最強のFラン冒険者

なつめ猫

予期した顧客

アルゴ公国のシュタイン公国陛下と別れてからテントに戻ったあと、ヒールで治療を始めてからしばらく経つとテントの外の物音がやけに大きくなった事に気がついた。

「アリア様!お待ちください。今、聖女様が治療中ですので!」

「何を言ってるの!聖女はこの私、アリア・スタンフォールです。そこを退きなさい」

「シュタイン公国陛下より教会関係者は通さないようにとお達しを受けています。失礼ですが用件があるでしたら王宮を通してからにしてください」

「―――な、なんですって!?このリメイラール教会総本山から認められた聖女アリア・スタンフォールに対してなんたる……」

「無礼であろう!教会が庇護しているセイレーン連邦に所属してる一国の王の分際で聖女アリア様にそのような条件をつけるなど不遜も甚だしいとは理解していないのか?」

声からしてアリアと勇者か?
震えるアリアの声にかぶせるように勇者コルクが何やら外で大声で怒鳴っているのが聞こえてくる。

「何と言われても我が国はリメイラール教会の本部こそは置かれておりますが、自治や国の最高者はシュタイン公国陛下になられます。公国陛下からの命は絶対です。御用がありましたら王宮へ使者を立ててください」

「き、貴様……たかが近衛兵の分際で」

俺は一触即発な外の様子を聞きながらため息をついた。今、座天使サマエルを相手にしてる状態なのに内輪揉めしてる場合じゃないだろうに。しかも指揮官が現場から離れるとかどうなってるのかその神経を知りたい。

「聖女様、どうしましょう?」

治療を受けにきていた赤ん坊を抱えていた女性が困惑した表情で俺に語りかけてくるが

「大丈夫ですよ。ヒール!」

病気で高熱を発祥して息が荒かった赤ん坊の体があっという間に癒され治癒していく。これは肉体の本来の免疫力を急速に高めることで病の原因であるウィルスを自然治癒に近い形で除外する物だ。つまり体が丈夫になる効果も含まれていて環境開発センターの知識と宇宙開発センターの知識を持った俺にしか使えない魔術を超えた魔法。

「これでもう大丈夫です。あとはこれを」

俺はアイテムボックスからジールに嫁ぐ際に作られたドレスの一着を取り出す。目の前にいる赤ん坊の母親の生活環境はあまり良さそうには見えない。所々、洋服が繕われていていることでそれがわかる。できれば子供にはきちんとしたミルクを与えてあげて欲しい。

「え?でも……」

「いいのです。子供は未来への希望であり宝物です。出来るだけのことはしてあげたいと言うのは人として当然でしょう?」

俺の言葉に赤ん坊の母親である女性は頷いてくれた。

「それに赤ん坊にはミルクが必要でしょう?そのためにはお母さんの体調が良くないとだめです。これを売って少しでも足しにしてください。でも、できるなら皆様には内緒にしてくださいね」

俺はテントを作った際の残りの布でドレスを包むと母親である女性に渡す。

「それでは少し待っていてくださいね。外にいらっしゃる聖女様とお話をしてきますので」

包みを胸元に抱いた女性に伝えると俺はテントの中から出る。
すると俺の姿を見つけた聖女アリアと勇者コルクが近衛兵を押しのけて近づいてくる。

「ユウティーシア・フォン・シュトロハイム!貴様は我々、教会と敵対するつもりなのか!無償で治療するだと?それがどういう事か理解しているのか!」

「……」

勇者コルクが怒鳴るが俺は何も答えない。周囲が俺と勇者と聖女をどう思ってるかを正確に理解しておかないと解答の内容が変わるからだ。こっそりとミトコンドリアに命じて聴力だけ強化する。

