男女比が偏った歪な社会で生き抜く 〜僕は女の子に振り回される

わんた

8話

 事件のせいでかなり疲れているけど、昼食を食べてから午後の授業を受けなければならない。さらに帰ったら、母さんに鈴木さんを紹介しなければならないし、炊事洗濯をしなければならない。あれ? 今日という一日は、人生でも一番長い日になるかもしれない……。

 そんな無意味なことを考えながら食堂に入り、定食を頼んで個室席に座る。この学校の食堂は、8人が同時に食事ができるテーブル席と、木の壁に囲まれている半個室状態の4人掛けの席。そして、ドアつきの完全個室の3タイプがある。

 大人数で騒ぎながら食べたい時は長いテーブル、親しい友達と食べたい時は半個室席といった感じに使い分けるそうだ。個室席は男性と同伴なら利用でき、特定の女性と親しくしたいときに利用する。もちろん、万が一に備えて監視カメラは付いているので、何が起こっても安心だそうだ。

 僕たちは、かなり遅れて食堂についたため順番待ちせずに食事をもらって、個室席に着くことができた。今、僕の目の前にある生姜焼き定食から作りたての湯気が見えている。思わず喉を鳴らしてしまうが、絵美さんと楓さんは、僕のことを襲った鈴木さんを睨んでいるし、鈴木さんは僕を見つめている。

 校長室を出てからずっと僕たち4人に会話はなし、席に座っているのに誰も手をつけようとしない。仕方がないといえばその通りなのかもしれないけど、転校初日からこれだと先が思いやられる。

「いただきます」

 空腹に負けてしまいそう言ってから食べ始めると、それに続くようにみんなも食べ始めた。

「カチャ……カチャ……」

 食器の音が響くだけで会話はない。この空気の重さには耐えられそうになく、そろそろ限界だ。そう思って先に席を立とうとした瞬間、絵美さんが音が出るほどの勢いで箸を置き、鈴木さんに向かって少し怒っているような声色で話しかけた。

「鈴木さん。あなた、ずいぶん楽しそうに見えるけど本当に反省しているの?」

「ユキト君と苗字が同じなので、下の名前で呼ばせていただきます。絵美さん、私は深く反省すると同時に感動もしています! 出会ったばかりの女性に優しくできる男性が、この世の中にいるなんて今でも信じられません」

 男性にとって親しくない女性には無視したり冷たく接するのが常識だ。優しく接すればハーレムに加えてもらえると勘違いしてしまう女性がでてしまう。それはお互いに不幸だ。でも僕の場合は、「男女関係なく人に優しくしなさい」と母さんに教えられてきたし、前世の価値観とも合うので、悪人でない限り冷たい態度は取らないようにしている。鈴木さんは、その態度に感動したのだろう。

「保健室のベッドで目が覚めたとき、《私、終わった》と思いました。当たり前ですよね。男性に襲いかかろうとしたんですから。でも、今回の事件を警察沙汰にしない上に、ユキト君の側にいて良いと提案してくれました。普通の男性なら拒絶するのに……ありえないですよね? 今まで経験したことがない、優しさと暖かさを感じました」

 話を聞くのが徐々に恥ずかしくなってきたので、スマホを取り出しネットスーパーのアプリから晩御飯の材料を買うことにした。

「確かにユキちゃんは、他の男性と比べられないほど優しい男性です。でも、そこにつけ込むなら許さない」

 あ、今日はひき肉とトマトが安いぞ。配達時間は16時にしようかな。男性限定だけど細かく時間指定できるのは便利だな。

「私は罪を犯した人間です。弁えています。それでもユキト君の近くにいる喜びは抑えられそうにありません。申し訳ございません」

 今晩は、ドライカレーにしよ。

「ユキちゃんは良い男なんだから、それは仕方がないね。でも、あなたにはやらなければいけないことがある」

「はい。先ずは私の家族に事情を説明します。夜には、ユキト君のお母様に直接謝罪したいと考えています」

「そうね。そうしなさい」

 注文も終わったし、これ以上は耐えられそうにないので席を立つことにした。

「教室に戻るね」

 鈴木さんが慌てて後を追い、一緒に戻ることになった。クラスに戻るとクラスメイト全員が僕らを見ている。ハーレムに所属していないクラスメイトは口を半開きに唖然とした表情をしている。きっと、「上手いことやりやがって」と勘違いしているのだろう。

 残りの江藤君と周囲にいる女性は目を鋭くしてこちらを、にらみつけている。彼らに憎まれるような理由は心当たりがないんだけどな。そんな疑問を抱きつつも、すぐに席に着き残りの授業を受けることにした。



