最弱能力者の英雄譚 ~二丁拳銃使いのFランカー~
49話
エレベーターが少しづつ、いや、本当は僕がこの体感が遅いだけで、本当の速度というものはものすごく速いのだろう。
しかし、今の僕にはそのエレベーターの速度がかなり遅く感じた。
なんでかって、エマがどうなったのか僕にはわからなかったからだ。
だからこそ、この速度がかなり遅く感じた。
いつの間にか僕は唇をかんでいた。
のどあたりに血が流れている。
そんなことにも僕にはわけめも降らずに、ただ黙って階層の表示を見ていた。
「エマは大丈夫よ。でもね、本当に愛していたのならあなたが出るべきでしょ、タスク」
ミライは僕に向かって正論をぶつけていた。
しかし、僕の情報はそれなりに出回っていた。
「それは無理だ。だって僕なんだよ」
それほどの大事を僕はしてきたのだ。
誰もが、考えられないようなことを。
「まあね、おまけに能力者…… あなたって整形でもしてみたらいいじゃない」
ふざけたことをミライは言ってきた。
僕はただ黙っていた。
「……発言を取り消すわ。あなたに傷なんてつけれられないわね。あと――本当に私が出るべき幕だったわね」
ミライはそう言った。
沈黙のままの僕は、聞いているだけだった。
「これはただの同情ね、あなたの失敗のツケをあなたが好きな人が払っているだけだもの」
冷たく彼女は、エマはそう言った。
確かにそうだった。
真実を突き付けられて僕は冷静になった。
「ああ…… そうだな。そう言ってくれて助かるよ」
同じ仲間として、感謝であった。
そんな僕を、いつものふるまいをしている人間に戻った僕を彼女は安心していた。
僕やほかのチームの扱い方をわかっている頼りになっているのが、ミライであった。
「もう少しでターゲットがいる七十六階に着くわ。安心しなさい、さっきからこの会話を黙って聞いているトウマも、この私もエマを助けるわ」
エマをみすみす境地に送っていながら、余裕が無くなっている間抜けな僕を勇気づけた。
「ああ…… ありがとう」
僕はそう言った。
「しかし、トウマ。いつもは空気を読めないような言葉をかけるのに、きょうはめずらしく空気を読んだわね」
ミライはトウマに忠告するように咎めた。
「たまにはなぁ、実際の風という空気を読めるこの俺様も、会話の空気ぐらいはよめんだよぉ」
「なぁにそれ」
ミライは笑っていた。
「まあよぉタスク、この俺様だってできる限りのことはするぜ、なんせ俺たちチームだからな」
はっ、と僕はなった。
別に彼らとチーム歴が長いわけではなかった。
それなりに仲が親密になるような出来事もなかった。だけれど、しかし、確かな絆があったと、僕は確信したのだ。
これほど心強いことはなかった。
これをはぐくんできたのは、何気ない日常だと僕は今、確かに確信した。
「ほんとうにトウマってたまに良いこというわよね、今のあなた最高にかっこいいわよ」
ミライは小さく笑っていた。
「確かに、トウマらしくないぞ」
つられて僕も笑っている。
「なぁに言ってんだ、褒めたいのか貶したいのかどっちかにしろやぁお前らッ!!」
トウマはちょっとプンスカとなっている。
「もっと自信を持ちなさいよ、まったくもってトウマらしくないわ」
「俺らしくだってぇ?」
「そう。いつものように無駄で謎の上から目線でいなさいよ。そんなあなたがいいのよ」
なぜかミライの頬が赤くなっている。
「……わかった、お前ら俺様の、このトウマ様の足を引っ張るんじゃねえぞ」
ちょっとうざ。
「うざくね?」
僕は小声でミライに囁いた。
「たしかに」
ミライも笑顔で言っている。
「聞こえてるぞ、もうお前らとは会話はしねぇ!!」
ブツリと消えた。
この会話にエマも……
いいやこれからだ、僕は無事だと信じているエマを助けに行く!!
