導帝転生 〜仕方ない、世界を救うとしよう。変態の身体だけど〜

飛びかかる幸運

2 - 3 「キング vs ハルト」

 白い大気の渦で武装されたハルトの拳が、キングへと迫る。

 だが、キングがハルトの顔面目掛けて振り下ろした拳の方が速かった。

 ボンッと空気が破裂する音が舎房を揺らす。


「何ぃいいい!?」


 予想外の展開に、キングが声を上げる。

 その表情はとても悔しそうで、必死に歯を食いしばりながら、左目をピクピクと開閉させていた。

 風圧でキングの頬が波打つ。

 ハルトへと伸ばしたその拳は、ハルトの顔の前に展開されていた 《 大気の壁 》 に阻まれていたのだ。

 物体が音速を超えた時に発生するソニックブームの様に、キングの拳を中心に衝撃波が幾重にも発生する。

 その度に、キングの拳は反対方向へと弾き飛ばされそうになるが、キングは歯を食いしばりながらも押し返そうと全力を込めた。

 そんなキングへと、今度はハルトの拳が迫る。

 ハルトは、キングの拳など意に反した様子もなく、白目を剥きながらも不敵な笑みを浮かべている。

 狂気を感じる程に吊り上がった口からは、白い蒸気が絶えず漏れ出ており、その様子は狂人そのものだった。


「クソったれがぁああ!!」


 キングがその身を宙へと投げ出す。

 そうしなければ、ハルトの拳を避けることができなかったからだ。

 ハルトが鋼鉄でできた手摺を大破させ、その衝撃が舎房を揺らす。

 そんなハルトを見送りながら、キングは最上階から一階へと落下していった。

 その様子を息を呑みながら見守る囚人達。

 誰もが、弱々しく見えた新入りが、人族房・・・最強のキングを押していた状況を理解できなかった。


「くそっ! マジかよ!? 勘弁してくれ!」


 キングが悲痛な叫びを上げる。

 その視線の先には、ハルトが…… 奇声を上げながら、落下していくキングへ向けて飛び出そうとしているところだった。


「きぃいいぇぇえええ!!」

「バ、バカ野郎ーーっ! この状況で飛び込んでくる奴がいるかぁああ!?」


 落下するキングへ向けて一直線に突っ込んで行ったハルトに、キングが焦る。


「ぐぐぅううっ!?」


 空中でハルトがキングに追い付き、キングが再び迫ったハルトの拳を首だけで避ける。


 そして二人は一階の床へと落下――


 ズドーンッと鉄の塊が落ちたような音が木霊し、その衝撃で鋼鉄でできた床は大きく凹み、ひび割れた床から大量の粉じんが舞い上がった。

 舎房だけでなく、牢獄要塞フォートプリズン全体がミシミシと音を立てて揺れる。

 それくらい大きな衝撃だった。


「お、おい…… どうなってやがる……」

「俺たちのキングが……」

「あ、ありえねぇ……」


 囚人達がその非常識な光景に、動揺を隠せずにいる。


「いいぃいいぃぃいいい!!」


 再び舎房を震わせるハルトの奇声。

 そして、部屋の中央から吹き上がる白い大気柱。

 その風圧に、舞い上がった粉じんが吹き飛ばされ、中央の様子が囚人達にも見えるようになった。

 そこには、白い大気の渦を身に纏いながら、キングへ拳を捻じ込もうと押し込んでいるハルトと、それを顔面すれすれのところで押し返しているキングの二人がいた。

 まるで、ハルトには背中からジェット噴射機がついているかのように、物凄い勢いで空気が噴射し、莫大な推進力を発生させている。

 一方で、キングは、依然と突っ込んでくるハルトを、両手両足全て使って引き剥がそうと力を振り絞っていた。


「こ、殺す気かぁあああ!? いい加減、目を覚ましやがれぇええ!!」


 ふいに、キングの眼が金色に輝く。


金色獅子キンシシモードだ!」

「キ、キングが本気だ…… し、信じられねぇ……」

「お、おいおい…… 加護封じはどうなってやがる!? 機能してねーのか!?」


 キングの身体が黄金色に輝き、ハルトを抑えていた両手両足含む、全ての筋肉が隆起した。

 それはキングの奥の手――奥義でもあった。

 霊獣、金色獅子キンシシを宿して戦闘力を爆発的にあげる加護「金色獅子キンシシ」。

 キングはこの加護の力で、人族房最強の座を勝ち取ったに等しい。


「うぉおおおおりゃぁあああ!!」


