導帝転生 〜仕方ない、世界を救うとしよう。変態の身体だけど〜

飛びかかる幸運

2 - 2 「第一変態」

「ぎゃぁっ!?」


 ハルトの蹴りを尻に受けた囚人が、前掲姿勢のまま前のめりに吹っ飛び、その先に立っていた囚人達を巻き込みながら転がっていった。


 その様子に一瞬場が静まり――


 ドッと場が沸いた。


「あいつやりやがった!」

「ブハッ! 新入りがギャデック蹴り上げたぞ! 面白ぇ! やり返せぇー!」

「乱闘だぁー! 混ざれ混ざれー!」


 場内が一気にヒートアップする。

 そこらじゅうから、「殺れ!」だの「ぶち殺せ!」だの乱暴な言葉が飛び交う。


(や、やってやった…… も、もう後には引けない…… やるしかない…… やるしかないんだ……)


 右手前方から肌の黒い男が、左手からは坊主の小男がそれぞれ向かってくる。

 黒い男が右手を握りしめ、その拳を振りかぶった。


(な、殴られる!)


 だが、その男が来るよりも早く、左から向かってきていた小男がハルトの腰へとしがみ付いた。


「なっ!?」

「うっしゃー! やっちまえグロース!」

「そのまま抑えとけよチビ!」

「チビじゃねぇー! チリ様だぁー!」


 思わず両腕で顔を守り、身を屈めるハルト。

 その行動に意表を突かれた囚人も多かったが、ハルトはつい最近まで平和な日本で働いていただけの人間なのだ。

 ましてや格闘技の経験などない、ただの素人である。

 そんなハルトが、殴りかかってきた男に対して、ただ身を屈めただけだとしても、仕方のないことだろう。


(うっ…… ぐっ? あれ…… 殴られ、ない? あ……)


 待っても相手の拳が飛んでこないことに違和感を感じたハルトは、恐る恐る目を開けた。

 黒い男の拳が、スローモーションで近付いているのが見える。


(ま、またスローモーション!? こ、これなら……)


 ハルトは、相手の拳を擦り抜けるように顔を傾け、相手の顔へ自身の拳を重ねるように動いた。

 漫画やテレビでしか見たことがない、見よう見真似のクロスカウンターだ。

 勿論、ハルトには相手の顔を殴った経験などない。

 それは、ただ拳を強く握って腕を振るっただけの、素人パンチでしかなかった。


 だが、それで十分だった。


 男の拳がハルトの頬を掠めるのと同時に――

 ハルトの拳が相手の顎を砕いた。


「ぐぶっ!?」


 ゴッという鈍い殴打音とともに、肌の黒い男が、その場に白目を剥いて崩れ落ちる。


(よ、よし! やった!)


「グロース!? ば、バカ! 何やられてんだ!?」


(こ、これならいける! やれる!)


 一人明確に倒したことで自信を得たハルトは、腰にしがみ付いている小男へも、同じように拳を振り抜いた。


「んがっ!?」


 ハルトの拳が小男の顎を綺麗に打ち抜くと、先ほどの男と同じように白目を剥いて崩れ落ちる。

 その予想外の結果に、場内が再び沸いた。


「うひょー! あいつグロースとチリを瞬殺したぜ!?」

「次は誰だ!? いつまでも新入りの好きにさせてんじゃねーぞ!?」

「さぁ賭けだ! 新入りが何人抜くか! 賭けを始めるぞぉ!!」

「俺は五人!」

「いや、あれは相当な手練れと見た。二十人だ!」

「さぁ賭けろ賭けろ!」


 予想外の展開に、場内では何やら賭けが始まる。

 一方で、ハルトは周りにいる囚人達を見据えながら、万引き犯を追った時の心境を思い出していた。


(あの時も、こんな感覚だったなぁ…… 何でもできる気がして、飛び出したんだ。その時も、いつも以上に周りがよく見えた気がする。そして自分じゃないかのように速く走れた…… 無我夢中で…… 疲れも痛みも何も感じなかったなぁ…… なんでだろ)


