最果ての帝壁 -狂者と怪人と聖愛の女王-

極大級マイソン

第23話「ドラゴンは御節介」

「やあシャーナ。こんな夜遅くまで外出してるなんて、主人として少し心配してるよ」
 《申し訳なかった。緊急の用ができたため、しばらくこの場を離れなかったのだ》
「うんうんそうか。まあ怪我がないようで良かったよ」

 はっはっは、と軽井沢は急に喋り出した体長1メートルくらいのドラゴンと談笑し出した。
 中鉢は、そんな彼とドラゴンを困り顔で眺めている。

「か、軽井沢先輩。そのドラゴン? 犬? のシャーナは……」
「うん? ああ、なんか絵本読ませてたら、ある日人間の言葉を喋れるようになったんだ」
「そんなことがあり得るんですか!?」
「愛に不可能はないんだよ。それでシャーナ、お前こんなところで何をしていたんだ?」
 《うむ、これには深い事情があってな。……今日の早朝だったか、我は日課のスカイングをしていた際、空き地で腹を空かせている仔犬を見つけたのだ》

 因みに、"スカイング"とはランニングの空中散歩版のようなものである。

 《そこで我は、一度家に戻り、冷蔵庫にあった食糧を丸ごと持ち運びその仔犬に食わせたのだが……》
「それで今日の朝、キッチンの冷蔵庫が消失したいたのか」
 《仔犬にこうなった経緯を聞くと、驚くことがあってな。どうやらこの犬、飼い主の執拗ないじめに耐え切れなくなり逃げてきたそうなのだ》
「……なに、いじめだと?」
「う〜ん写真を見た限り、そんな風には見えなかったの」

 有沢は例の写真を眺めてみる。そこには満面の笑顔を浮かべた少女と、楽しそうにじゃれついている仔犬の姿があった。
 しかしシャーナは首を振っている。

 《それは偽りの風景だ、少女よ。仔犬こいつの飼い主は悪魔のような人間なのだ。彼奴は在ろう事かこいつに、我ら犬が嫌悪する『ドッグウェア』を、毎日着せ替え人形のように衣装替えしているそうなのだ!》
「そういえばシャーナ、前にドッグウェア着せたとき凄く嫌がっていたよな」
 《他にも折角マーキングした箇所を毎回掃除したり、食事に人間の食べ物与えてきたり!! ドッグフード食わせろよ!! って話じゃ!!》
「人間と犬って、味覚違うらしからね」
 《料理にピーマン混じっていたりするそうだぞッ!!》
「それは悪魔の所業だ」

「で、でもその飼い主だって、きっと悪気があった訳じゃあないと思うし……」
「いやいや中鉢ちゃん、こういう時の犬の怒りは馬鹿に出来ないよ。此間だって、シャーナを生物実験でドラゴンにしようとした時はそれはもう大変だったんだから。もう殴る暴れる蹴る割る砕く。仕方ないから気絶させているうちに実験を済ませちゃったけど」
「シャーナくん嫌がってるじゃないですか! なんでそこまでして改造したかったんですか!」
「たった一つのアイデンティティーを、シャーナにプレゼントしたかったんだよ!」
 《……まあ、今となってはこの状態も悪くないと感ずるようになったがな》
「あと中鉢ちゃん、シャーナは"雌"だから正しくはシャーナちゃんだよ!」
「あ、そうなんですか。失礼しましたシャーナちゃん」
 《呼び捨てでかまわん。寧ろ我の名をちゃん付けで呼びなど、その方が余程失礼じゃ》
「それで、結局お前は何がしたくてここを根城にして居座っているんだ」

 樋口は逸れた話を強引に戻して説明を要求してくる。そろそろ彼の"家に帰りたい度"が限界に近づいてきているのだろう。

 《我々はその飼い主に、不当な現状を改善してもらうためにストライキを始めることにしたのだが、如何せん何をすればいいのか検討もつかんかった。そこで考えたのが、こいつが飼い主とよく散歩に来るこの公園で、飼い主に思いの丈をぶつけてやるというものだった》
「飼い主にストライキをする犬って……」
「僕もよくシャーナにされていた」
「どんだけやらかしてるんですか先輩!」
「でもわざわざここでしなくても、家に帰って直接その飼い主に会いに行けばいいじゃないのか?」
 《……散歩中に逃げ出したので、帰り道が分からなくなったそうだ》
「マジか……。僕らがその飼い主の元まで案内してやるから、その時にストライキでも改正でもすればいいさ」
 《……と、言っているがどうする?》

 シャーナは、隣で同じように木の枝に止まっている仔犬に視線を向けた。
 仔犬は不機嫌そうに吠え出す。

「ガゥ、ガウガウガガガウァァァァァ!! ガブガゥダヴィンチドドリゲス!!」
 《ふむふむ、どうやら直接飼い主に会うのは嫌のようだな。此奴にも"面子"というものがあるのだろう》
「自分から家出したのに、おめおめと家に帰ってちゃ格好つかないもんねぇ。……よし分かった。ここは僕が一肌脱ごうじゃないか!」

 軽井沢は自分の胸をどんと叩いた。

「何か考えがあるんですか?」
「簡単だよ、依頼主の彼女をここに呼び寄せる」

 そう言って軽井沢は、スマホを使って誰かと連絡を取り始めた。
 依頼人の電話番号など、軽井沢は知らないはずだったがなんてことない。依頼主の連絡先を知っているであろう天願寺に一度連絡を取り、彼女をここに呼んで欲しいと伝えたのだ。

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