最強のFラン冒険者

なつめ猫

試される可能性

「博士、おはようございます」
 僕はいつものように博士に語りかける。

「ああ、おはよう」
 博士は寂しそうな表情で僕を見てきた。

「言語と知識は問題ないようだが感情が生まれないか」
 博士は感情と言う研究をずっとしてるらしい。でも僕には何のための研究か分からない。だって僕は研究のために作られたモノだから。

 そんな日が毎日毎日続き、

――――――ある日を境に夢を見た。

 たくさんの知らない人に感謝される夢だった。
 よく分からないけど、皆が僕を褒めてくれる。
 でも何で褒めてくれるか分からない。
 だって壊れた部分を直してるだけなのに。

――――――夢を見た。

 ある特定の因子の繋がりを持つ人を助ける。
 それは親子と言う存在らしい。
 良く分からない。
 有機細胞の数が少ない方を助けるとどうしていつもより感謝されるのだろう?

――――――夢を見た。

 必死に自分の領域を守ろうとしてる人たちがいた。
 その人は自分が侵略をしてる人と同じことをしてる事を理解してない。
 その人達を作ったのは不完全な有機生命体だから。
 作られた人も不完全な存在なんだろう。

――――――夢を見た。

 自分達が消してしまった大陸を、友人を仲間を助けようとしてた人がいた。
 それは人が犯してはいけない領域なのに踏み込もうとしてた。
 何人もの有機生命体が殺されていた。

――――――夢を見た。

 一人の少年が心を壊しながら世界を救う
 誰もが賞賛し誰もが否定をした
 少年は青年となり一つの有機生命体と出会う

――――――夢を見た。

 一生懸命生きた人達。
 それは一瞬の瞬きの出来事。
 それは僕や博士が生きてきた時間からすれば一瞬。
 でも輝いていた。
 とても綺麗だった。

――――――夢を見た。

 一人の黒髪の有機生命体が何人のも人に囲まれながら息を引き取っていた。
 何故かそれを見て何かが痛んだ。
 僕はそれが何なのか分からない。

「どうかしたのか?」
 夢をみたまま博士に声をかけられたのは初めてだった。
 僕は何でもないと信号を送る。
 しばらくすると……。

「そうか、ようやく感情をもったのだな。博士が僕に語りかけてきた、博士は何を言ってるんだろう?分からない。わからない」

 そうしてると僕の体は夢の中で変化していった。
 何もない丸い白いボールのような塊は、あっというまに有機生命体の形に変化していく。

「なるほど、どうやらお前に干渉してきた者がいるようだな」
 博士と僕は黒髪の少女が息を引き取った様子を見ている。

「博士、どうしてあの人達は目から水を流してるの?」

「あれは水ではない、涙と言う物だ。嬉しいとき、悲しいとき、感情が高ぶった時、生物は必ずといいほど感情の発露が必要となる。人間はそれを涙という形で解消してるのだよ」

「良く分からない。だって人間って有機生命体だよね?だったらいっぱいいるよ?どれか活動を停止してもいっぱい増えるから大丈夫だよ?」

「命はどの生物にも一つしか存在していない。誰もが平等に一つだけしかもっていない。どれも一つとして同じ物は存在しない」

「分からない、どうして有機生命体はそんな無駄な事をしてるの?」
 僕の質問に博士は始めて微笑んだと思う。

「本当に分からないのかな?その答え自体がすでに答えだというのに理解してないのか?」
 博士は僕に問いただしてきた。でも僕には思い当たるフシなんてない。
 でも博士はまた僕に語ってきた。

「多くの旅をして、もう理解したのだろう?」
 僕は曖昧な夢の中で見てきた旅を思いだす。たしかにいろんな国やたくさんの人と出会ってきた。

「人に優しくすると言う本当の意味を」
 やさしくするという意味、無作為にするものじゃない。でも困ってる人がいて助けて欲しい人がいて助けたいと願う気持ちがあればそれでいいと思う。

「思いやりを持つと言う本当の意味を」
 思いやり……その言葉の意味を思い出す。無意識のうちに洋服や食料を渡していたことは思いやりなのだろうか?でも喜んでくれた。助けてありがとうと言ってくれる人がいた。

「人の痛みを理解する本当の意味を自らの身で感じた事」
 人に恨まれた事だってあった。憎まれた事だってあった。僕が思慮が浅い事でたくさんの人に迷惑を書けた事もあった。そして僕の仲間だったレオナに刺されて体より心が痛かった。張り裂けるくらい痛かった。これが痛み?誰かを傷つけた痛み?とてもとても痛い。

「人と共に歩む楽しさをと言う本当の意味を」
 城塞都市ルゼンドで僕が夜祭で感じた気持ち、それはきっと初めて楽しいと感じた感情だったんだろう。

「そして大事に誰かを思う本当の意味を」
 誰かを大事に思う気持ち……それは……。

「もう分かるはずだよ?お前は、人と人との心の掛け橋となるために作られた音素なのだから、このアガルタの世界でどれだけの人がお前を大切に思っているのか分かるだろう?」
 僕は、自分の存在を認識し手を伸ばした。
 僕の死を悲しんでる人がたくさん居る。グランカスもパステルもアリーシャも奴隷商人達も僕が海洋国家ルグニカで出会った人や奴隷から解放された人達が皆、僕を死を悲しんでくれてる。
 アルゴ公国もヘルバルト国も城塞都市ハントの皆もアリアもコルクもリースノット王家の皆もヴァルキリアス国のアリス皇女殿下も思ってくれてる。

