僕の妹は死霊使い(ネクロマンサー)~お兄ちゃんは妹が心配です~

黒眼鏡 洸

5 義姉の危機。そして、妹は怒る。

『きゃーーーーっ!!』

 森の奥から女性の叫び声が響く。ミカの声だ。

『ミカっ!』

「待ってっお兄ちゃん」

 ユウはミカの声を聞くとすぐさま森に飛び込んでいく。
 その後を追うようにレイも木々を避けながら森を進む。
 ユウとレイは必死の思いで走り、最悪の事態になる前に何とか辿り着く。

 ミカに害を与えようとしていた正体は『ゴブリン』と呼ばれるモンスターで、その数は三体だ。
 通称“子鬼”。その力は強いかというと、そうでもない。
 新米冒険者でも一体が相手なら難なく倒せる程度だ。そう、一体ならば。

 しかし、ゴブリンは群れる習性がある。
 そのため一体に気を取られていると、後ろから迫るもう一体に気づかずやられてしまう。
 そんな理由もあり、ゴブリンだからといって油断が出来ないのもまた事実。

『ミカっ!!』

「ユウっ!!」

 ユウはミカを見て反射的に名前を叫ぶ。
 その声に気が付いたミカも応えるように呼び返す。
 だが、今の状況は芳しいものではなかった。

 ミカは一本の木に背を寄せ、その周りに三体のゴブリンが迫るように足を進めている。
 ゴブリンたちがミカに危害を加えるまで一刻の猶予もない。

「いやっ! 来ないで!」

 ミカは恐怖からその場を一歩も動けないでいた。
 普段なら逃げることも容易かったかもしれないが、一人で先ほどの言動を反省していたところに突然の襲来だ。
 いくら頼りがいのあるミカとは言え、モンスターは怖い。
 何とか助けを求めるまでが精一杯だった。

「危ないっ! ミカお姉ちゃん!」

 一体のゴブリンがミカに向かって飛び出す。
 絶対絶命。
 かと思われたその瞬間、飛び出した一体のゴブリンがまるで巨大なハンマーで打ち飛ばされたかのように横方向に放物線を描く。

『ミカっ、大丈夫!? どこかケガはしてない?』

「う、うん。ありがとう、ユウ……今のって、もしかしてユウがやったの?」

『そうだよ。でも、詳しい話は後でしよう。ひとまず、このアホ・・たちを倒す』

 危機から救ったのはまさかのユウだった。
 皆さんは覚えているだろうか、ユウは元々どんな境遇でこの世界にいるのか。
 そう、転生者。まぁ、今となっては死んでしまったので元転生者っといったところか。

 『転生者』とは単純に魂が別の肉体に移動した者という意味ではない。
 ある存在から“使命”を受け、その代わりに能力チカラを貰い転生した存在なのだ。
 悲しいことにユウ自身はその“使命”を如何やら忘れてしまっているらしいが……。

『お前ら、大切な人おんなに手ぇ出した罪、覚悟しろよ?』

 ユウの雰囲気がガラリと変わる。
 その身に纏う空気は、息が出来ないとまで思えてしまう程に重苦しい殺気が込められている。
 真面目さを強調するメガネはいつの間にか消えている。

「ユウぅ……」

「お兄様っ!」

 ミカとレイはユウの変化に驚くどころか、顔を赤くし身も心も陶酔し切ったような表情を見せる。
 レイに至っては呼び方自体が変わってしまっている。
 誤解して欲しくないのはこれがユウの能力ではないということだ。

 実を言うと、ユウがこの状態になったことは初めてではない。
 過去にも同じようなことがあり、決まってレイ、またはミカに危害が加わりそうになった時、ユウはキレる。
 通称(レイとミカ曰く)“俺様モード”と言うらしい。

