最果ての帝壁 -狂者と怪人と聖愛の女王-

極大級マイソン

第33話「グループがいっぱい」

 第33話「グループがいっぱい」

「さ、桜さぁぁぁん!!」
「おぉぉいっ、桜さんがなんかに踏み潰されたぞぉ!?」

 そのようなことを叫びながら、将棋部部室前に集っていた他校の生徒徒達が騒ぎ始めた。
 集団をよく確認して見ると、その全員が男子生徒のようだった。ウチの高校の黒い学ラン服とは違い、向こうは紺色のブレザーと赤いネクタイを締めている。まあ、中にはネクタイをしてなかったり白シャツのみの者などまちまちではあったが、概ねはそんな感じだろう。
 そして、『桜』と呼ぶ人物が誰なのか。
 言動から察するにNogiPodΣの下敷きになっている人物のことを指しているようだ。
 下敷きになった者の確認をする。すると、その人の外見から察するに、どうやら下敷きになっているのは、他の男子とは異なり、華奢な身体をした"女子生徒"であることがわかった。

「……………取り敢えず、助けるか」
「あ、はい」

 すると樋口は、巨大化したNogiPodΣを両腕で持ち上げる。機体は発泡スチロールのように軽々と持ち上がり、中鉢はその隙に下敷きにされていた"桜"という人物を引っ張り出した。

「も、もしもーし?」

 中鉢は、救い出した少女に恐る恐る声を掛ける。少女はぐったりと倒れていたが、やがて少しずつ腕を動かし、のろのろと身体を起こした。

「う。…………い、一体、何が起こったんだ…………?」
「大丈夫ですか?」

 中鉢が再び声を掛ける。

「おお、お前は誰だ? ……というか、ここは何処だ?」
「ここは、私たちが通う高校です。貴方は、どなたですか? ていうか、ちゃんと自分の名前言えますか? 記憶喪失とかなってませんよね?」
「ん、えっとぉ……。うちの名前は、永江野ながえのさくら。……ああ、大丈夫。ちゃんと覚えてる」
「良かった」
「ああ、良かった。…………じゃなくて! こんな事している場合じゃないんだ、うちは彼奴らと……」

 そして、永江野桜と名乗った少女はばっと起き上がり、周辺をキョロキョロと見渡した。

「あ! お前は!?」

 その瞬間、永江野はビシッとある一点を指差した。
 彼女が指し示したのは、部室の玄関口で佇んでいた将棋部と生徒会の一行。その中で、1人巨大化したNogiPodΣを片隅に退かしている人物を指していた。

「……樋口先輩?」
「ん? ……何だ、誰かと思えば見知った顔だな」

 樋口は、起き上がってきた永江野を一瞥してふと呟いた。どうやら知り合いのようだ。

「樋口秋人! この前はうちの子分達が世話になったらしいそうだな! その借りを返しに来たぜ!!」
「……なんの話だ?」
「トボけたって無駄だ! 先日、路上で仲間とフラついているところを襲撃されたって、こいつらから証言が取れてるんだ!」

 永江野が叫ぶと、後ろにいた男子生徒らが「そうだそうだ!」と声を合わせた。
 よく見ると、そこにいる生徒達の何人かがあちらこちら擦り傷や打撲等の怪我をしているようだ。
 樋口がハァッとため息をつく。

「人違いだ。俺がお前らみたいな雑魚集団を相手にする訳ねえだろう」
「ムキーっ!! こいつ、言わせておけば!! もう、話す必要はないな。全員で囲ってしまえ!!」
『おおーーーーーーーーーーっ!!』

 永江野が号令し、その声と同時に後ろにいた集団もまた、怒声をあげて樋口の元へ殴り込みに行った。
 状況がまるでわからない中鉢は、取り敢えず襲ってくる集団を無力化するところから始めた。

「あの、落ち着いてください!」


 ----その瞬間、中鉢の異能が発動された。


「………………うう!?」
「な、なんだ? 急に、気分が…………、! オロロロロロロロッッ!!」

 まさに阿鼻叫喚。
 幾数十人は集ってた男子生徒達は、謎の眩暈と嘔吐に苦しまれ、まともに立ち続けることもできず、訳もわからず全員がドォっと倒れた。

「なっ!?」
「あの、樋口先輩? この人達誰なんですか? お知り合いですよね」
「知り合いっちゃあ知り合いだが……。さて、何処まで話すかな……」

 樋口が顎に手を当てて考え込む。
 一方で、自分の手下を一瞬で行動不能に陥らされた永江野は、呆然とした表情で倒れた仲間を見やる。
 そしてぐるりと振り返り、中鉢の方を向いた。

