトが似合うと思ったものを買う!」と言っていたので、意見を聞くことはできない。

 彩瀬さんは明るいけど、少し天然が入っている。フワフワした性格だし、フリルがついたビキニがあいそうな気がする。僕はシンプルなデザインが好きだけど、きっと彼女は派手なデザインが好みなはずだ。楓さんは真面目でスポーツ万能なイメージだ。家ではいつもホットパンツを履いているし、ボーイッシュなビキニが似合いそう。

「この水着が似合うと思うよ」

 そういって手に取った水着は二つ。一つは、白い下地にピンク・紫・黄色といった色とりどりの花柄がついているフレアビキニ。もう一つは、黒の下地に赤と白のラインが入ったボーイレッグのビキニ。これを、彼女たちに手渡した。するとすぐに「試着するね!」といって脱ぎ出したので、慌てて後ろを向き目を閉じる。

 カチャカチャとベルトを外す音が聞こえ、しばらくするとバサッと服が落ちる音が聞こえる。今のはパンツを脱いだ音かな?

「わー! その下着かわいい!」

「勝負事のときには必ずつけている、自慢の勝負下着なんです」

 しょ、勝負下着……。二人の下着姿をイメージしてしまい、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。彩瀬さんのことだ、わざと会話をして僕を試しているに違いない。けど、彼女たちの会話を聞いてから妄想が止まらない! 今だけは、本能に負けてしまった彩瀬さんの気持ちが少しわかる気がする。

「着替え終わりました。こっちを向いてください」

 理性と本能が戦っている間に着替えが終わっていたようで、声をかけられた。慌てて振り向くと、金髪とフリルの組み合わせでちょっと色っぽい高校生といった感じの彩瀬さんと、引き締まった体にぴったりと吸い付き健康的な色気を感じさせる楓さん。予想通り、二人とも選んだ水着が似合っている。

「二人ともすごく似合っているよ。キレイだ。」

 思わず口からこぼれた。二人とも少し恥ずかしいようで、顔を下に向けて足を内股にしてこするように動かしている。こういうときは、シンプルな言葉が一番効くのかもしれない。しばらく水着姿を堪能してから服に着替え直し、二人から水着を受け取る。

「この水着は僕が買うよ。二人にプレゼントしたいんだ」

「え? いいの?」

「うん。さっき頑張ってくれたしね」

「ありがとう! それならカードケースは私と楓さん二人でお金を出す! 私たち二人からのプレゼントだよ!」

「それは良いアイデアですね。プレゼント交換。良い響きです……」

「会計を終わらせて早く帰ろう」

 僕の提案は喜んでもらえたようだ。二人からの許可も降りたので店員に来てもらい、この場で会計をして《レフト》から出る。自動ドアを開けて少し歩いたとおもたら、前にいる彩瀬さんが急に立ち止まり、真剣な眼差しで僕らの方に振り返った。

「さっきの女が、近くにいるよ! コースを変えない?」

「それなら、原宿方面から宮下公園に入って駅前まで行こう」

「……でも、あそこはーー」

「やばい見つかりそう!」

 見つかったらまた鬼ごっこが再開してしまう。二人の手をとって僕が先頭になって小走りで、宮下公園に向かって移動する。幸い、宮下公園を使うとは思わなかったようで、ナンパしてきた女性たちに会うことなく無事に宮下公園の中に入った。

「なんとかなったね」

「ユキト。非常に言いにくいのですが休日の宮下公園は危険です。すぐに別の場所に移動しましょう」

「どういうこと?」

「平日は普通の公園ですが、休日はいわゆるヤンキーの溜まり場になっているんです。特に、ここの広場は危険です」

 前世ではそんなことにはなっていなかったので、油断していた。まさか都会のど真ん中にある公園がヤンキーの溜まり場になっているとは思わなかった。すぐに通り抜けなければと思って歩き出した途端、ハスキーな声が耳に響く。

「お兄さん。そんなに慌ててどこに行くの?」

 僕の行動は遅かったみたいで、茶・金・赤といった色とりどりの髪色をし、ダボダボなジャージを着ている女性たちに囲まれていた。

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