『まず一体』

 そう呟いた瞬間――ユウが消える。
 能力の一つ《超加速》だ。
 身体が弾け飛ぶほどの急激な加速により一瞬、消えたように見える。

 お気づきだとは思いますが、生身の人間が使えば肉体がバラバラに引き千切れます。
 ユウが幽霊になったことで、初めて使えるようになった能力ということだ。
 皆さんは真似しないようにしましょう。

『はっ!』

 目の前にいた一体のゴブリンの横から、前触れもなくユウは現れ拳を打ち付ける。
 ただでさえ単独で戦って勝ち目のないゴブリンは抵抗の余地もなく、ユウの拳によって先ほどのゴブリンと同様にぶっ飛ばされる。
 少し違うのは宙にいるゴブリンが光の粒子に変わると、収縮して七色の石に変化したことだ。

「あ、魔石だ」

 魔石と呼ばれた石はちょうどレイのところまで飛び、その小さな手にストッンと収まる。

『もう一体』

 《超加速》により、またユウは消える。
 白い影だけが残像となるが、それはまるで幽霊写真のように形があやふやで不気味だ。
 更にもう一体、ユウの拳によって魔石に変わる。

『ラスト』

 一番最初に殴られたゴブリンがダメージからようやく立ち上がろうとした瞬間に、再びユウの拳によって地に伏せる。
 直後、最後のゴブリンも石に変わった。

「お兄様っ!」

 レイは戦いが終わったことを確認すると、ものすごい速さでユウのもとへ駆けだす。
 そしてそばまで来ると頭をちょこっと出し、目を瞑る。

『ん? レイか……残念だが、今回はお預けだ。また今度な……それよりも』

「え? ぁっ……」

 ユウはミカの頭に手をのせて、先ほどの戦いとは打って変わって優しく髪を撫でる。
 その手は透けることなく、しっかりとミカの髪に触れている。
 そんなユウの行動にミカは赤かった顔を更に紅潮とさせてしまう。

『怖い思いをさせて悪かった。よく頑張ったな、ミカ』

「う、うん……」

 ユウの言葉にミカは恥ずかしそうに、だが幸せそうに頷く。
 いつものミカはどこに行ったのか、花も恥じらう乙女となっているミカ。

「ミカお姉ちゃんばっかりずるい……」

 完全に不貞腐れてしまうレイ。
 残念ながら時間切れだ。

『(ぷしゅー)……あぁーー僕、またっ! うぅ恥ずかしい……穴があるなら入りたい……』

 これまた残念なことに俺様モード中の記憶は残っているらしい。
 先ほどまでの言動を思い出し、ユウが身悶えていると……。

「ユウ。助けてくれて、ありがとう。かっこよかったよっ」

 ミカは天真爛漫な性格をそのまま写したような笑顔を一瞬見せると、急に先ほどと同じような乙女の顔となり、その柔らかな唇でそっとユウの頬に触れる。

「あぁああああっ!!!!」

 ユウが反応するよりも先にレイが大声を上げ反応する。

『み、ミカ!?』

「ん? おかしいことなんて何もないでしょ? だって、私たち恋人だもん」

『そ、そうだね』

 ミカのあまりにも昂然とした態度に、ユウも思わず肯定する他なかった。
 それに黙っていない人物が一人。

「お兄ちゃんっ、今すぐその危険な女狐から離れて! レイが成敗する」

「ふっふーん。まさかとは思うけど、嫉妬しているのかな? レイお嬢様は」

「……もう怒ったもん。絶対に許さないっ。二度とお兄ちゃんに近づけないようにしてあげる」

「やれるもんなら、やってみなさいよ! 泣き虫お嬢様っ」

 この二人、完全にヒートアップしている。
 レイはそもそも、兄に女が近づくことでさえ容認できないというのに、今回はほっぺにチューときた。
 キレないわけがない。

 ミカはミカで、キスをしたこと、恋人だということを再確認させることに成功したため、妙な優越感が生まれていた。
 対抗しないわけがない。

(あぁ……また始まっちゃったよ。僕は周囲の警戒にでも務めているとしよう)

 絶対に負けられない女の、戦いの火蓋は切られた。





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