導帝転生 〜仕方ない、世界を救うとしよう。変態の身体だけど〜

飛びかかる幸運

1 - 6 「肉体の罪」

「そんな…… 人、違い……?」


 恐る恐る眼を開ける。

 風が触れた感触のあった左腕を見ると、そこには先程と何ら変わりない腕がしっかりと存在していた。


(う、腕がついてる! よ、良かったぁあああ……)


 手を開いたり握ったりしても違和感はない。

 だが、口の中は緊張で酷く乾いていた。

 早く誤解を解き、出来れば水を貰いたい。

 緊張と衝撃的な出来事の連続で喉が空っからなのだ。

 転生してからまだ何も口にしておらず、また何も口にできそうにない現状に、言葉にできない不安がじわじわと込み上げてくる。


「誤解は…… これで解けました、よね?」


 ティアは目の前で起きたことが信じられないのか、呆然と、ただただ振り下ろした剣を見つめていた。

 その顔は、まるで感情がすっぽりと抜け落ちたかのように無機質なものに見える。


「ティア……」


 ギヌの言葉に、ゆっくりと視線を上げるティア。

 その瞳が、少しずつ揺れ始める。


「ご、ごめんなさい…… わ、私、なんてことを……」


 大丈夫です、気にしないでくださいと言おうとして――やめる。

 ここで素直に許してしまってよいのだろうか?

 ここは日本ではない。

 紛れも無い異世界だ。

 その異世界で、自分は無実の罪で裁かれた。

 言わば冤罪だ。

 ここで許すだけなら簡単だろう。

 だが、それで済ませていいのだろうか。

 この異世界において、自分は生きる術がない。

 今日の飯にすら、最悪水すらも飲めない可能性だってある。

 善意だけでは腹は膨れない。

 搾取されるだけのお人好し日本人のままでいたら、この異世界では餓死してしまうだろう。


(この人が少しでも良心の呵責を感じているなら、生きる為に少しくらいなら我儘言っても罪にはならないよな? よ、よし。まずは完全に誤解を解いて納得してもらおう)


「あ、あの…… もしまだ納得できていないようであれば、何回でもその真理裁判なるものに付き合うので、あの…… 代わりに、えっと、先立つ物が、欲しい、です」


 物乞いをしたことがない以前に、他人へ図々しく頼みごとすらしたことのなかったハルトには、この要求はハードルが高かった。

 話すにつれて声が小さく、途切れ途切れになっていく。

 それこそ、目の前にいるティアが聞き取れているか怪しくなる程に。

 再び目を伏せるティア。

 その顔は悲しそうで、瞳はまだ揺れ続けていた。


「それは、できないのです。この宝剣は、連続で同じ者を裁けません。少なくとも数日、間を空ける必要があります」

「じゃ、じゃあ、その間だけでいいので、その、面倒を、見てくれません、か?」

「えっ……」


 今度は正しく聞き取れた様で、ティアはハッとした顔になった。

 それは、決してその手段があったのかという気付きの驚きではない。

 何故、自ら進んで裁かれようとするのか、理解できないといった驚きであった。


 それもそのはずである。

 真理裁判とは、罪を裁く、言わば断罪の儀式。

 裁かれる者には、身の潔白を立証できる利点しかない。

 だが実際は、その利点以上に不安と恐怖が勝るのが常であった。

 真理裁判時の問い次第では、白も黒になる可能性だってあるのだ。

 人間、誰しも後ろめたい気持ちはあるもの。

 問題になるということは、それに起因した原因があるということでもある。

 もし万が一を考えれば、永遠に癒えない傷と痛みを受けるかもしれないという恐怖が勝っても仕方のないことだろう。

 そして、真理裁判とはそういうものだという先入観がティアにはあった。


「そこまで…… 身の潔白に自信がおありなのですか?」

「は、はい。あります」

「不安は、ないのですか?」

「さっきので不安はなくなりました。私は私です。その剣がそう判断したのであれば、不安はありません」

「そう…… ですか……」


 ティアが再び俯く。

 目は細められ、両肩が下がり、口からは少しの溜息が漏れた。

 目の前の人間が、母国の仇ではなかったという落胆と、自身の命を脅かす悪魔ではなかったという安堵が同時に襲ってきたのだ。


「分かりました。貴方には、まだ聞きたいことがたくさんあります。その間でよければ、助けになりましょう」

「ほ、本当ですか!?」


 目を見開き、喜びを露わにするハルトに、ギヌが待ったをかけた。


「ティア、オレは反対だ。こいつは危険すぎる。今すぐこの場で殺しておくべきだ」


 その言葉に、ティアよりもハルトが驚く。


「なんで!? 真理裁判って奴で無実が証明されたんじゃ!?」

「そ、そうです。ギヌ、この人はハイデルトではないとこの宝剣が証明してくれました。何故そんなことを……」


 ティアに反論されたギヌだったが、ギヌは引き下がらなかった。


「……どういう方法で、その宝剣を騙したのかは分からないが、お前は間違いなくハイデルトだ。あいつと同じ臭いがする。その宝剣を騙せても、オレの鼻は騙せない」


 背中に、再び剣が突きつけられる。

 ハルトは条件反射で両手を上げた。


「お、おい! やめろ! やめさせてくれ!」


 一度は命を諦めたハルトだったが、自分の無実が立証され、助かる見込みが出たことで少なからず生への意識が芽生えた。

 だがその心境の変化を、ギヌは動揺と受け取った。

 先程まで死を受け入れていた者が、急に生に固執し始めたのだ。

 そう見えても可笑しくはなかったのだろう。


「まだ何か隠しているな…… やはり今ここで……」


 ギヌの上半身が少し下り、剣を握る手に力が入る。

 それはまさしく、ハルトの背中を貫こうとする予備動作だった。


「ギヌ! それ以上は私が許しません!」


 ティアの怒鳴る声が裏路地に響く。


「彼の発言は、真理裁判で証明されました。その上で彼に同じ疑いをかけ、その命を奪ってどうするのです。 その行為は、母国マアトの歴史を裏切ることと同じ。今ここで彼を殺せば、母国マアトの誇りまでも殺すことになります。私はマアトを誇りに思っています。それはこの先も変えるつもりはありません。ギヌ、それでも彼を殺すと言うのですか?」


