君のことを本当に……?

ノベルバユーザー173744

《言の葉》……心からの……

 屋敷に入っていくと、龍樹たつきが、

「おとうはん、おかあはん、ただいま帰りました」

と声をかける。

嵯峨さがおにいはんと柚月ゆづきおねえはんと一緒です」
「ようおかえり」

 嵯峨に促され、室内に入っていく。
 すると、赤ん坊を抱いた優希ゆうきと夫の主李かずい、そして紅葉もみじとその様子を微笑んで見ている、身なりのきちんとした細身の男性が座っている。

「あぁ、賢樹さかきおいはん。お久しぶりです」
「あぁ、嵯峨やないか。元気そうでええことや」
「おいはんも……サキたちは?」
嵐山らんざんあにはんらとただすの森に遊びにいかはったわ。あぁ、柚月はんどしたな……ようおいでやす。あては賀茂賢樹かもさかき言いますよって、よろしゅう」
「あ、ご挨拶も出来ず申し訳ございません。私は大塚柚月おおつかゆづきと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 丁寧に頭を下げる柚月に、賢樹は、

「きぃはらんでかまへんさかいに……逆に、来てくらはって助かりましたわ。本当に……」
「だんはん?本当に柚月はんに居てもろて、助かりましたんや……あ、嵯峨はん、柚月はん。おにいはんが持ってきてくれはったお菓子どすわ」

 卓袱台にお茶とお菓子を出す。

「ありがとうございます」
「まぁ……綺麗ですね‼食べるのが勿体ない……前に観月みづきが、祐次ゆうじくんに私たちの街にある『まつのお』に連れて行って貰ったと、お土産だと持って帰ってくれたんです。本当に綺麗で、見ているだけでも幸せになりますね。それにとても美味しかったです。でも、本当に人の手でこんなに素晴らしいものができるのかと思うと、感動しますね‼」

 お菓子を見つめて喜んでいる姿に、紅葉は微笑む。

「嵐山おにいはんは、高校を卒業する前から修行してはりましたんや」
「おにいはん……ご兄弟ですか?」
「あての妹が櫻子さくらこ。年子で、あての一つ上が嵐山あにはん。同じ学校どすわ。で、櫻子の後輩が紅葉で、紅葉は嵐山あにはんの従姉妹なんどすわ」
「そうだったんですか‼」

 賢樹の言葉に驚く。
 しかし、美貌の櫻子やその息子の紫野むらさきのに顔立ちや雰囲気が良く似ている。
 兄弟らしい。
 だが、がっしりとした嵐山と、華奢で童顔で可愛らしい印象の紅葉が従姉妹と言うのは驚いたものである。

「あては名字の通り、賀茂の家の分家筋。よって、『連理の賢木』から名前を戴いたんどす」
「『連理の賢木』……あぁ、二本の木が、一本にていう……」
「そうどすわ。えろうたいぎょうな名前でっしゃろ?」

 クスクス笑う。

「私は満月からです。季節が柚子が黄色くなる時期で。観月は、観月祭かんげつさいからです。観月橋の字を書きます。秋の生まれです。義理の姉や兄の名前からではなかったです。でも姉は、私に似ていて可愛いから『月』と言う名前をつけたいと言ってくれました」
「そう言えばよう似てはるて……」
「姉に似たら、もっと美人だったと思うんです。でも、私に似ている観月も、兄にとっては憎しみの対象で……辛いです。でも、あの事件の為とはいえ、仕事もしていない……私が、養女に迎えられるのか……」

 項垂れる。

「観月はもう私の子です。絶対に兄に奪われたくはないのです。でも、私の力では……」

 戻ってきていた実里みのりが龍樹の隣に座ると、賢樹が口を開く。

「そう言えば、嵯峨に聞いとらんのですな……あてと紅葉には本当は子供が生まれんかったことを……」
「……えっ?」

 突然の一言に、柚月は呆気に取られる。
 優希と龍樹がいるではないか……。
 賢樹は、娘達を見ると答える。

「実は優希も龍樹も元々は、柚月はんの住んどった街の子や。主李や実里と同じ学校に通うとりました。10年前に嵯峨から電話がかかったんどすわ。『悪いんやけど、おいはん。女の子二人を引きとれまへんか?』言うて。あてらは子供が一回でけたけど、生まれてすぐ逝ってしもたんや。生きとったら柚月はん位かなぁ……。あても紅葉も悲しんだし、つろうなった……でも、それからはあてらは二人でおるんがえぇて神さんが言わはったんやと、二人でおろかと話おうとった時で……」
「だんはんが『紅葉いこか』言うて、行った先が病院どした。不安そうな顔をした龍樹に会いましたんや。今とは違ごうて余り喋りもしない、人見知りが激しい子どしたわ。そして、優希が大怪我をしてベッドに横になっとりました。実の兄だった男に暴力を振るわれて、その上心の病を患っとりました。怪我も顔がパンパンに腫れる程酷い、その上パニックを起こす……そやのに龍樹や、弟の康弘やすひろはんや実のおとうはんを心配して、自分は元気や言うて……」

 思い出したのか瞳を潤ませる紅葉。

「弱っとるのに、自分を責め続ける、あては出来なあきまへんのや言うて、泣きじゃくる優希と、優希にすがって怯えとった龍樹を、あてはどうしても置き去りにはできまへんでしたんや。殴られて、歯や顎の骨が折れて、顔が腫れ上がって……それでも、必死にあてらに挨拶をしようとする。おとうはんや龍樹や康弘はんを心配する優希を、龍樹をあてらが守らなと思たんどす。向こうのおとうはんは狭心症の発作を起こして……おとうはんのおにいはんや、おかあはん……優希たちのおばあちゃんが、優希と龍樹には環境があかんと……よろしゅうにと頭を下げられたんどすわ」
「……そ、うだったんですか……」

