リノンくんが世界を滅ぼすまで

ノベルバユーザー200950

第29話

本当は何のためにフォウリィをアルマリクの首長の座から蹴落とさなくてはならないのか。
常に自問し、自答し、怨讐に駆られて我を失わないように努めていた。
「最低限の決着は、“セイバーが全力を発揮できない現況を改善せず、意図して維持し続けようとするきらいのあるフォウリィを退場させる”こと。こいつを通して光聖の暗部を暴くのは、ついでに過ぎない。あたしは納得できなくても、アルマリクが救われるのならそれで良い。そうじゃなきゃ意味がない。お父さんが死んだ、ニットたちが死んだ意味がなくなっちまう」
逆に言えば、もしフォウリィに全ての罪を認めさせることとなっても、アルマリクが救われなかったとしたら、それは反光聖派の敗北だ。アルマリクという都市が終わる、最悪の結末だ。これだけは回避されなければならなかった。
「回避などできるものですか! ここまで光聖に逆らってもし何もでなかったら、……いいえ、例え有効な証拠が出たとしても、あなたたちの反逆、この暴虐は消えてなくならない! これを働いたアルマリクは見放されると、それも、マイナーの手まで借りておいて! どうなるか分かっているのですか!?!?」
「ああ。分かってて、やってるんだ」
結果的に言えば、このタイミングで仕掛けたことは、反光聖派にとってあまり有利に働くものではなかった。ココメの言う通り、証拠が出るか否か、この暴動に正当性があったか否かに関わらず、非光聖の人間が光聖に牙を剥き、こうして多くのセイバーを殺した事実は覆らない。
対魔者の切り札、人類の貴重な財産を、だ。
すると、どうなるか。
アルマリクにセイバーを派遣すれば、魔者ではなく住民に背中から斬られるかも、なんて風評が広まるかも知れない。
風評を受けて、光聖がアルマリクへのセイバーの派遣に慎重になる、消極的な姿勢を取り始めるかも知れない。
内輪揉めにんげんどうしで“無為に”セイバーを消費するぐらいなら、もっと大変な地域へ、戦場へ数を割き、アルマリクは切って捨ててしまう方が賢明だ、と。
世界全体と一地方都市に過ぎないアルマリク、その重要さは天秤にかけるまでもないのだ。
そうした力関係を背景に今回の事件の結末を予想する時、“どっちに転んでもアルマリクが見捨てられる可能性”は決してない話ではなかった。
「だとしても、やるしかなかった。放っておけばどの道、フォウリィに吸い尽くされてアルマリクが滅ぶかも知れなかったからな」
「何を根拠に!」
「保身のためなら平気で人間を殺す。……そんなやつを信用しろって!?」
「それも貴様らの妄言だろうが!」
「あたしは生き残りだ! 嘘で集められ、殺されるのを見てる! その時の殺し屋が今日、屋敷の前にいたのもな!」
「殺し屋など知らん! 大体、ソレが我々の側の人間だと証明できるのか!? 半貌の御旗でも掲げていたと!? 反光聖派きさまらは、真っ当な都民からも疎まれていたじゃないか!!」
「もしあいつが雇われじゃないのなら、さっきあんたらのところのセイバーがやつを見逃していたのはどう説明する! 極秘でアルマリクに入って来た、“あの白衣の男”と一緒にいなくなった事実はどう説明する!?」
「貴様の個人的な意見みたことなど何の証拠にもならん! 増してや、化け物の力を借りた外道の言葉など!」
「だったら、カナタはどこにいった!!」
ひく、とフォウリィが眉をひそめた。
「あの男が今、何の関係があるのです!」