「じゃあ行くぞ、エマを助けにっ!!」
「ええッ!!」
「おうッ!!」
隣にいるミライが、そして向かい側にいるトウマが僕に声を届けてきた。
そうしてついたのは、ターミナルビル七十六階であった。
一呼吸をした瞬間、まるで場面を合わせていたように、エレベーターのドアが自動で開いていく。
少しづつ開いていくにしたがって、見えてきた光景は、赤だった。
赤一色、いいやこれは誰かの血であった。
誰の血なのか、それは僕にはわからない。
だけれど、これがこの血が、僕にとってはどうも、これから始まる何かの不吉な予兆のようなきがしていた。
こんなサイコパスが、部屋中を血だらけにしてしまった物好きな人格破城者が、確かにここにいるだなんて、僕には想像が付かない。
「こ、これは……」
僕は何がどうなっているのかわからなかった。
確かに、ここがターゲットの目標階であったはずだ。
「な、なによこれ」
ミライもまた、僕と同じようなことを言った。
二人は唖然としていた。
まるで時が止まったかのような、衝撃による沈黙が二人に流れていた。
そしてその場面をしらないトウマが、状況を聞いてきた。
「おい、おいどうしたんだぁ!?」
トウマの声をよそに、一人の女性の声が聞こえてきた。
「タスクッ、にげ…… 逃げろっ!!」
まっすぐ進んで、その柱で一人の男の顔が出てきた。それは奇妙である、まるで蛇が獲物を食らうように、はい出てくるような動き方であった。
人間とは思えないような体の動き方。
異常性を感じられるというよりも、明らかなる異常である。
壁から出てきた次は、エマが頭をがっしりと掴まれている光景であった。
まるで人の体重すら、彼にはないようなもので、人形をつかんでいるようでもある。
エマの体は、地面に対して垂直で、まったくと動くことはなかった。
彼女の体、そして衣類はボロボロである。
どれだけの戦闘が行われていたのか、すぐにでもわかってしまうほどである。
「お仲間の登場かい~?」
眼光を完全に開いているような、覚醒状態がつねに続いている顔をした男。
顔の造形体と同様に妙に細く肩と腕の中間あたりまで髪が伸びており、食事をしているのか疑うような、突き出ている頬骨であった。
絶食しているような水ぼらしいよな容姿ではなくとも、どこか何かを摂取したいとしているような“飢えている”感じがあった。
服は、黒いスーツ。しかし戦いによってボロボロである。
「てめえ!!」
僕は、自分でも気づかないうちに、そのような声を上げて、そしていつの間にか、愛銃を両手に抱えて突っ走っていた。
熟練の手つきでリロードを終え、銃先を相手に向ける。
相手はそれをすかさず、エマを前にすることによって攻撃の解除を試みていた。
とっさの判断で、相手の行動を瞬間で感じ取ったタスクは、体を飛び込む姿勢に入った。
接近戦が来るとわかった相手は、エマをタスクのほうへと投げて、回避行動に入った。
エマは、タスクの胸の中へと、吸い付けられるように入っていく。
それをタスクはキャッチ。
「さすがと言っておこうかね~、最弱の屹立者〈リバース・リバース〉」
奴は、後ろにステップをして回避していたようだった。
背中から出てきたのは、剣筋であり白銀の光。
ナイフではあるが、しかし奴の怪物染みた舌使いによって、光って見えていたのだろう。
そのナイフは、奴の牙であるかのようだった。
細くしなやかでありながら、どことなく絶対急所を、どんなことがあっても、刈り取ってしまいそうな武器であった。
柄は、そのまま、金属製のものとなっており、白光る牙のような武器である。
奴は静かに体制を低くすると、その武器をまたもや、悠長に、長い舌を使って、柄から絡めとるように舐め始めた。
音が確かに聞こえてきた。
まるで、俺という獲物を、確実に仕留めようと、策略を練っているかのようである。
舌が一番尖っている、剣先へときたところで、僕は一言、彼に言ってやった。
「誰だよ――あんたは」
食い殺さんとしている奴に、自我が今にでもすりつぶされそうな声音で聞いた。
今にでも奴の体に虫食いによって穴だらけになった葉のように、弾丸によってやりたいと体中が疼いている。
今にでも沸騰しそうな神経たちが、奴を倒そうと頭に指令を送っていたが、何よりもエマが先だと、数少ない理性を使った。
エマは、さきほどの少しの衝撃によって、意識を失ってしまったようだった。
どこまで彼女がボロボロであったのか、僕にはこの目の前の、眠っている女の子の寝顔をみて、理解ができた。
それも寸分たがわず、相手による、攻撃であったと、彼女の体を見て、判断ができた。
エマの体がここまでボロボロになっているのは、鹿児島特区でのトリックスターズの抗争以来であった。
