最果ての帝壁 -狂者と怪人と聖愛の女王-

極大級マイソン

第30話「理想郷の野望は遠く」

 中鉢が裏庭にやってくると、そこでは将棋部の軽井沢春太と生徒会長の天願寺響鬼が攻防を繰り広げているという場面だった。まあ、実際のところは天願寺が一方的に軽井沢を斬り裂き、軽井沢はそれになされるままという感じだったが。
 天願寺響鬼の異能"裸の王剣ファントムブレイド"、無刀斬撃の能力。
 刃物などを使わなくても念じるだけで対象の斬りつけが可能、さらに離れた対象にも異能者の念じ方次第で斬ることが出来る。五感を鋭くし、常に周囲を警戒していれば敵の奇襲にも即座に反応し、奇襲者より先に相手を斬れる。非常に攻撃的で優秀な異能だが、この異能には高い精神力とそれを継続させる忍耐力が必要となる。
 しかし天願寺の研ぎ澄まされた連撃は途絶えることなく軽井沢を捉え続け、次々と必殺の一撃を放っている。軽井沢は何度もその剣を受けるが、数秒後には何事も無かったかのように再生してしまう。軽井沢から噴出した血は周囲を汚していくが、その血は軽井沢が復活すると同時に蒸発し、後には何も残らなくなっていた。

「まったく、君らもしつこいなぁ〜。もう僕と戦っても勝ち目ない事くらい分かってるだろうに」
「……勝てるか勝てないかではない。お前のような危険人物を野放しにしたくない、だから戦うんだ。少なくともボクはな」
「天願寺は僕のことが嫌いだからねぇ〜、まあその自覚はあるつもりだよ。でも今回の場合、悪いのはそこのショタコン何だから、ここは矛を収めて欲しいんだよね」
「確かに、今日悪いのは主にあたし達ね。あたし達って言うか、桐谷が悪いわね」

 そもそもの問題が何なのか、それは桐谷が冬夜を拐った事にある。しかし桐谷はそれに関して何ら悪びれてなく、寧ろ皆に諭すように口を開く。

「皆さん、人間の三大欲求が何かご存知ですか? "食欲"、睡眠欲"、そして"ショタ欲"」
「おかしい、最後のおかしいから!」
「男の子を愛でることの何がおかしい!? わたくしは自己的に、かつ人間的に自身のショタ的欲求に従っているだけです!! 今尚続いている日本社会の男女差別は、わたくしのような者には大きな貢献を与えてくれている。男が幼子に手を出すのは犯罪ですが、女が幼子に手を出しても罪に問われない。そう、わたくしの行為は法の呪縛にも囚われない、世間の目から見ても『知り合いのお姉さんが子供と遊んでいる』ようにしか捉えられない和やかな風景があるだけ! つまり、法にも世間にも悪と看做されないわたくしは、極めて健全で社会に全うした存在だと仮定出来るのです!!」
「その自己的欲求を性欲を発散するために、うちの後輩が軽いトラウマを抱えてるんだぞ!? その罪の意識はないのかよ!」

 軽井沢が珍しく真っ当な意見を述べる。
 しかしそれでも、桐谷症子は悪びれない。

「性欲ではない、ショタ欲だ! まあそれも時間の問題です、わたくしと冬夜くんがともに蜜月を過ごす…………もとい、仲良くしていけばあの子も次第にわたくしに打ち解けてくれるはず。既に"意識改革"の準備は済ませています。具体的に言うとベッドの準備は整えています」
「こいつ、無理やり連れ込んで既成事実を作る気だぞ! 言い逃れできないレベルの犯罪者だ!!」

 軽井沢は大声を上げて桐谷を非難するが、当の桐谷は何も聞こえてない様子で彼と目を合わせようとしない。これが正義の生徒会なのかと、軽井沢は内心絶望していた。
 そして、間に入るタイミングを見計らって中鉢が皆が集まる場所へ近づいていった。皆もそれに気づいたようで、一斉に中鉢がきた方向に視線を向ける。

「ああ、中鉢さんも合流してくれたんですね。良かった、貴方がいれば百人力です。一緒にあの軽井沢あくとうを倒しましょう」
「…………桐谷先輩。取り敢えず、先輩は日ノ本先輩に謝りに行ってください。あと親御さんと、もちろん冬夜くんにもですよ?」

 中鉢の視線は険しかった。彼女にしては珍しく、それは先輩に対する侮蔑の目だったのだ。
 そんな中鉢を見た有沢は、自身の自己防衛センサーに彼女から危険信号が発せられているのに気づいた。

「症子先輩、どうやら木葉ちゃんは相当ご立腹みたいなの。ここは素直に謝った方が良いと思うの」
「うーーん。……おそらく、中鉢さんは何者かに暗示か何かを掛けられているのでしょう。そのせいで彼女はわたくしに非難の目を向けているのだと推測されます。このわたくしが謝る道理などあるはずがないのですから。謝る道理など無いのですから!!」
「一体どういう人生を歩んできたら症子先輩のような性格になってしまうの!?」
「炎乃ちゃん、危ないからこっちに来て。木葉ちゃんも、あたしが守ってあげるから」
「わぁーい!」