 キングの叫びとともに、ハルトが蹴り上げられる。

 力のベクトルを変えられたハルトは、まるで口を縛らなかった風船が宙を乱飛行するように、縦に横にと回転しながら宙を飛んだ。


「う、うおっ!? あ、危ねぇ!?」

「こっち来んな!?」

「に、逃げろ!」

「逃げろってどこにだよ!?」


 暴れ飛ぶハルトに、再び逃げ惑う囚人達。

 その時、エリア3の唯一の入口である、大扉が勢いよく開かれた。

 そこには、綺麗に剃り上げられた頭と顔に、いくつもの太い青筋を浮かべているカーンの姿が……


「貴様らぁあ! 一体何をぐごはっ!?」


 囚人達にとっては幸運なことに…… ハルトにとっては最悪なことに、ハルトが力を暴走させて突っ込んでいった先に、カーンが立っていた。

 ハルトと共にエリア3から姿を消すカーン。

 エリア3の舎房は、一転静寂に包まれた。

 大扉の先からは、ガシャガチャンと何かが壊れ、ぶつかる音だけが響いてきていた。



 ◇◇◇



 ピチャン、ピチャンと水の垂れる音が聞こえる。

 自由のきかない身体に違和感を感じながらも、意識を取り戻したハルトは、ゆっくりとその目を開けた。


「あ、あれ…… こ、ここは、ど、どこ?」

「よぉ、新入り。やっと目を覚ましやがったか。ったく、お前のせいでとんだとばっちりだ。どうしてくれる」


 声のする方へ顔を向けると、そこには、T字型の台に、両手両足をはりつけられた男がいた。


「え? 磔台? え? な、なんで?」


 ハルトが自身も磔台に拘束されていることにようやく気付く。

 腹には簡単な包帯が巻かれているのが見える。


「お前…… マジで覚えてないのか? 白目剥いて暴れ回った挙句、看守長のカーンをブッ飛ばしてたじゃねーか」

「う、うそーん……」


(き、記憶が全くない…… やばいやばい…… 何した? 俺何しでかした!? お、落ち着け…… 少しずつ思い出そう、少しずつ……)


 ハルトは再び目を瞑りながら、記憶が飛ぶ寸前までの出来事を必死に思い出す。


(た、確か、高い場所から飛び降りて…… それで…… そ、そうだ。尻を出して舐めろって言ってきた囚人を蹴り上げて…… で、刺されて…… 刺されてから…… 確か…… 確か……)


「……あっ」

「ようやく思い出したか?」

「い、いえ。あまり…… ただ、狂人になれって願ったのだけは思い出しました」

「はぁ…… そうだよ。お前は狂人化バーサーク状態で暴れ回ってた。笑いながら、逃げ惑う囚人達を片っ端から殴り飛ばしてな。最後は床にクレーター作ってたぜ」

「ま、まじっすか……」


 ハルトが顔を引き攣らせる。


(も、もう狂人になろうなんて思わないようにしよう…… 意識飛ばして無差別に暴れ回るなんて危険過ぎる…… もしかして…… そ、それが俺の異能ギフト? ま、まじ? ち、違うよね?)


「あ、あの…… なんか巻き込んでしまったみたいで…… す、すみません」

「んあ? はぁ…… まぁ気にすんな。終わったことだ」


 そう言いながらも、隣の男はやる気のない感じに項垂れている。


(こ、この人はなんでここにいるんだろう? 俺が原因っぽいけど…… 聞くに聞けない……)


 目の前にも、横にも、あるのは鉄格子で区切られた部屋があるだけだ。

 そこには鉄の拘束具とT字型の磔台。

 後は黒く汚れた床と天井のみ。


「ここって、拷問室じゃ…… ないですよ、ね?」


 嫌な予感が脳裏にチラつき、思わず隣の男に聞いてしまった。


「……そんなようなもんだ。運が悪いと、それ以下になる」

「そ、そうですか……」


 拷問室より悪くなる場合は何か聞きたかったが、急に込み上げてきた尿意に思考が中断される。


「あ、あの……」

「起きたと思えば質問ばっかだな。今度はなんだ?」

「ここって、後どのくらいで出られるんですか、ね?」

「さぁな」

「そ、そんな……」

「なんだ? 糞がしてぇーなら、極限まで我慢しろよ。拘束されている間、ずっと悪臭を我慢しねぇーといけなくなるからな」

「まだ大きい方は大丈夫、です。小の方が……」

「それもできる限り我慢しろ」

「わ、分かりました」


(ダメなら垂れ流すしかないのか…… い、いつまでこうしてればいいんだ……)