 柚月はどことなく顔立ちが紅葉に似た優希と、賢樹に似た龍樹が実の親子でない方がビックリである。

「丁度、ブルームーンの頃ですわ。なぁ?主李はん」
「え、えぇ。優希に贈りました。一つはあれです」

 示したのは、和風の建物の庭に、薔薇の茂みと言うか、アーチができている。
 そして、咲く薔薇の色は……。

「ブルーローズ?」
「えぇ……苗を贈ったんです。元気になった優希が世話をして……こんなになったんですよ。で、結婚式のあの写真のブーケも……」
「まぁ‼素敵‼」
「指輪は、誕生石のも贈ったのですが、普段はお揃いで……」
「……ムーンストーン?」
「中学生のお小遣いなので、たかが知れてますけど……」

 主李は照れる。

「素敵ですね。じゃぁ、お二人は遠距離恋愛だったんですか?」
「えっと、約3年後に実里と3人でこちらの大学に進学して……で、卒業後すぐ結婚したんです。俺は兄がいるので、婿養子になっても良かったんです。でも、本当はおとうはんの仕事を見て覚えなと思うんですけど、もう一つの仕事で……あぁぁ……優希と離れるんなら、入団するんじゃなかった‼」

 プロ野球選手が、本気で嘆く。

「優希はここにおって欲しいんです。それに主葉かずははまだ小さいし……その上、あては結婚しとんのに‼何で隠さなあかんのや‼」
「ドンマイ‼主李」
「お前に言われたない‼嫁はんに『主葉と遊ぶ方がいい‼』『京都の名所散歩行ってくる~‼』の癖に‼」
「それこそ、言うな‼」

 親友であり義兄弟が睨み合う。

「あ、そうやった。嵯峨はん。祐次ゆうじの弁護は安心しとります。でも、柚月はんは、大丈夫でしょうか?あの事件がきっかけとはいえ、仕事もしていない、不利になりませんか?」
「あ、そうやった。それに確か、第一実業病院の院長の婿が大塚東矢おおつかとうやさんと言うんですが、知っとります?東に弓矢の矢って書くんですけど……」

 実里の一言に、柚月は目を見開く。

「あ、兄です‼第一実業病院と言うと……何故知っているのですか?」
「いえ、私はまだ神職として新米で雑用をしています。ある時に……と言っても、今年になって、赤ん坊を抱いた奥さんと、院長の親族とでこちらに赤ん坊のお宮参りに来られたんです。大塚東矢さんの癖が独特で気になっていたら、今、柚月さんも同じ癖をしてはったんで……考え事をする時、こうやって拳で口を覆うでしょう?こちらからは小指が見えますが、あの人も柚月さんも人差し指が少し見えるんです。柚月さんは真剣に考え事をされていますが、あの人は人の話や、お宮参りの間中、あくびをこらえる、まばたきを繰り返す……眠たかったんでしょうね?それに、親族がおとうはんと話している間も、その手のままでウトウト寝てました」
「あぁ、あの阿呆かな。今度挙式をしたいて言うてはったけど、気に入らんわ……しかも宮坂はんも、自分が偉いんや言うて……その割には、式の準備はせぇへん、こちらがやればその分まけろ言わはって……幾ら神さんでも怒りはるわ」
「キャンセルします?」
「そないなこと言うたら、こっちがふんだくられるわ」

 嫌そうな顔で賢樹がぼやく。

「それなら、他に幸せな夫婦の挙式が入りましたわ~えろうすんまへん。ご縁はこちらが強うおます言うてキャンセルと言うよりも、上塗り取り消しした方がましや。嵯峨?はよ結婚しいや。嵯峨やったら、あの阿呆の挙式の代わりに入れるさかいに」
「あてですか‼そんな相手おりまへん‼」
「好きな相手探しいな。一応、縁はぶちきったさかいに、今はどうか知らへんけど、美園みそのはんとあの男もそこで式したんや。あの抹茶男が‼浮気もん‼美園はんは優しゅうて、紅葉と仲良かったのに‼」
「抹茶男?」
「茶色?」

 嫌悪感丸出しの父親に、キョトンと二人の娘が首を傾げる。
 妹のように可愛がっている二人の仕草に、嵯峨が、

「私の……言いたくないですが父が、宇治うじと書いて、ひろはると読むんです。一応大塚財閥の総帥が現在祖母で、跡取りは父ですね。一人息子ですから。その子供があてと弟の伏見でしたが、5年前に逝きました。母はあてが20の時に心労で……嫌ですね……一人の家も辛いですが、慣れてしまいました」

ボソッと呟く。

「母の病気が解った時に、法学科を取っていた自分を悔やみました。でも、弁護士を目指す私を応援してくれたのが母と弟だったので……大学を卒業して、伏見が医大を目指すのを応援しました。でも、医大で勉強中に病気が解って……手を尽くして、治してやりたいと……でも私の……新人弁護士の収入じゃ無理で……当時生きていた祖父に連絡をしたら……金を出す代わりに戻れと……伏見を助けたかった……。でも伏見は大原に戻ろうとする私を止めた。母があんなに喜んでくれた道を諦めて良いのかと……結局、にしきのおとうはんに助けてもらったけれど、すでに手遅れで……」

 目を伏せた嵯峨は、立ちあがり、

「……すみません。あて、賀茂の神さんにご挨拶してきますわ……」

と出ていった。
 柚月も立ちあがり、

「私もご挨拶しに行きます。後で戻りますね」

と追いかけていったのだった。

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