 有沢は満面の笑みで尾崎の胸元に飛びついた。

「じゃあこの変態は僕の手で断罪してやるよ。現れろブラッド・ドール!!」

 そう言って軽井沢は、自分の腕を反対の手でへし折り、引き千切った。するとそこからは当然のように血が大量に噴出し、その血がみるみる形を変えて先ほどと同じ血の怪物を生み出されていった。しかし先ほどと違う部分があるとすれば、現れた怪物は複数体存在するところで、総勢40体ばかり生まれた事であろうか。
 血の怪物は桐谷の周りに障害となる形で取り囲み、桐谷の退路を塞いでしまう。……しかし、そんな怪物に囲まれた中でも、桐谷は表情を余裕そのものだった。

「ふっ、こんな肉の壁……ではなく血の壁如きでわたくしを捕らえられると思うなど笑止千万!! 何故なら、鎖で移動していけば簡単に脱出できるからでーす!!」

 そう言うと桐谷は、自身の手のひらから鎖を出現し、それを使って空中へ逃げようとする。
 それを見た中鉢は、天願寺の方を振り向いた。

「会長、あの鎖をぶった斬ってください! 早くっ!!」
「え、いや、しかしそうしたら桐谷は軽井沢春太に……」
「悪いことをしたのに逃げるなんて、正義を重んじる生徒会が見過ごして良いはずがありません! 桐谷先輩を捕まえます! 会長、鎖を斬って!!」
「いや、しかしボクは……」
「天願寺さん………………」
「あーーわかった! 桐谷を止めるから、上目遣いで懇願するような瞳でボクを見つめないでくれ!!」

 天願寺は、中鉢のつぶらな瞳の直撃を受けて顔を真っ赤にし、桐谷の鎖を能力で斬り絶った。

「あぁ!? 会長、わたくしを裏切りましたね!!」
「いや、別に犯罪の片棒を担ごうとは思っていないが……」
「観念しろ桐谷、お前の野望もここまでだ!」


 軽井沢が言う放つ。逃げる手段を失った桐谷は、怪物達に完全に囲まれ隙が無い。桐谷の逃避行も最早これまで、と皆が思ったその時、桐谷はにやりと笑った。

「ふっふふ、なるほど……。逃げる隙はない、逃げる道もない、となれば、わたくしの出来る手段は一つ。そう、"逃げ道を作ること"!!」

 瞬間、桐谷の周辺に大量の鎖が一斉に出現した。
 その数、ゆうに数百本まで及び、その鎖達が桐谷の周りを踊るようにうねり始めた。

「"蛇鎖の大行進ダイダロスアクション"ッッ!!!! わたくしが生み出した数百本の鎖の猛進で、この場の全員まとめて蹴散らして魅せましょう!!」
「こいつ……あたし達まで巻き添えにする気!?」
「『昨日の味方は今日の敵』、わたくしの味方をしない者などいっそ滅びれば良いのです!!」
「とんだ悪党なの!! ……でも、そうと分かれば手加減する必要はないの!!」

 有沢はシャドウボクシングを始めた。シュッシュッシュッ!

「有沢ちゃん、やる気出さないで! あんな子でもあたし達の仲間だから!」
「利里先輩は本当に甘くて優しいの。そして炎乃はぁ、そんな先輩がだーい好きなの♪」
「こらそこ、いちゃつかない! 今は緊急事態なんだよ!?」
「なーに問題ないさ中鉢ちゃん! 僕の兵隊が、こんな鎖如きに負けるはずがない!」

 そして、鎖達が踊り出す。円を描く形でグルグル周る鎖達は、まるで大きなリングになったようだ。ブラッド・ドールは相変わらずゾンビのように桐谷に直進し、そのまま回転する鎖達に近づいていく。

「……では、始めましょうか。わたくしのショタ王国ユートピア建国は、誰にも邪魔させません!!」
「撃ち砕いてやるぜその野望!! この世界の平和と倫理観は、僕が守る!!!!」

 ついに始まる頂上決戦!! 果たして、勝利の女神は誰に微笑むのか!?
 つづく!!









「…………………………何してんだお前ら?」

 バァンッ! と。乾いた破裂音が皆の耳に響いた。
 そしてその瞬間、皆の目の前で鎖を操っていた桐谷が突然、パタリッと倒れたのだ。
 皆は呆気に取られ、ふと音のした方角へ振り向いてみる。
 ……そこには、1人の男子生徒が立っていた。

「ああ、お前は!?」
「帰りが遅いから気になってきてみれば、……こんな裏庭で何遊んでる」

 軽井沢が叫び、男子生徒は呆れた顔で彼を見つめる。
 その男子生徒は、右手に拳銃を握りしめた将棋部部長、樋口秋人だった。彼の拳銃の銃口からは煙が上がっており、その銃で桐谷を撃ったことは誰の目にも明らかだっただろう。
 ……そして、生徒会の皆が言葉を失っている中、軽井沢だけが辺り全体を見比べ、何かに納得したように頷いた。


「--まあ何はともあれ、これにて一件落着だね!」
「どこがですか!?」


 軽井沢の締めの言葉に、中鉢はツッコミを入れた。

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