 午後の授業も問題なくついていけた。やっと全ての授業が終わったので、余計なことはせず帰ることにしよう。

「鈴木さん、帰ろう」

 ナイロン製のスクールバッグを右肩にかけながら声をかけると、幸せそうな笑みを浮かべた鈴木さんと一緒に教室をでて廊下を歩く。遠巻きに見ている女性たちがざわついているが、気にしないことにした。

「ユキト君は、車で通学しているの?」

 廊下を一緒に歩いているが、すぐに触れそうな距離感だ。僕は距離感を測りかねているのに、鈴木さんは積極的だ。彼女の方が10cmほど背が高いので、肩が触れ合うとはいかないのが残念だけど。不良っぽい見た目とは違い、人懐っこいようだ。

「そうだよ。見ての通りハーレムを抱えていないからね」

 そう言って両手の腕を見せる。そこにはメンバーの数だけつける腕輪がなく、ハーレムを作っていなことが一目でわかる。

「なんで? 作らない理由を教えて!」

「……仲良くなれたら教えてあげる」

「頑張る!」

 前世のせいで恋愛・結婚に臆病になっていると言っても意味がないので、「君とは、深い話をするほど仲良くないよ」と釘をさすつもりだったのだが、鈴木さんの返答で自分が失言したとに気づいた。きっと「これから、私と仲良くなるつもりなんだ!」と勘違いしているだろう……この失言のフォローは未来の自分に期待しよう。



 時刻は16時。ネットスーパーから食材が届いたので、晩御飯の準備をしている。ドライカレー・ポテトサラダ・トマトスープにする予定で、今はカレーのルーを作っている。できる限り手作りにして欲しいと母さんに言われているので、カレーのルーやソースといったものは、すべて手作りにしている。味が安定するのに数年かかった。

 働いている母さんの代わりに絵美さんが、事件のあらましを鈴木さんの家族に伝えた結果、今日は我が家に泊まることになったので、着替えといった生活必需品を持って来るために、絵美さんが運転する車に乗って実家に戻っている。楓さんは日課の筋トレのため地下室にいる。

 トントントンと、包丁でまな板をたたく音が響き渡る。静かな時間だ。

 花婿修行で始めた料理だけど、今ではこの時間が何より好きだった。それから30分程経過すると静寂を破るように車のエンジン音が聞こえ、絵美さんと鈴木さんが帰ってきた。

「いい匂いがするね! 今日はカレーなの?」

 重そうな荷物を気にすることなく元気な声で鈴木さんが晩御飯のメニューを言い当て、絵美さんが深いため息をついたのが印象的だった。

「うん。そのつもり。母さんが帰ってきたらみんなで食事する予定だから、それまで荷物を片付けておいてね」

「料理楽しみにしているね!」

 トイレの出来事は夢だったのではないかと錯覚してしまうほど、今の鈴木さんは明るく人懐っこい。今は事件が起きたばかりなので、母さんたちとの関係は少し悪いけど彼女の性格ならすぐに仲良くなれるだろう。



 母さんが帰ってきたのは、それから4時間後の20時頃。料理や片付けがひと段落して、みんなでリビングでくつろぎ、テレビを見ている時だった。

「ただいまー」

 母さんの声が聞こえたので、テレビを見るのを中断して玄関まで迎えに行く。

「おかえりなさい。カレーを作ったから一緒に早く食べよ」

 そう言って母さんのバッグを受け取ろうと腕を前に出すと、顔を左右に振ってから僕の後ろを睨みつけた。気になったので後ろを振り向くと、いつの間にか鈴木さんが後ろに立っていて、さらにその奥には絵美さんと楓さんが仁王立ちしている。これから鈴木さんの謝罪が始まることに気づき、母さんと鈴木さんが話しやすいように廊下の横に移動して静かに見守ることにした。

「初めまして。今回、神山ユキト君に大変なご迷惑と、それ以上のご厚意をいただいた鈴木彩瀬です」

「そう。あなたが鈴木さんね」

一言つぶやいてから、通勤用のバッグを僕に渡して鈴木さんに近づく。母さんの声は、いつもより声が低いように感じた。

「あなた、よくも私の前に立てたわね」

「パン」と乾いた音が廊下中に響き渡り、気がつくと鈴木さんの左ほほをたたいていた。驚いて母さんの顔を見てしまった。

「私の大切な子に、大層なことをしてくれたわね」

「本当に申し訳ございませんでした! いまから警察に行けと言われれば、すぐに行くつもりです」

 視線を下鈴木さんの方に戻すと、いつの間にか土下座をして謝罪をしていた。

「……ですが、もし少しでも謝罪を受け入れる余地があるのでしたら、お約束通りユキト君の側に置いてもらえないでしょうか! そのためでしたら、どんな無茶なことでもします! 都合の良いお願いかもしれませんが、お願します!」

