君のことを本当に……?

ノベルバユーザー173744

《指》……繋ぎ止める

 ところで、買い物も出来ないまま哲哉てつやは妻子と自宅に戻ったが、隣の家の前に集まる……つまり、突き当たりの自分の家の前の道路に集まる取材陣に、問答無用でクラクションを鳴らす。
 車を止め、窓を開ける。

「何しとんで‼迷惑やろが‼はよどかんか‼」

 温厚な哲哉だが、今回は激怒している為、粗い口調である。
 その横で苺花いちかが、スマホで映像を撮影している。

「何、人んちの、門を開けて入り込んどんぞ‼」

 朗らかなめぐみは庭に花壇をつくり、可愛い花を育てていた。
 それも踏み荒らされている。
 哲哉もスマホで撮影し、ボタンを押す。

 数コールで電話が繋がる。

『もしもし、警察ですが』
「すみません。霞が台の大角おおすみと言いますが、隣の家の門を開けて、無断侵入しとるんですけど?うちは奥なんで、車も通れなくて迷惑しとるんですが?何とかして貰えませんか~‼おい、逃げんなや‼」
「すみません~名刺下さい‼くれないと、警察に映像を送っておきますよ~‼」

 苺花が窓を開け、手を差し出す。

「すみません‼もう家に帰れんけん、迷惑しとるんですけど、すぐ来て貰えませんか~?それに、ツイッターに勝手にうちの娘の写真が了承もなく出回って、迷惑しとんですけど~?」
『ツイッターですか?』
「えぇ‼家族ぐるみで付き合いのある隣のご一家と一緒に、娘と今度生まれる子供用品を買いに行ったんですけどね?隣のお兄ちゃんが娘は大好きで、だっこをせがんでいて、抱いて貰っていて喜んでいる写真を、知らん人に撮られてツイッターに流されたんです。顔が隠されてないですし、個人情報じゃないですか?しかも、流した人間を調べずに、撮られて迷惑しとる家に押し掛けるんはおかしないですか?」
『向かわせましたのでお待ち下さい。お名前をお伺いしてもよろしいですか?』
「大角哲哉です。よろしく頼みます。自分の家にも帰れんので、人の家に入り込んどる人間を逃げんようにしときますので」

 電話を切ると、映像に切り替え車を出る。

「逃げんなや。嫁が撮りよるで。ほら、名刺を渡すけん、そっちも貰えるかいな?」

 自分の名刺を渡すと、相手も仕方なく名刺を出してくる。
 渡さない者はちゃんと映像に納めておく。
 これは、証拠として提出するつもりである。

「で、あんたらはどこからその情報を持ってきたんで?」
「ツイッターに……」
「あの不知火寛爾しらぬいかんじ選手の息子やって」
「写真に撮られとる子供は、うちの子供や‼不知火さんの息子さんが、うちの子を抱いてくれとったんや‼うちの嫁が二人目がおって、大変やけん抱いとくわ、言うて‼知り合いの子を不知火さんが預かっとって、その子と並んで歩きよったんや‼家の子と、二人目が生まれるけん、その準備にと出掛けとったのに‼」

 哲哉は怒鳴り付ける。

「証拠も何もなく、よう、ここにこれたな?ツイッターに流した人間には連絡したんか?言うてみいや‼」
「えっと、その……」
「ここにおれ‼警察が来るわ‼逃げんなや‼あんたらのお陰で、俺も家族もえぇ迷惑や‼家の子供の写真も流れてしもた!告訴するわ‼それに、不知火さん家に勝手に入り込んだって、言うとこわい。弁護士さんもう準備しよるで‼」

 一喝すると、丁度警察の車両が姿を見せる。

「通報されたのは……」

 出てきた警察官に、手をあげる。

「私です。ここの奥に家があるんですが、その前を陣取っとって……その上に、この家の庭とかにも入りこんどったんで通報しました。私は、こういうものです」

 名刺を差し出す。
 受け取った警官に、スマホを差し出し、撮っていた映像を見せる。

「こんな感じです……。何かツイッターに上げられた情報を鵜呑みにして来たそうですが、私も見たのですが、写っていたのは隣の息子さんに知り合いの子、そして家の子供です。なのに調べもせずにここにおるんですけど?」
「……これは……」
「この人らに、帰るように言うて下さい。このことはもうすでに、お隣と一緒に弁護士を依頼しとるんで……。ツイッターをあげた人もあおった人も、今回名刺も戴いとんで、この映像も弁護士さんにお渡ししますわ」
「えと……」

 どう対処しようかと考えていた警官の耳に、子供の泣き声が届いた。
 車の中で待っている子供らしい。

「マンマー。マンマー‼ふあぁぁん‼」
「あー‼ごめんね~‼おやつ持ってきてなかった。待ってね?お家に帰れないから」
「うぎゃぁぁぁ~‼マンマー‼」

 泣き声が激しくなる。
 哲哉は、振り返りつつ、

「すいません。子供も小さいんで、後は頼みます。追い払って下さいや」
「解りました」

警官も子供が泣くのは困ると、車が通れるように移動させ、その後、名刺などを預かり立ち去らせたのだった。



 泣きじゃくる娘を抱いて家に入った哲哉は、食事を苺花に頼み、電話を掛ける。

「もしもし、嵯峨さがさんですか?」
『えぇ、大丈夫でしたか?』
「いえ、取材陣が殺到していたので、警察呼んで、追い払って貰いました。一応あの写真の子供はうちの子だと言っておいたんですが……すみません」
『同じ案件ですから、哲哉くんのお子さんも被害にあったと先方に伝えます。大丈夫ですよ』
「よろしくお願い致します。でもお隣が、庭とかにも侵入した跡があって……酷く荒れてました。私と苺花のスマホで撮影してます」
『又、後でお伺いしますね?私は今、にしき……同僚を待っているところです。柚月ゆづきさんの所に向かいました』