そんなエマを抱きかかえていた状況で、ミライがエマを助けに僕のほうへと駆けてきた。
「エマ…… 無理しすぎよ」
僕の胸の中にいたエマを、ミライへと渡した。
エマの髪が揺れ、そして意識が無くなって体も自由になっている。
それを見た次の思考は、奴を殺せともう、限界の位置を保ったまま、奴の名乗りを聞いていた。
「はああ、私の名前はトリックスターズ第五位、エグラナ・ミルフィータ」
にやりと、こちらを見るに、律義に会釈をした。
トリックスターズとは、能力者の裏社会の存在であり、悪の執行が主な動機になっている。
奴らは、現実世界へと手を伸ばして、数々の悪行、そして殺戮、虐殺、反社会的行動の模範となるような、快楽主義達による組織であった。
しかし、それを従えている人間はどれもこれも掲載高い人間で、僕が所属しているヤングサンクションズに敵対する、世界唯一の能力者集団であった。
幾度となく、僕たちヤングサンクションズとの抗争を何年も繰り返して、泥沼の戦局であった。
何も解決することはなく、ただただ僕たちは、彼らの悪行に対して、抑止力となるような行動をしている。
しかしどれも意味はなかった。
それが、この敵本部の五番目に強い能力者と、対峙している時点でわかるだろう。
「僕のことはわかっているだろう」僕は意味ありげに、まるでわかっているだろうという前提で奴に訊いた。
最弱の屹立者〈リバース・リバース〉なんて知っているのは、どれほどの手練れなのかもわかる。
「もちろんだとも~、水流タスク、八月二日生まれ血液型はAB型サイファ-1抗体型、ESP特殊異能細胞を所持、S’ESPであり、ほかにも類が見ないような永続不死性能力。身長一七〇センチ、体重五五キロ、一年と3か月と二日前に、とあるSSランク能力者を倒すことによって知名度が爆上がり、しかし度重なる独断行動によってFランクからは二度と出ることはない処置を食らい、心機一転しても、今現状のような悲惨な有様。貴様の行動予測も未来がわかっているかのように、先手を打つことができるだろうね~」
エグラナと名乗る男は、一瞬白目を、こちらへと向けてきた。
そしてにやりと笑い、口元を長い舌で嘗め回している。
相手が、つまりはいまの僕にもほかの誰かにも聞きたくないような情報を開放したことによって、頭によくわからないような快楽があったのだろう。
気持ちよくなっている顔になっていた。
まるで快便してしまった顔のようだ。
別に知られてもよかった、それはここにいるみんなが知っていることであったのだ。
そんな残念な僕にも、仲間ができたのだった。
みんな、エマもミライもトウマも、僕と同じで残念な人間たちで構成されたチームだ。
しかし今は、ヤングサンクションズ第33回生の中ではトップクラスのチームなのだ。
「い、いまさらだな……」
「え、エマ! 大丈夫なのね!? 確かにエマの言う通り、タスクのことなんて今更ね」
エマが少しだけ意識を取り戻したようだった。
そしてそんなエマの回復をミライはしっかりと感知していた。
「たしかによぉ、いまさらだぜぇ」
と、右耳につけていた通信機からトウマの声が聞こえてきた。
そして向かい側のビルの屋上に太陽の光を反射して何かがスナイパーライフルを構えているようだった。
「ってお前ら!! 僕のこと知りすぎだろ!! お前ら全員、僕の隠れファンか、なにかなあ!!」
「「「「それはねーよ」」」」
なぜかエグラナも、同じようなことを言ってきた。
「お前まで言うんじゃねーよお(血涙)」
僕は、そう叫んで奴へと攻撃を開始した。
「こちらトウマ、定位置についた。ほどほどに援護するぜ」
トウマがこちらに回線を送ってきた。
「間違えて僕も一緒に打たないでくれよ!」
「らじゃ、まあタスクに当たっても死なないからいいじゃん」
無視を決め込んで、相手に目掛け弾丸を放って行った。
敵は、素早い動きで、コンクリート上の柱へと身を隠してこう言った。
「水流タスク~ 貴様は私を甘く見ているようだな~ すぐさま、その不死性ごと、先ほどのエマ・B・ブラッディーのように、ひざまつきさせてやろうね~」
奴の顔は、不気味な笑顔に埋め尽くされているように、狂人の笑顔そのものであった。
「タスク気をつけろ、奴は…… グハッ」
エマが、何やらヒントをくれようとしていたが、体のダメージが限界に来ていたようだった。
エマがここまでされていることに、はやり、頭に昇って、脳細胞のなかで暴れまわっている血流は、とまることはないだろう。
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