最強のFラン冒険者

なつめ猫

言葉の先にあるもの

 クラウス様と話をした数時間後に私たちを乗せた飛行船ノーチラスは、帝政国の首都リンガスの上空に差し掛かった。

「姉御!帝政国の竜騎士が接近して進路を指定してきました」
 男の事がブリッジ内に響く。

「そうかい、なら相手の誘導に従って船体を移動させるよ!」
 私はエメラスの後ろ姿を見つめながら彼女の手が空くのをジッと待ち続けていた。
 彼女は私の視線に気づいているのか時折、こちらに視線を向けてくる。

「あー!もう!お前たち、操縦は任せたよ!」
 ブリッジ内にいる男達にエメラスは大声で命令を下すと私の方へ向かってきた。
 そして私の手を取り座っていた私を立たせた。

「ついてきな!」
 エメラスは、私に語りかけると腕を引っ張った。
 私も彼女に従って歩きだす。
 しばらく船内を歩いた後、自動開閉の扉を開けて甲板へ出た。
 エメラスは甲板の手すりに体を預けるようにして私へ視線を向けてきた。

「それで?話があるんだろう?」
 私は、俯いてしまった。
 それを見て彼女は大きなため息をついた。

「まったく……これがあのカイジン・クサナギだって言うんだから何の冗談かと言いたくなるね」
 エメラスの言葉に顔を真っ赤にしていく。

「実は……エメラスに謝りたい事がありまして」
 私の言葉にエメラスは多少怒りを含ませた声色で話しかけてきた。

「で?何を謝りたいんだい?」

「海洋国家ルグニカの事とか王位簒奪レースの事とか……「謝る必要なんてないよ」」
 私の言葉を遮るようにエメラスは語ってきた。

「いいかい、自分がやってきた事とそして簒奪レースはうちら王家の人間が決めて行ってきた事だ。その結果、うちらは負けた。だから仕方ないとあきらめるさ。それがルールなんだからな」
 私は顔を上げてエメラスを見る。
 彼女はその黒い髪を何度か弄ると言葉を紡いできた。

「……と言うのは建前で実際は、気に食わなかったさ。なんで突然出てきた人間に自分たちの生活を壊されないといけないんだってな……でもアンタと神衣化して気がついたんだ。うちらも他の人も誰もが自分の生活があってそれを壊してたのはうちら王族だったんだってな……。でもな……」
 彼女は言葉を一度止めた後、一呼吸してから。

「その事から目を背けていたアンタにはむかついた。でも、もう違うんだろう?謝ったってことは過去の自分の罪から目を背けるのは止めたんだろう?」
 私は頷く。
 するとエメラスは私の頭に手を置いてきた。

「ならいいさ、私だってアンタが決心してないのにアンタの母親を殺したんだからさ」

「……ごめんなさい。エメラスにそんな事をさせてしまって……本当は私がやらないといけなかったのに……偉そうな事ばかり言って私は何もできなかった。決心も本当は出来てなかった」
 本当、自分が弱くて脆くて小さくて情けなくなる。
 いつも強い言葉で自分を誤魔化して本当の事から真実から目を背けていた。
 たくさんの関わってきた人達がどれだけ私の事を思っているのかすら、私は本当の意味では理解していなかった。

「まだ12歳のガキが何を言ってるんだ?賢者にでもなったつもりか?私が12歳の頃なんて世界は自分中心で動いてると思っていたよ。それに私とアンタは契約をしたんだろう?心を重ねたんだろう?なら言葉はいらないだろう?」
 私はエメラスの言葉を聞き頭を振った。
 独善的だと自身でも分かってる。
 たしかに神衣はお互いの感情や知識や経験を共有し体感する事が出来る。
 たしかに言葉は要らないのかも知れない。
 それでも私は言葉にして伝えないと行けないと漠然ながらも思った。
 きっとそれが私としてのケジメだと思うから。

「それでも!エメラス、私は……」
 言葉を語ろうとした唇をエメラスの人差し指に押さえられた。

「いいさ、十分伝わったさ。それにアンタは亡き母の部下の命を救ってくれた。報酬はそれだけで十分さ、だからそんなに自分を下げるような発言をするんじゃないよ。自分を下げる発言をするって事は、アンタを大事に思ってる人の事も下げる事になるって事を理解しな!」

「……エメラス」
 私の言葉に、エメラスは一度だけ頷くと私の頭を撫でてきた。

「これでアンタとの貸し借りは無しだ!あとは世界を守るために救うためにこの世界に生きる者として力を貸すよ。それが生きてる者の勤めだしね!」
 そう告げるとエメラスは甲板から船体に入っていき姿を消した。

 私は、お母様に生き返らせてもらった後に右手に出現したリメイラールから貰ったブレスレッドが在る。私はそれを擦りながら考える。

「私は、どうしたらいいんでしょうか?全てが終わったら……私は何がしたいんでしょうか?」
 一人呟く。
 ずっと流されて生きてきた。
 でも、それもこの戦いが終われば終わる。
 クラウス様からもらった冒険者ギルドカードがあれば柵も全て無くなる。
 聖女としての柵も貴族としての柵も全て消える。
 その時、私は何をしたらいいのか。
 その時、どうしたらいいのか私には分からない。
 あれだけ欲しかった冒険者ギルドカードも、今ではそんなに必要じゃない気がしている。

「これはきっと、贅沢な悩みなんでしょうね」



 ユウティーシアが呟いた言葉は、降下しつつある船体の風に運ばれ霧散していった。



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