 哲哉はホッとする。

「そうですか。良かったです。観月みづきちゃんのことが心配でしょうし……。じゃぁ、又後でよろしくお願い致します」

 電話を切ると哲哉は、苺花が昼御飯を作っている間、ぐずるいちごをあやしに戻っていったのだった。



 5年前の憔悴しきってやつれていた顔が、少し健康そうだが、何処と無く雰囲気が違うことに気がついた。

「お久しぶりです。大塚さん」
「本当に、あの時はありがとうございました」

 観月は本当に年齢に見えない程幼かったが、嵯峨よりも2つ下の柚月も年齢に見えない程童顔である。
 その上、親子と間違う程うり二つである。

「いえ、あの時は仕事ですから」

 と言い、嵯峨は慌てて、

「すみません。実は、今回相談を戴いた件なのですが、私は祐次くんの個人情報の方を優先する為に、代わりに同僚に来て貰うつもりです。申し訳ありません」
「そ、そうですか……」
「あ、観月ちゃんの事についても関わりますので、きちんとさせて戴きます」
「み、観月のことは、どうか‼」

不安そうだったが、一瞬にして表情が変わった。
 孤独に追い込まれていた5年前とは違う……10年前の事件の時に風遊ふゆ晴海はるみ、せとかの眼差しに、表情に似ている。

「……あぁ、そうなのですね」
「えっ?」
「あ、いえ……柚月さんの顔は、母親の顔になっていて……観月ちゃんのお母さんなのだと思いまして」
「えっ!」

 頬に手を当てる柚月に、普段は固い嵯峨もふっと微笑む。

「前にお会いした時よりも、本当に強い、そして愛情に溢れる眼差しで安心しました」
「老けたと思いますが……」
「いえ、逆にお若く見えますよ。私は白髪も増えて、幼馴染みにしわがと言われるので、拳をお見舞いしているのですが……」

 苦笑する。

「幼馴染み?」
「あ、聞かれていませんでしたか?祐次くんや観月ちゃんに。私は出身が京都で、『まつのお』の双子とこれからくる錦……北山錦きたやまにしきと幼馴染みです。双子の鬱陶しい方の標野しめのが、祐次くんの従姉と結婚しているんですよ」
「誰が鬱陶しいや。おっさんが」

 二人の女性をつれた細身の男性。

「あれー?うわぁ、わっかいなぁ。錦、あかんわ。おばはんや。38やもんなぁ」
「女性の歳を言うなんて……ひめちゃんに後で締めて貰いなさい‼」
「アイッタァァ‼ヒールでグリグリ……に、ギャァァ‼嫁はん、悪かったわ‼それはやめて‼仕事でけへんようになるさかいに~‼」

 スーツ姿の美女と快活そうな女性に、文字通り締められているのを冷たく、

「あれが、恥ずかしながら幼馴染みの松尾標野まつのおしめのです。で、小柄な方は幼馴染みの奥さんの公には安部媛あべひめさん。もう一人が北山錦。幼馴染みで同僚です」
「大塚柚月さんですね。お久しぶりです。何度かお会いしましたが……あの頃よりも若返りました?」

錦が本気で真顔で問いかける。

「羨ましい‼本気で美容方法をお伺いしたいわ‼」
「仕事中に、無駄話は給料からカット‼」
「何ですって?女性にとって、美しさと愛らしさと素直さをとったら、醜いだけよ‼私も夫と子供の為に……」
「お前がいつもきゃんきゃん言っているからだ。しわとシミに注意しろ。それとお前が今更可愛くなっても誰も喜ぶか。無駄な知識仕入れるより、仕事をしろ」
「きぃぃ~‼ムカつく‼もう、コイツと居たくないわ‼シィ‼コイツ連れて行きなさいよ‼仕事仕事って、過労死しなさい‼ボケ!」

 錦が、スーツのミニスカで嵯峨を蹴りあげようとしたが、スッと避ける。

「では、柚月さん。うるさい奴ですが、情はあるので安心して下さい」
「は、はぁ……」

 一礼して立ち去る嵯峨を、柚月はぼんやりと見送ったのだった。

「うっわー、気持ち悪っ」
「ほんまやなぁ……」

 幼馴染みの二人は奇妙な顔をする。

「えっ?気持ち悪い……?」
「あ、あぁ、こっちの話ですわ。な?錦」
「えぇ、柚月さん。仕事は?」
「あ、個人病院の看護師をしていて、宿直だったのですが……ご迷惑になってはと、先生と先輩に連絡をして、しばらく休みを戴きました……もしかしたら、退職を申し出ようかと……5年前の慰謝料がありますし……切り崩せばしばらく生活できると思います。駄目なら実家に戻って……」

 俯く柚月に、

「嵯峨……大原に言いましたか?」
「いえ。私事なので……」
「違うでしょう」

錦は電話を掛ける。

「あ、大原さん?え?仕事に私情は持ち込むなでしょ?仕事よ、仕事。柚月さん。今日からしばらく仕事を休むそうよ。職場に迷惑はかけられないって、退職も視野にいれているって、そっちの仕事でしょ?つけといて……えぇ、そう。退職も視野。そっちの案件で情報が漏れたかもしれないでしょ?すぐに職場に向かうから。……えぇ、私は、ここは不案内だから、足は標野にさせるわ。標野から交通費に仕事に支障が出たって書類を提出させるから、よろしくね」

 と切った美女は嬉しそうに、

「では、シィ‼運転よろしくね?帰りに柚月さんの家に行って、荷物を取りに行きましょう。私と同じホテルに滞在して戴くわ」

とどや顔で、幼馴染みに指示をしたのだった。

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