「どういうことだ?聖女カイジン・クサナギ様は教会関係者じゃないのか?」
「でも本家本元って書いてあるわよね?」
「勇者が無料で治療するな!みたいな事を言ってるけどどういうことかしら?」
「そういえば教会が無料で診療してくれたことないよな?」
「そうそういつもべらぼうに高いお金を用意しないと回復してくれないよ」
「教会関係者が医療魔法は高度で修練にお金がかかるからって値引きしてくれないんだよな」
「あれ?なら聖女クサナギ様はどうして無料で治療してくれるんだ?」
「なんだお前、徳を積んでる人間なら教会が奉じているリメイラール神が聖女クサナギ様を通して治癒してくれるんだって事を知らないのか?」
「それって魔力は使わないのか?」
「公国陛下の従者の話よると魔力の流れが確認できたらしいから使用はしてるみたいだ」
「そういえば聖女クサナギ様は一人寝ずに何日も治療を一人でしてるらしいぞ」
「ああ、俺もテントの中を見たけど粗末な椅子とテーブルだけでベットも何も置いてなかったな」
「マジかよ?それってずっと寝ないで治療してくれてたって事か?一人で?無償で?」
「教会の治療魔法師とか給料いいって食堂の奴が言ってたな」
「なぁなあ俺聞いたんだけどさ、無償で治療したばかりが貧しい人には物まで渡してるらしいぞ?」
「物を?お金持ちなのか?」
「そんなことないだろ?だって冒険者の格好をしていたんだぜ?」
「なら自分で稼いだお金や物を貧しい人に分け与えてるってことか?」
「何でもリメイラール様の信託を受けたって話だ」
「それって教会から認められたアリア様もそうだろ?」
「違うだろ、聖女アリア様は教会から認められた聖女様で聖女クサナギ様は直接リメイラール神が信託を降した聖女様だろ」
「つまりどういう事だってばよ!」
「教会に認められたのが聖女アリア様で、教会が崇拝するリメイラール神が直接お認めになられたのが聖女クサナギ様ってことだろ?」
「え?それって聖女としては……」
「一人で寝ずに聖職者の鏡のように治療をするほどの魔力量を持って貧しい人へ施しも与えることも見て……」
「「「「「聖女クサナギ様の方が上って事なんじゃないか?」」」」

ふむ。なんか色々と話が交差してるようだが、かなり俺の認知度も上がってきたようだ。さて……

「私の名前は、クサナギです。リメイラール様(教会)より信託(拉致)を受けてこの地へ馳せ参じましたこの世界の一人間に過ぎません」

「そ、そんな……」

声がした方へ視線を向けるとやはり思ったとおり魔道ベル所謂、嘘発見器を見て驚きの表情をした聖女アリアがいた。きっと魔道ベルみたいな物を持ってくるとは予想していたが本当に持ってくるとはな……。

なにはともあれ言葉を選んでおいてよかった。これで魔道ベルが鳴るようだったらかなりやばかった。

「教会と敵対する?何を根拠にそのように仰られるのですか?私は神兵の襲撃で家々を失い怪我をし病に苦しむ方とこの国を守るために戦ってくれてる騎士の方々へ治療を施してるだけに過ぎません。

これが悪だと言う事でしたら教会の意にそぐわないものなのでしたら教会とは宗教とは一体、何なのでしょう?リメイラール神様、そして教会や宗教というのは困った方々の自立を促進させ時には利害を求めずに手を差し伸べる事こそが本来の姿ではないのですか?」

「し、信じられませんわ」

アリアは一人呟きながらも何度も俺と魔道ベルとの間で視線を行き来させてるが魔道ベルが鳴ることはない。何故なら俺は別に教会などどうなろうと知ったことじゃないしこの中世の時代では必要悪だと思ってるからだ。ただ、これをやってるのは聖女アリアと勇者コルクに仕返しをしたいだけに過ぎないそれだけなのだ。

周囲の人々もアリアが魔道ベルを持って俺の発言の信憑性を確認していたのに気がついていく。

「やはり聖女クサナギ様の言ってることは全部本当だったんだ」
「俺は前から信じてたぜ!」
「聖女アリア様は自分が魔力が尽きて魔法が使えないからって妬んで聖女クサナギ様にいちゃもんをつけにきたんだよ」
「聖女アリア様は、時々指揮官なのに休んでるよな?魔法もずっと使ってるわけじゃないのに」
「そういえばそうだよな」
「それに比べて聖女クサナギ様は酷い怪我をおった人の治療をしてくれるよな」
「椅子に座って休めて指揮だけしてる聖女アリア様と比べたら一睡もせずに治療魔術を使ってる聖女クサナギ様はすばらしい方だな!」
「あの姿こそ聖女様だな!」