 ティアの言葉に、ギヌは剣を下ろした。

 それと同時に、白色の獣耳や、自慢の尻尾も、今のギヌの気持ちを表すかのように、力なくだらんと垂れた。


「……すまない」


 ギヌの謝罪はティアとハルト、どちらに向けたものかは分からなかったが、ハルトは危機が去ったことに安堵した。



 ◇◇◇



「……疲れた」


 宿のベッドで大の字になりながら、激動の一日に自然と言葉が漏れた。

 結局、あの後はティアに連れられ、最低限の衣類を買って貰っただけでなく、宿まで借りて貰った。

 宿ではちゃんと夕飯も出た。

 自分よりも歳下と思われるティアに奢って貰っているという現状は、考えれば考えるほど、ハルトを虚しくさせたのだった。


(少し…… 眠ろう…… 今日は本当に…… 疲れた……)


 目を閉じると、数秒で闇の中へと意識が沈んでいった――


 夢の中で、ハルトは全裸で空を飛んでいた。

 文字通り、風を全身で感じながら飛んでいた。

 下には城下町が見える。

 見られたらどうしようというスリルが、程良い快感として、全身を絶えず駆け巡っていた。

 すると、後方から巨大な鳥のような生物が追ってくるのが見えた。

 よく見れば、背中に白銀の長髪をなびかせた女性が乗っている。

 何か大声で叫んでいるようだが、よく聞き取れない。

 だが、何か怒っている雰囲気だけは伝わってきた。

 時より雷にも似た光が大量に飛んできたが、容易に避けることができた。

 暫くその女性の相手をすると、ハルトは一気に加速して引き離しにかかった。

 その鳥との距離が見る見るうちに離れていく。

 そしてついには見えなくなった。

 その後も暫く空を飛び続ける。

 山や街、川や海をいくつも越える。

 その先にあった巨大な岩山の山頂に、人が一人立てるくらいの崖を見つけ、降り立った。

 そして何かを口ずさむ。

 すると、目の前の岩壁が消え、中へと入ることができるようになった。


 中にあったのは――


 三つの穴の空いた、大量の布切れだった。

 見渡す限り一面を、全てその布切れで埋め尽くされている。


 ハルトは、その布切れ目掛け走り出し――


 ダイブした。


 その後、布切れの海を泳ぎ、潜り、その上で転がり、暫し小躍りし、一通り堪能する。

 そして満足したハルトは、徐にその一枚を手に取り、頭へ――


「……か、被るなっ!!」


 その逸脱した性的嗜好に、心が拒絶反応を起こした結果、悲惨な結末を見る前に目を覚ますことができた。

 だが、大量の汗をかいていたようで、服が肌に張り付いて気持ちが悪い。


「はぁ…… はぁ…… ゆ、夢か……」


(な、なんだよあの夢…… 変態かよ…… 凄い汗かいてるし…… はぁ…… 確か露天風呂あったよな…… 入るか……)


 幸い、宿には共有の露天風呂があった。

 ハルトは汗を流すため、部屋を後にする。

 窓から差し込んだ月明かりが、静まり返った廊下を照らしている。

 部屋から持ち出したランプ状の道具に灯を付けると、少しだけ視界が良くなった。

 保安灯よりも少し暗く、ほんのりと周囲を照らすくらいの光量しか出ないが、スイッチ式だったため、ハルトでも容易に扱えた。

 火を灯している訳ではないため、火事の心配もない。

 記憶を頼りに歩き回り、やっとのことで脱衣所まで辿り着く。

 扉を開け、脱衣所の中をそっと覗き見る。

 誰もいない。

 側から見たら怪しさ満載なのだが、ハルトは気付いていない。


(よし、誰もいない…… お? へぇー、この世界の脱衣所には着替え用の仕切りがあるのか。まぁ男女共有ならそれも普通なのかな? 脱いだ衣類もないし、風呂場から音も…… しないな。これなら大丈夫だろ。ふぅ、良かった。もう問題事は御免だ。早く入って出よう……)


 着ていた服を脱ぎ、脱衣所の隅に纏めて置く。

 そして浴場へと続く扉に手を掛け、そのまま中を覗かず入って行った。

 だがこの時、ハルトは二つ程、大きな勘違いをしていた。

 日本では、衣類を脱衣所に置いておいても問題はなかった。

 むしろそれが普通だ。

 だが、ここは異世界である。

 この世界では、脱いだ衣類は風呂場まで持参することが普通であった。

 そしてもう一つの勘違いは――


「……えっ?」

「……えっ?」


 月明かりが湯船にあたり、キラキラと乱反射しているのが見える。

 そして目の前には、貫頭衣のようなものを身に付けたネイトが、丁度風呂から出ようとドアに手を掛けていたところだった。






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