僕の妹は死霊使い(ネクロマンサー)~お兄ちゃんは妹が心配です~

黒眼鏡 洸

16 妹は兄とイチャつきます。

『許さん』

 ユウは鬼を思わせるような、低いどすの利いた声で言い放つ。

 オークが固まる。

「お兄様……」

 レイは両手を握り、うっとりとした表情でユウを見つめる。
 ユウはレイに向かって歩く。
 しかし、殺気はオークに注がれたままだ。

 オークの呼吸が止まる。

『レイ、待たせて悪かった』

 ユウはしゃがみ、レイと同じ目線にしながら話しかける。
 レイはというと、ユウと目が合うだけで頬を赤く染め、その瞳はキラキラと輝く。

 いつもの兄も大好きだが、こちらの兄も大好きなのだ。
 流石はレイ。
 兄への愛情は底知れない。

「大丈夫。ちょっと腕を擦り剥いただけだから」

『傷口を見せてくれ』

 ユウは優しくレイの腕を掴み、傷口を見る。
 確かにレイは右腕を擦り剥いていた。
 転んだときの傷だろう。

「お兄様? あ……」

 ユウはレイの腕の傷口へと、合わせるように自身の唇を重ねる。
 そんなユウの行動に、レイは赤面。煙が上がり始める。

「おに、おに、おにぃ……あれ、痛くない」

『これで大丈夫だ』

 ユウはニカっと笑い、レイの頭をポンポンと軽く撫でる。
 レイはふやけたような顔つきになってしまう。

 ユウが使ったのは《弱チート》の一つ《キスdeヒール》だ。
 使い方はユウが行なったように、治したい傷口に自身の唇を合わせるというものだ。
 ただし、治せるのは擦り傷などの軽い怪我までとなっている。

「あ、ありがとう」

『あぁ。……レイ。もう少しだけ、待っていてくれるか?』

「うん!」

 レイは微笑みを浮かべて心から頷く。
 晴れ晴れと澄んだ笑顔には、もう雲は一つもない。

『さぁ、さっさと終わらせようか?』

 それがトドメとなった。

「ぐひぃ……(もうムリ……)」

 オークはその場で倒れる。
 驚くことにオークは魔石に変わってしまう。
 まさかの殺気だけでオークを倒してしまったユウ。

 殺気ってそういうものじゃないよね?
 ユウくん恐ろしいっ!?

「やった」

『あ? 倒れたのか……チっ。メンチにしてやろうと思ってたのに』

「お兄さまぁー」

『おっ』

 ユウが何だか恐ろしいことを言っている最中、レイがビューンという音がしそうな走り方でユウに飛び込む。

 ユウは抱きつくレイを受け止める。
 突然でも受け止めているあたり、慣れていることがよくわかる。

「お兄様! レイ、頑張ったよ?」

 上目遣いでレイが言う。
 その瞳には期待が込められていた。

『あぁ、よく頑張ったな』

「んっ……」

 ユウは大きなその手をレイの頭に乗せる。
 そして、艶のある髪の流れに沿うように、ゆっくりと下へ手を進める。

 耳の横を撫でるとレイは少しくすぐったそうに、だがとても嬉しそうに顔を柔らかくする。

 ユウの手は上から下へを繰り返す。
 レイはにやけの止まらない顔をユウの体に埋めて隠す。

(お兄ちゃん、大好き……)

『僕も好きだよ、レイ』

「にゃっ!?」

 思わず埋めていた顔を離すレイ。
 どうやらユウに声が聞こえてしまっていたらしい。

 いつものユウに戻ったようで、その顔はニコニコとしている。

「ほ、本当に?」

『うん』

「……うふふ」

 レイは込み上げる悦びを抑えきれずに溢す。
 その顔は少女らしく、それでいて恋する乙女を思わせるそれだった。
 ほんのり染めるピンク色の頬は、まるでレイの心を写したようにも思える。

「ユウぅ〜」

 この声はミカだ。
 二人のことを探しに来たのだろう。

「あっ! いたいた……って、二人とも何やってるの!?」

『え?』

「とっても楽しいこと」

 到着したミカが見たのは、まるで恋人がイチャついているような状況。
 兄に対してするような顔をしていないレイは、意味深いことを言ってミカを惑わす。

「な!? は、離れなさいっ!」

「いや」

 混乱中のミカが慌て気味に言い放つが、レイは断固拒否の様子。
 折角の兄とのイチャイチャタイムを奪われまいと、ユウに抱きついて離さない。

「もう! ユウからも何か言ってよ!」

『そんなこと言われても……』

 妹に無理強いは出来ないお兄様。
 それではいつまでも兄離れが遠ざかるばかりだ。
 いや、むしろ妹離れが出来ていないと考えるべきか。

「恋人は私なのにぃいいい!!」

 ミカの叫び声が響き渡った。

 ***

「皆さん、お帰りなさい。おケガはないですか?」

『はい、僕は大丈夫です。幽霊なので』

「あ、すっかり忘れてました!」

 あの後、色々揉めはしたが無事馬車に帰還した三人をスレンダが迎える。
 ユウが幽霊なのを忘れていたスレンダ。
 もう、幽霊だからと言って倒れることはないようだ。

「疲れたわぁ……」

「お兄ちゃんは私のことが好き……うふふ」

 ぐったりした様子のミカ。
 対してレイは、まだまだ桃色の余韻に浸っているようだ。

「あのぉ、何かあったんですか?」

『あ、いや、何でもないですよ』

「そうですか……」

 自身がほぼ問題の原因となっているユウは、答えづらいのか言葉を濁す。
 何となく察したスレンダは苦笑をするしかなかった。

 そんなこんなで、ユウたちのオーク討伐作戦は終わりを迎えた。
 幽霊になったことで、何故か強くなったユウ。
 《弱チート》も捨てたものではない。
 まぁ、使い所は考えた方がいいだろうが。

 そしてユウたちは糸の都市フィーロへ向けて、再び馬車を進めるのであった。





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