すかさず、ココメが切り返す。当然の反応だった。俺にもティアフが話を逸らしたようにしか見えなかったからだ。しかしティアフの方は当然、関係があると思っているからわざわざ口に出したのだろう。それに、関係のあるなしはともかくとして、彼が今どこで何をしているのかは個人的に興味をひかれる話題だった。
というより、“地下室を出て行った後にどうした”のか。
わざわざセイバー隊のトップが、フォウリィの右腕を引き連れて反光聖派の秘密基地を暴き、そこでとうとう、隠し玉のティアフとマイナーの俺を発見する。彼はどうやら、俺のことは知っていたが、俺が反光聖派の秘密基地にいる理由や、ティアフの素性、存在意義を知っていたわけではないようだった。が、この地下室には良からぬ、何らかの企みがあるはずだとは勘づいていたはずで、故に当初は俺たちを切り捨てるつもりだった。
そうでないにせよ、ティアフの身柄ぐらいは拘束しただろう。
カナタがそうしなかったのは、事態が急変し、街中で件のマイナーが暴れ始めたから。報告を受けたカナタは少しだけ悩んだ素振りを見せたものの、結局は俺とティアフを後回しにして地下室を出て行った。
地上の方が脅威だと判断したわけだ。
俺たちの企みを警戒するのなら、出て行くついでに二人を無力化して行くのが最善だったが、ティアフはともかく、俺を斬っても無意味なことはカナタ自身が良く知っていた。無力化は不可能だと……あの時点ではろくな方策が立てられていなかったのだ。
だから、目をつむった。
でなければ、何の手出しもせずにみすみす見逃すような真似はしなかったはずだ。
問題は、その後である。
「カナタのやつはマイナーと戦うためにあたしたちを脇に置いた。けど、実際に戦ってたのは勇者一人で、あいつの姿はなかった」
マイナーの脅威を聞きつけて出発スタートしたはずが、着くべき戦場ゴールにいなかった。マイナーの俺に向かってさえ、くそ真面目に“全てを守ることが正義だ”と言い切った清廉なあおくさい人間が、民を危機に晒す脅威を放って置くなんて有り得るのか?
「いいや。断じれるほどあの隊長さんのことを知ってるわけじゃないが、話を聞く限りは考えにくい」
俺に大演説をかましてみせたような、そういう暑苦しいエピソードには事欠かない人間なのだろう。光聖に潜らせたスパイからも、ティアフは散々似たような話を聞いていると言っていた。
そうした正義の人間像と、地下室から出て行った後、民を見捨ててしまったかのごとき“非情な”行動は。
--一致しない。筋が通っていない。
が、俺たちの感想はどうであれ、彼はいなかったのだ。事実は事実として認めねばならない。ならどうして、彼の姿はなかったのか。どこでどうやって、心変わりしてしまったのか。
「普通に考えれば、もっとひっ迫した危機に遭ったからだ。あの時、アルマリクには二つの戦場があった。暴れるマイナーが街を破壊する戦場と、反光聖派がフォウリィを追い詰める戦場。カナタがマイナーの対処を勇者に任せたとすれば、次に就くべきはフォウリィを守る任だ。つまり、やつはここにいるはずだった」
でも、どうだった。
フォウリィ邸にもカナタの姿はなかった。その真ん前で壮絶に殺し合っても、その館内で一方的に虐殺しても、こうしてフォウリィの首元にまで迫ってなお、ついぞカナタは現れていない。
「本当は、カナタってやつは臆病者の薄情者なのかも知れないが。もしそうでないなら、あいつがここにいない理由は何だ?」
それは誰に聞けば分かる?