 そんな隙だらけのハルトの背後を、髭もじゃの大男が羽交い締めにする。


「うお!?」

「グフュフュ…… 油断大敵だぁぞぉ?」

「くっ、このぉおおお!!」


 大男の腕を掴み、そのまま腰を曲げ、背負い投げを実行。

 最初は余裕そうにしていた大男も、その剛力に顔を引きつらせていく。


「ん? んあ? んあああ!?」


 大男の身体がハルトを軸に弧を描き――

 地面へと落下する。

 その衝撃で、舎房が揺れた。


「うぉおおおお! あの新入りすげぇぞ!!」

「モンスまで倒しちまった!? これで四人抜きか!?」

「あのモンスを投げただと!? 何者だよあいつ!」


 再び沸く場内。

 もはやお祭り騒ぎである。


「おい、四人抜き止まりに賭けておけ。オレ様が出る」


 囚人の一人が、四階の舎房から手摺を越えて飛び降りる。

 ドンッという音とともに見事に着地して見せたその男は、赤いトサカ頭をしていた。


「赤髪のトリックだ!」

「新入り相手にトリックかよ! 本気かっ!?」

「俺も四人抜き止まりに賭けるぞ! トリックが負ける訳ねぇ!」


 トリックの登場に、それまでハルトに飛びかかろうとしていた囚人達が後ろに下がった。

 そしてトリックへと道を開ける。


(な、なんか凄い頭の奴が来た…… )


「オレ様はトリック。よろしくな」


 ハルトの目の前まで歩いてきたトリックが、笑顔で手を差し出す。


(手? 握手…… を求められて、る?)


 罠かと警戒するも、差し出された手を叩き落とすほど非情になりきれないハルトは、その握手に応じるしかなかった。

 ハルトの行動に、笑みを強くするトリック。


「活きのいい新入りに、オレ様が直々に教えてやろう。この牢獄でのルールって奴をなぁッ!!」


 叫びとともに、トリックが口から火を噴いた。


「うわっ!?」


 それをまともに顔面に浴びてしまうハルト。

 強烈なアルコール臭が鼻を刺激する。

 その直後、腹を衝撃が走った。


「ぐふぇっ!?」


 身体をくの字に曲げ、後ろに尻餅を着く。

 肺から強制的に空気が漏れたことで、変な声をあげてしまった。

 どうやら目潰しされたところに、前蹴りを腹に受けたらしい。

 トリックが右脚をこちらに向けているのが見える。


「コッコッコ! 甘ぇんだよ新入り。ここをどこだと思ってんだぁ? あぁ? 罪人ばかりの牢獄だぞ! 勘違いしてんじゃねぇ!」


 ハルトに向けて中指を立てるトリックに、場内から歓声が上がる。


「いったぁー! トリックの勝ちだ!」

「さすがトリック! だが何で火を吹けるんだ?」

「ヒュー! 久しぶりにトリックの火吹き見たぜ!」


 だが、それもハルトが立ち上がると、歓声がどよめきに変わった。


「ん? 待て待て! 新入りが立つぞ!?」

「おいおい、マジかよ…… さっきの効いてなかったのか?」

「あの新入り、何者だ? 本当にただの強姦未遂で捕まった間抜けか?」


(あ、アルコール臭ぇ…… どうやって喋りながらアルコール口に含ませてたんだ? いつ火を付けた? い、いや、そんなこと今はどうでもいいか…… それよりも次は目の前の世紀末野郎を倒さないと…… 腹への前蹴り…… お返ししてやる……)


 ハルトがトリックを睨む。

 するとトリックは両手を上に上げ、ヘラヘラと笑った。


「おいおい〜、そんなマジになんなよ。ただの挨拶じゃねぇか。牢獄流の挨拶だよ。全く、最近の新入りは冗談ジョークも分からねぇらしい。悲しいねぇ。そう思うだろオメェら?」


 そう言ったトリックが顔を上に上げ、上の階から見下ろしている囚人達へと同意を求めた。

 それに釣られてハルトも視界を上に上げる。

 それがいけなかった。


「ぐぅっ!?」


 ハルトの脇腹に衝撃が走り、ボツっといつ不快な音が身体から耳へと伝わる。


「殺ったぁああ!!」

「あちゃー、新入り死んだな」

「かぁー! 本当にトリックが止めやがったか!」


 沸く場内。

 目の前にはトリック。

 その場から動かずに、ヘラヘラと笑っている。


(く、くそ…… 油断した…… )


