導帝転生 〜仕方ない、世界を救うとしよう。変態の身体だけど〜
3 - 16 「盲目の治療方法」
  旧連合諸国、最南の町ユーリカ。
イシリスに最初に攻め落とされた悲劇の町。
そして、その数日後、魔王ハルトと名乗る新勢力によって再び占領された災いの町。
その町の領主館の一室で、ハルトは捕らえたイシリス軍の癒し手を尋問していた。
「盲目を治す方法は本当にないのか?」
「あ、ありません。ほ、本当です」
癒し手の名前は、カフカ。
気弱そうな小動物みたいな子だが、これでも今回の侵攻軍に配属された癒し手の筆頭だという。
「先天性のものは治せません…… ですが、義眼であれば、イシリスに有能な魔導技師を知っています!」
「義眼か……」
床に伏せている漆黒の巨狼に寄りかかりながら、少し考える。
治す手段が義眼しかないのであれば、上手くいくかは分からないが、この創造の力で治す方法も検討するべきだろう。
すると、漆黒の巨狼が怯えるカフカを見ながら口を開いた。
「主人よ、失敗を恐れているのであれば、その娘で試せばよかろう」
「ああ、その手があったか」
「えっ…… わ、わたし……」
「あー、大丈夫。君では試さないから」
「ほ、ほっ……」
「安心してるとこ悪いけど、町に先天性の盲目の人がいないか探してきてくれる? 俺の命令だって言って他の奴も巻き込んでいいから」
「え…… あ、は、はい!」
緊張した面持ちのカフカと見つめ合う。
「えっと…… 今すぐ、ね」
「わ、わかりました!」
カフカはぺこぺこと数回お辞儀をすると、小走りで部屋を出て行った。
――先日。
俺は最初の村を支配すると、そのままこの町――ユーリカへと侵攻し、そこに駐在していたイシリス軍を制圧。
すぐさま戒めの種で支配した。
町の中には配下の狼や野犬が絶えず巡回し、町の外には樹人がずらりと並び、侵入者へ対して睨みを効かしている。
これなら外からの侵入は不可能だろう。
戒めの種を植え付けた効果で、町にいる住人やイシリス兵との小競り合いも起きていない。
起きたとしても、黒い花を咲かせたモニュメントが一つ増えるだけだ。
「ふぅー、分かってはいたが、やっぱりちょっと心寂しいな」
今回の支配の一件以来、ティアとギヌは俺に対して意見を述べなくなった。
ネイトとメイリンは相変わらずだが、こっちはこっちで口答えすらしなくなった。
この四人に、ミーニャとシロを加えた六人には種を飲ませていないのだが、口答えしたら同じ目に合うとでも思っているんだろうか。
まぁ、誰だってあんな物騒な時限爆弾を身体に入れられたくない。
そりゃ大人しくもなるか。
あのミーニャも、最初は少し挙動不審だった。
少し話したらいつもの感じに戻ったが。
恐らく、近くにいたシロがいつものように俺へ懐いていたから安心したのだろう。
ティアには一度だけどうするつもりなのかと問い詰められたが、「敵対国同士が血を流さずに共存するには、この方法しかない」と言ったら、急に大人しくなった。
現に、法を犯した者以外で死者は出ていない。
イシリス兵と連合諸国側の住民との交流こそないが、それも時が解決してくれる――かもしれないし、してくれないかもしれない。
正直、未来のことは運任せだ。
まぁ、悪いことが絶対的にできない状況下なら、悪い方向にはいかないだろう。
因みにだが、大量の戒めの種の創造には、案の定ごっそりと魔力を消費された。
そのせいで、炎の雄牛は暫しお休み中だ。
俺も少し怠い。
そうやって一人だらだらと過ごしながら、悶々と今後のことを考えていると、家へ誰かが入ってきた。
「し、失礼します! ま、魔王様、見つけてきました!」
癒し手のカフカだった。
白い眼をした壮年の男性が隣に立ち、険しい表情でこちらを見ている。
深傷を負っているのか、身体の至る所に血が滲んだ包帯を巻き、顔や手足には痣の跡があった。
「その人が?」
「は、はい! 生まれつき目が見えないそうです。その代わりに、気配察知や聴覚が発達したそうで、連合諸国側の冒険者ギルドで剣術講師をしているとか……」
「へぇ〜。座頭市みたいだ。盲目の剣士か。強そうだね」
「イシリス兵にも、この人にやられた人が多くいました」
「あーなるほど。だからここまでボロボロなのか」
「はい……」
カフカが申し訳なさそうに頭を下げる。
カフカはイシリス側のため、引け目があるのだろう。
「そういや、なんでカフカはこの人の傷を治してやらないの?」
「……え? いや、あの…… 彼は、連合諸国側の人で…… その……」
「誰かに言われたのか? 敵対国の者は治療するなって。それともカフカの意思か? どっちでも怒りはしないが、嘘はつくなよ」
「は、はい! ご、ごめんなさい! 上からの命令です……」
目をギュッと閉じながら、身体を強張らせる。
「いやいや、正直に答えたなら何もしないから。ってか、まだそんなこと言ってる奴がいるのか。全く、まだ理解してないようだな。同じ魔王の民だという自覚がない。それじゃあ困るんだよ」
俺の苦言に、カフカはひたすら平謝りしている。
この子、こんな低姿勢で軍でやっていけてるのだろうか?