 土下座の体制から微動だにせず、彼女は言い切った。1分程度だろうか? 固唾を飲んで見守るなか、ため息をしてから母さんが口をひらいた。

「元々、そのつもりよ。今日は会社を早退して、あなたの母親に会って今後について色々と話してきたわ。とりあえず、今日からこの家に泊まって良いわよ」

 今の一言に僕が驚いてしまった。この16年間で母さんが、会社を早退したことなんてなかった。家庭も大事にするが、仕事も完璧にこなす。それが母さんだ。そのために信頼できるベビーシッター兼ボディーガードとて妹の絵美さんを雇っているし、この家だって自分が留守の時に何があっても大丈夫なよう、立地や設備を整えるのに苦労していた。そんな人だからこそ会社を早退したという事実を、僕だけは重く受け止めなければならないだろう。本当にいつも迷惑をかけてしまっている……。この好意は、いつか必ず返したい。

「はい! よろしくお願いします!」

 元気よく立ち上がり、はっきりした声で返事をしている。だが、本人は至って真面目にやっているのだろうが、敬礼はやりすぎだ。母さんも毒気を抜かれたようで今日の事件についてはこれ以上、何かを言うつもりはないらしい。

「これから6ヶ月間は、ずっとこの時計をつけててね。あなたの行動を監視するものだから」

 そう言って母さんは時計型のウェアブルデバイスを渡し、鈴木さんは嬉しそうに受け取っている。普通、監視されると知ったら嫌なはずなのに。この世界だと監視したり、されたりするのは当たり前なのかな……。

「姉さん。それでいいの?」

「寝る前に私の部屋に来て。今後の予定について話すわ」

 絵美さんが会話に入ってくるが、母さんはここで絵美さんと話す気はないらしい。寝る前の会話が非常に気になるが、さすがに聞き出せないだろう。

「さて。言いたいことは言ったし、ユキちゃんが作ってくれたカレーを食べましょう」

 母さんのバッグを持ったままボケーっとしていた僕を置いて、みんな先に行ってしまった。慌てて追いかけ追いかけてご飯をよそう。さすがに和やかな雰囲気とはいかなかったが、今日のお昼ほど険悪な雰囲気でもなかったので、気になっていた1年3組について色々と話を鈴木さんに質問してみた。

 その結果、2つ分かったことがある。

 まず一つめは、江藤ハーレムについて。管理方法は階層主義らしく、階層のトップにいる幼馴染とその他数人のお気に入りとだけ仲良くし、その配下にいる女性たちは便利な駒として使われているらしい。これは男性にとって、気を使わなければいけない女性が少ないためハーレムの管理は楽だが、階層の低い女性にとってはトップにいる人たちが邪魔で仕方がなく、ストレスが溜まりやすい。一般的な管理方法ではあるが、母さんからは、やってはいけない管理方法として教え込まれている。

 二つめは、残りのフリーの人たちについて。単純に江藤君の好みじゃないため断られた女性が多いらしく、「江藤君のハーレムに入りたくない女性」は、鈴木さんを含めて2人しかいないらしい。また、数日前から男子が転入してくる噂が広がっていたらしく、フリーの人たちはチャンスだと思って僕を狙っているらしい。けど、鈴木さんが出し抜いたように見えるはずで、すぐに行動に移す人は少ないだろうと予想している。仮に行動に出られても、ハーレムを作る決心がついていないので断る方向だ。



◆◆◆

「おやすみなさい」

 挨拶をしてから2階の部屋にあるベッドに入り、鈴木さんに襲われた事件を思い出す。誰も傷つけることなく事件が収束したのは良かったけど、箱入り息子として育ってきた僕には、鈴木さんの暴走本能は恐ろしかった。しかし、本能とはここまで制御がきかなく、強いものなのか? まだ、病気だと言われた方が納得できる。

 僕は今の世界を「男女比が偏った環境による選択圧の結果、生殖本能が弱い女性が死に絶え、強い女性が生き残り環境に適応した」のだと思っていた。でも、今日の事件のことを踏まえると、この世界の女性は過剰に適応しているとも考えられる。DVで苦しむ奥さんが「私がいないとこの人はダメなの」と考えるようになって離れられなくなるように、「私(=女性)には男性がいないと生きていけないの」といった考え方に変化している途中なのではないだろうか? この考えの行くつく先は、数少ない男性を暴力で奪い合う未来が待っている。幸福な未来とは、ほど遠いだろう。

 ……そんなことが予想できたからといって、今の自分にできることは何もないし、この世界のあるがまま受け入れて生きていくしかないのだろう。それに日本に来たばかりで疲れているから、ネガティブな思考をしているかもしれない。早く寝よう。

 今日の事件は全て丸く収まったのに、最後は暗い気持ちになって寝ることになってしまった。

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