最果ての帝壁 -狂者と怪人と聖愛の女王-

極大級マイソン

第24話「軽井沢の基本的戦法」

 結果的に言えば、飼い主を呼び出した軽井沢の案は大成功に終わった。
 あの後、公園へ駆けつけて来た飼い主を見るや否や、木の枝に座っていた仔犬は一目散に彼女に飛び込んだ。
 どうやら仔犬は、飼い主の過ちを正して欲しかったこと以外はそこまで怒ってはなかったそうだ。
 無事に飼い主である依頼人に仔犬を連れて行くことができた将棋部員たちは、依頼を見事に達成できたと言えよう。部員のうち1人がブレスで焼かれたりしていたが、概ね上々と言えよう。うん、言えよう。
 因みに軽井沢は天願寺と連絡取り依頼主を呼び出した後、シャーナを連れて何処かへ行ってしまった。
 次の日分かったことだが、軽井沢は公園へ来る前に近くの自動販売機を大破させて無理やり中身を持ち出そうとしたところを見回りをしていた警官に見つかったそうだ。軽井沢の冗談だと思っていたそれは、実は真実だったのである。
 何とか警官から逃げ延びたものの、後で日ノ本夏輝にバレた時面倒だったので先に逃げたのだ。結局後日叱られたりしたのだが、当の彼本人はまるで悪びれていない様子だ。
 そんな訳で、将棋部と生徒会との戦いの2回戦は、こうして幕を閉じたのである。

    ***

「…………」
「はい、王手ね」

 あれから数日後。
 将棋部では軽井沢春太と日ノ本夏輝が対局をしていた。いつもはボランティアに勤しむも、今日は珍しく部に顔を出せたということなので、折角だから一緒に誘うと、軽井沢が彼女を誘ったのである。
 結果、軽井沢は陣地のほとんどの駒を取られ、壊滅寸前まで追い込まれていた。

「もう諦めろ雑魚野郎。どう考えてもこの先に勝機はねえ」
「……! 諦めたら、そこで試合終了だよ!?」
「つーかお前、自分の駒が取られそうなのに、気にせず攻めまくるから駒不足になるんだろうが。少しは守りを覚えろ」
「そんなの、取られた分だけ取り返せばいいじゃないか! そして相手の陣地をガタガタにするのさ!」
「お前の陣地がガタガタにされてるじゃねーか。駒得考えろよ、何で大駒取られそうになってるのに悠長に"歩"を取ってんだよ」
「いちいち守りを気にするとかメンドくさい。僕は攻めることだけに集中したいんだよ」
「圧倒的に将棋に向いてないでやんすねー」

 そして宣告通り、軽井沢は一切自分の陣地を守ろうとせず、大差で敗北に至るのだった。

「くっ、しかし僕は諦めないぞ。次、野木くんと勝負だ!」
「えー、おいらは遠慮したいんでやんすが……」
「………………」
「……その顔は、強引にでもやらせようとして来そうでやんすし、一回だけならいいでやんすよ」
「はっはー! 実力の差を思い知らせてやるぜ!!」

 そう言って、軽井沢は意気揚々と野木と対局し、びっくりするくらいあっさりと敗北した。

「何でだよぉー!?」
「いや、まさかこんなに楽勝とは……」
「野木くん、この薄情者! 僕に花を持たせてやろうっていう気遣いは無いのかよ!?」
「無茶苦茶言うでやんすねーこの男」
「この間キミの肉体を蘇生してやったってのに、その恩を仇で返すのかよ!」
「あれは、元々キミの飼っているペットが原因で起きた惨事でやんすし、寧ろ責任者として当然の措置でやんすよ」
「いやいや、原因は野木くんにあるでしょう!? キミがシャーナに変な物飲ませたから、ブレスで肉体が消滅したって聞いたぞ! つまりあれは、キミの不注意が元となった事故だ!」
「変な物……、軽井沢くんの愛用ドリンクでやんすよ?」
「シャーナには"おふらんす製"のスペシャルドリンクしか飲ませたことなかったのに、あんな悪魔みたいなジュース飲ませて身体でも壊したらどう責任を取ってくれるんだよ!!」

 軽井沢は、野木に激怒しながらテーブルにあった『ミリオンエナジードリンクΩ』をグビグビと飲んでいる。

「全く心に響かないでやんすが、身体を元に戻してくれたことは感謝するでやんす」
「ところで野木くん、いつもはガジェット作りに没頭しているのに、今日は部活に参加しているのね」

 日ノ本夏輝は、将棋本を捲りながら野木に尋ねてみた。彼女も普段部に参加しないため、こうして2人が将棋部に揃うのは、本当に珍しいことなのだ。興味本位で聞いてみたのだろう。

「まあ、ガジェット以外の息抜きも必要でやんす。暗い地下室に1人いると、身体も凝り固まるでやんすし、それなら偶には部に参加しようかなぁと」
「本当に気まぐれな連中だよねー。将棋部を何だと思っているんだか」
「お前も、別に将棋好きでもねえだろうが」
「逆に秋人は、よくそこまで将棋に集中できるよねー。飽きない?」
「まあ、極められる部分は沢山あるからな。将棋は奥が深いし、自己鍛錬には悪くない」
「いやっだーこの戦闘オタクは、将棋でも自己鍛錬とか言ってるよ引くわー」
「それ、将棋プロが聞いたらブン殴られそうなセリフでやんすね」

「それにしても、今日は私や野木くんの代わりに、中鉢ちゃんが参加していないわね」
「今日、彼女は生徒会の仕事があって来れないってさ。報告会があるんだとさ」
「報告会って、何を話し合うのかしら?」
「まあ、最近は僕たちも暴れてないし、特に大きな問題もないでしょう」
「凄いセリフでやんす、流石は学内一の悪党」
「折角だから、将棋部のメンバー全員が揃えばよかったんだけど、そう言うことなら仕方がないわね」
「まあそれでも、1人足りないがな」

 秋人の言う通り、ここには中鉢木葉以外に、欠けているメンバーがいた。
 将棋部は総勢6名のメンバーが登録されており、部長の樋口と、軽井沢と中鉢。そして幽霊部員の日ノ本夏輝と野木を除き、もう1人のメンバーがいるのである。
 中鉢と同じ一年生であるその生徒は、入学前から軽井沢たちと面識があり、半ば強引に将棋部に入らされたのである。結果、彼は入学してから数度ほどしか部に顔を出していない。

「どうせなら呼んでみようか? 先輩として、この僕が少し揉んでやろうと思う!」
「どうせまた持ち駒取られて惨敗だろう」
「いや、あいつには将棋ではなく腕力で勝負する」
「大人気ないでやんすね!? 後輩いびりも程々にするでやんすよ」
「まあ冗談はさておき、この際だから呼んでみるのも悪くないだろう。夏輝、連絡して」
「いいけど、もう帰ってるかもしれないわよ?」
「だったら、僕が直接現在地に行って連れてくるよ」
「……強引に来させるのはやめなさいよ。あの子も道場の稽古で忙しいんだから」
「了解了解!」

 そして夏輝は、スマホを取り出してその未だ見ぬ、将棋部の謎のメンバーに声をかけようとした、、その直後だった。
 将棋部の玄関口から、コンコンとノックの音が、響いてきた。

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