最強のFラン冒険者

なつめ猫

幕間 アリスの母親とユリアの関係


部屋の玄関のドアが開かれると一人の美女が部屋に足を踏み入れた。女は、青い髪を肩口で切りそろえている。女はリビングの床に散らばっている洋服の隙間を縫うように歩いて寝室のドアを開けた。部屋に備え付けられている机の上を見ると、仕事前に置いていった食事が手つかずのままに置かれていた事を見てため息をついた。

「食べないと元気がでないわよ?」

女は、ベットの上で足を抱えてる少女に声をかけた。少女は女の言葉を聞くと頭を左右にふった。どうやらいらないと言う事なのだろう。

「もう3日も何も食べてないじゃない」

女はベットの上で蹲ってる少女の目線に合わせて語り掛けた。少女の瞳の色には光はなく何も映していない。精神に外傷を負った人にはよくあることだ。女はため息をつくと少女を抱き寄せながら考える。連れてきた当初、最初に体を洗った時に少女の背中には無数の傷跡が存在していた。長年虐待を受けたのだろう、痛々しいほどだった。ユニコーンで保護した少女と一緒にいた奴隷たちの話によるとこの少女は、あの貴族の屋敷でも最古参の奴隷だったらしい。

少女が逃げる意思を持たないように貴族は目の前で少女の奴隷仲間を虐待し刃物で殺す現場を見せ続けたというのだ。本当に居た堪れない。でもそれが今のヴァルキリアスの実情だ。どんなにゴミを処理しても富がある連中は人としての道を踏み外す。そして目の前で貴族が殺された光景を見ても、少女は反応しなかった理由に女は納得した。
元々、この少女の目の前で貴族を殺したのは、彼女に恐怖を与えた者がもういないと言う事を教え前を向いて貰いたいと言う意味を持たせていたのだ。

「ねえ?」

唐突に声をかけられた女は少女へ視線を向ける。

「どうしたの?」

少女の表情は全てを諦めた者に共通する特有の感情が抜け落ちていた瞳をしていた。そんな人間が言う言葉の相場は決まっている。少女は殺してほしいと告げようとしているのだ。
わかってる、つらい現実を見せ付けられて逃げたいのは誰だって同じだ。でもそんなの誰も救われないし、彼女を知っていた人たちだって望まないだろう。自分が今からする事が偽善だと分かってる。

女は少女が口を開く前に人差し指で唇を抑えていた。

「そうね、今日は休みをとっちゃいましょう!貴女も女の子ですもの、お洋服を買いにいきましょう!」

女は少女に笑顔を見せながら語りかけた。
数時間後、少女が連れて来られたのは、王都ヴァルキリアスの中央市場にある服屋であった。人口100万人の大都市と言う事もあり購買客数も多い事から仕立て済みの洋服がところせましと並んでいる。そして女性服を主に扱ってるお店と言う事もあり女性客や子供連れの親子も多い。

そこで女は自分の服をギュッと掴まれた事に気がついた。
視線を下すと、12歳だと言うのにロクな食事も与えられなかった影響なのか身長も同年代よりも低い少女が何かを我慢するかのような表情をしていた。

すぐその場にかがみこんで少女と目線の高さを合わせる。少女の瞳には先ほどの無機質な印象が見受けられず淡い緑色の瞳は潤んでいた。
調査結果から少女の家族が山賊にすでに殺されてる事は分かっており少女の名前がユリアだと言う事も調べはついていた。

「ママ……パパ……」

ユリアが自分の父親と母親の名前を呟いてるのを見てカリナはこんな方法しか思いつかなかった自分を責めた。
それでも、やらないと行けない事だからここに連れてきた。ユリアは、まだ人としては壊れてはいないからだ。幼い頃から、辛い事や悲しい事が多すぎて心に蓋をしているだけ長い年月をかけてそれは扉となり重い重りで塞がれてしまった。

だからそれを楽しかった思い出である両親の思い出を別の親子の姿と重ねることで揺さぶる鍵としたのだ。
カリナは唇を強く噛み締めた。ここからさらに過酷な現実を少女に再度突き付けないといけないからだ。
それでもやらないといつか少女は壊れてしまうだから残酷でも笑顔で言わないといけない。

「ごめんね、すぐにお父さんとお母さんの元に返してあげるからね」

その言葉にユリアは、涙をポロポロ流しながら何度も頭を左右に振る。

「パパも……パパも……もういない……」

それだけ言うとユリアは大声で嗚咽した。周囲にいた親子ずれの夫婦や女性は何事かとカリナとユリアへ視線を向けてくるがカリナはユリアを強く抱きしめながら泣く事を止めない。悲しみは一度吐き出させないと鳴いて泣いて泣き疲れてそれでも泣いて自分の心の中で折り合いをつけないと人は壊れてしまう。

まだこの子はユリアは戻る事ができる。
重い重りで心の扉が閉ざされていただけならそれを開けてあげればまだ全うな人生を送れる。

ユリアが鳴き疲れたのはそれから数分後であった。その間駆けつけた警備隊とのいざこざがあったが、カリナが王宮関係者であると分かると敬礼をして去っていった。
翌日から、ぎこちないながらもカリナとユリアの2人きりの生活は続いていた。

そして数年後

「また、脱いだままなのですか?」

すっかり女性として成長したユリアは、カリナが帰ってきて床に放り投げた服を洗濯するために集めていた。

「ねえ?ユリア。少しお話があるんだけどいいかな?」

「なんですか?またお酒を買ってこいって言うんですか?」

「そ、そうじゃないの。貴女もそろそろいい年でしょう?結婚とか考えないの?」

カリナの言葉にユリアは、この人は何を言ってるんだろう?という顔で見た。

「私よりも、20歳半ばで行き遅れのカリナがまず結婚するのが先じゃないんですか?」

「そ、それを言われると辛いのよね……」

カリナは、元は男爵令嬢であったが騎士団に憧れた結果、女性初の騎士に抜擢されたのだが暗殺の適正が判明しユニコーンに所属させられた。所属後は、紆余曲折あったが副団長まで上り詰めた。暗殺を生業としてる以上、団長や団員達の信頼は高いが、その秘匿性から結婚は難しい。

結婚するとしてもユニコーン内部からと言う事も出来たが大酒飲みで有名なカリナには近寄りたくないという団員達の立派な理由があったがそれを知らなかったのはカリナだけであった。

そんなある日……。

「ユリア、結婚きまった!」

お酒を嗜みながらカリナは爆弾発言をした。
いつものごとく騎士団の食堂から出来合い物をもらってテーブルに乗せていたユリアはあーまたこの人なんか言ってるよーと冷めた目で見ていた。

「はいはい、それで今度は誰ですか?夢の中の王子様ですか?それともアルド皇帝陛下ですか?」

まったく無駄な事を聞いたとユリアは、茶葉を湯呑に入れ湯を注いだあとにカップに紅茶を注ぎ口をつけようとしたところで

「そう!そのアルド皇帝陛下の側室に任命されたの!」

カリナの発言と同時にユリアは口から紅茶を噴き出した。

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