なんか無茶苦茶評価してもらってるんだが……。とても照れくさい。

「うるさい!そんなのは詭弁だ!教会だって魔法師が必死に回復をしているし対価を受け取るのは当然だろう?」

「その対価は、”全て”困ってる方へ配分されているのですか?」

「あたりま「コルク待ちなさい!」

―――リィイイイイイン

途中で俺の願いに気がついた聖女アリアが勇者コルクの言葉を止めようとしたが間に合わず魔道ベルの音は当たりに響き渡った。そして俺はこの戦いの勝ちとも言える言質が取れた事で内心、ほっとため息をついた。

そして教会関係者の嘘の発言によりざわざわとした喧騒があたりに広がっていく。

「聖女クサナギ様!」

そんな喧騒を含んだ微妙な雰囲気なところで俺は名前を呼ばれた。

視線を向けるとそこには依然に治療を施した商人が何人もの男たちに指示を出していて、こちらへ怪我人を運んできてる姿が見受けられた。

「倒壊した建物の下敷きになっていた者達です。様子からもう無理かと思いましたが、せめて聖女クサナギ様に鎮魂魔術だけでもと思いまして……」

俺はすぐに次々と運びこまれていく重傷者を鑑定魔術で視ていく。誰も犯罪系スキル保持者はいないようだしHPは微妙に残ってる。それに体の半分が吹き飛んだレオナと違って状態は悪くない。

「ありがとうございます。えっと……」

名前なんだっけ?たしかこの商人の名前は光の剣をブンブンと振る主人公の名前に似ていたような……。

「(ユーカスです、クサナギ殿)」

気がつけば横にいたレオナが俺にしか聞こえない声で教えてくれた。

「ユーカスさん、ありがとうございます。貴方の献身的な行動、きっとリメイラール様は見ていらっしゃるでしょう。あとはこの私にお任せください。ヒール!!!!!!」

俺のエリクサーヒールにより肉体の細胞ごと修復されていき心臓の鼓動が止まっていた人も脳の一部が壊死していた人も全てが癒されていく。

「な、なんですの?そ……その魔法は?え?ヒール?え?これヒールなの?ですか?」

俺の治療現場を見ていたアリアはすでに混乱の極地に達してるようだ。まぁ現代医学と宇宙と環境センターの知識に魔術式を組み替え尚且つ超大な魔力でゴリ押ししてるヒールなのだ。中世時代の医療知識しか無く普通のヒール系統の魔法しか知らない聖女アリアにとっては理解出来るものではないだろう。むしろ逆に中途半端にこの魔術を超えた魔法の凄まじさが分かってしまうだけに不幸とも言える。

勇者コルクなんて何が起きたか理解できてないみたいだし。

「聖女アリア様、申し訳ありませんが私は教会とは敵対するつもりはありませんし、このような有事の事態だからこそ治療をしているのです。ですから事態が収束するまでせめて困ってる方々の治療をする時間を与えてはくれませんか?」

俺は平伏してお願いする。

「え?どういう?」

「一体何が?」

二人とも俺の行動にまったく理解が追いついていないようでその場で立ち尽くしてしまっているが周囲にいる民衆が感じるのはまったくの別物。自分達の治療をその身と財を差し出してまで必死に治療を施す俺と教会と言う巨大な組織の力を振りかざし弾圧する教会関係者と言う図式に見えてしまうのだ。

そして普段から医療という命を盾に取って私利私欲を貪ってきた人間に対して人は好意を絶対に抱かない。逆に無意識下でもマイナス感情を抱いてしまう。そしてそれが表面化された場合。

「「「「ここからでていけー」」」」

そう、こうなるのは必然なのだ。

「聖女アリア様、申し訳ありませんが王宮へは今回の事は報告させて頂きます。それと御身のためにあの神兵との戦いだけに集中した方がよろしいかと」

「くっ……」

聖女アリアが苦々しい表情で俺を睨めつけてきているがそれすらここでは教会と聖女アリアを貶めていることに気がついていないのだろう。

「ユウティーシア、貴様は……」

勇者コルクが最後の言葉を誰にも聞こえない程小さく殺すと言っていたがそれこそ俺の望む展開だ。どちらにしても座天使サマエルを倒すまでは俺の回復とステータス上昇魔法は必要不可欠。まだまだ時間はあるのだ。どうせならセイレーン連邦全ての国々にカイジン・クサナギの名を知らしめてやろう。

聖女アリアと勇者コルクは民衆の怒りの声に追い立てられるかのようにその場を後にし前線へと戻って行った。さて、あとの問題は教会がどう動くかだな……。



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