「教えろ、ココメ。最後まで一緒にいたのはおまえだろう、あいつはどうして、どこにもいないんだ?」
ティアフがココメを睨む。ココメは剣幕こそ崩していないが、言葉を返すことはしなかった。凄みながらも口をつぐむ理由は、自分とカナタとのやり取りを答えれば都合が悪いからに他ならない。
そもそも。
市街を襲うマイナーと、反光聖派が押し寄せるフォウリィ邸。どっちをよりひっ迫していると捉えるのが自然なのだろうか。
フォウリィ邸には六人のセイバーが待ち構えていた。裏切っていたメイルクが、フォウリィ邸の警護が薄くなっていると嘘を吐いてケスタたちを向かわせ、俺とティアフを別の場所に誘導することまでが作戦の内だったなら、あの時点ではフォウリィ邸に危険が及ぶとは考えていなかったはずだ。
セイバー六人。非セイバーが相手ならやり過ぎなぐらいの護りである。
同時に起こったマイナーの襲撃を計算に入れていたかは不明だが、どっちにしても、より制御が難しいのはメイルクによる反光聖派の戦力の分散と誘導ではなく、マイナーへの対処のはずである。もしカナタがフォウリィの警護に向かうとすれば、それは当然フォウリィの身の安全を危惧してのことだが、これがケンズたちによって引き起こされるとは考えにくいとするのなら、マイナーの襲撃に起因するものとなる。が、マイナーによって及ぼされるかも知れない危険のケアをするのなら、カナタが優先して向かうべきだったのはフォウリィの下ではなく、その場合でもマイナーの方に違いなかった。
さっさとマイナーを討伐してしまえば、暴力がフォウリィに届くこともなくなるからだ。
勇者がいたとしても、それは同じことである。むしろカナタと勇者が協力すれば、より早急に、確実にマイナーを斃すことができただろう。
どう考えてみたところで、カナタがマイナーの下にいなかったという事実は、やはり不可解極まりない。フォウリィを守るにせよアルマリクを守るにせよ、最も不確定な要素である少女の姿をしたマイナーを殺してしまうことが、この騒動を解決する最も迅速で効果的な手段であることは明白なのだ。そんな簡単な順序が判断できないような人間ではあるまいし、例え判断できなかったとしても、彼の姿がフォウリィの近くにないことはやはり、不可解。
不可能な未来が今、ここには訪れている。
「逃げたのです、あの不届き者は!」
「そうだ、あやつはこの一大事に!!」
口々にカナタを罵るのは、“フォウリィを守りにさえ来なかった”……忠臣に捨てられたような恰好になったフォウリィとココメ。彼らが言うように、カナタは本当に逃げ出したのだろうか? 有り得ない。有り得ないが、仮にカナタが逃げ出すとして、理由をつけるならどんな理由が最も相応しい?
正義漢が逃げ出す時、それは多分。
「カナタがおまえたちに失望した時だ。正義を疑う時だけだ。おまえたちに守る価値などないとカナタが断ずれば、カナタはおまえたちを守らない。おまえたちを切り捨てて、もっと大切なモノのために戦うだろう」
「わたしより大切なものなど、この辺境に存在しない!!」
「そうです! このお方がいなければ、アルマリクは!!」
「ココメ。あんたには二つの選択肢があったはずだ。一緒に地下室を出て、カナタに命令する時、あんたには二つの選択肢があった」
「何を……」
「“マイナーを殺せ”、もしくは“フォウリィを守れ”。あたしの考えが適当なら、どう転んだってマイナーを殺しに行くのが正解だが、多分あんたは違ったんだ。フォウリィに対する、その異常な執着心ちゅうせいしん。フォウリィ以外は取るに足らないとする傲慢。あんたはきっと、市街でマイナーが暴れていると知って最初に、何よりもフォウリィの安否を気にしたはずだ」
「そんなものは当然です! このお方を失って、どうして立ち行くとお思いですか!!」
「この都で一番大切なのはフォウリィ・ウィンプス。だったらあんたは、カナタにこう命令したはずだ。“フォウリィの下へ行って、その身を守れ”と」
「それが何だと!?」
