リノンくんが世界を滅ぼすまで

ノベルバユーザー200950

第61話

「あのセイバーも二人を助け出した。貴様の負けだよ、ギリアム」
彼の言う通り、アールエンはごたごたに紛れてしっかりと自分の務めを果たしていた。迫に上がり、防御魔法で自分ごとティアフとシスターを囲む。守りを固めた後、二人を縛る鎖を砕いて自由の身とし、マントを破いてかけてやり、既に逃げる準備を整えていた。
後は立ち去るだけ。受けるのではなく凌ぐだけであれば、ギリアムらがいかに殺到しようと切り抜けられるだろうということは、さっきの短い戦いの中でほとんど確信できている。肝心要のギリアムも、ヴィントによってあれだけの大怪我を負わされてしまってはかたなし、もはや脅威には数えなくて良いだろう。
「人間の身では、我々は越えられない。知恵や策でどうにかなる幅ではないんだよ、貴様との間にある溝は」
勝ち誇って諭すヴィントの演説を聞きながら、俺は更に未来のことへと考えを巡らせる。
ヴィントは今のところ味方だが、……しかし見方を変えれば、ティアフたちをアールエンの防御魔法で運んで逃げ出す作戦において、より一層の危機として立ちはだかる可能性があるのもまた、彼に違いない。セイバー・ヴィントがもし、俺たちの逃走を許さずこちらに剣を向けて来た時には、有象無象のゴング連中を相手にするよりもずっと面倒なことになると分かり切っていたからだ。
それぐらい、セイバーの相手は難しい。単純に強い、ということもあるが、何よりも彼らの聖なる魔法が厄介なのだ。ただ殴られたり斬られたりするだけならビクともしない俺の不死の能力も、セイバーの聖属性にかかれば一時的な機能不全に陥らされる。一瞬でも動きを止められてしまう。その隙をついてアールエンの防御を破るぐらい、同じセイバーのヴィントならやってのけたっておかしくなかった。少なくとも聖属性を扱えないギリアムたちに比べれば、ヴィントの方が遥かに俺とアールエンとを止められる可能性が高い。
「分かったなら、手を引くと良い。もちろん、引き下がらなくても構わない。その時は、全滅するだけだ」
故に、最善は、彼が敵対しないこと。今のように、剣の切っ先がギリアムたちに向き続けている限り、俺たちはゴングを振り切れる。今のところは、こちらから刺激しなければ矛の向きが変わることもないだろう。
「さあ、どうするんだい?」
アールエンは、準備を整え終わっても、軽々に動き出すことをしなかった。こちらの様子を伺い、動に転じる機会をじいと待っている。彼女も分かっているのだ。ヴィントがどう出るかによって、俺たちの採るべき行動も変わってくる。
そんな俺たちの焦燥を知ってか知らずか、朗々と語るヴィントの問いに、ギリアムは長らく塞いでいた口を開けて、こう答えたのだった。
「愚かでした、我々が」
頭を垂れての謝罪。過ちを認め、反省する言葉と態度。深く頭を下げたギリアムが顔を上げると、彼は何か、錠剤のようなものを歯に挟んでいた。
「知恵や策を惜しんで、挑もうなんて」
これ見よがし。はっとして、背後へと向く。最初に俺たちを取り囲むように陣取っていたギリアムの部下たちが皆、同じように錠剤を口にし、これを見せつけていた。にか、と揃いも揃って笑っているようにも取れる異様な光景である。彼らが何を笑っているのか、喜んでいるのかは、その錠剤に関わり合いがあるのだろうと見当をつけるのは容易だったが、もはや邪魔するには遅すぎた。
か。
全員が、一寸の狂いもなく、全く同じタイミングで錠剤を噛み砕く。口では謝っておきながら、これは明らかな継戦の意志、挑発である。当然ながらヴィントもそう受け取ったようで、錠剤の効果を確かめる間もなく、目にも留まらぬ突きが準備動作もなく放たれた。
ひゅん。ギリアムがこの最初の一発を避けるのは予想に難くなかった。既に一度見切っている技、ヴィントにとっても過去に見切られている攻撃。おそらくは布石のような形で……“避けられることを織り込んだ上で”撃ち込んだ一手であり、同じように反撃してくるであろうギリアムに合わせて、ヴィントは必勝の策を用意していたはずだ。しかし、彼の目論見は当たらなかった。ギリアムは、通しながらも通じなかったカウンターを一辺倒に繰り返す愚を犯さなかったのである。