 ハルトが足をモジモジしていると、ふいに隣の男が喋り始めた。


「まずい…… 最悪だ…… あの足音…… お、おい新入り!」

「な、なんですか?」

「いいか? 先輩からのアドバイスだ! 良く聞け! もし、ここに女の看守が来たら、絶対に勃起するなよ? いいか? 地獄を見るぞ!」

「え? え? そ、それはどういう……」


 ハルトの言葉を掻き消す様に、鉄の扉がドンッ、ガチャンと大きな音を立てて勢いよく開かれた。

 扉の内側には、一人の女性が、扉を蹴り開けた状態のまま、片足を上げて立っていた。

 薄紫色の髪を後頭部に巻貝のように束ね、フォックス型の黒縁メガネをかけている。

 その眼鏡越しに見える目は釣り長で、整った顔にはぷっくりとした血色の好い唇が。

 そして首には黒いチョーカー風のリボン。

 モデルのように背が高く、看守服の胸元を大胆に開けて露出させた豊満な胸。

 少し屈んだだけで見えそうなくらい短いスカートに、むちむちの太もも。

 その太ももに多少食い込む様に、黒のハイソックス系のタイツを履いている。

 そして、踏まれたら穴が開きそうな程に鋭利な黒のピンヒール。

 まさに女王様とでも言っても違和感のない気配オーラを身に纏いながら、その女性はコツン、コツンと鉄の床をリズミカルに鳴らしがらこちらへ闊歩してくる。

 その後ろからは、エリア3の看守長であるカーンが追従してきていた。


「キング、また私にお仕置きされたくてここへやってきたのか? 貴様も懲りない奴だな」

「おいおい、洒落にならない冗談は勘弁してくれ…… あんな地獄、二度とごめんだ。あれのせいで何ヶ月使い物にならなくなったと思ってる」

「クックック…… それは自業自得だろう。で、舎房をあそこまで壊したのはどっちの馬鹿だ?」


 キングが黙る。

 その態度に、女が目を細めた。


「キング、お前の仕業か?」

「さぁな。元々じゃねぇーか? ボロいのは今に始まったことじゃねぇーだろ」

「ほう、私にそんな態度を取るとはお仕置きが足りないらしい。嫌というほど、その身体に刻み込んでやったというのに。仕方ない。また一から教える必要があるようだな?」

「うっ……」


 キングの顔が引き攣るも、結局はキングがハルトを売ることはしなかった。

 そんな隣の男を見て、ハルトは良心の呵責を感じる。


(も、もしかしなくても、このキングって人、俺のこと庇ってくれてる? ど、どうしよう。このまま黙ってれば見逃してもらえるのか? いや、そんな甘い話ないだろ…… だ、ダメだダメだ! 庇って貰うなんて情けない! 自分の犯した罪は、自分で背負え! 人としての誇りを忘れちゃダメだ!)


「す、すみません…… そ、それ、多分、自分のせい、です…… ほ、本当にすみません……」


 磔にされながらも、その女に向けて頭を下げるハルト。

 その行動にキングが驚き、つい心配する声をあげてしまう。


「お、おい! 新入り!?」


 キングとハルトの様子に、女は狂喜的な笑みを貼りつけた。

 ハルトのその行動が、女の嗜虐性を刺激したのだ。


「カーン。私が戻るまでの間、誰もここへ通すな。いいな?」

「はっ。了解であります。副館長殿」


 カーンが退出し、副館長と呼ばれた女がハルトの房へと立ち入る。

 そして腰につけていた教鞭を手に取り、笑いながらこう言った。


「事の重大さが分かってないその身体に、私がたっぷりと、その罪を刻んであげようではないか」


 ピンヒールの床を打つ音が、コツン、コツンと近づいてくる。

 ハルトにはそれが、死へのカウントダウンのように聞こえたのだった。

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