 ハルトの左側には、肌を白に、目の周りを真っ黒に染めた痩せ型の男が…… 手に血のついた細い鉄の棒のような物を持ちながらこちらを見据えていた。


(始めからトサカ頭が注意を引きつけて、後ろから刺す段取りだったのか…… くそ…… くそくそくそ! 甘かった…… 考えが甘かった…… こいつらは囚人…… 罪人なんだ…… そしてここは法の無い牢獄の中…… 殺るか殺られるかなんだ…… まだ中途半端だった…… 中途半端なままじゃ駄目なんだ…… くそ、痛ぇ…… )


 自分の甘さに、緩さに、情け無さに、悔しさを滲ませるハルトを余所に、トリックは飄々とハルトへと近付き、真顔でこう言った。


「だ〜から言ったろぉ? 甘ぇんだよ新入り。ここは牢獄で、手前ぇが相手してんのは罪人だ。勘違いしてんじゃねぇ。間抜けがぁ〜」

「く、くそ…… くそくそくそがぁあああ!!」


 トリックの顎目掛けて、右アッパーを繰り出すも躱されてしまう。


「うおっと、危ねぇ。そんな見え見えのパンチが当たるかよ。大人しくそこでおねんねしてな」


 トリックの足が弧を描いてハルトの首筋へと迫る。

 常人であれば認識できない程の鋭い蹴りであったが、ハルトはまたもやスローモーションに助けられた。

 時が遅く進むその中で、ハルトは再び選択を迫られる。


(ぐっ…… ハイキック…… む、無理だ…… この体勢じゃ避けられない…… せ、せめて防御を……)


 左腕で頭部をガードしつつ、できる限りトリックへと上体を突っ込ませた。

 時が元に戻り、トリックの蹴りがハルトの左腕を捉える。

 ババンと鈍い音が響くが、それは明らかに芯を外された音であった。

 膝付近にハルトの腕が当たり、勢いも今一な結果となる。


「ぐっ!!」

「何っ!?」


 狙いが外されただけでなく、ガードされた上に、相手が自身の懐へ素早い動きで飛び込んできたことに、トリックは驚愕した。


「バカなっ!?」

「はぁああっ!!」


 ハルトはトリックの驚きなど気にすることなく、全力でトリックの左腹へと拳を放つ。


(中途半端はダメだ中途半端はダメだ中途半端はダメだ……狂人になれ狂人になれ狂人になれぇええええ!)


「うぉおおおおおおおお!!」


 理性とともに残っていた最後の「優しさ」を振り払い、敵を倒すためだけに狂おうと願って放ったその拳には、再び風の螺旋が発生していた。


「ぐふぅううえええ!?」


 トリックは咄嗟に左腕でガードしたが、ハルトは気にせず、そのままガード越しに拳を振り抜いた。

 その衝撃にトリックの体が宙に浮き――

 拳を振り抜いた先へと吹き飛んだ。

 周囲にいた囚人達の頭上を越え、鉄格子にぶつかり、ガシャンと大きな音を立てて地面へ落ちる。


 再び訪れる一瞬の静寂。


 その直後、舎房が震える程の大きな歓声が轟いた。


「う、うぉおおおおおお!!」

「新入りがトリックを倒したぞぉおおお!!」

「勢力図が塗り替わるぞぉおおお!!」

「すげぇええええええ!!」


 大いに沸きあがる囚人達。

 だが、囚人達が視線をハルトへと戻すと、既にハルトの姿はそこに見当たらず――

 次に視界に飛び込んできたのは、先ほどハルトを刺した男が、錐揉み回転しながら飛んでいく姿だった。

 肝心のハルトは、顔を真っ赤にさせ、白目を剥きながら、目につく者を片っ端から殴り飛ばしている。

 その身体からは目に見えるほどの白い蒸気が発生し、ハルトの振るう拳や足に発生する風の螺旋が、その白い水蒸気を巻き込み、天空人がよく好んで使うとされる 《 大気の武装エア・アームド 》を模っていく。