過去の失敗に学ぶ。見切られた技を繰り返してきたヴィントの挑発に乗らず、手を出さない、という対処へと切り替える。賢いようにも見えるが、しかしそれは、自身から反撃の手を奪う選択に他ならなかった。ヴィントの攻撃を喰らわなければ事態の悪化は避けられても、打って出なければ防戦一方、好転は望まれない。分かっているはずのギリアムが、にやりと笑った。歪に口角が歪み、目元で他人を嘲る。一時は失いかけていた余裕が、まるであの錠剤に詰め込まれでもしていたみたいに彼に戻って来ていたのだ。
「え?」
そして、反撃があった。反撃したのは“彼ら”だった。ギリアムの部下たちが一瞬の内にヴィントを取り囲み、全方位から一斉に攻撃したのだ。
「なっ」
いくらヴィントでも、これはさすがに避けようがなかった。……“避けようがない、という段階に追い詰められるまで反応ができなかったほどに”、彼らの動きは素早く、正確だったのだ。前後左右に頭上まで、物理的に回避不可能な密度で繰り出される攻撃の緻密さは、まるで群体が一個の生命体として動いているかのようにズレがなかった。時間的にも空間的にも隙間がなく、隙間のないものは避けようがない。奇しくも、俺とアールエンがこのホールに辿り着く前に引っかかったトラップ、迫り来る箱型の魔法と同じ理屈の攻撃だった。やり過ごすことを許さず対峙を強いる押し付け、その上から突破する手は二つだけ。目には目を、全方位に防御魔法を張って受けるか、面には点を、一か所を突き崩して脱出してしまうか。
攻撃の後の隙を狙われたヴィントに、果たしてどれだけの時間が残されていただろう。少なくともギリアムの部下たちは、寸分の隙を見逃さず、対処を許すことのない、ここしかないというタイミングで距離を詰めて来ていた。背格好の違う彼らがパズルのように組み合わさって空間を埋め、肉の檻となり、標的に向かって一直線に降って来るギロチンめいた正確な殴打を見舞う。まるで、アイアンメイデンだ。鉄の棺の中に人間を縛り付け、ふたの内側に敷き詰められた針でもって串刺しにする拷問器具。その逃げようもなく痛みを加えられる特性を、彼らは人の身の集団で再現して見せたのだ。
もはや、一つの芸術と言っても良い、完成された包囲網。俺たちを囲った時のものとはまるで練度が違う。だが、彼らがそうであるならばまた、ヴィントは己のみで完成された戦士だった。
だから、彼にも凌げる道理がある。
いくつも用意された手の内の一つだったのか、もはやそれだけが頼みという策だったのかは分からない。結局、ヴィントが選んだのは一点突破だった。レイピアごと自分を包囲網の一人にぶつけ、跳び上がることで脱出したのだ。単純、故に効果的。
これが、俺にとっての戦闘開始の合図だった。最初の攻防は早すぎて反応できるものではなくて、思わず見過ごしてしまったが。
「逃げるぞ、アールエン!!」
アールエンが頷くのを確認する。もしかしたら、この状況は僥倖かも知れなかった。ならばともかく素早く行動し、最大限、この僥倖に乗っからなくてはならない。ギリアムたちとヴィントとがやり合うことで、俺たちへの警戒が否応にも薄まり、目を盗んでの逃走が容易になる。先ほどの錠剤が理由なのか、例え彼らがセイバーの反射神経さえ上回る身体能力を手に入れたとて、ヴィントのような化け物を相手にして、つまり、対セイバー戦で余裕を残すような真似が愚かであることぐらいは重々承知のはずだった。余裕とは、つまり余力。参戦せずに逃げようとする俺やアールエン、ティアフやシスターにちょっかいを出す暇などなくなれば、俺たちにとっては都合の良い展開となる。
その意味では、ヴィントにはもっと暴れてもらわなくてはいけなかった。派手に舞い踊り、ギリアムたちの注意を集めてもらわなくてはならない。
そうだ、頑張れヴィント、人間なんぞ蹴散らしてしまえ! ついでに相打ちしてくれて良いぞ! 応援歌でも贈りたくなるような気持ちでホールの中空へと跳び出した彼を眺めていたら、直後、彼の方が地上へと真っ逆さまに墜落した。

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