世界を滅ぼせ太郎

極大級マイソン

第11話「主人公補正が無ければ死んでいた」

 バンッ、バンッ、バンッ!
 バッターから代わってマウンドに立った佐藤は、先ほどまでのゆるい投球から転じて、鋭い速球をミットに叩き込んでいた。
「おーっ!」
『さすが、経験者だけあって肩も強いですね』
「そうだね。他校の野球部と戦うって聞いたときはどうなるかと思ったけど、これなら案外いけるかもしれないね!」
「だろう!? だから言ったじゃねえか飯塚、絶対勝てるって!!」
「……石垣さん、佐藤先生が野球経験者だって知らなかったよね?」

「よーし、どんどん行っていこうかぁ! 次、誰がバッターやる!?」
『打順からいって、二番手の魑魅魍魎ヶ原さんですかね?」
「よっしゃあ!! じゃあチミ、バットを任せるぜ」
「ふっふ〜ん、任せといてイッちゃん!」
(魑魅魍魎ヶ原か…。石垣の友達だそうだけど、授業の時も話したことないからどういう奴か分かんねえんだよな)

「それじゃあ佐藤先生、お手柔らかによろしくお願いしまーす!」
「あ、ああ」
(まあ、ぱっと見悪い奴ではなさそうだな。トラブルを起こさないのなら何でもいいか)

「そんじゃあ、まずは軽めに投げるから、少しずつコツを掴んでいってくれ」
「はーい!」
 魑魅魍魎ヶ原が可愛らしく返事し、佐藤はなるべく打ちやすい速度を意識して、球をキャッチャーミットへ投げた。

 ガキーーーンッ!!

「おおっ!」
 すると、佐藤の球は鋭いスイングと共に打ち返され、まっすぐ外野へと向かっていった。
 試合ならセンター前ヒットの好打球だ。
『ほう、力強いバッティングですね。ボールが綺麗に飛んでいきました』
「初めてにしては筋が良いよ! プロばかり観てきたけど、女の子でもあんなに上手く打てるんだね」
 内田と邪答院は感心して、魑魅魍魎ヶ原を賞賛した。他のメンバーも皆驚いたように彼女を褒めている。
「いやぁ、やっぱりチミだ! あいつあれで力あるから、ボール打つのはいけると思ってたんだよ!!」
「うん、でも…」
 と、飯塚はそっとマウンドの方へ視線を移した。
 そこには、何故かマウンド上でブリッジをしている、佐藤の姿があった。
「--あっぶねえ!?」
 そして、バッと上半身を起こしてブリッジを解除した。佐藤の額には大粒の汗が流れ、ゼェゼェと荒い息を吐いている。彼の顔は、つい今しがたまで命の危機に瀕していたような形相をしていた。

「あ? 何やってんだあいつ」
「さっき、魑魅魍魎ヶ原さんの打球が佐藤先生の顔面に当たりそうになって、寸前でブリッジでそれを避けたの」
『ピッチャー返しってやつですね』

「し、死ぬかと思ったぁ……」
「す、すいませ〜ん! 私ったら先生の顔にボールを……!」
「いや、大丈夫だチミ」
(危うく顔が骨折するところだったが、チミも悪気があったわけじゃないし怒るのは筋違いだな)
 これが石垣なら有無を言わさず怒鳴り散らすところだろうが、仮にも佐藤は教師。むやみに生徒をしかるべきでない事くらいは心得ていた。
「気を取り直していこう。今度はさっきより少し早く投げるからな!」
「お願いしま〜す!」
 ビュッと、佐藤は先ほどより速い球を投げる。
 そして、またも佐藤の球は打ち返された。今度は一二塁間を抜けるライト前ヒットとなる打球だ。
(よし、今度は俺のところまで飛んでこないな)
 そう安堵した佐藤は、魑魅魍魎ヶ原の打球を確認しようと、左後ろ側を振り向いてみた。
 すると、

 ギュンッ!! と、魑魅魍魎ヶ原が打った球が物理法則を無視したような、ありえない角度でターンを決め、佐藤の顔面に飛び込んできた。

「!!?!」
 佐藤は、一瞬だけ息を詰まらせ、ほぼ反射的に彼の左腕が動き、ミットが佐藤の顔の前で構えられた。
 そしてバァンッッ!! と、風船が割れたような鋭い破裂音が響き渡った。
 佐藤がミットを確認してみると、そこには球が収まっていた。

「スッゲぇぇぇぇ!! 何だよチミ、凄えよあんなの初めて見た!!」
「も〜う、イッちゃん褒め過ぎ! そんなに難しいことはしてないから。ただちょっとバットをスピンさせて、打球を途中で120度くらい回転させただけだよ」
「常人じゃねえよ! あんなの普通なら誰も反応できねえ!!」
「そんな事ないってぇ、現に先生に捕られちゃったし。でも、次はもっと上手く打つからね!」
(また顔面にぶつけるのか!?)
 佐藤は、たった二球投げただけで精神が摩耗しているような錯覚にとらわれた。
 正直もう彼女に投げたくないところだが、当の魑魅魍魎ヶ原は目を爛々と輝かせて凄くやる気を見せている。ここでやめるわけにはいかないだろう。
「あー、それじゃあこれがラスト。最後に俺の本気の球を投げるからな」
「ばっちこーいですッ!!」
 魑魅魍魎ヶ原は凄く楽しそうだ。反面、佐藤はかなり集中した様子で全身に力を込めていた。
 この一球に、自分の全てをかけるが如く振りかぶり、佐藤は己が持つ全力を持って、豪速球を放った。
(よしっ! 今日一番の球だ!)
 確かに力はあるようだが、魑魅魍魎ヶ原は素人。この速さの球を当てることは不可能だろう。
 実際、魑魅魍魎ヶ原はこの球を打てなかった。というより、打たなかった。
 彼女もまた全力だった。目一杯バットをスイングし、けれどもそのバットは佐藤の放った球に当たることなく空を切り、