 それは誰の目に見ても明らかな 《 魔法による武装 》 であった。


「なんだあれ!?」

「あ、あいつなんでここで魔法使えんだ!?」

「マジかよ…… あれ…… 大気の武装エア・アームドじゃねーか? う、嘘だろ?」

「まずいぞ! 誰か新入りを止めろ!」

「お、おい…… 嘘だろ? あいつ、狂人化バーサークしてるぞ!?」

「か、加護持ちでもあるのか!?」

「いやいや、加護封じの印もあるはずだろ! なんで発動できんだよ!」


 ざわめく囚人達。

 その間も、ハルトは次々に囚人達を殴り飛ばしていく。

 集団でハルトの身体を抑えても、まるで意に介せず突き進むハルトに、今後は逆に囚人達がを上げ始めた。


「うわ、ばか! 来んな! お、おい、ま、待てゴッ」


 逃げる囚人を殴り――


「ゆ、許してくれ! 見逃ゴッ」


 許しを請う囚人を殴り――


「お、おれはただ見てただグゴッ」


 傍観していた囚人達を、殴って殴って殴り続けた。

 その結果、一階のフロアに立っている囚人はハルト一人になる。


「はぁああ、ひぃいい、はぁあああ……」


(敵は? 敵は? 敵は? 敵は?)


 白目を剥き、涎を垂らしながら、呼吸荒く周囲を睥睨するハルト。

 そこに正常な意識は存在していなかった。

 あるのは敵を倒すという戦闘本能のみ。

 ハルトが願った形である。


 同じフロアに敵がいないことを確認したハルトは、視線を上げた。

 そこには、舎房の通路から一階の惨状を見ていた囚人達が、顔を引き攣らせながらハルトを見下ろしていた。

 それを見て、ニタァと微笑むハルト。

 その容貌に、本能から恐怖心を抱いた囚人は少なくなかった。

 上階から悲鳴が上がる。


「ひぃっ!?」

「や、やべーぞあいつ! 目が逝ってやがる!」

「おい! 本当に誰か止めろ!」

「む、無理だろ! お前がやれ!」

「あいつが天空人なら俺らじゃ敵いっこねぇ!」


 肝心のハルトは、敵を倒せる喜びに浸っていた。

 ふと、最上階から顔を出していた、一人の男と目が合う。

 その男は、長い金髪を後ろに束ね、顎には無精髭を生やしていた。

 腕や胸にはいくつもの刺青タトゥーが見える。

 そして、他の囚人達には無い気配オーラを身に纏っていた。

 笑みを強めるハルト。


「かぁー…… 目が合っちまったよ。失敗した。覗かなきゃよかった。ったく、また変な奴が入ってきたなぁ。誰か止めろよなぁ。俺じゃなくてさぁ。俺は一応キングよ? ここのラスボス。分かる?」


 最上階の男が頭を抱えながら、何かを呟いた。

 それを聞いた囚人達が再び騒ぎ出す。


「キ、キングだ!」

「キングが出るぞ!!」

「マジかよ! さすが俺たちのキングだ!!」

「キング! キング! キング!」


 囚人達が「キング!」とコールし始める。

 その叫びに、キングと呼ばれた男が項垂れた。


「だから、お前らが戦えって…… なんでお前らの為にキングの俺が、あんなヤバそうな奴と戦わないといけねぇーんだよ…… 怖いだろ。あんな目が逝っちゃってる奴。俺はパスだ。パス」


 そう言うと、やる気のない顔で、厄介事を振り払うように手をひらひらと払った。

 だが、囚人達は全く聞いていない。

 鳴り止まないどころか、益々大きくなるキングコールに、キングが心底嫌そうな表情をすると、何かを思い付いたように呟いた。


「……あ、そうだ。こうしよう」


 ハルトに視線を向け直したキングが、ハルトへ向けて大声で叫ぶ。

 その大声量に、鉄格子が反響してキーンとなり響く。


「おぉおおいぃいいい新人ッ!! 俺と戦いたければ、下の階にいる奴ら全員ぶっ倒してここまできやがれぇえええ!」


 その叫びに、囚人達からブーイングが起こるも、囚人達はハルトへと視線を移した。

 だが、肝心のハルトはと言うと――


「殴る殴る殴る…… 倒す倒す倒す……」


 その顔に狂喜を浮かべ、キングのみを見つめていた。

 そして、大きく屈むと、勢いよくその場から最上階目掛けて飛び上がった。

 まさかの跳躍に、その場にいた全員が度肝を抜かれる。


「変態野郎がぁあっ! 俺の話を聞きやがれっ!!」


 最上階で見つめ合う形となったハルトとキング。


 次の瞬間――


 キングは下から飛び上がってくるハルトへ向けてその拳を振り下し――

 ハルトはそのキングへと拳を振り上げた――


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