最強のFラン冒険者

なつめ猫

罪の財貨


 ―――それが、その力が、その姿が人の可能性だと言うのか?

 動き出した時の中で私達を見ながらエンハスは、言葉を告げてきた。

 「そうです。そして私は……」

 腰に差していた2兆拳銃を一呼吸で抜き両手に構える。
 そして引き金を引く。
 風と闇の融合弾である重力子弾が、エンハスに向けて打ち出された。

 ―――なるほど、口だけではないな?

 エンハスの前で2発の重力子弾が粉々に砕け散る。

 ―――だが、その程度では神気の全てを膂力をに回した私には届かん!

 「そうですか?ですが……」
 私達の言葉に彼女はようやく気が付く。

 ―――ばかな?上位次元に住まう神を低次元の者が転移させるだと?

 重力子弾は、あくまでも空間の均等性を歪めるために展開したに過ぎない。
 先史文明の転移魔術をエンハスに効かせるための布石。
 すでに先ほど、私達が居た場所よりも遥か上空に私達とエンハスは転移して落下を初めている。

 ―――だが翼を持たぬその力。いくら神気がないと言えど、私には全てを超える膂力から生じる力がある!

 空を飛べないはずのエンハスが私達の目の前から一瞬で消える。
 そして私達は背中に衝撃を受ける。
 振り返れば両手を振り下ろしているエンハスが、私達へ向けて追撃をしようとしている。

 (あれは……厄介ですね)

 エンハスは、極限まで高められた膂力により大気を蹴り自在に動いている。
 辛うじて目で追う事は出来るが神衣化した体でもあの動きには対処が出来ない。
 少しづつ漆黒のドレスが破壊されていく。

 (クサナギ。いえ……ユウティーシア、私に秘策があります)
 エメラスの言葉に私は頷く。
 なら私は、エンハスからの攻撃を防ぎ時間を稼ぐだけ。
 体の周囲に、風の上位魔法である重力魔法を纏わせる、それにより落下速度が落ち斥力により空を移動しながら避ける。

 ―――逃げるだけか?それが人間の可能性か?

「可能性、エンハス!貴女は何故、そこまで人を憎むのですか?憎むのに何故、何故世界の秩序を保とうとしているのですか?」

 ―――だまれ!人間が!!

 私の言葉に触発されるかのようにエンハスは突っ込んでくる。

 (ユウティーシア、用意は出来ました)
  エメラスの言葉と同時に目の前にいくつもの軌跡が表示されていく。

 (相手は空間を蹴って移動してるようなので直線にしか動けないはず)
 つまり、エンハスは途中で方向転換が出来ないという事。
 ならこの射線軸上に攻撃をすれば……。

 両手の拳銃をエンハスが向かってくると思われる射線軸上に向けた所で気が付いた。
 エンハスに向けた2丁拳銃を持つ手が震えていた。
 自然と瞳から涙が溢れてくる。

 ―――見せてみよ!人間の可能性と言う者を!貴様が信じる正義とやらを!

 エンハスが空間を蹴り私達へ向かってくる。
 それを見ながら私は、向かってきたエンハスに殴り飛ばされた。
 腹部を殴られた事で足がよろける。

 (ユウティーシア!)
 エメラスの言葉が聞こえてくる。
 でも、気が付いてしまった。
 この神衣は、光の属性を持つ神を完全に消滅させてしまう事に。
 時が経っても復活はしない。
 だから手が震える。
 私を利用したと分かっている。
 でも、私をこの世界に送った者であり私に知識を与えた者。
 言わば私を作った人でもある。
 そんな人を私が殺す?

 ―――何をしている?貴様の決心はその程度か!!

 「――――ッ!」
 エンハスの言葉に、私は……。

 ―――くだらん、全てを守るために戦う?誰かを殺す覚悟もない者が何かを守ろうなど片腹痛いわ!

 打ち込まれる拳が、蹴りが私の体を痛めつけていく。
 それでも闇の力と風の力を持つ私達にはほぼダメージがないだからこそ……。

 ―――もうよい。貴様には失望した!まずは貴様の仲間から殺す!!