「こ、これ! お前がやったのか!?」
「え? ……あ、はい。ストレスによる軽い腹痛等を起こしたんです。しばらくすれば治ると思いますが……」

 中鉢は、申し訳無さそうに永江野に目を合わせる。
 永江野は歯噛みしていた。

「くっ! まさかあの3人の他にこんな隠し球がいたとは……。お前、名前は!?」
「……中鉢、木葉です」
「中鉢か……。うちは永江野桜って言う」
「永江野、さん。よろしくお願いします……」
「よろしく? 違うな、敵として見たんだ。お前が何処の誰かは知らないけど、うちの子分をまた苦しませたのは万死に値する」
「……あれ? もしかして私、まずい事しちゃいました?」

 中鉢は嫌な汗を浮かべる。中鉢としては、ほんの自己防衛のつもりで力を放ったのだが……。

「樋口先輩! 誰なんですか? この人達誰なんですか? 取り敢えず今はそれだけが聞きたいんですが!」
「《ブロッサム・ピンク》だ。"植物連鎖テンタクルオーバー"っていう異能を使う永江野桜を筆頭に立ち上げられた、この辺を根城にする数ある不良グループの1つだ」
「え? ……じゃあ、さっき軽井沢先輩日ノ本先輩が向かった場所にいる不良グループっていうのは?」
「その数ある内の1つだろう。何処のグループかは、知らないがな」
「ええ〜〜?」

 この時、中鉢木葉は1つの真実にたどり着いた。
 曰く、不良というのはたくさん居るらしい、ということ。そして同時に、自分はヤバい奴と関わりを持ってしまった、ということにも気付いた。
 不良に敵意を向かれるなど、彼女の人生で未だ嘗てない事例である。控えめに言って緊急時代だ。

「…………それで、あの人と樋口先輩の関係は?」
「あー何と言えば良いか。……まあ、敵だ」
「敵」

 それは良くない。しかも聞いた限り、永江野桜という人物は異能者のようだ。
 中鉢は、そんな相手と敵対したくないし、言ってみればただの不良でも相手にしたくなかった。

「まずは中鉢木葉! お前から先に蹴散らしてやるぜ、敵討ちだ!」
(ほらなんか既に敵意剥き出しだし!)

 ……しかし、実際のところを言えば、中鉢はそこまで永江野に対し警戒してなかった。
 何故ならこの場にはたくさんの異能者がおり、その誰もが戦いの心得を持っている人達だからだ。自分が前に出ずとも、他の皆がきっと助けてくれる、と確信を持っていた。
 そして中鉢の予想通り、彼女を手助けしようと前に出る者が現れた。
 率先して立ちはだかったのは天願寺響鬼。そしてその後に尾崎と有沢が、天願寺の後ろに待機して様子を見ているようだ。

「……他校の方ですね。ボクは生徒会長を務めております、天願寺と言います。……名札を付けておられないようですが、本校の事務室で手続きは済ませましたか? 外部の方は、手続きを終わらせなければ、学校の敷地内に入ることは出来ません。大変お手数ですが、事務室で許可を取り次第、改めてお越しください」
「な、何だとぉ〜。普通に適切な対応をされたぜ! でも、うちはワルだから、そんな正論には耳を貸さないぜ!!」
「流石は不良なの!」
「感心している場合じゃないから。……あの、樋口に用があるなら、出来れば校外でやって欲しいんだけど……」
「むぅぅ」

 永江野は不服な顔をして、周りの状況を確認した。
 最初連れて来た子分達は死に体と化し、残っているのは自分1人だけ。対し向こうには未知数の力を持った異能者が居るとなると……些か分が悪いと言える。

「……それでは、ボクはこのあと用事があるので失礼します。皆んな、ボクは先に行く」
「あ、やっぱり1人でもコンビニに行くんだ」

 NogiPodΣという足が無くなった以上、尾崎が例のコンビニに移動する手段は無い。ともなれば、天願寺は1人で彼奴の元へと向かうだけだ。
 天願寺は皆を置いて走り出した。何が彼女をそこまでさせるのか分からぬまま、無刀の剣士は全速力で校内を走り抜ける。