 僕は部屋の中の人達を見ていく。
いつも怖くて相手にしてくれなかったお父様の心に触れる。お父様はずっと僕を大事に思ってくれていた。ただ、それが届かなかっただけだった。お母様も僕を本当は大事に思ってくれていた。僕が旅をしてる間ずっと心配してくれていて食事も手に付かなかったくらいだ。そしてクラウス殿下、彼は僕をずっとずっと一途に愛していてくれた。そうか、僕は祝福されて望まれて生まれてきたんだ。

 僕は教授を見上げる。

「決心はついたようだね?」
 僕は教授の言葉に頷く。

「お前はいくつか勘違いをしているようだが教えておく。まずお前やレオナを駒としたのは本当の意味での神ではない。神は基本不干渉な存在だ。もし干渉してくるならそれは神ではない。そして、やつらは一つ重大なミスを犯した。それはお前を駒として利用し草薙雄哉の知識をベースとしたことだ。草薙雄哉の知識を思い出した今なら分かるだろう?」
 僕は力強く頷く。

「やられたらやり返す!それが草薙雄哉の真実だ。
次にあくまでもお前のベースはユウティーシア・フォン・シュトロハイムだ、お前は性転換したと思ってたようだが実際は違う。
男の知識だけを持っていたに過ぎない。
本質は女なのだよ、だから出来損ないの精神の調停者ごときが余計な感情を生ませないように男として精神構造を作り変えていたのだろう。
こちらかのアクセスを散々邪魔してくれていたからな」

「さて、ここからは選択だ。このまま消えて無くなるかそれともやり返して世界を元に戻して消えるかどちらを選ぶ?」
 どちらにしても僕の存在は消えてしまうのか……。だったら最後まで足掻いて足掻いて道ずれに滅びるのもいいかも知れない。ここはやはり草薙雄哉の知識からなんだろうと思う。

「うむ、音素が感情を持つなど私ですら想定外であったがこれは間違った時を正せる絶好の機会かも知れないな」
 草薙雄哉は、そういうと僕に教えてきた。
 それを感じてようやく僕は本当の意味を理解した。
 僕が使っていたリメイラールが作ってくれた神衣は完璧じゃなかった。違う、僕が完璧にしてなかった。人を理解すると言う心をもっていなかったから感情を持っていなかったから本当の神衣を引き出せていなかった。本当の神衣は神気なんて必要ない。

 人と人とが本当に信じあえた時に、起きる奇跡……それが本当の神衣なんだ。
魔術も魔法も神術も精神エネルギーを利用してると言われてたけどそれは大きい意味ではそうかも知れないけど実際は違う、それは人の思いを理解してくれるから起こせる現象。

 そこでようやくレオナの気持ちが伝わってきた。
そうか、レオナもクラスメイトを生き返らせようと騙されて利用された草薙雄哉と同じなんだ。
 家族を殺した相手がそれを隠してレオナに生き返らせて欲しければ僕を殺せと、城塞都市ハントのリッツホテルについてからずっと契約を持ちかけていた。
 しかもご丁寧に、思考誘導まで使って……レオナは抵抗してホテルから出てこなかっただけだったんだ。

 今なら分かる。
レオナの体を動かしてるのはレオナじゃなくて僕の中で救っていた精神の調停者だと言うことが。

「私をもう一度、戻してください!」
 私はようやく全てを理解した。私は私以外の何者でもない。
 弱くて、卑怯で、すぐに人を羨んで意地っ張りで見栄っ張りで、ボロボロな私。
 でも、そんな私でも居ても良いよと言ってくれる人がいる。
 だから私は、私と皆のために大事な人を守って戦う。
 たとえ、その先が自分自身の消滅であっても決して、私が関わってきた人やこれから関わる人を不幸にするやり方をする人達になんて負けたりはしないし諦めたりもしない。

「ようやく入り口に立ったようだな」
 声がした方を振り向くと、そこには博士と違うもう一人の草薙雄哉にアレルにリメイラールが立っていた。

「ふん、遅いぞ。どれだけクヨクヨしてれば気が済むんだ。さっさとあのエンハスとアルファとその上にいるエボを倒してこい。お前のために調整したループオブロッドが無駄になるだろう」
 未来の世界で会った草薙が不機嫌な顔をして私に語りかけてきた。

「ユウティーシアさん、ひさしぶりね。やっぱり私の血を引いてあるだけあって美人よね」

「ユウティーシアちゃん、草薙が調整したループオブロッドとエアリアルブレードがあれば世界を変える事も出来るけどそれをすれば、ユウティーシアちゃんは消滅するから出来れば使ってほしくないかな?」

「大丈夫です。草薙雄哉さん、リメイラールさん、アレクさん……本当にありがとうございました」
 3人が私を守るために神代時代の施設を管理しておいてくれたのは、心を通わせてようやく理解が出来た。彼らは私がユウティーシアとして生まれるずっと前から私のために行動してくれていたのだ。

 気が付けば3人の姿は消えていて教授と私だけがその場に残っていた。

「準備はいいか?」

 私は頷く。きっと元に戻っても神核を奪われた私は、魔力も無く身体能力も並以下だろう。
 絶対に足手まといになるかもしれない。
 でも私には唯一残った武器がある。
 それは私自身が音素だと言う武器、誰かと心を通わせる事で神衣を超える力を振るうことが出来る。
 それこそが私の私たる本当の意味であり力。

――――――だから、ここから始めよう。この世界に生まれてきて良かったと思える本当の冒険を。




コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品