少し心配。
――っと、そんな親心みたいな気持ち抱いている場合じゃなかった。
「よし、差別禁止の法を追加しよう。今後、元イシリスだの元連合諸国だので差別した奴には罰を与える」
「は、はい!」
新たに作った法は、黒い花を咲かせた故人に語らせることで拡散する。
黒い花を咲かせて死んだ――正確には木人化させた――者達が、突如ぶつぶつと新たにできた法を語り出すのだ。
恐怖だろう。
実際に近くでやられたら、絶対にトラウマになる。
これはこれで魔力を消費するのだが、こうやって法自体をアップデートできるのは、凄く便利だ。
さすが究極の生命体。
自分でも相当やばいものを創造してしまったと思う。
これら一連の作業の魔力消費も、休憩を挟みながらなら問題ない程度なので、上手く休憩を入れながら一人黙々と裏で作業していたりする。
作業といっても、頭の中で処理するだけなので、側から見たらボーっとしているように見えるかもしれないが。
そんな事を考えていると、先程まで黙っていた壮年の男性が「フッ」と笑った。
「あなたがこの町を占領した時、私は牢で磔にされていた。なので、あなたがして見せた偉業を、私は直には知らない。その場にいても、目が見えない私には、何が起きているのか十分に理解し得なかったかもしれない。だが、人々の悲鳴だけはずっと聴こえていた。イシリスが攻めてきたときとは比にならない悲鳴が。その悲鳴をあげさせた魔王とやらが私を探していると知り、どんな人物かと身構えていたが……」
「期待外れだったかい?」
「フッ、そもそも期待などしていない。だが…… いや、よそう。死に行く者の戯言だ。忘れてくれ」
(何それー!? めっちゃ気になるんですけど! 聞いたら負けな気がするから聞かないけど! くそ! 新手の保身方法か? って、んな訳ないか)
「何だ何だ? おっさん死ぬの? 寿命って訳じゃないだろ?」
「私は死なないのか?」
「んー、その可能性は否定できない。カフカ、そのおっさんを俺の目の前まで連れてきて」
「は、はい!」
「そういえば、おっさん名前は?」
「ヘズリードだ」
「よし、じゃあヘズリード。君の運命を試そう」
「運命?」
「そう、運命。君が死ねば、君は晴れてこの世の呪縛、魔王の戒めから解放される。君の運命は魔王と反するところにあったということだ」
「もし死ななければ?」
「死ななければ、君は魔王軍の新たな将兵となり、俺の世界征服に向けてその身を粉にして働く運命だということになる」
「どちらも過酷な運命だな」
「そうだな。だが、やり甲斐はあると思うぞ」
「フッ。死ななければ考えよう」
ヘズリードの頭を掴み、光のない瞳を覗き込む。
イメージするのは、眼球創造。
ついでにちょっとした未来予知のような千里眼もイメージしちゃったりして。
二秒先の未来が見える! みたいな。
――あ、馬鹿ダメだ。
これ以上は魔力がもたない。
空耳かもしれないが、炎の雄牛の悲鳴が聞こえた気がする。
よしオプション終わり!
あ、ついでに傷も癒しておこう。
再生っと。
ヘズリードの瞳が白から黒へと色が変わる。
瞳に光が戻ると同時に、淡い光の粒子が舞い上がり、心地良い風とともにヘズリードの身体の傷を一瞬で治してみせた。
「どうだい? 初めて見る世界は?」
「あ…… ああ…… あ……」
灰色の口髭を生やしたおっさんが、目を見開き、声にならない声を漏らしながら、感動で震えている。
目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ち、力が抜けたように膝をがっくりと落とした。
そのまま自身の両手へと視線を落とすと、手で目を覆って咽び泣いた。
「よし、成功だな」
「す、凄い…… 目が、治っちゃった…… 傷も一瞬で……」
カフカが、まるで神の奇跡を目の当たりにしたかのように、目を丸くして驚いている。
「ヘズリード、いつまでそうやって泣いてるつもりだ?」
「……すまない。もう、大丈夫だ」
「感動なら、この後いくらでも時間があるんだ。その時に勝手にやってくれ」
ヘズリードが驚いた顔でこちらを見る。
だが、構わず続ける。
「お前を、今日から魔王軍の新たな将兵に任命する。魔王軍として、民の規律を正し、その力を国の為に活かせ」
「……はい。必ずや」
 
特に多くの言葉を必要とせず、ヘズリードは素直に胸に拳を当て、こうべを垂れて誓った。
「一生見ることがないと諦めていたこの世界を、まさか見ることができるなど思いもしなかった…… 私は、あなたの目指す世界を、この目で見てみたい。その為に、私は命を懸けて尽力しましょう」
「うむ、良い心掛けだ。じゃあ、そういうことで、この町のことは任せた。俺は暫く眠る」
さすがに限界がきた。
後は皆に任せて俺は少し休憩しよう。
少し、少しだけ――
そうして眠ること数日。
俺は炎の雄牛の怒鳴り声によって叩き起こされた。
『いつまで気持ち良さそうに眠ってる! いい加減、起きろ! 敵が攻めてくるぞ!』
「うおっ!? な、なに!? 何が攻めてくるって!?」
それは、イシリスが送ってきた二度目の大規模な侵攻軍だった。
魔導大帝国イシリス、元帝国騎士団長――ローデスと、ハイデルト派閥の精鋭達。
そして、ハイデルトの唯一の婚約者であり、精霊大森国クロノアの聖霊魔導騎士――セルミア。
彼らとの初の邂逅の時が、すぐそこまで近付いていることに、この時の俺は知る由もなかった。
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