「……何かあったの?」

 永江野が問う。彼女からしてみれば、いきなり部室の壁が崩れて下敷きにされて、訳がわからないことだらけだろう。

「ああ、青春してるんだよ」

 樋口が適当に答えた。

「そっか。……何か、想定外のことだらけだし、見たところもう1人の奴は居ないみたいだな」
「彼奴はコンビニに行った。当分は帰らないだろうな」
「そっか。…………んじゃあ、うち達は帰るわ」
「おう、もう来んなよ」

 ……どうやら、永江野達はこのまま帰ってくれるそうだ。
 何だ、思ったよりあっさり引き下がってくれるんだ、と中鉢はホッと安堵する。
 永江野、体調不良を起こした仲間にそっと手を貸し、何とか全員を立ち上がらせて彼らを校外へと移動させる。
 これで、残ったのは永江野桜だけだ。彼女は一度こちらを振り向いて、ふむと皆を一瞥して、仲間達と一緒にこの場を出て行こうとする。

「あ、でも」

 そして最後に、永江野が思いついたように呟いた。
 彼女はくるっとまた皆の方を振り向き、徐に地面に片手を着いて、


「----帰る前にうちの実力、最後に魅せておくわ」


 途端、震動が起きた。

「わっ!」
「とと、地震か?」

 中鉢らが叫ぶ。否、正確にはこの揺れは地震ではなかった。
 そして、直後に地面から現れたのは、巨大な『つる』だった。
 一目で数十メートルは及ぶとわかる、この世のものとは思えない非現実的な蔦が皆の前に伸び、海の波に揺れるワカメのようにニュルニュルとイヤらしく蠢いていた。

「…………」

 樋口は黙したままその様子を眺めていた。そして永江野は、地面に片手を着いた状態で樋口にニヤリと口角を上げた。
 ……そう、これこそが永江野桜の異能力。
植物連鎖テンタクルオーバー】、樹木生成の能力。
 永江野は、数本の蔓を生み出し、それを勢いよく樋口目掛けて叩きつけた。
 ----そして、


「うざい」


 一閃。
 直後、体長数十メートルに及ぶ蔓は瞬く間に連断された。

 現象としては、天願寺響鬼も異能、"裸の王剣ファントムブレイド"に近い。
 ただ、無刀の力を振りかざす彼女と異なる点は、樋口秋人がいつの間にか『刀』を所持していたことだろうか。
 一瞬のことで、中鉢木葉は何が起こったのか分からなかった。蔓はズシンと音を立てて地面に落下し、落ちた蔓は力尽きたのか、気が抜けたように蒸発した。

「……ぷっ!」

 と、  突然永江野が吹き出した。

「あっははははは! …………やっぱ、強いな」
「これで? あんなデカいだけの蔓、生徒会の奴らでも対処できるぞ」
「あ、そう。それじゃあそいつらも強いんだな。しゃーない、今度こそうちは失礼するよ。……今度は数を揃えてまた来る」
「もう来んな」

 そう2人は話し合って、永江野は今度こそ、その場を後にした。
 後に残ったのは、蔓が生み出された際にできた、地面の大穴だけである。

「……元に戻してから帰れよ」
「あ、あのぅ。色々聞きたいことはあるんですが……」

 と、中鉢は永江野が去っていくのを見送りながら、そろそろと樋口の居る所まで近づく。彼は一振りの刀を曝け出し、普通に銃刀法違反で捕まってしまいそうだ。

「……取り敢えず、外での問題を校内まで持ち込むのは辞めてください」
「心当たりが無いんだが……。まあ、後で春太にでも聞くさ」
「問題はまだ残ってます。玄関口の破損とか地面の大穴とか、あと生徒会室が血塗れなのも何とかしないといけません」
「……安心しろ。アテはある」

 樋口がそう呟くと、皆はお互いに目を合わせ、静かにこくりと頷いた。

    ***

 1時間後。
 もうそろそろ日も暮れかけてきたこの時間帯に、彼奴は帰って来た。

「帰ったよー! いや〜今日も平和のために働いたね〜。……何で玄関壊れてるの?」
「ああ、お帰りなさい軽井沢先輩。今日は先輩にプレゼントがありますよ」
「本当に!? はっは、頑張った甲斐があったよ! 何が貰えるのかなぁ〜………………何これ?」

「請求書です」

 ----この日、軽井沢春太の口座から、数百万の金が引き落とされた。

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