「冷静に状況が判断できていれば、マイナーを殺すことが全ての解決になると分かる。でもあんたは現況の分析を放棄して、がむしゃらにフォウリィを最優先にした。カナタがそれを承服できないと、我慢ならない指令だと思ったなら、あいつが命令を放り出してどっかに行っちまう理由にはなる」
「ただの想像、ざれごとじゃないですか! 何の証拠があって、確信があって!」
「消去法さ。例えば、あんたが“マイナーを殺せ”と命令したなら、カナタにはこれに従わない理由がない。マイナーを殺せれば万事解決だからな。フォウリィを守れ、と言われた時も、ある場合においては同じ。フォウリィを守るならマイナーを殺すことが先決だと、カナタの説得にあんたが応じたとすれば、カナタはこれに従わない理由がない。カナタがどこにもいないなんて、こんな状況は生まれなかったんだよ。けど、“マイナーを捨て置きフォウリィの下へ行け”という命令の場合だけは、その限りじゃない。理念に反するんだ。カナタ個人の感情に、じゃない。光聖の理念に、だ」
一を捨てて、九を守る。
より多くのモノを救うためなら、より少ないモノを捨てることをためらわない、という犠牲を容認する物事の捉え方。現実主義な理想主義。限りなく拮抗した四と六の天秤でも、彼らは違わず六を取る。
取らなければならない、と教えられている。
「マイナーを放っておけばフォウリィが死ぬだけじゃない。最悪、アルマリク中の人間、何万という犠牲が出かねない。それどころか、勇者が死ぬ可能性だってある。そういう凄惨な未来と、フォウリィ一人の命を天秤にかけた時、誰がどうしてフォウリィの方が重く、そちらに傾くと思うんだ?」
光聖の理念に沿わんとすれば、いや、そんなものがなくたって、何万という命、一匹のマイナーによって都が一つ滅ぶかも知れない未来を置いて、たった一人の命を優先する理由はない。どちらがより重大かなど考えるまでもない。
それでも、たった一人の命を選ばんとすれば、この判断に公平な視点はない。公正な基準を通していない。
「答えてみろ。ココメ、おまえはカナタに何と命令したんだ?」
ココメは答えない。うつむいて唇を噛んでいる、その目から零れる涙は、足を串刺しにされたフォウリィを気遣って泣き叫んだ跡なのか、ティアフという自分よりずっと小さな子どもに追いつめられての悔し涙なのか。
フォウリィが助け舟を出さないのは、おそらくココメが何と命令したのかを知っていて、かつ内容がティアフの思う通りだと知っているからだろう。ココメは、少なくとも俺やティアフが着くよりも前にフォウリィ低に帰って来ていたはずだ。一連について報告していてもおかしくはない。
黙するココメとフォウリィ。ティアフは答えを待って微動だにせず、俺も彼女に従ってただ、突っ立っていた。
誰も声を発さなくなって静寂がやって来ると、ぱちぱちと館の燃える音が聞こえてくる。アルマリクの建築様式は基本的に石造だが、屋敷中に敷き詰められた絨毯は布だし、高級そうな調度品の多くは木。殺して回ったセイバーの死体もある。家の中ともなれば火種には困らないのだ。やがて、この部屋にもそろそろと、火の手が伸びて来るだろう。
部屋の出入り口が炎で塞がれたところで、窓を破って飛び出せば良いだけであり脱出には困らない。ただ刻一刻と、ティアフが面と向かって尋問できる時間は減って来ていた。彼らをここで殺すにせよ、連れて出て光聖に引き渡すにせよ、屋敷を出た時点でじっくりと話す機会は永遠に失われると考えるべきだ。
拉致して、ケーキ屋の地下の隠れ家のような場所を見つけて閉じ込め、延々絞るという手はある。そんなことに意味があるのかは不明だが。
痺れを切らしたのはティアフだった。
「ロー。ココメを連れて屋敷を探せ。証拠があれば、それを持って外に出る。もうこいつらは何も喋らないつもりらしい」
「証拠など出ないぞ!」
「支部の方も探すさ。何もないならそれはそれで……」
「いや、その必要はない」
がしゃ。その部屋にいる誰のものでもない重い足音と、若い声。全員が糸にでも引っ張られたみたいに部屋の入り口を見て、は、と息を呑んだ。

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