 (ユウティーシア!彼女は貴女を……)
 「分かっています。本当は彼女は望んでいることは……」

 (なら、貴女のする事は分かっているのでしょう?貴女は言いました。自らを剣として盾として守る者になると!なら汚れる覚悟をしないと駄目です)
 「―――やらないと、やらないといけないのですか?」

 (ええ。それが彼女の望みなのですから!ユウティーシア、貴女にはそれが一番理解出来てるのでしょう?音素としてずっと彼女の近くにいたのですから!!)
 エメラスの言葉に私は……目を見開く。
 そう、結局……私は、自らが傷つく事が一番怖いんだ。
 誰かをこの手で殺す行為。
 その行為を恐れるあまり、私は……。

「そうですね……」
 私は頭を上げてから手元に視線を向ける。

 ―――ようやく理解したか?貴様は人の可能性を見せると言った。だが貴様は自身が傷つく事を恐れ戦う事を恐れ常に戦いに置いて手加減をしてきた。

貴様のその行動は偽善に過ぎん!
誰かが守りたい。
誰かが傷つくのは嫌だ。
自身が傷つくのはいい。
だが人を殺す事で罪を背負う、その恐怖から貴様は逃げてるだけだ。
だから誰かを殺せると理解した時、貴様は引き金を引けなくなった。
アウラストウスのような者を殺せたのは、その場の雰囲気に流されたからだろう?
貴様は殺人という罪から目を背けてるに過ぎない。
まさしくその所業、人間そのものではないか!
貴様は人間の可能性を私に見せると言ったな?
ならばその可能性、今ここで私に見せてみよ!

 エンハスの言葉を聞きながらも私は、氷ついたように動けずにいる。

 (ユウティーシア、彼女はきっと終わらせて貰いたいのです。きっと彼女は……)
「分かっています!そんな事は……でも……でも……」

―――いつまで迷っているつもりだ?貴様の背後には守りたい者がいるのだろう?その力は何のための力だ?貴様は何のためにそこに立った?何のためにその力を得た?答えろ!

「……」
 分かっている。
 でも、それでも恐怖で体が動かない。
 人に契約を持ちかけておいて結局は、一番戦う事に対して恐怖を抱き決心が出来ていなかったのは私だった。
 私の意思に反して震える手で拳銃の銃口はゆっくりとエンハスに照準が向けられていく。

「待ってください、エメラス。まだ話が終わってないんです」
 そして私の言葉と同時に2発の重力子弾が打ち出される。
 その重力子弾が、近づいてくるエンハスの体に吸い込まれていくとエンハスの体は粉々に砕け散った。
 そして、砕けた中から私そっくりの女性が現れ地面に向かって落下していく。
 私は彼女を抱きしめてゆっくりと地面に降りてから下す。

「……どうして、……避けなかったんですか?」
 私は、涙を流しながらエンハスを抱きしめる。

「貴女の事は、アルラストルスを通してずっと見て来たわ。私のいとし子……貴女には心は必要ないと思っていた。
心はとても繊細で傷つきやすい。
だから私は貴女には心は必要ないと思っていた。
でも、貴女は人の心を持ってしまった。
その手で殺しをしてしまった、でも貴女は殺したと言う罪を、貴女は本当の意味での恐怖を理解していなかった。
だから私が教える必要があった。
ヤハウェも人を見続けた事で狂った神になってしまった。
だからこそ、ヤハウェには勝てないと私は理解してしまった。
ごめんなさいね。辛い思いをさせてしまって……。
でも、もう貴女にはたくさんの仲間がいるのでしょう?
だから……」
 全ての力を失い神気すら失ったエンハスの体が薄らと透明になっていく。
 彼女は私の頬に手を当ててきた。

「もう立ち止まったら駄目。
 決めたのでしょう?戦うという事を。
 そして知ったのでしょう?自らの心が、誰かを傷つけて傷つく事を恐れているという真実を」
 私は何も言えずに頭だけを振った。
 どうしたらいいのか分からない。

「そろそろ時間みたいね。
 ユウティーシア、貴女はいつか人として、自らの存在意義についての壁に当たる時が必ず来るわ。
 でも……それでも、それでも私は貴女には幸せになってもらいたい。
 それが貴女を今まで見てきて思った事なのだから。
 これが、親が子供を思う気持ちなのかしらね」


  その言葉を最後にエンハスの存在は完全に消滅し後には何も残らなかった。



そして神衣が自動的に解除される。

「おかしらー!」

「生きていたのかい?」
 エメラスが向けた方へ視線を向けると死んでいたと思われる男がこちらへ走ってくるのが見えた。

「はい、それが何故か。綺麗な女性が夢の中に出てきて生き返らせてくれると言ってきまして、目を覚ましたらこの通り、怪我一つありませんでした」


  男の言葉をどこか遠くの出来事のように聞きながら私はゆっくりと意識を手放しその場に崩れ落ちた。 



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