「死ねええええええ!!!!」

 と魑魅魍魎ヶ原が叫んで、途端に彼女が振ったバットはすっぽ抜け、それがまっすぐ、まっすぐと佐藤の胴体に吸い込まれようとしていた。
(な……ちょッ!!?!)
 佐藤は直感した。この体勢、このスピード、絶対に避けられない!
 このままでは大怪我する。しかし、回避することが不可能であるなら、彼ができる行動は一つしかない。
「う、うぉおおおおおおおおお!!!!」
 その瞬間、佐藤は迫り来るバットの軌道を正確に察知し、彼に直撃する一歩手前でそのバットを、空いてる右手でガシィィッ!! と、見事に受け止めたのだ。

『おー!』
「ナイスキャッチです先生! 今の反射はプロにも負けず劣りませんよ!」
「先生! だ、大丈夫でしたか!?」

「……ああ、問題ない」
「何だよ佐藤、今日はいつになく動きが機敏だな。先生のくせに生徒と混じってはしゃいでんのか?」
「石垣…、悪いが今の俺は凄く精神が披露していて、お前の相手をしてやれないんだ、悪いな」
「お、おう…」
 石垣は佐藤の疲れ切った表情に驚いたのか、彼女にしては珍しく彼を気遣い、口を噤んだ。

「せんせーい、大丈夫でしたかぁ!? ごめんなさい、私ったらついうっかり何の悪気もなく手がすっぽ抜けてしまって!」
「あ、ああ。いやでも、さっきお前"死ね"って言ったような--
「ああっ!! 私ったら、先生に対して本当に失礼なことを! 何の悪意もなかったとはいえ許されることじゃないわ!!」
「……いや、悪気がないなら良いんだ、うん」
 何だか関わるのが面倒くさくなり、佐藤は適当に話を合わせることにした。
「あ、許してくれるんですか? さっすが先生懐が大きいっ!」
「いや、別に…」
「佐藤先生の話は、イッちゃんからよく聞かされていたんですよ! すごく楽しい先生だって、遊びがいのある先生だって言ってました!」
「それ多分先生に対して言う褒め言葉じゃないよな? 完全に遊び道具に対する言い方だよな?」
「いえいえ、すっごく良い先生だって言ってましたよ、多分。イッちゃんは素直じゃないから、直球では言いませんけど佐藤先生のこと凄く信頼しているようでした」
「そ、そうか?」
「はい。私わかるんです、イッちゃんとは初めて会った時から友達ですから。中学では毎日のように遊んでたんですよ。……クラスが分かれてからは、ちょっとずつ会う機会も減っていきましたが」
「……まあ、これから会う機会を増やせば良いだろう。そうしていれば、また昔みたいに遊べるようになるさ」
「あれ、励ましてくれるんですか?」
「これでも、一応先生だからな。生徒には、皆んな楽しく青春してもらいたいんだよ」
「わああ! なんだ凄く優しいんですね佐藤先生って!」
「いや、そんな事は…」
「こんなに良い先生だって知ってたら、もっと早く先生に会っていれば良かったです。そうしたら……」

「……? チミ?」
「おっと、なんでもありませんよ先生。ちょっとぼうっとしていただけです」
「そ、そうか」
「ふふっ、ずっと喋っていてもダメですね、次の人も待っているだろうし。この続きはまた後で話しましょう、佐藤先生」
「……ああ」
「あ、そうだ。最後に先生に言いたいことがあるんだった!」
「? なんだ?」
 すると魑魅魍魎ヶ原は、スッと佐藤の耳元に口を近づき、そっと囁いた。



「--イッちゃんは、私の物ですから」



 それは、魂を震わせるほど悪意の詰まった、
 --"怨嗟の声"だった。

 そして魑魅魍魎ヶ原は、何事もなかったように皆の元へ戻っていく。
「おーチミお疲れ。俺の予想通りスゲーバッティングだったぜ!」
「ふふっ、ありがとうイッちゃん」
「……ところでチミ、さっき佐藤と何話してたんだ?」
「ん? いや、大したことじゃないよ。ただの世間話」
「あんま関わんねえ方が良いぞ、あいつとは。チミが変な影響受けたら大変だからな」
「そんなことなかったよぉ〜? 喋った限りとっても良い先生だったし」
「本当かぁ〜?」
「うん! これからたくさん話せたら良いなって思った。そうしたら……」

『いつでも殺す機会ができるからね♪』

 と、佐藤はそんな可愛らしい声が聞こえたような気がした。
 しかし実際にはそんな声はしてこないし、今も2人の女子は楽しそうに会話している。ただの幻聴だ。だが、佐藤の心は晴れなかった。
 佐藤は、自分がキャッチした金属バットをじっと見つめて、それをポンとグラウンドに投げた。
「もう、帰っていいかなぁ…」
 軽い気持ちでやらせた野球が、まさか命の危機に陥るかもとは夢にも思わず、佐藤は過去の自分を怨んだ。
 彼は空を仰ぎ見る。
 対外試合まで後5日。
 それまでに自分の命が残っていることを、佐藤はひたすら、天に祈るのだった。

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